第二章
遥は405号室に足を踏み入れて振り返る。
「いろいろありがとうございました、清原先輩」
「いや、お前と喋るの面白かったぜ。何かあれば俺に言えよ、どんなことでも」
「はい。じゃあ、また」
遥は頭を下げて扉を閉める。
何とも人のよい青年だった。
丁寧に教えてくれたし、速水のことも伝えつつ不安にならないような配慮がなされていた。
寮に関しては大丈夫そうだなと忍に伝えることを一つ頭に入れる。
そして遥は意識を次へと向けた。
速水恭介、同室者であり──遥にとって少なからず縁のある不良青年である。
遥が部屋に入ろうと扉をくぐるとすぐ傍に速水が立っていた。
速水は不機嫌さを隠そうともせずに遥を睨み付ける。
「おいテメェ」
「何ですか?」
「この部屋は勝手にしろ。ただし俺に絶対関わるな」
近寄ったらどうなっても知らねぇからな、と速水は脅すような台詞を言い捨てて隣合った扉の左側に入っていった。
パタンと扉が閉まる音を聞いた遥は一応、分かりましたと口にして右側の扉に入る。
中には忍が準備してくれたのであろうベッドや棚や諸々の荷物が置かれていた。
遥は扉を閉めると眼鏡を外し、目を覆う鬘の前髪を掻き上げる。
そこからは切れ長の憂いを孕んだ瞳が姿を現す。
元々男女問わず目を惹く顔立ちであるのにそれが更に色気を増していた。
遥はベッドに座って息を吐く。
「とりあえず一歩進んだ。…というか速水恭介って…キョウ、だよな」
だとしたらあの態度の変わりようは何なのだろうか。
速水恭介、遥より五歳下の青年。
実は遥と速水は初対面ではなく、むしろかなり顔を合わせる仲であったのだ。
遥が高二の時、中学生に絡まれていた小六の速水を偶然通りがかった遥が助けたことから縁は始まる。
どうやらその時の遥が有り得ないほどカッコよく見えたようで、速水は中学に上がってから街でヤンチャしていた遥を意地で探し出した。
そして遥に弟子入りを志願するものの自由がモットーの遥に断わられたが、それからも遥について回るようになっていたのだ。
「あの頃は『ハルさんハルさん』って懐いてくれてたんだが…」
街でヤンチャしていた時は『ハル』と名乗っていた遥。
当然その時共にヤンチャしていた親友の忍と幹彦も、『シノ』『ミキ』と名乗って一緒にいたから三人とも速水とは顔見知りである。
忍と幹彦にも遥相手程ではないが礼儀正しくそれなりに尊敬の念を持っていたくらいだったのに。
「しばらく会ってなかったからな…」
遥が大学生になってから一度も会っていない。
気にならなかったわけではないが速水は遥が気まぐれに鍛えてやっていたこともあり、十分に強かったから大丈夫だと踏んでいたのだ。
あの頃よりも背は高く両耳にはリングをそれぞれ二つはしていて男らしくなっているが、遥の中では『速水恭介=キョウ』という関係式が既に確立していた。
「やはりよく分からないな…」
速水はもともとさっきの一匹狼風の性格だったが、遥たちへの尊敬があったから懐いてくれていただけなのか。
それとも懐く性格だったが清原が言っていたような問題のせいで性格が変わってしまったのか。
再会したばかりでは何とも言えない。
ぼふん、とベッドに倒れこんで遥は腕で目を覆った。
とりあえず。
「知り合いに会ってもバレないんだな、この変装」
忍の変装グッズの効果を思い知った遥だった。
「いろいろありがとうございました、清原先輩」
「いや、お前と喋るの面白かったぜ。何かあれば俺に言えよ、どんなことでも」
「はい。じゃあ、また」
遥は頭を下げて扉を閉める。
何とも人のよい青年だった。
丁寧に教えてくれたし、速水のことも伝えつつ不安にならないような配慮がなされていた。
寮に関しては大丈夫そうだなと忍に伝えることを一つ頭に入れる。
そして遥は意識を次へと向けた。
速水恭介、同室者であり──遥にとって少なからず縁のある不良青年である。
遥が部屋に入ろうと扉をくぐるとすぐ傍に速水が立っていた。
速水は不機嫌さを隠そうともせずに遥を睨み付ける。
「おいテメェ」
「何ですか?」
「この部屋は勝手にしろ。ただし俺に絶対関わるな」
近寄ったらどうなっても知らねぇからな、と速水は脅すような台詞を言い捨てて隣合った扉の左側に入っていった。
パタンと扉が閉まる音を聞いた遥は一応、分かりましたと口にして右側の扉に入る。
中には忍が準備してくれたのであろうベッドや棚や諸々の荷物が置かれていた。
遥は扉を閉めると眼鏡を外し、目を覆う鬘の前髪を掻き上げる。
そこからは切れ長の憂いを孕んだ瞳が姿を現す。
元々男女問わず目を惹く顔立ちであるのにそれが更に色気を増していた。
遥はベッドに座って息を吐く。
「とりあえず一歩進んだ。…というか速水恭介って…キョウ、だよな」
だとしたらあの態度の変わりようは何なのだろうか。
速水恭介、遥より五歳下の青年。
実は遥と速水は初対面ではなく、むしろかなり顔を合わせる仲であったのだ。
遥が高二の時、中学生に絡まれていた小六の速水を偶然通りがかった遥が助けたことから縁は始まる。
どうやらその時の遥が有り得ないほどカッコよく見えたようで、速水は中学に上がってから街でヤンチャしていた遥を意地で探し出した。
そして遥に弟子入りを志願するものの自由がモットーの遥に断わられたが、それからも遥について回るようになっていたのだ。
「あの頃は『ハルさんハルさん』って懐いてくれてたんだが…」
街でヤンチャしていた時は『ハル』と名乗っていた遥。
当然その時共にヤンチャしていた親友の忍と幹彦も、『シノ』『ミキ』と名乗って一緒にいたから三人とも速水とは顔見知りである。
忍と幹彦にも遥相手程ではないが礼儀正しくそれなりに尊敬の念を持っていたくらいだったのに。
「しばらく会ってなかったからな…」
遥が大学生になってから一度も会っていない。
気にならなかったわけではないが速水は遥が気まぐれに鍛えてやっていたこともあり、十分に強かったから大丈夫だと踏んでいたのだ。
あの頃よりも背は高く両耳にはリングをそれぞれ二つはしていて男らしくなっているが、遥の中では『速水恭介=キョウ』という関係式が既に確立していた。
「やはりよく分からないな…」
速水はもともとさっきの一匹狼風の性格だったが、遥たちへの尊敬があったから懐いてくれていただけなのか。
それとも懐く性格だったが清原が言っていたような問題のせいで性格が変わってしまったのか。
再会したばかりでは何とも言えない。
ぼふん、とベッドに倒れこんで遥は腕で目を覆った。
とりあえず。
「知り合いに会ってもバレないんだな、この変装」
忍の変装グッズの効果を思い知った遥だった。