空獄SS詰め②
四季が巡り北風が空を裂く、木々を縫い奥山にたどり着いた冬の息は水気を失った笹の葉を巻き込みかさかさと乾いた音を奏でる。
ここ空厳寺は紅葉の名所として名高い。
ついこの間まではイロハモミジを一目見ようとやって来た観光客でごった返していたが、葉が散ってからはすっかり人影もまばらになった。
とはいえ地を埋め尽くす赤い絨毯は見事なものでそれを目当てにしている人間も多い、俺もまたそのうちの一人だ。
墓参りついでに景観を楽しもうと敷地内を歩き時折空を見上げてみればすっかり寂しくなった細枝が伸びているのが見える。
これからますます冷え込んでくるだろう、きっと白くやわらかな薄布を纏った山の景色は見事だ。その時はいっとう立派なカメラでも買って写真に収めたい。
「さっきからキョロキョロして、何探してんだァ?」
声の主は「よう」と軽く片手を上げ挨拶をし草を踏み締めながらこちらに歩み寄ってくる。
癖のある空気混じりのしゃがれた声は草の根色と混ざりからからと響き、木枯らしが吹くと茜の髪はあたたかな焚き火のようにゆらゆらと揺れた。
「別に、なんも探しちゃいねえよ。用事で寄ったついでに庭を見てただけだ」
それにしても、もう少し早く来ていればよかったと零すと空却は「ああ」と合点がいったように頷く。
「ああ紅葉見にきたんか?こないだ風強い日あったろ。それでほとんど散っちまったみてえだわ」
「散る前の景色も楽しみたかったが、まあこれはこれで見事なもんだな」
絨毯みたいで。
その場にしゃがみ込み落ち葉を指で触る、弄ぶようにくるくるとかき回すと赤色と黄色が混ざり合い鮮やかな色彩に惹かれた。
「は、絨毯ねえ」
「何ニヤついてんだよ、似合わねえとでも言いたいのか」
「や、天国センセイも随分詩的な物言いをすんだなと思っただけ。」
「んだよそれ」
俺の発言がらしくないからか、ツボにハマったのか、肩を震わせて笑う。
ひとしきり笑いきると「なあ」と呼ばれた。
返事を待たずに空却は爪先で暖色の絨毯を切るようにしてこちらの正面に移動して座り込む。
「…今日は泊まってかんのか」
普段の調子とも違う、幾分か低い声だ。
「先週も泊まったばっかだろ、さすがに遠慮するわ」
“家族”としての在り方が少し変わってからこいつは時折今まで聞いた事のない声色で俺へ喋りかけることが増えた。乞うような、しかしどこか逆らえないような、それは俺にだけ向けられる。
「明日休みなんだろ」
「そうだけど、迷惑かけるだろ…灼空さんに。」
「お前が来ることに対して親父が迷惑がった事なんて一度もねえ」
「手土産もねえし」
「いらねえよンなもん。そんなん今更必要な仲だったか?」
こちらが遠慮している所を的確に突いてくる、少しずつ退路が断たれもはや首を縦に振らざるを得なくなってきた。
「お前に気を使わせたくねえんだよ」
言い訳も効かなくなり本音が漏れた。俺のためにアレコレ世話を焼いてくれるのは嬉しいが、俺からこいつに何かしてやったことの数より向こうが俺にしてくれた数の方が上回りつつある現状に申し訳なさを感じているのもまた事実だ。
俺の為に布団やら食器をわざわざ揃えたと聞いた時はそこまでやらなくていいと伝えたが、最終的には専用の浴衣まで用意されてしまった。
後で知ったが、かなり上等な物だった。
「気なんか使ってねえ」
「使ってるだろ、なんでもかんでも買い揃えやがって。少しは遠慮させてくれ」
「そうじゃない」
目線が近くで絡まる。
「拙僧が、お前にしたいからやった」
「…」
「ヒトヤァ、改めて言うがよ。手前ェの頭からケツまで染めてやりてえって拙僧だって考えるんだぜ」
いけねえかよ、それが、と。
「だから手元に置いておきてぇ、少しでも居ろよ拙僧んとこによ」
なるほどそれが狙いか。
互いに忙しい身だ、二人で過ごす時間をあまり作ることができずにいたし、一緒に居ることができる時間は逃したくない。そういう事だった。
「相変わらず勝手だな」
「ヒャハハ、ンな勝手なクソガキに惚れてんのはオメーだろうが」
「言っとけ、ボケカスが」
「おうおう、手前の暴言なら部屋でいくらでも聞き入れてやるよ」
先に立ち上がった空却がこちらに手を差し伸べ、俺もまたその手を取り立ち上がる。
木枯らしが吹き葉を鳴らし初冬を呼ぶ。
これからこの絨毯は色彩を失っていくのだろうか。
空却は浮かれた足取りで俺の手を強く引き寺の離れへと歩く。
こちらを振り返り俺をとらえる瞳、風で揺れる髪はこれからもずっと紅葉より鮮烈で鮮明であり続けるのだろう。
