第一章

学校──聖条学園に着き靴箱で上履きに履き替えようと靴箱を開けると、手紙が入っていた。


「やだ、もしかして──ラブレター…? あだっ」
「毎朝毎朝つまらん演技すんな」
「ちぇー、良いじゃん。不幸の手紙もラブレターだと思えば楽しいもんだよ」
「男子校なのにか」
「…それは置いといて」


俺は靴箱に入っていた五、六通の手紙を鞄に入れる。
教室に行って俺の机を見ると、あら素敵。


「お花が…もしかして、私の為に…? あだっ」
「ウザい」
「叩くなよー」


俺の机の上には花瓶が沢山。
今日は落書きじゃなかったか。
因みにその花ってのは、赤色のアネモネに紫陽花にアイリス。
花言葉は『君を愛す』『辛抱強い愛情』『貴方を大切にします』。
…単純に菊にしなかったのは変にプライドある坊ちゃん達らしいけど、花言葉ぐらい意識しようぜ。
金持ちだから季節外れの花も用意出来たんだろうけどさ。


「ん、お前にやる」
「はぁ? いらねぇよ」
「どうせお前の親衛隊からだろ。きっと贈り主はお前の席と俺の席間違えたんだよ。前後だし。花言葉が『君を愛す』だぜ? 情熱的じゃねーの」


俺はワザと声を大にしてさり気なく教室を見渡す。
ふむ、耳まで赤くしてんのが三名。
貴志の親衛隊(別名、如月 蓮に嫌がらせし隊←俺命名)の隊員だな。
花言葉知らなくて、その上それを好きな貴志にやられちゃあ悔しいやら恥ずかしいやらで居たたまれないだろうな。


「…分かった、貰ってやる」
「え!?」
「何驚いてんだ」


流石に鞄に入れるわけにもいかないから後ろの棚に花瓶を置き始める貴志を目を瞬かせて見る。


「いや、だってお前こういうの貰わないじゃん」


貴志自身は親衛隊を嫌ってるから相手にしない。
だから友達の俺に手紙やら花やら嫌がらせをしてくるんだけど…そんな奴が花を貰うなんて。
花瓶を置き終わった貴志の口の端が密かに上がる。
あ、こりゃ何か企んでんな。


「おーっす、蓮、佐伯」
「おはよう、健太」
「朝から元気だな、佐藤」


元気良く挨拶しながら俺の隣の席に着いたのは、聖条学園に入って最初に友達になった佐藤 健太。
貴志程じゃないにしても結構なボンボンのクセに顔は平凡、頭は超絶バカの残念な奴だ。


「お前失礼じゃね?」
「何のことだ」
「声出てんぞ、蓮」


マジでか。


「まー、本当だから良いけど。で? 今日の嫌がらせは? 落書き…はされてないな。新しい台拭き持って来たんだけど」


ごめん、訂正する。
健太めっちゃ良い奴。


「今日は手紙が五、六通。健太も見る?」
「見る見るー!!」
「…お前ら見てると嫌がらせする奴らが不憫に思える」


はぁ、と溜め息を吐く貴志を目の端に俺たちは手紙を開封する。
ふんふん、いつも通りの罵詈雑言だな。
『佐伯様から離れろ』『平凡のクセに生意気』『庶民が貴志様に近付いて良いと思ってんの?』『お前なんかいなくなれ』などなど。


「かわいーねぇ」
「いやいや、可愛くねぇだろ。特にコレ…いなくなれってのは言い過ぎじゃね?」
「んー、このコはいつもこんな感じだからなぁ。もう一周回って可愛いよ」
「このコって…差出人書いてあんの?」
「蓮は筆跡で誰が書いたか把握してんだよ」
「えぇ!? す、すげぇ…」


驚く健太に俺はにんまりと笑う。
因みに今までの手紙は寮の部屋に全部とってある。
使うつもりはないけど念の為に、な。
健太が顔をひきつらせて「不憫だな…」と貴志の言葉に同意した。
嫌がらせするなら、身バレしても良い覚悟でやってもらわないとな。


「つーか佐伯、助けてやんねーの? お前なら直ぐ止めさせそうだけど」
「蓮が余計なことすんな、だとよ」
「貴志が出て来ちゃったら更に嫉妬してエスカレートしていくかもしんないだろ? それに俺は、それなりに楽しんでる」


先程の俺のにんまり顔を思い出したのか、健太は遠い目をして頷いた。
納得してくれたのなら嬉しいよ。
それにしても、と俺は切り出す。


「何で健太には貴志の親衛隊からの嫌がらせがないんだろうな」
「やっぱ分かるんじゃないの?」
「何が?」
「さぁ?」


ニヤニヤとして健太は貴志を見た。
当の貴志は眉根を寄せて顔を背ける。


「俺と蓮への態度の違い見りゃ、一目瞭然だからねー」


貴志の態度の違い…?
同じだろ。
俺が口を開こうとすると携帯が震えだした。


「…げ」
「また呼び出しか?」
「うん…行ってくる…」


頑張れー、と呑気に手を振る健太に若干の殺意を覚えながら、俺はメールを寄越した人物のもとに向かった。
2/8ページ