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第二章

翌日、始業式当日。
遥は再び忍から貰った変装グッズで身を包み、部屋を出た。
速水は既に出たのかはたまたサボるつもりでまだ寝ているのかは分からないが、関わるなと言われた手前遥は何もしなかった。


「流石一ノ宮学園だな…」


遥は校舎を歩きながら何度言ったか分からない言葉を呟く。
学校はどこのお貴族様ですかと訊きたくなるような洋風チックな様相で、校舎もいくつかに分かれているようだった。
いちいち規模がデカくて一般庶民の遥にとっては新鮮だ。
現在、遥の目的地は職員室である。
始業式に合わせてはいるが遥は転入生という立場だ。
それ故に先に忍から教えてもらった二年B組の担任に挨拶をしておこうと思ったのである。
遥は職員室の扉を開けた。


「失礼します、二年B組の緒方遥です。碓氷修哉先生はいらっしゃいますか」
「こっちだ」
「あ、初めまして、緒方遥です」


遥を手招きしたのはおよそ教師とは分からぬ外見をした男だった。
一言で言うと、そう、ホストだ。
遥は一年前くらいに大学の友人に一度で良いからホストやってくれと頼まれた。
その友人はボーイとしてホストクラブでアルバイトをしていたのだが、インフルエンザでホストが休みまくって足りなくなったらしく。
イケメンと言えば遥、という図式が成り立っていた友人は真っ先に遥に助けを求めたのだ。
暇だったしバイト料も出るし一回なら、と了承した。
そして実際働いてみると噂を聞き付けて訪れた同じ大学の女性を始めとして、それこそ一ノ宮学園に多額の寄付でもしていそうなマダムまでをも魅了してしまい。
彼女たちが遥のために高級ボトルを何本も開け、その街の全ホストクラブNo.1よりも稼いでしまったという話がある。
しかしそれを後日聞き付けた忍と幹彦が何故か拗ねたり不機嫌になってしまったため、その後頼まれても断り続けた。
それによりその出来事は夜の街の伝説となっている。
目の前にいる担任の碓氷はそのホストクラブにいたホストに雰囲気が似ている。
そのホスト、もとい碓氷は遥を上から下までじーっと眺めた。
遥は首を傾げながらも黙っていると碓氷は微妙な顔をする。


「何つーか…襲われなさそうな外見してるな、お前」
「ダサいって言っても結構ですよ」
「自覚あんのか…」


むしろオブラートに包んだことが驚きである。
確か二十七歳だったか、と忍情報を思い起こした。
まだ内面は分からないけど手を出されそうになったら反撃して良いからね、後始末は俺に任せて! と良い笑顔で忍に言われたのも記憶に新しい。


「ま、そんだけもっさりしとけば誰もお前をどうこうしようとは思わんだろ。俺の食指も動かねぇし」
「それは良かったです」
「ハッ、口は達者だな」


何だか捻くれた言い方をしてはいるが、碓氷は遥のことを心配していたのだろう。
否が応にも転入生というのは目立つ、ということはそれだけで目を付けられ易いということだ。
俺の食指云々に関してはいらない情報のような気もするが、悪い教師ではなさそうだ。
意外と問題少ないな、と遥は心の中で呟いた。


「教室行くか、ついて来い」
「はい」


そろそろ八時、チャイムが鳴る時間である。
教室の前に着くと、呼んだら入って来いと待機を命じて碓氷は一人で教室に入って行った。
少し開いた扉から漏れ聞こえた歓声のような黄色い声に密かに納得する。
担任が碓氷先生とかラッキー、今日もカッコいいなぁ、なんて言葉にやはり碓氷は人気のある教師のようだ、男子生徒に。
それをいつものことのように受け流す碓氷が少し喋り、入って来いと声が掛かった。
遥は落ち着いて扉を開いて皆の前に立つ。
やはりどの生徒も上品な雰囲気を持っていて、まだまだ若いなぁと思わせるような顔立ちだった。


「初めまして、俺は緒方遥と言います。この学校のことはまだあまり分からないのでご迷惑を掛けるかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します」
「社会人みたいな挨拶すんなよ学生」


遥が大学時代身に付けたどの企業にも失礼にならない態度にすかさず碓氷のツッコミが入る。
それに何人かの生徒が噴き出し笑いが起こったことで新参者を迎え入れる緊張感が薄れた。
遥の容姿を見てガッカリしたような表情をした生徒もいたものの、なかなか雰囲気の良いクラスらしい。


「コイツが何かやらかしても大目に見てやれよ。つーわけで緒方、お前の席はあそこな」
「はい」
「八時四十五分から始業式だからそれまでに体育館に集合。遅れんなよ」


HR終了、と碓氷は告げてさっさと教室を出た。
ちなみに遥の席は窓側の一番後ろで、そこに辿り着く前にHRが終わってしまった。
フォローをしてくれたが結構テキトーな教師である。
終わったことで前後左右の友人と喋る生徒たち。
遥も席に着くと、突然前の生徒がぐりんっと振り返って来た。


「この席八時前になっても空席だから欠席かと思った!」
「そ、そうなんですか」
「颯太君、自己紹介もしないで突然言われたらびっくりしちゃうよ」
「あ、そっか」


反応し難い言葉を言われてつい戸惑ってしまった遥だったが、遥の横の席の生徒がやんわりと窘めた。


「ははっ、ごめんごめん。俺は榎本颯太、ちなみにバスケ部。で、こっちが」
「僕は桜庭千里。華道部だよ」
「改めて、俺は緒方遥です」
「別に敬語じゃなくて良いぞ? タメなんだしさ」
「癖なんです」


だから気にしないで下さい、と言うと、ほぉ、と感嘆された。
前の席の榎本颯太、黒髪短髪でいかにもスポーツ青年といった爽やかさを感じる。
左隣の桜庭千里、少し茶色掛かったフワフワした髪質の癒しオーラが出まくっている可愛らしい小柄な青年だ。
しかしどこに行っても年齢を一切疑われないことに流石の遥もヘコみそうだ。
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