第二章
「流石、一ノ宮学園だな…」
山奥にて、一人の青年が呟いた。
黒のもじゃもじゃした髪にビン底眼鏡といういかにもオタクですと言った出で立ちのその青年は、目の前にそびえ立つ門を見上げている。
豪華で重厚そうな門は城壁のような体裁を誇っていた。
青年は門を押すが、びくともしない。
試しに引いてみたが、それでも動かない。
早々に門を開けることを諦めた青年は、オタクな容姿に似合わない結論を出した。
「飛び越えるか」
『ちょーっと待とうか、そこの君』
突然、声が響いた。
きょろきょろと頭を振ると『上だよ、上』という声が再び聞こえてくる。
青年が言われた通り顔を上げると、スピーカーと監視カメラが目に入った。
どうやら一部始終を見られていたらしい。
それなりに羞恥を感じながら、監視カメラの奥にいる若い声の持ち主に言う。
「すみません、開けてもらえますか」
『門開ける時は門の横のインターフォン押して、管理室からの応答があったらカード入れて本人確認。そしたら開くって仕組みだっただろ? 春休みボケか?』
「俺、今年度から二年に転校するものなので」
『え? マジで? どうりでわちゃわちゃ戸惑ってると思った。名前は?』
「緒方遥」
青年──見た目青年、実年齢二十二才の遥は、自分の名を告げた。
親友であり、この学園の理事長である忍に生徒として入ってくれとお願いされた後、二人は色々と計画を立てていった。
結果として、遥は一ノ宮学園に二年生として転校するという形に収まった。
そして遥は忍のセンスを疑うような変装グッズを身に纏い、始業式前日の今日、一ノ宮学園を訪れたのだ。
『あー、はいはい、あったわ。緒方遥君ね。今開ける』
そんな言葉と共に、重い音がして門が開いていく。
そうか、押す方向で合ってたのか。
遥は入って直ぐの管理室に来てとの声に導かれ、扉を叩く。
ガチャリと扉を開けたのは、茶髪の若い男だった。
客観的に見て整った顔立ちをしている。
「うわー、実際に見るとオタク臭がハンパねぇな。あ、入って」
「失礼します」
初対面にしては失礼極まりない言葉だが、遥自身そう思っているのでたいして気にもせず足を踏み入れる。
管理室と言うからには機械ばかりかと思いきや、目の前に広がるのは和風の一室。
畳のいぐさの香りが鼻腔をくすぐった。
「この春休みに畳を新しくしたばっかなんだ。臭いかもしんねーけど、我慢してくれ」
「いえ、良い香りだと思いますよ」
「へぇ? 珍しいな。最近の若い子はこういうの苦手だろうに」
まぁ、こう見えて二十二才だしな。
それに実家にも畳はあったし、この匂いには慣れている。
座っといて、と言われた遥は畳の上に座って部屋を見渡すと、奥に扉があることを発見した。
きっとその中が門の管理の中枢なんだろう。