第一章

私立霞桜学園は、全寮制のお坊っちゃま学校だ。
中高一貫で思春期を同性に囲まれて過ごすモンだから、そういう奴が多い。
…分かるよな? そういう奴だ。
そんな冗談みたいな学園の高等部に外部生として入学した俺、神山 司は現在二年になっている。
赤い髪した一目で不良と分かる外見をした俺は、大層な噂の持ち主だった。

曰く、街の不良を束ねてる。
曰く、その筋の一人息子である。
曰く、目が合っただけで病院送り。
曰く、中学生で暴力事件を起こした末の裏口入学である。

他にもあるらしいが、挙げるのがめんどくさいから止めとく。
にしてもまぁ、こんなに的外れな噂が浸透したもんだ。
街にはあまり出たくないから休日は寮でダラダラしてる。
そんな俺に街の不良を束ねる暇があるわけないだろ。
それに俺の両親は医者だ、その筋とは全く関係ない。
しかも弟が一人いるし。
目が合っただけで病院送りとか、どんだけ猟奇的な奴なんだよ…。
ンないちいちやりあってたら十歩歩くだけで息切れするだろうが。
裏口入学はない。
確かに高等部からの入学試験は半端ない難しさだとかで霞桜学園は有名だが、噂っつーのはアテになんねぇってのがよく分かる優しい問題だった。
俺を含めて二十人くらい受けてたけど結局外部入学は俺しかいなかったのが不思議だが…どっか別に良い学校でも見付けたんだろ。

でも一つだけ、正しい噂があった。
『中学生で暴力事件を起こした』…これだけは、正しい。
疑いようもない事実だ。
ま、こんな外見した俺が暴力事件なんて見た目通り過ぎて重要視されてねーみたいだけどな。
そんな俺が普通に学園生活を送れるはずはなく、今も絶賛サボり中だ。
霞桜学園は実力主義で、定期テストでそれなりの点数取っておけば進級できるから、ありがたくそのシステムを享受してる。


広大な敷地に立つ校内をブラブラ散策しながら、ふと空を見上げた。
青い空に、少しの白い雲が悠々と漂っている。
毎日をこんな堕落した姿で過ごすことになるとは、中学生の頃は全く考えなかったもんだ。
朝の登校完了のチャイムが鳴ってから俺は寮から出て校内散策開始。
湖やら噴水やらがあったり木が茂っていたり、結構楽しい。
昼休みは屋上の梯子を登った所で昼寝。
俺がいるっていう情報があるのか、誰も来ない。
午後は昼寝続行か散策再開。
そして終業のチャイムが鳴る前に寮に戻る。
そんな生活を送る俺には誰も文句は言えない。噂のおかげだとするとありがたいもんだな。
久し振りに校舎の一つに近付いてみた。
校舎がありすぎてここが何の為の校舎かは分からないが、授業の声が聞こえないから教室ではなさそうだ。
ぐるっと一周してみようと足を進めると、ふわりと風に香りが乗って鼻腔をくすぐった。
更に足を進めると、目の前に現れたのは花壇だった。


「こんなとこに花壇があったのか…」


先程の香りは、花の香りだったのか。
色とりどりの花が青空に向かって咲いている。
ふらりと誘われるままに花に歩み寄ってしゃがみこむ。
水を与えられたばかりなのか、水の小さな膨らみが葉や花弁に留まり太陽の光をキラリと反射させた。
その可憐でいて、なのに強かさを持った姿に笑みが零れた。


「綺麗だな、お前らは」


パシャリ


ふと、変な音が耳に入った。
機械の音だ。
その音が鳴ったと思われる方に首を向けると、校舎の中から男子生徒が携帯を此方に向けていた。


「………」


パシャリ


再び聞こえる機械音。
それは明らかにカメラのシャッター音で。
その男子生徒はディスプレイを確認して頷いた。
そこでようやく俺は今の状況を理解して立ち上がる。


「…ちょっと待て。何撮ってんだ」
「ん? あぁ、噂の不良クンが花を愛でてる心温まる光景をな」
「っ、テメッ…、…お前、は」


面白そうに口の端を上げるその男に、見覚えがあった。
実力主義な霞桜学園の頂点に君臨する男。


「生徒会長…か?」
「生徒会長の間宮 裕貴だ。学校に寄り付かねぇテメェでも、流石に俺のことは知ってるだろ?」


そう当然のように言い放ったソイツは、確かに霞桜の生徒会長だった。
間宮 裕貴、俺と同じ高二。
家柄もさることながら、自身の能力も高く、ついでに容姿端麗なこともあって霞桜の生徒(勿論男子)に抱いてくれと懇願される男だ。
しかし、だ。
俺はコイツがすげー嫌い。
俺様な性格が勘に障る。
努力してませんみたいな態度もムカつく。
相手にしたくなくて俺は無言でその場から立ち去ろうとした。


「おい、神山」
「気安く呼ぶな」
「じゃあ心優しい不良クン」


その言葉でハッとしてぐるんっと勢いよく振り返った。
そこにはヒラヒラとこれ見よがしに携帯を振る間宮の姿が。
写真、撮られたんだった…っ。
胸ぐらを掴もうと地を蹴るが、ひょいと後ろに下がられた。
校内に乗り込みたいが、土足では気が引ける。


「ちなみにボタン一つ押せば霞桜全生徒、全教職員に写メが送られる」
「な…っ!?」


言葉を失う俺に、間宮はニヤリと玩具を見付けたような表情で笑う。


「消してほしかったら俺の言うこと聞いてもらおうか、神山」


気安く呼ぶな、とは───既に言えなくなっていた。
あぁ、面倒なことになってきた…。
俺は内心、頭を抱えた。
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