第一章

チーンッ、と鼻水を出す忍は続ける。


「一ノ宮学園ってさ、ハルも知っての通り幼等部から大学部までじゃない? そしてお坊っちゃまが集まる男子校の全寮制じゃない?」
「お前にお坊っちゃま言われたくないだろうけどな」
「俺は高校までは一般的だったもん! でも彼らはさ…男に囲まれて大切な時期を過ごしちゃうわけじゃん」
「そうだな」
「だからね? …同性愛者で、溢れかえってるんだってさ…」
「へぇ」


特に何の反応も示さず相槌を打った遥に、忍は目を瞬かせる。


「え…あれ? 驚いたりしないの?」
「別に。そういう環境で育ったなら仕方ないと思うし、社会に出ればしがらみに気付いて女と関係を持つしかなくなるだろ」
「現実的にはそうなんだろうけどさー、ハル的にはホモとかバイとかどう思ってんの?」
「恋愛は不自由なモンじゃないし、縛られるべきものでもないと思ってる」
「男同士でヤったりするんだよ?」
「お互い好きなら、何の問題もない。学生の内は、っていうのがくっついてくるけどな」


とっくりから酒を注ぐと、ポタッとしか落ちてこなくなった。
久しぶりに親友と会ったからか、酒が進む。


「相変わらずオットコマエだなー、ハルは」
「シノ、酒追加」
「はいはーい」


酒を追加しにキッチンへと向かった忍の口元に、笑みが浮かんでいることに遥は気付かない。
日本酒を手に戻ってきた忍は、遥に注いでやる。


「でさー、俺大切な話があるってメールしたでしょ?」
「あぁ、そうだったな」
「実は現在無職中のハルに、お願いがあるんだぁ」
「無職中言うな。探してる途中だって言ってんだろ。で? お願いって?」


遥は酒を煽りながら、忍の言いたいことにはおおよその見当がついていた。
どうせ、一ノ宮学園の教師になってくれとでも言うんだろう。
遥は大学の過程で教員免許は取っている。
一介の教師よりも良い仕事はあるが、困っているなら力になってやりたい。
そんな惚れ惚れするような男前思考をする遥。
だがしかし、そんな完璧な彼にも一つだけ、コンプレックスがあった。
それは。


「ハル、一ノ宮学園に来てよ。──そのどう見ても高校生にしか見えない童顔を活かして、生徒としてさっ!」


ふむ、なるほどな。
輝かしい笑顔を見せる親友に言いたいことは山程あるが、とりあえず。


「歯ァ食いしばれ、シノ」


コンプレックスを迷いなく盛大に刺激してくれた親友に拳をお見舞いしてやろう。

緒方 遥、二十二才、男、独身。
性格は少々俺様気質の男前。
超エリート大学をトップで卒業。

そんな超絶完璧な彼のコンプレックスは。
恐ろしく童顔だということだった。
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