第一章

緒方 遥、二十二才、男、独身。
超エリート大学をトップで卒業。
性格は少々俺様気質の男前。
実家は至って普通の家庭。
大学入学までは両親と母方の祖母と暮らしていた。

そんな彼は現在、就職先を検討中だ。
某エリート大卒というだけでも企業から声を掛けられるのに、トップ卒業となれば引く手あまた。
就職氷河期と世間で言われているが、遥には全く関係のない話だった。
そろそろ決めないとな、と最終選考に取り掛かろうとしていたある夜の、遥の元に来た一通のメール。
それは中学からの親友である、一ノ宮 忍からであった。
ディスプレイに映し出されているのは「大切な話があるから、今から俺の家に来て!! お願い(>人<)」という二十二才男性にしては可愛らしい文章。
夜遅くにこんなメールをしてくる親友にも、男前という性質を持つ遥は当然のように腰を上げた。
そして今、豪邸と表現するに相応しい忍の家で二人はワイン…ではなく日本酒片手にお互いの近況を報告しあっている。


「そっかー、ハルはまだ就職先決まってないんだね」
「あぁ。でも近日中に決めるつもりだ」


ぐいっ、と遥は日本酒を飲み干して新たにとっくりからお猪口に日本酒を注ぐ。
使用人は入ってこない忍の完全プライベートルームでは静かに時が流れる。


「お前はどうなんだ、シノ」
「うぅ…実は、ちょっと問題抱えててー…」
「問題?」


頬を机に乗せてぐすっと鼻を啜る忍に、遥は日本酒を注いでやる。
ありがと、と礼を言って酒を口にした忍は肩を落とした。


「実は俺、私立学校の理事長任されちゃったんだぁ…」
「……流石一ノ宮家だな。大学卒業したばっかの息子にそんな大役任せるとは」
「そーだよね、ヒドいよね! 親父も後継者育成の一環だとか言っちゃってさっ」


ぷりぷりと頬を膨らませる目の前の親友は、一ノ宮家の長男だ。
一ノ宮家は由緒ある家柄で、豪華絢爛な世界に生きる者の中に一ノ宮家を知らない者はいない。
そんな一ノ宮家を将来背負う立場にある忍は、幼い頃から後継者育成の中に身を置いていた。
しかしスパルタというだけではなく、高校までは一般の中で普通の感覚を身に付け、大学で色々と詰め込まれたらしい。
そして現在一ノ宮家当主の父にイキナリ学校経営を任された、という話だ。


「でも私立って言っても、突然任せるぐらいだから小さい学校なんだろ? 」
「うふふー、聞いて驚け、《一ノ宮学園》だ!!」
「いちのみや…って、一ノ宮家の学校経営の中で…」
「そう、一番大きくて重要な学校だよ!! ははっ、もう笑うしかないよねっ!」
「泣きながら笑うな、怖ぇよ」


少し酔い始めて来たのか、いつもより弛い涙腺から涙を分泌して笑う忍に、呆れながらティッシュを取ってやる遥。
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