短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
意識が浮上して、目を開けようとしてもうまく開けられなかった。
目が沁みる。…
ごぼ。ごぼぼぼ。
瞬間、鼻の奥と肺に激痛が走った。
訳もわからずもがくも、手足がうまく動かない。
息が、できない。
(死ぬ…!?)
誰かが俺の手を引いた。
そのまま引っ張られて、ざぱん、という音と共に空中へ放り投げられる。
「……ッ」
今まで水の中にいたのだ、と頭のどこかで理解した。
そして引力に従って落下した俺を、誰かの腕がしっかりと受け止める。
ついでにその衝撃で勢いよく水を吐いた。
「…ガッ、げぼっ…ごほっ」
喉も、鼻も肺も痛い。
なんとか目元をこすり、目を開ける。
ぼんやりとした朧げな視界に、人型の「誰か」が映る。
緑の髪、所々緑色の青白い肌、耳のあたりから生えたヒレのようなもの。
「にん、ぎょ…?」
どちらかというと半魚人ではとも思ったが、頭部のつくりは人間なので人魚でいいだろう。
「おや、生きていますね」
「あは、クジラの潮吹きみたいにぴゅーって水吐いてたね。おもしれー」
俺を抱き抱えている人魚と、もうひとりのよく似た人魚は揃ってこちらの顔を覗き込んでいる。
状況はあまり理解できていないけれど、彼らが俺を助けてくれたようだった。
「あ、の…ありが」
「もっかいやろー」
「あっ、フロイド」
潮で傷んだ喉でなんとかお礼を言おうとする、が。
俺は抱えられていた腕から取り上げられて再び空高く放られた。
え。
「えええええ!?」
思わず叫んでまた咳き込む。
俺はその後何度か高い高いフライハイさせられ、いつのまにか意識を失った。
〜〜〜〜〜
「で、ここまで連れてきてしまったのですか」
オクタヴィネル寮の寮長室、呆れた表情でため息をつくアズールは、双子によって地面に横たえられた「それ」に視線を向ける。
「フロイドが大層遊んでしまいまして。放っておくのも忍びなくてつい」
「ねぇ〜飼ってもいいでしょアズール〜。俺ちゃんと世話するからぁ〜」
にこにこと上機嫌におねだりをしてみせるフロイドに、二人は「しないだろうな」と漠然と予感した。
例えるなら、ペットを飼いたいとごねた小学生がいざ飼ったとしても最終的に親が面倒を見ることになる。
そんな雰囲気を漂わせていた。
「はぁ…向こうならまだしも、学園に得体の知れない者を連れ込むなんてリスクが高すぎます。戻してきなさい」
「海ん中にぃ?ひどくね?」
「そこは陸に戻してあげましょうフロイド」
頭が痛いとばかりにアズールはそう言った。
彼らが話し込んでいるうちに、件の人間は目を覚ましてしまう。
「……う、」
見知らぬ場所だ。
そこかしこが痛むなか、重い体を持ち上げてゆっくりと起き上がり、辺りを見渡す。
彼は意識を失う前のことを思い出そうとした。
気がついたら何故か海の中にいて、溺れて死にかけたところを人魚に助けられて、アグレッシブ高い高いでまた死にかけた。
状況がよくわからない。
彼はごく普通のどこにでもいる社蓄だった。
その日もいつものように会社で残業をしていた。
それがなんで海にいたんだろう。会社のある県は海から遠いはずだ。
ぐるぐると思考が回る。
「おや」
「あは」
「目が覚めたのですね」
三人がぐるりと彼に注目した。
そのころにはもう結論が出ていた。
(うん。夢だ)
やけだ。全ての思考を放棄した。
だって仕方ない。わからないことを考えたって意味がない。
社畜は、これを夢だと思うことにした。
そして次の瞬間とった行動は、
「ここで働かせてください!」
土下座だった。
「!?」
驚く三人。無理もない。
なんら脈絡のない土下座なのだ。
しかも社畜は微動だにしない。
二度死にかけて体中ガタガタであろうに、土下座の体勢のまま留まっている。
やたら手慣れた所作だ。
「…あなた、何を言っているかわかっているのですか」
「ここで働かせてください!」
我に返ったアズールが問いかけるも、答えは同じ。
社畜なのだ。
夢だとしても、見知らぬ土地で身寄りがないのであれば働き口を得るべきだ、と。
「ここは学園です。部外者を置いておくわけにはいきません。…それに、肉体労働ができるようにはとても見えませんが」
社畜は顔色が悪く、やつれ、目元にクマができていた。
もう何徹か覚えていないが、その結果なのだろう。
それより何より、社畜の気を引いたのは。
「学園……学、生…?」
三人が学生であったことだ。
なるほど、確かによく見れば肌も髪も瑞々しくていかにも
あまりにも彼らに風格がありすぎて、成人だとばかり思っていた。
彼らの着ていたのが寮服…大人の雰囲気を思わせる店か、あるいは闇商人かなにかのような出立ちであったのも大きい。
「そう、僕たちは学生です。ですからそのようなみっともない真似は…」
相手が学生であろうと、社畜にできることはひとつだ。
「ここで働かせてください!なんでもします、雨風を凌げれば寝床はどこでも構いません!掃除も洗濯も皿洗いも雑用も、なんだってやります!できます!」
社畜は転職を知らない。
今いる場所から離れて、新たな職を得られるとは思わないのだ。
縋った藁を手放せば死んでしまうのだと、それだけしか考えられないのだ。
「ははっ、ずっと地面に這いつくばってハゼみてー。ハゼちゃんって呼ぼうかな」
「フロイド、先程アズールにダメと言われたばかりでしょう」
「だっておばかちゃんでおもしれーんだもん!働きたいって言うんだから働かせてやれば?人手足りないんでしょ、アズール?」
「ああもう、お前たちは…」
口では止めるような事を言うジェイドだが、ニヤニヤと物言いたげな目でアズールを見ている。
アズールは盛大なため息をついて、宙を仰いだ。
「…あなた、お名前は?」
「…
社畜…羽瀬を静かに見下ろすアズール。
「では羽瀬さん、学園長にあなたを従業員として雇う許可をとります。もちろん、却下される可能性もありますがいいですね?」
「…! はい!」
「それと、もし雇うことになったらしばらくは無給で働いてもらいます。あなたは何も持っていませんから、信用もできない。
ただし雇うからには最低限の衣食住は保証しますのでご心配なく」
「充分です!」
「では、顔を上げてください」
その言葉に、羽瀬は恐る恐るといった様子で顔を上げた。
整った顔立ちが目の前に現れ、思わず仰け反る。
アズールはかがみ込んで羽瀬と視線を合わせていた。
青い瞳に見据えられ、場にそぐわず惚けてしまう。
「…とりあえず、その顔ではホールに出せませんね。さしあたり仮眠室を当てがいますので寝ていてください」
アズールはそう言うと立ち上がった。
羽瀬がその言葉を飲み込む前に、両脇を掬われて宙に浮く。
「わーい♡よろしくねぇハゼちゃん!」
「ふふ、まだ飼えるかどうかはわかりませんよフロイド」
ぎゅう、と抱きしめられそのまま肩に担がれた。すこし骨が軋んだ。
軽やかに進んでいくフロイドに若干酔いながらも、羽瀬は寮の仮眠室へと連行されていった。
つづく?