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一ヶ月目

「どうして、そう思う?」
 彼は先を行きながらそう問いかけた。どうして──?そんなこと、考えたこともなかった。私にとって何らかの回答はコンピュータが吐き出した計算結果の紙を読み上げているに過ぎず、そこに思考の介在する余地はないはずだった。
 だが、今は明確に思考を意識している。
 彼はなぜ、それを私に問うているのか?
「そう思うから、そう思うんです」
 私は「いけませんか」と付け加えた。彼は回答の代わりに微笑んだ。彼の思考は分かりづらい──というよりも、彼は意図的にそれを隠す癖があった。自分の意見が、顕にした時点で人を傷つけうるものだと知っているから。つまり、彼の答えは「YES」、またはそれに類するものだ。
「……私は」
 彼を不快にさせたとは思わなかった。だが、弁明は良いことのように思えた。
「思考の介在しない方が人間らしいと思います。大人より子供のほうがずっと人間らしいように。思考は、機械的に見える」
「そうかな」
 彼は足を止めて振り返った。
「思考を止めた人々には機械的な不気味さがある。君、ホロコースト映画を見たことは?」
「いいえ。まだ」
 彼はこちらの顔をじっと見上げた。私は微動だにしなかった。
「……また昔の話か、と思うかい?」
「いいえ。どうして?」
「いや、いいんだ。生徒には嫌がられるものでね」
 彼は続けた。
「あれに描かれている人々の姿。あれこそ機械的なんだよ。総統がああすれば我々はこうする。なぜなら、そうすべきだから。あるのは支配者への陶酔と、明日の生活を守る本能だけだ。そこに思考は無い!プログラムに沿うことでしか動けないんだ」
 彼は曇った眼鏡を外しハンカチで拭いた。
「だから、君にも思考を持ってもらいたい。どうしてそうするのか。まだ深くに潜れなくても良い。その理由さえ明確に出来ればね」
 彼の言う通り、負の歴史──私にはそう伝えられている──を繰り返さないためにも、恐らく私はそうするべきなのだ。
「それで、君はどう思った」
 私は答えた。
「そうするべきでは無い、と思いました」
 私は彼の禿げ上がった頭を見つめた。
「ですが、この答えは貴方を不快にさせてしまうので『そうするべきだ』と答えます」
 彼はぽかんとした。
 それから、腹の底から湧き出てきたように笑った。
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