第二章

中に入ると外観ほどではなかったが、それでも遥が高校生の時には考えられない程の豪華さだった。


「一ノ宮家の何代前がここを創立したのかは知らないが…」


忍もその父親も先代よりは一般人寄りの価値観になっているらしい。
さて、と遥は宝条の言葉を思い出す。
寮長の部屋は二階の201号室。
何故一階でないのかと思ったが何てことはない、一階は共同スペースのようだ。
仕切りの奥には自動販売機も見えた。
そしてその横にはエレベーター、少し離れた所には階段がある。


「階段だな」


五階以上だったらエレベーターを使う気にもなるが、二階ともなれば階段で十分だ。
足を進めて視界に入ったエレベーターの電光表示が『2』で止まっているのを見て、若者の足腰を心配しかけた瞬間。


「──共同スペースでは盛るなっつってんだろうが香坂ぁぁあ!!」
「まだヤってないってば、きぃせんぱぁい」
「お前、逃げられると思ってんのか!!」
「ごめんなさぁいっ」


突然共同スペースの中から怒声が聞こえたかと思えば、それに続いて聞こえるのは間延びした声。
何だと足を止めた遥に向かって共同スペースから出て来た金髪が走り寄ってくる。
そのすぐ後ろからは黒色短髪の目を吊り上げた青年が。


「逃げてんじゃ…ねぇっ!!」
「助けてぇ」
「えっ」


金髪の青年が行く先に立っていた遥の背中にさっと隠れた。
遥は目を丸くするが目の前に訪れた影にハッとする。
黒髪の青年が振り下ろした長い何かに気付いた瞬間、遥は雰囲気を鋭くして反射的に右手を前に出しその何かをいなそうとした。


「あ、悪い」


しかしその青年は短くそう謝るとピタリと手を止める。
長い何かが目の前から外れたのを見て右手を下ろした遥は、それを見て眉を上げた。


「蛍光灯…?」
「助かったぁ、また今度お礼するからねぇ」
「あっ、香坂!! まったく…」


遥の背後からいやに色気のある声でそう言った香坂と呼ばれた金髪の青年は、へらへらと笑いながら直ぐに来たエレベーターに乗って上の階へと行ってしまった。
香坂曰く『きぃ先輩』という名の黒髪の青年は、はぁと息を吐いて頭を掻く。


「何だか邪魔してしまったみたいですね」
「いや、俺の方こそ危ない目に合わせて悪かったな」
「でも何故蛍光灯?」
「蛍光灯換えてた時にあの馬鹿が共同スペースでヤろうとしてるのが見えてな」


たまたま持ってた武器が蛍光灯だったんだ、ハッハッハ、と明朗に笑う。
意外と喋りやすい青年のようだ、…行動については置いておいて。
しかし共同スペースでヤる…つまり行為に及ぼうとするとは。


「そういうのって日常茶飯事なんですか?」
「ンなわけあるか。香坂が懲りないだけ…っつーか、お前見ない顔だな。誰だ」
「あ、すみません。俺は緒方遥と言います。二年で今年度から転入することになりました」


今日が入寮日なんです、とサラリと偽りの自己紹介をする。
このきぃ先輩とやらに寮長への仲介を頼めたら良いという下心もある。
するときぃ先輩は何か心当たりがあるように頷いた。


「あぁ、お前が転入生か。案内はどうした?」
「宝条君は呼び出されて生徒会室に戻りました」
「あー、宝条か…あいつも大変だな」


同情の篭った声に、おや? と眼鏡の奥で目を瞬かせた。
権力を二分している内の一つである生徒会、まして副会長に対して一ノ宮学園では異常とも言える態度に疑問を覚えたのだ。
するときぃ先輩は不思議そうな遥に気付いたのか、にっと笑みを浮かべた。


「俺は清原優生、寮長だ」
「…え? 貴方が寮長?」
「おぅ。寮で何かあったら俺に言えよ」


ぽん、と肩を叩かれた。
成る程、清原先輩だからきぃ先輩か。
しかし名前からして母性溢れる先輩を想像していたが、むしろ男気溢れる先輩のようだ。
…蛍光灯を武器と言ってしまうくらい。


「俺にとっちゃあ、生徒会も風紀もただの後輩たちだからな」
「なるほど」
「じゃあ、お前の部屋に案内するぞ。ちょっと待ってろ」


そう言うと清原はスマホを操作する。
そして画面を見て目を瞬かせて、あーと苦笑混じりに声を漏らした。


「緒方の部屋は四階の405。んで…同室者が、二年の速水恭介だ」
「405号室で同室者が速水君…俺が来るまでは一人だったんですね」
「ん、んー…、まぁ、言っておくか」


エレベーターの上へのボタンを押して来るのを待つ。
流石に会話しながら四階まで上がるのはキツいし、するなら落ち着いて喋りたい。
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