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空獄SS詰め①

朝を生、夜を死と例えるならば柔らかな夜具は揺り籠であり棺なのだろう。

睡眠が一時的な死である事について、赤子は眠りに入る際に本能的な死を感じ泣き叫ぶという話を聞いた事があった気がした。
「なら、俺だって赤ん坊と変わりゃしねえよな」
誰に聞かせるでもなくそう呟くと隣の布の膨らみが真綿の擦れる音を立ててもぞもぞと動いた。
起こすつもりはなかったんだが。
「眠れねえの?」
今しがた目を覚ましたばかりの俺よりも背丈の小さな男は、脚が冷てぇ、と遠慮なしに俺の脛に爪先を当てて体温を確かめる。
時折 くぁ と犬猫がするように無防備に口を開けて空気を取り込む。
壁掛け時計は既に夜中の一時を指差していた。
「目を瞑ると、俺がどっか行っちまうんじゃないかって考えてた」
「んなこと考えてずっと起きてたのかよ」
空却は呆れたような顔を見せ、何度も寝返りを打ってぐしゃぐしゃになった俺の髪の毛を撫で付けるようにして触っていた。
こういうふうに触れられるとこどもの頃、兄貴にお利口だと頭を撫でられた事を思い出す。
「諸行無常、何事にも終わりは存在するってな。死を忘れるなと余所の国でも言うだろう。オメーがこうやって身近に死を感じて恐れるのは何も辛い事ばかりじゃねえよ。そりゃ真理そのものだからな」
だがな
「死の次に訪れるのはいつだって生だ、わかるか?例えお前がそのまま目を覚まさなくたってそれは巡り巡って生きることに繋がる…ってことだ」
「でもそうして生まれてくるのは俺じゃない誰かだろ」
「かもな」
「ひとりは、こわい」
暗闇は人を弱くする、そして俺は死を恐れるこどもだった。
そんな中でもいつだってこいつは強く、まことを見据えた瞳はいつだって美しかった。
「ひとりにはさせねえよ」
オメーがウゼエって言ったってついてってやる。
悪童のように笑う顔が暗闇でもはっきり見えるようだった。

「恐怖を感じることは恥じゃない、だが恐怖に飲まれるな」
「……」
「死という眠りにだって拙僧は付き合ってやるよ」
だから、と言葉を紡ぎながら俺の瞼を掌でそっと下げる。
安心して眠れというように何度も何度も。
暗闇と呼吸の音に意識が溶ける。

朝日が昇るのを、ふたり死の底で待ち詫びている。
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