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第一章

そこまで話終えた忍は、目を伏せた。


「ほら、俺初めて理事長なんてするし、しかもよりにもよってこんな実状でしょ? ほんとはハルに教師として来てもらうのが道理だってゆーのは分かってる。でもきっと、教師じゃ見えないこともあると思うんだ。だから…」
「分かった」
「へ?」
「一ノ宮学園に生徒として入って、内情を探ってお前に報告すれば良いんだな」
「え、ちょっ、待ってよ。俺が言うのもなんだけど、そんな簡単に決めて良いことじゃないよ?」


お願いしてきたのに、いざとなると慌てだした忍の矛盾した行動。
すると遥は自分と忍に酒を注ぎ、かんっと器同士を鳴らして不敵に微笑んだ。


「お前が本気で悩んで、お前が本気で願って、それが俺とミキとお前にとって前向きなことなら、断る理由はどこにもない。それ以上に優先されるべきものなんて、俺には無いんだよ」


その温かい親友の言葉に忍は。
ぽろぽろと、涙を流した。
遥はそんな忍の顔を自分の肩に抱き寄せる。


「…俺、不安だったんだ。一ノ宮家は、大きいから」
「あぁ、分かってる」
「うぅ~…親友が男前過ぎてツラいぃ~」
「考え抜いたお前も充分、カッコいいぞ?」
「…あぁー、ミキの気持ちが分かっちゃったよ~…でも言ったら殺されるぅ…」


ボソボソと肩口で言われた言葉は遥の耳には届かなかった。
忍はゆっくりと顔を上げて、遥の頬に手を添える。
そして二人は真っ直ぐに見つめあった。


「──ハル、もしハルに何かあったら絶対何とかするからね」
「頼りにしてる」
「泣きたくなったら、俺がでろっでろに甘やかしてあげるから」
「ははっ、じゃあそん時は遠慮なく」


素直に笑う遥に、忍も柔らかく微笑む。
そして忍はごしごしと目を擦って、勢いよく立ち上がった。


「じゃあ計画立てる前に、ちょっとハルに渡したい物があるから取ってくる!」


そう言って自室に行き、戻ってきた忍の手には一つの紙袋。
大きくも重そうでもないそれに、遥は首を傾げる。


「何だ? それ」
「じゃっじゃーん!! 変装グッズぅ~」


某未来型ロボット風な口調取り出したのは。
もじゃもじゃの黒髪カツラとビン底眼鏡。


「……、センスの問題は置いておいて、何で変装グッズなんだ?」
「いろんな企業の社長の御子息が多いんだよねぇ、一ノ宮学園。ハルは就職のために沢山声掛けられてるんでしょ? だからバレないように念のためー」
「それって、…童顔、関係無くないか?」


遥は言いにくそうにその単語を口にした。
忍は童顔を活かして生徒になれと言ってきた。
だが、顔を隠すなら童顔云々の意味が消え去るのでは。
すると忍は、満面の笑みを浮かべて。


「ハルは童顔なだけじゃなくて、雰囲気も高校生にしか感じられないからねっ!」


そんな忍に、本日二度目の右ストレートがキマったことは言うまでもない。
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