第二章
「─…り、─…うり、悠里? 大丈夫ですか?」
「……あ?」
ふと名を呼ばれているのに気付いて顔を上げると、とんでもない美形がそこにはいた。
腰まであるサラッサラの髪に、気品のある雰囲気。
王子のようなこの男は生徒会副会長二年、工藤智也だ。
「何度呼んでも返事がなくて…仮眠室に行きますか?」
思考がトリップしていたせいで、いらぬ心配をかけてしまったみたいだ。
しかも休む提案まで…っほんとに良い奴だよな!!
美形な上に優しいとか、智也…お前はどんだけ王子属性なんだ。
「…いや、疲れてねぇし、別に良い。それより何か用か」
なのに『俺様生徒会長』の俺は、そんな優しさを無碍にする態度……。
だって『俺様』が簡単に礼を言うとか、逆に変に思われるんだよ。
でも智也はそんな俺が気に障った風でもなく、プリントを机の上に置いた。
「昨日入学式が終わったばかりで申し訳ないのですが、来週の新歓の企画書を明後日までに作っていただけますか?」
「新歓…新入生歓迎会か」
そう言えばそうだった。
柳原学園は中高一貫と言っても、新入生歓迎会はきっちりやるんだよな。
高等学校は行事も生徒会に任されてるからなぁ…。
「確か去年俺たちは立食パーティーだったよな」
「はい。九条前生徒会長は、大手食品メーカーの御子息でしたからね」
あれは美味しかった。
舌の肥えてる坊ちゃん達も満足そうだったし。
ウチの実家も食品メーカー企業を持ってたはずだし、この際同じでも……。
「去年と同じにしよう、とか馬鹿なこと思ってませんよね、松村会長」
そんな見透かしたようなことを若干の毒を混ぜて言うのは、庶務の二年、島崎俊太。
首の後ろが少し隠れるくらいの黒髪に、いつも怠そうで面倒くさそうな表情。
俺に毒舌を吐ける珍しい人種だ。
「それじゃ悪ぃのか」
「悪くはないですけど、会長の底が知れますよね。まぁ、アンタの底がどんくらいかなんてどーでも良いんですけど」
「俊太…もう少しオブラートに包んで言いましょうよ」
「オブラート? 何ですかそれ、美味しいんですか工藤副会長」
「オブラートってゆーのはねぇ、デンプンで作った薄い膜だから、僕はあんまり美味しくはないと思うな~」
「私はそういう意味で言ったわけでは…」
「そのくらい知ってますよ、里中会計。俺も分かって言っただけですから」
智也と俊太の会話にズレた方向で入ってきたのは、会計の二年、里中啓介。
淡いハニーブラウンの天然パーマに、はにかむその笑顔。
マジで可愛い。
密かに俺の癒やしです。
そんな癒やしが俺の方に寄ってきて、俺の首もとに横から抱きついてきた。
「悠ちゃん悠ちゃん。僕はねぇ、お菓子パーティーが良いと思うな~」
「そりゃテメェが食いたいだけだろーが。つか離れろ」
「えぇ~。お菓子だったら僕の家も協力出来るのに~」
「おい啓介、離れろっつってんだろーが」
「やだ。悠ちゃん良い匂いなんだもん」
スンスンと首もとで鼻を鳴らす。
いやいや、俺の匂い嗅いで何が楽しいんだ。
良い匂いなのはお前だろ。
う、天パがくすぐったい。
「……里中会計。松村会長嫌がってんじゃないですか。離れたらどーです」
「なぁに、俊ちゃん。もしかして──羨ましーの?」
「…何言ってんのか皆目見当付きませんね」
俺にも皆目見当付きません。
つーか何なんだ、この状況。
ほら、周りを見てみなさい。
智也は困惑気味に苦笑してるし、俊太はもうめっちゃ睨んでくるんだって。
アレか。
サボってんじゃねーよバ会長にバ会計が、的な視線か。
俺のせいじゃないのに!!
啓介がスキンシップが好きなだけなんだって!!
「あー、早く離れろ。抱きつきたいなら俊太んとこ行け。俊太も啓介に抱きついてもらえるし、一石二鳥だろーが」
「……え?」
「は?」
啓介と俊太が二人して短い声を上げて、智也も目を瞬かせてる。
え、何。
俺何か変なこと言った?
あ、もしかして羨ましいとか恥ずかしいからぼかしてたのに、俺がストレートに言っちゃったからか。
うわ、どうしよ。
空気読めないヤツとか思われる。
空気読めない俺様とか、手に負えないだろ……。
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