空獄SS詰め②
『飲み物と何か食えるもん買ってきてくれ』
熱を帯びて重たくなった右手でタブレットを立ち上げ、そうメッセージを打ち込み就眠してから数時間。
過敏になった聴覚は時計の針の音でさえも細かく拾い上げ意識を浮上させた、もうそんなに経ったのか。
寝汗の不快感に身を起こそうにも身体の節々は悲鳴を上げるばかりで叶わなかった。
「ヒトヤ、来たぞ!!」
そんな俺の状態を知ってか知らずか数時間前にメッセージを送った相手はけたたましい音を立てて玄関の扉を叩いた。0か100かしかねえのかこいつは、頭に響いてしょうがない。
遠慮という言葉なんて知らないんだろうな…と考えていると音の主はどかどかとまた大きな足音を鳴らしながらこちらへ足を運んでくる。
「おー…思ったよか酷そうだな」
日頃の行いの結果か?ひゃはは、と面白くもない軽口を叩き俺のベッドに腰掛けるとコップに移し替えられたスポーツドリンクを差し出してくる。
当然言い返す元気もないので黙って受け取りちびちびとそれを啜った、指定していないのにスポーツドリンクを選択するのは流石といったところだが。
「熱、何度あんの」
「…測ってねぇ」
「今の体調ぐらい把握しとけ弁護士さんよぉ」
そう言われても動くたびに身体が軋むんだから仕方がない。
空却はサイドテーブルから体温計を見つけると手慣れた様子で俺の体温を測り始める。
その間、お互い何も言わずにただひたすらに待っていた。
そういえば幼い頃こうやってお袋が看病してくれたことがあったっけな。
らしくもなくノスタルジーに浸っていると計測が終わった。
「げ、結構高熱じゃん。病院行きゃ良かったのに」
「運転できる状態じゃないからこうして家にいんだろ…」
「ああ言えばこう言う」
俺の生活態度に文句を言っている間もてきぱきと看病を進めていく。
倦怠感でうまく動けない身体を無理のない程度に起こし部屋着の着脱を手伝い、雑炊を作るために鍋を火にかける。これも手慣れている。前々から思っていたがこいつは見た目に反して意外と器用な人間だ。
「メシ、適当に買ってきてくれても良かったんだが」
「それでも良かったんだぜ?でもまあなんつうか、たまには甘やかしてやろうかと思ったんでな。こんな時くらいじゃないとお前を甘やかせんし」
丁度支度も終わり「召し上がれ、腐れ弁護士!」と元気よくサイドテーブルに作りたての雑炊が置かれる。
鼻は詰まっていないお陰か柔らかく暖かな香りを感じることができる。正直、美味そうだった。
「なんでお前がレンゲ持ってんだよ」
「さっき拙僧はお前を甘やかすと言ったな?」
「言った、けど。まさか…」
「そういうことだ、オラ口開けろ」
甘やかすというよりこれでは子供扱いではないか。いや、やるだろうなとは思っていたが本当にやってくるとは思わなかった。
いくら相手が生涯を許した人間とはいえ流石にそれは沽券に関わる。
NOという返答の代わりにじっとりとした視線を送るとレンゲに雑炊を掬ってこちらに差し出してきた。美味しそうだ。
「拙僧だって好いた相手に尽くしてえんだぜ、可愛い我儘だと思って聞き入れちゃくれねえかね」
ん?と駄々っ子を相手にするような顔をされてしまってはもうお手上げである。俺はこいつや十四のこういった顔にたいそう弱かった。
意を決し儘よ!と差し出されたレンゲを口に含むと優しい味付けの風味が口一杯に広がり五体を暖めた。
その様子に空却は表情を緩めてこちらが嚥下した頃合いを見計らってまた一口、二口とレンゲを運ぶ。
その後は少し残食したが、身体も暖まりだいぶ落ち着いてきた。
「…まあ今回の事は礼を言う、ありがとうな」
「珍しく素直じゃねえか、拙僧も珍しく弱ったアンタ見れて楽しかったわ」
「そりゃどういたしまして…」
言い返す気力はまだ無い。
「もう夜だな、送ってやれなくて申し訳ないが帰り道気を付けろよ」
「は?何で拙僧が帰る感じになってんの」
