第一章
生徒会室に戻ると、間宮は汚れた部屋を見て言う。
「分かったろ? 俺が汚してるわけじゃねぇって」
「…それは別にもう良い」
「じゃあ何怒ってんだ」
「っ、どうしてテメェは怒らない……ッ!」
ぐいっ、と胸ぐらを掴まれた間宮は自分より少し背の低い俺に視線を下げる。
「お前……」
「テメェが生徒会の仕事全部してんだろ!? なのにセフレだとか嘘言われてんのに、何でテメェは笑っ…、……っ!?」
俺は言葉を切った。
突然間宮に抱き締められて。
間宮の体温が今までにないくらい近くに感じられて、何故か言葉が出てこない。
「あー…ほんと、噂って何なんだろうな」
「い、イキナリ何だよ…」
「噂通りのお前ならあいつらのお前への悪口に怒るはずなのに、現にお前が怒ってんのは俺の悪口に対するもんだし…不意打ちで嬉しい」
ぎゅっ、と腕に力を込められた。
それを聞いた瞬間、脳裏に映像が浮かんだ。
『おまえが…そんな奴だとは思わなかった』
『ご、ごめん…もう俺らに、近付かないでくれるかな…っ』
目を合わせてくれない友人の…友人だった奴らの姿が。
俺は目を瞑って間宮の胸の中で首を振る。
「俺は…自分がしたことが他人に誤解されんのが嫌なだけで…結局自分のためにムカついてんだよ」
「大丈夫だ。どうせあいつらの一人相撲なんだから」
「え?」
意味が分からなくて顔を上げると、鼻先が触れそうなぐらいに間宮の顔があった。
うわ、整った顔しやがって…じゃねぇ!
今の体勢を認識して慌てて離れようとして、間宮は不満そうに俺を離す。
な、何だその顔はっ!
俺は誤魔化すように咳払いをした。
「…で、一人相撲って、どういう意味だ」
「慎也たちがいくら俺を貶めようと、もう皆…霞桜学園の生徒も教師も、俺以外が仕事してないってこと知ってんだよ」
「…そう、なのか?」
「あぁ。お前は知らねぇと思うが、井川が転入してきて直ぐに慎也も尚輝も空も海も井川にオちやがってな。それから仕事はしねーわ、備品は壊すわ、親衛隊とモメるわ…風紀もイライラしてんだよ。そんなの見てりゃ、あいつらが仕事してないのは一目瞭然。なのに学園は滞りなく回ってる」
ってことは俺が仕事してんのも一目瞭然だ、と苦笑しながら間宮はそう言った。
そうか…だから食堂で副会長の奴らは生徒たちにあんな睨まれてたのか。
仕事してないのに好き放題やってりゃ当然だな。
「お前は…井川に惚れなかったのか?」
「あんなワケ分からん宇宙人に惚れるほど切羽詰まってねぇよ」
間宮の即答に俺はホッとする。
…ん? ホッとするって何だ。
間宮が井川に惚れようが関係ねーじゃん。
「これから副会長たちをどうするんだ?」
「リコールするのが賢明だな」
俺の言葉に答えたのは間宮じゃなかった。
生徒会室に入ってきたのは黒縁眼鏡の男子生徒──風紀委員長山下 純一。
理解力があり堅実に風紀を正すが、腕っぷしもあってある種の人間からは恐れられている。
「山下、またお前か」
「そんなことを言うぐらいだったら早くリコールしろ、間宮」
「リコールするのはまだ早い」
「リコール……」
やはりそんな話が上がってんのか。
山下の口調から、もうリコールの準備は出来てんだろうな。
山下は呆れたように息を吐いてこっちに目を向ける。
「お前が神山か。風紀委員長の山下純一だ。初めましてだな、神山」
「…そうだな」
「初めまして? 初対面なのか?」
意外そうな間宮に山下は頷く。
「あんな噂があるにも関わらず、神山は俺たち風紀には一度も世話になっていない」
「……お前、何で不良とか言われてんだ」
「知るか。見た目だろ」
気まずくて顔を逸らす。
何か俺がヘタレみてぇじゃねーか。
ただ面倒が嫌いなんだよ、俺は。
山下はリコールの件だけが用事だったのか、退室しようと扉に向かう。
しかし一歩手前で足を止め、首だけ振り返った。
「……人の話や噂だけでしか人を判断しない野郎どもは黙ってろ、か。俺たちにはなかなか痛い台詞だった」
「別にお前は違うだろ。俺見ても怖がんねーし」
「…フッ。気に入ったぞ、神山司」
「は? うわっ」
突然間宮に後ろから抱き締められた。
こっ…いつ、ワケ分からん行動しやがって!!