きっとお前が運んでくるのは冬じゃなく焼き焦げるような熱だよ、空却。
ここ空厳寺は紅葉の名所として名高い。
ついこの間まではイロハモミジを一目見ようとやって来た観光客でごった返していたが、葉が散ってからはすっかり人影もまばらになった。
とはいえ地を埋め尽くす赤い絨毯は見事なものでそれを目当てにしている人間も多い、俺もまたそのうちの一人だ。
墓参りついでに景観を楽しもうと敷地内を歩き時折空を見上げてみればすっかり寂しくなった細枝が伸びているのが見える。
これからますます冷え込んでくるだろう、きっと白くやわらかな薄布を纏った山の景色は見事だ。その時はいっとう立派なカメラでも買って写真に収めたい。
「さっきからキョロキョロして、何探してんだァ?」
声の主は「よう」と軽く片手を上げ挨拶をし草を踏み締めながらこちらに歩み寄ってくる。
癖のある空気混じりのしゃがれた声は草の根色と混ざりからからと響き、木枯らしが吹くと茜の髪はあたたかな焚き火のようにゆらゆらと揺れた。
「別に、なんも探しちゃいねえよ。用事で寄ったついでに庭を見てただけだ」
それにしても、もう少し早く来ていればよかったと零すと空却は「ああ」と合点がいったように頷く。
「ああ紅葉見にきたんか?こないだ風強い日あったろ。それでほとんど散っちまったみてえだわ」
「散る前の景色も楽しみたかったが、まあこれはこれで見事なもんだな」
絨毯みたいで。
その場にしゃがみ込み落ち葉を指で触る、弄ぶようにくるくるとかき回すと赤色と黄色が混ざり合い鮮やかな色彩に惹かれた。
「は、絨毯ねえ」
「何ニヤついてんだよ、似合わねえとでも言いたいのか」
「や、天国センセイも随分詩的な物言いをすんだなと思っただけ。」
「んだよそれ」
俺の発言がらしくないからか、ツボにハマったのか、肩を震わせて笑う。
ひとしきり笑いきると「なあ」と呼ばれた。
返事を待たずに空却は爪先で暖色の絨毯を切るようにしてこちらの正面に移動して座り込む。
「…今日は泊まってかんのか」
普段の調子とも違う、幾分か低い声だ。
「先週も泊まったばっかだろ、さすがに遠慮するわ」
“家族”としての在り方が少し変わってからこいつは時折今まで聞いた事のない声色で俺へ喋りかけることが増えた。乞うような、しかしどこか逆らえないような、それは俺にだけ向けられる。
「明日休みなんだろ」
「そうだけど、迷惑かけるだろ…灼空さんに。」
「お前が来ることに対して親父が迷惑がった事なんて一度もねえ」
「手土産もねえし」
「いらねえよンなもん。そんなん今更必要な仲だったか?」
こちらが遠慮している所を的確に突いてくる、少しずつ退路が断たれもはや首を縦に振らざるを得なくなってきた。
「お前に気を使わせたくねえんだよ」
言い訳も効かなくなり本音が漏れた。俺のためにアレコレ世話を焼いてくれるのは嬉しいが、俺からこいつに何かしてやったことの数より向こうが俺にしてくれた数の方が上回りつつある現状に申し訳なさを感じているのもまた事実だ。
俺の為に布団やら食器をわざわざ揃えたと聞いた時はそこまでやらなくていいと伝えたが、最終的には専用の浴衣まで用意されてしまった。
後で知ったが、かなり上等な物だった。
「気なんか使ってねえ」
「使ってるだろ、なんでもかんでも買い揃えやがって。少しは遠慮させてくれ」
「そうじゃない」
目線が近くで絡まる。
「拙僧が、お前にしたいからやった」
「…」
「ヒトヤァ、改めて言うがよ。手前ェの頭からケツまで染めてやりてえって拙僧だって考えるんだぜ」
いけねえかよ、それが、と。
「だから手元に置いておきてぇ、少しでも居ろよ拙僧んとこによ」
なるほどそれが狙いか。
互いに忙しい身だ、二人で過ごす時間をあまり作ることができずにいたし、一緒に居ることができる時間は逃したくない。そういう事だった。
「相変わらず勝手だな」
「ヒャハハ、ンな勝手なクソガキに惚れてんのはオメーだろうが」
「言っとけ、ボケカスが」
「おうおう、手前の暴言なら部屋でいくらでも聞き入れてやるよ」
先に立ち上がった空却がこちらに手を差し伸べ、俺もまたその手を取り立ち上がる。
木枯らしが吹き葉を鳴らし初冬を呼ぶ。
これからこの絨毯は色彩を失っていくのだろうか。
空却は浮かれた足取りで俺の手を強く引き寺の離れへと歩く。
こちらを振り返り俺をとらえる瞳、風で揺れる髪はこれからもずっと紅葉より鮮烈で鮮明であり続けるのだろう。
きっとお前が運んでくるのは冬じゃなく焼き焦げるような熱だよ、空却。