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第二章

「なぁなぁ、遥って呼んで良いか? 俺のことも颯太って呼んで良いからさ」
「僕は遥君って呼んでも良いかな?」
「勿論。じゃあ俺は颯太と千里君って呼ばせてもらいますね」


遥は相手と同じように呼べば角が立たないと思って言った言葉だったが、二人が嬉しそうに笑ったのを見て和んだ。
高校生が可愛いなんて、そんなに歳をとったつもりはなかったのだが。
颯太は椅子に後ろ向きで跨いで座って遥の机に頬杖をつく。


「でも、途中編入でB組ってすげーよな」
「うん、本当だよ」
「? どうしてですか?」


颯太曰く、一ノ宮学園の編入試験は普通の受験より難しい。
だから家柄要素を抜かした中で一番頭の良いクラスであるB組に途中編入で入るのは凄いとのこと。
なるほど道理で、と遥は心の中で納得した。
ホロ酔い状態で編入試験受けてオール満点取った遥が言うのもなんだが、確かにあの試験は難しいとは思っていたのだ。
勿論遥にとって、というわけではなく高校生として、である。
最近の高校生はなかなかレベル高いんだなと何となく思っていたのだが何てことはない、テストが難しいだけだった。


「三年間だいたいクラスメンバー変わんないんだけど、このB組は家柄が足りないだけでS、A組に行けない奴とかも居るから家柄についてはあんま言わないようにな」
「それ以外は基本的に穏やかだよ、ウチのクラスは」
「そうなんですか…ありがとうございます」


教えてくれたことに礼を口にしながら、遥は少し一ノ宮学園の綻びを聞いた気がしていた。
つまりこの一ノ宮学園のシステムに完全に同意している人間ばかりではないということか。
頭のメモ帳に記していると、そろそろ体育館に移動するかと生徒たちが腰を上げ始めていた。
それに倣って遥たち三人も立ち上がる。


「そう言えば遥君は、寮は何号室なの?」
「405号室です」
「そっか、40…5?」
「よ、405ぉ!?」


体育館に移動する道中で大声を出した颯太の口を千里が慌てて塞ぐ。
ごめん、と落ち着いた颯太は声を潜めて遥に近寄る。


「405? マジで405号室?」
「はい」
「それじゃ遥君の同室者って…」


あぁ、なるほど。
ここでようやく二人の言いたいことが分かった。
つまり颯太と千里は前の同室者を転校させたと噂される一匹狼の速水恭介が気になるのだろう。
それを汲み取って遥は軽く頷いた。


「速水君ですね」
「大丈夫だったのか…?」
「近寄るなとは言われましたが、あとは特に何も。部屋は好きに使えと言ってくれましたよ」
「速水君のこと、誰かから聞いたの?」
「寮長の清原先輩に少し」


あの蛍光灯を武器と笑顔で言い放つ男とのこと口にすると、あぁ、と二人は納得したように頷く。
そこには清原への信頼が見えて、やはりあの青年は慕われているのだろうなと感じられた。


「速水って去年問題起こしたから、今年からF組になったんだよなぁ」
「去年は僕らと同じB組だったんだよ」
「キョ…速水君が?」


驚いて思わず夜の名前を呼び掛けて言い直す。
と言うことは家柄はまぁまぁで頭が良いというわけか。
確かに遥が気まぐれに喧嘩の仕方を教えてやっていた時は呑み込みが速いとは思っていたが、勉学の面でもそうだったとは。
夜の街で交流がかなりあったものの昼間のことは何も知らないのだ、お互い。
きっと忍も諸々の事情は知らないのだろう。
そうでなかったら忍が遥に何も言わないはずがない。


「速水は一般人に手ぇ出すような奴じゃないと思われてたから、事件あった時って結構騒がれたよな」
「うん。でもその同室者の子は、僕が悪いんだって言ってたんだって」
「よっく分かんないよなぁ」


僕が悪い、その言葉に遥は密かに眉を動かす。
何やら事情がありそうなのに速水は何も言わない。
遥は速水と知り合いでそれなりに気に入ってはいるものの、絶対に速水は悪くない、と言うつもりはない。
でも速水が絶対悪いと言うつもりもさらさらないのだ。
そもそも事実が分からないのに遥がどうのこうの言っても始まらないからだ。


「俺は306号室だからさ、何かあったらいつでも来いよ」
「僕は隣の307号室。いつでも遊びに来て良いからね」
「ありがとうございます。隣同士なんですね」
「おう。今度俺らの同室の奴らも紹介してやる」


考え込んだ様子の遥に気付いたからか、二人は殊更明るく遥に笑いかけた。
そんな二人の気遣いに、つい。


「可愛いな」
「へっ?」
「あー、千里? こいつ結構言われ…」
「颯太も可愛いですよ」
「はっ!? な、何言って…」
「気遣いがとても嬉しい。ありがとう」


ぽんぽん、と二人の頭を撫でるとポカーンとして顔を見合わせる二人。


「何の下心もない可愛い発言でしたがどうでしたか、千里さん」
「はい、純粋に愛でられているという感じで新鮮でした。貴方はどうですか、颯太さん」
「この学園の奴に可愛いと言われたのは初めてでかなり驚いております」
「だろうね。颯太君、若干壊れてるもん」
「?」


千里も颯太もどちらかと言うと人気のある方だ。
それ故にこの学園では褒め言葉など言われまくっている二人だがそこにはやはり下心があって。
それに慣れていた二人にとって遥の真っ直ぐな感謝に内心動揺しているのだ。
しかしそんな事情は露にも知らない遥はただ首を傾げるだけである。


「一ノ宮学園の始業式ってどんなことするんですか?」
「お偉方の話聞いて、担任とか教職員の紹介とかだな」
「多分他の学校と同じだと思うよ」
「お偉方…校長や理事長ですか?」


理事長、すなわち忍も出て来るのかと思って訊いてみれば頷きが返って来た。


「確か理事長って今年から一ノ宮家の御子息に代わるんだったよな」
「うん。一ノ宮…えっと…」
「忍、ですよ」
「あぁ、そうだった。よく知ってるなぁ、遥」
「転入の挨拶に伺ったんです」


そう言うと納得したような表情になった。
一ノ宮学園の生徒の前に立つ親友はどれ程のものなのだろう。
どこかワクワクした気持ちを抱いて、遥は体育館へと足を進めた。
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