第一章


それから。
少年は真実を知って何もなかったように振舞えるほど大人ではなく。
認めてもらおうと積極的に話し掛けていたことも止め。
父と母、そして弟の静佳を避けるようになった。
その変化はきっと三人も気付いている。
しかし何も言っては来ない。
父に至っては、書斎に賞状が置いてあったのだから、少年が書斎に入ったことは分かっている。
そしてもしかしたら、写真も見られてしまったかもしれないと、思った可能性もある。
しかし、何も言わない。
つまりは、そういうことなのだろう。


「…そうだ」


ある日少年は、外へと繰り出す。
ずっと鬱々としていても何も変わらない。
自分が苦しいだけだ。
外へ気分転換する方が良い。
しかし何の目的もないまま彷徨っても何にもならない。
ならば。


「…本当のお母さん、捜してみようかな」


優奈という名前、そして写真の顔。
今どこにいるのかも分からないし、どういう経緯でこうなったのかも分からない。
でも何かしていた方が気が紛れるというもの。
それからと言うものの、少年は毎日のように街に繰り出して、女性を見付けては違う、と頭を振る日々を繰り返していた。
そして、明後日が入学式。
柳原学園中等部への入学式の二日前。
前日から入寮するため街に繰り出すのも最後という日。
少年はせっかくだからと、少し遠い場所まで足を延ばした。
宝物を見付ける冒険のような、少しわくわくする胸の高鳴り。


「…まぁ、いるわけないよねー」


電車で降りて、ふらふらと。
春休みなこともあって、子どもも大勢遊び回っていた。
そんな喧騒を、同じ子どもながら、それでいてもう直ぐ中学生なんだぞと少し誇らしく思いながら眺めていた。
そして、その中の一人の子どもが、どこかへ走り寄って行って。
突撃した先は、女性と男性の二人の元。
お母さんとお父さんかな、と、自分では考えられない光景に、目元を和らげかけて。
呆然と、立ち尽くした。
母と思われる、女性のその顔が。
父の書斎で見つけた写真の。
自分の母とそっくりで。


「…、……」


声も出ず、急速に口が渇いて行く。
そして、子どもがママー、と声を出し。
男性が、優奈、と呼ぶ声が風に乗って耳に入って。
それから。
どうしたんだったか。
夜、外は暗くなっていた気がする。
ガラの悪い少年少女たちが、コンビニや裏路地にたむろしている光景も目に入った。
少年は春先らしい少しの肌寒さと、目立たないように、という思いで。
黒のパーカーを買った。
そして何も考えず、何の気持ちも、言葉も思い浮かばず。
電車に乗って、帰宅して。
すとん、と。
足の力が抜けたように崩れ落ちた。


「……、はは、…はははっ」


少年は、笑う。
気持ちの伴わない、機械のような声で。
父と、母と、静佳。
あの男性と、本当の母と、子ども。
あぁ、もうきっと。
自分の入る場所はないのだ。
自分は最初から、誰の家族にもなれなかったのだ。
笑う、嗤う、彼はわらう。
望みの絶えた、その顔で。
これが彼の受けた、二つ目の裏切り。
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