第一章

「ここ、片付けてくれ」
「こ、れは……また……」


取り敢えずついて来いと引き摺られて来たのは、普通は足を踏み入れることのない生徒会室だった。
何なんだと不穏なオーラを出していた俺だが、中を見てつい言葉を失った。
なんつーか、台風でも発生したのかと訊きたくなるぐらいの荒れ模様。
誰もいない生徒会室に入り見渡すと、役員の机の上にはお菓子の袋にカレーみたいなのの食べこぼし。
床には高そうなカップやらが乱雑に散らばっていて、給湯室には汚れた食器類。
唯一綺麗と言って良いのは会長である間宮の席だけだった。


「……何だこれ」
「気にせず早く片付けろ」
「何でテメェは席に座ってんだ」
「仕事があるからだよ」
「俺一人で片付けろってか? ふざけ……」
「写真」


ぐ、と黙ざるを得ない俺はニヤリと笑う間宮に盛大に舌打ちしてやった。
あー、くそっ、油断した。
何で授業中なのに教室行ってねーんだよコイツ。
……そういや生徒会は色々優遇されるとか聞いたことあんな。
こんな遊びまくってる生徒会が優遇されるとか納得できねー。
はぁ、と溜め息を吐きながら床の丸まったティッシュに手を伸ばして……離した。
いや、だって何か白い粘着性のある液体みたいなのがこれ……。


「ヨーグルトな、それ」
「み、見てんなよ」
「ザーメンじゃねぇぞ」
「わ、分かってるっつの!!」


くくっ、と肩を震わせながら書類にペンを滑らせる間宮に、若干赤くなった顔を誤魔化すためにそう叫んだ。
霞桜はホモやバイの巣窟だから、生徒会室にザー……そういうのが転がっててもおかしくないとか思ってしまった。
特に間宮の場合は。
相手に事欠かないだろうしな、コイツ。
にしてもここまで汚くすりゃ他の役員怒るだろ。
副会長の戸高 慎也は笑顔の絶えない潔癖王子。
会計の大塚 尚輝は無口な無愛想。
書記の樋口 空、樋口 海の双子の兄弟は見分けてほしいのかほしくないのか分からないガキのテンション。
俺の噂以上に囁かれるソイツらは、皆仕事は真面目にする有能さらしい。
俺には関係ないないけどな。
チラリと間宮を見ると静かに仕事を進めている。
しかし机には異常なまでに積み重なった書類の山。
生徒会室こんなに汚すまで遊ぶからそこまで溜まるんだろうがバカめ。


暫くしてカタンとペンを置く音がした。
肩を回す間宮の様子から、仕事が一段落ついたらしい。
間宮はじっと見つめる俺に気付く。


「見惚れてんのか? 抱いてやろうか」
「死ね」
「冗談だ……って、すげぇな……」


間宮がそう呟いて生徒会室を見回した。
数時間前とは比べ物にはならないほど綺麗になった部屋。
袋やら紛らわしいティッシュやらカップやら食器は全てあるべき場所へと戻っていた。


「久し振りに見たぜ、こんな綺麗な生徒会室」
「日頃から綺麗にしとけ。つーか汚すな。信じらんねぇよマジで。生徒会室っつーのは生徒の見本になるべき部屋で、学校を引っ張る為の大切な……」
「役員みてぇなこと言うんだな」


その言葉に小さく肩を震わせる。
……失言した。
ごほん、とわざとらしく咳払いをした。


「とにかく、汚すな」
「俺に言われてもなぁ」
「はぁ? どういう意味だ」


間宮は片眉を上げる。


「知らねぇのか、お前」
「何を」
「井川 優馬」
「……誰だそいつ」


知らないと言外に伝えれば、間宮は珍しく目を瞬かせた。
そしてぷはっ、と吹き出す。


「そうか、まだあの宇宙人知らない奴がいたとはな」
「宇宙人? …頭沸いてんのかテメェは」
「よし、じゃあ次の命令な」
「は? 一個だけじゃないのか!?」
「当たり前だ」
「やってられっか、そん…」
「写真」
「…さっさと言え」


屈辱だ。
でもこの俺が花に笑い掛けてる写真とかが広まったら、他の奴らに嘗められて面倒が増える。
それだけは何としても阻止しなければ。


「明日の昼休み前に、生徒会室に来い」
「昼休み前…? …分かった」


間宮は俺の頷きに満足そうな表情で立ち上がった。
そして帰る準備をして鞄を持って此方に歩いてきて、ぽんと俺の頭の上に手を置いて笑う。


「片付けありがとな、神山」
「……っ、べ、別に…」


素直に礼を言われるとは思ってなかったからつい目を逸らしてしまう。
だから間宮が俺を見て、更に笑みを深くしたことには気付かなかった。
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