「何やってんだ間宮! 離せバカ!」
「俺のモンに手ぇ出したら風紀潰すぞ」
「は!? 俺のモンって何だ!」
「直ぐそっちの思考回路に持って行くんじゃない。いつでも手を貸すと言っているんだ」
はぁ、と山下は眼鏡を上げながら呆れたような息を吐く。
そして去り際に一言。
「お前の憧れの生徒会長にも笑われるぞ」
パタン、と扉が閉まる。
俺は目を瞬かせて、相変わらず後ろから俺を抱き締めてる間宮を見上げる。
「…憧れの、生徒会長? 生徒会長はお前だろ?」
「あー…山下が言ってんのは、他校の生徒会長のことだ。っつっても、中学の時のだけどな」
「意味分かんねぇんだけど。つか離れろ」
「お前抱き心地良いんだよ。そっちの意味じゃなくてな」
「死ね」
がんっ、と思いっきり足を踏んでやった。
い…っ、という間宮の声に溜飲が下がる。
そっちの意味の抱き心地とか、いちいち下ネタ挟むんじゃねぇよ。
「分かったろ? 俺が汚してるわけじゃねぇって」
「…それは別にもう良い」
「じゃあ何怒ってんだ」
「っ、どうしてテメェは怒らない……ッ!」
ぐいっ、と胸ぐらを掴まれた間宮は自分より少し背の低い俺に視線を下げる。
「お前……」
「テメェが生徒会の仕事全部してんだろ!? なのにセフレだとか嘘言われてんのに、何でテメェは笑っ…、……っ!?」
俺は言葉を切った。
突然間宮に抱き締められて。
間宮の体温が今までにないくらい近くに感じられて、何故か言葉が出てこない。
「あー…ほんと、噂って何なんだろうな」
「い、イキナリ何だよ…」
「噂通りのお前ならあいつらのお前への悪口に怒るはずなのに、現にお前が怒ってんのは俺の悪口に対するもんだし…不意打ちで嬉しい」
ぎゅっ、と腕に力を込められた。
それを聞いた瞬間、脳裏に映像が浮かんだ。
『おまえが…そんな奴だとは思わなかった』
『ご、ごめん…もう俺らに、近付かないでくれるかな…っ』
目を合わせてくれない友人の…友人だった奴らの姿が。
俺は目を瞑って間宮の胸の中で首を振る。
「俺は…自分がしたことが他人に誤解されんのが嫌なだけで…結局自分のためにムカついてんだよ」
「大丈夫だ。どうせあいつらの一人相撲なんだから」
「え?」
意味が分からなくて顔を上げると、鼻先が触れそうなぐらいに間宮の顔があった。
うわ、整った顔しやがって…じゃねぇ!
今の体勢を認識して慌てて離れようとして、間宮は不満そうに俺を離す。
な、何だその顔はっ!
俺は誤魔化すように咳払いをした。
「…で、一人相撲って、どういう意味だ」
「慎也たちがいくら俺を貶めようと、もう皆…霞桜学園の生徒も教師も、俺以外が仕事してないってこと知ってんだよ」
「…そう、なのか?」
「あぁ。お前は知らねぇと思うが、井川が転入してきて直ぐに慎也も尚輝も空も海も井川にオちやがってな。それから仕事はしねーわ、備品は壊すわ、親衛隊とモメるわ…風紀もイライラしてんだよ。そんなの見てりゃ、あいつらが仕事してないのは一目瞭然。なのに学園は滞りなく回ってる」
ってことは俺が仕事してんのも一目瞭然だ、と苦笑しながら間宮はそう言った。
そうか…だから食堂で副会長の奴らは生徒たちにあんな睨まれてたのか。
仕事してないのに好き放題やってりゃ当然だな。
「お前は…井川に惚れなかったのか?」
「あんなワケ分からん宇宙人に惚れるほど切羽詰まってねぇよ」
間宮の即答に俺はホッとする。
…ん? ホッとするって何だ。
間宮が井川に惚れようが関係ねーじゃん。
「これから副会長たちをどうするんだ?」
「リコールするのが賢明だな」
俺の言葉に答えたのは間宮じゃなかった。
生徒会室に入ってきたのは黒縁眼鏡の男子生徒──風紀委員長山下 純一。
理解力があり堅実に風紀を正すが、腕っぷしもあってある種の人間からは恐れられている。
「山下、またお前か」
「そんなことを言うぐらいだったら早くリコールしろ、間宮」
「リコールするのはまだ早い」
「リコール……」
やはりそんな話が上がってんのか。
山下の口調から、もうリコールの準備は出来てんだろうな。
山下は呆れたように息を吐いてこっちに目を向ける。
「お前が神山か。風紀委員長の山下純一だ。初めましてだな、神山」
「…そうだな」
「初めまして? 初対面なのか?」
意外そうな間宮に山下は頷く。
「あんな噂があるにも関わらず、神山は俺たち風紀には一度も世話になっていない」
「……お前、何で不良とか言われてんだ」
「知るか。見た目だろ」
気まずくて顔を逸らす。
何か俺がヘタレみてぇじゃねーか。
ただ面倒が嫌いなんだよ、俺は。
山下はリコールの件だけが用事だったのか、退室しようと扉に向かう。
しかし一歩手前で足を止め、首だけ振り返った。
「……人の話や噂だけでしか人を判断しない野郎どもは黙ってろ、か。俺たちにはなかなか痛い台詞だった」
「別にお前は違うだろ。俺見ても怖がんねーし」
「…フッ。気に入ったぞ、神山司」
「は? うわっ」
突然間宮に後ろから抱き締められた。
こっ…いつ、ワケ分からん行動しやがって!!
「何やってんだ間宮! 離せバカ!」
「俺のモンに手ぇ出したら風紀潰すぞ」
「は!? 俺のモンって何だ!」
「直ぐそっちの思考回路に持って行くんじゃない。いつでも手を貸すと言っているんだ」
はぁ、と山下は眼鏡を上げながら呆れたような息を吐く。
そして去り際に一言。
「お前の憧れの生徒会長にも笑われるぞ」
パタン、と扉が閉まる。
俺は目を瞬かせて、相変わらず後ろから俺を抱き締めてる間宮を見上げる。
「…憧れの、生徒会長? 生徒会長はお前だろ?」
「あー…山下が言ってんのは、他校の生徒会長のことだ。っつっても、中学の時のだけどな」
「意味分かんねぇんだけど。つか離れろ」
「お前抱き心地良いんだよ。そっちの意味じゃなくてな」
「死ね」
がんっ、と思いっきり足を踏んでやった。
い…っ、という間宮の声に溜飲が下がる。
そっちの意味の抱き心地とか、いちいち下ネタ挟むんじゃねぇよ。