そりゃそうだろ、伝染ったら親父さんに申し訳がない。買い出し頼んで伝染(うつ)しちゃいました、では元も子もないではないか。
「明日どうせ休みだから泊まってくわ、それに拙僧はアンタほど老いてないからな!そう簡単には倒れんわ」
「いやこればっかりはダメだ、これ以上迷惑かけられん」
「迷惑?誰も迷惑なんざ思っちゃいねえよ。拙僧は楽しくてアンタの看病してんだからな」
どうやらこいつも引く気は無いようだ。こいつは迷惑なんて感じていないとは言うが俺は気を使うのだ。俺の心配を他所にこいつはちゃっかり俺のベッドの横に布団を敷き始めている。
「…これ以上みっともねえ姿見せたくねえんだって」
お前の前では頼りがいのある男でいたいんだよ。と本音を漏らす。
すると空却はそっと俺の背中に添うように座った。
「みっともねえ面見せたくねえんだったら残念だったなヒトヤ。拙僧はアンタの楽しそうな顔とか喜んだ顔だけじゃなく今みたいに弱っちくて情けねえ顔も全部こころに焼き付けておきてえんだぜ」
アンタの弱い部分ごと生涯抱えるって決めてんだから、もっと晒け出してくれよ。と俺の髪の毛をするすると指で撫ぜながら続ける。
一回り以上も年齢が離れているのにこいつには言い負かされてしまう、いつもだ!
結局俺は上手く言いくるめられて布団の上からこどものように背を規則的に叩かれながら朝までしっかりと寝てしまった。
熱を帯びて重たくなった右手でタブレットを立ち上げ、そうメッセージを打ち込み就眠してから数時間。
過敏になった聴覚は時計の針の音でさえも細かく拾い上げ意識を浮上させた、もうそんなに経ったのか。
寝汗の不快感に身を起こそうにも身体の節々は悲鳴を上げるばかりで叶わなかった。
「ヒトヤ、来たぞ!!」
そんな俺の状態を知ってか知らずか数時間前にメッセージを送った相手はけたたましい音を立てて玄関の扉を叩いた。0か100かしかねえのかこいつは、頭に響いてしょうがない。
遠慮という言葉なんて知らないんだろうな…と考えていると音の主はどかどかとまた大きな足音を鳴らしながらこちらへ足を運んでくる。
「おー…思ったよか酷そうだな」
日頃の行いの結果か?ひゃはは、と面白くもない軽口を叩き俺のベッドに腰掛けるとコップに移し替えられたスポーツドリンクを差し出してくる。
当然言い返す元気もないので黙って受け取りちびちびとそれを啜った、指定していないのにスポーツドリンクを選択するのは流石といったところだが。
「熱、何度あんの」
「…測ってねぇ」
「今の体調ぐらい把握しとけ弁護士さんよぉ」
そう言われても動くたびに身体が軋むんだから仕方がない。
空却はサイドテーブルから体温計を見つけると手慣れた様子で俺の体温を測り始める。
その間、お互い何も言わずにただひたすらに待っていた。
そういえば幼い頃こうやってお袋が看病してくれたことがあったっけな。
らしくもなくノスタルジーに浸っていると計測が終わった。
「げ、結構高熱じゃん。病院行きゃ良かったのに」
「運転できる状態じゃないからこうして家にいんだろ…」
「ああ言えばこう言う」
俺の生活態度に文句を言っている間もてきぱきと看病を進めていく。
倦怠感でうまく動けない身体を無理のない程度に起こし部屋着の着脱を手伝い、雑炊を作るために鍋を火にかける。これも手慣れている。前々から思っていたがこいつは見た目に反して意外と器用な人間だ。
「メシ、適当に買ってきてくれても良かったんだが」
「それでも良かったんだぜ?でもまあなんつうか、たまには甘やかしてやろうかと思ったんでな。こんな時くらいじゃないとお前を甘やかせんし」
丁度支度も終わり「召し上がれ、腐れ弁護士!」と元気よくサイドテーブルに作りたての雑炊が置かれる。
鼻は詰まっていないお陰か柔らかく暖かな香りを感じることができる。正直、美味そうだった。
「なんでお前がレンゲ持ってんだよ」
「さっき拙僧はお前を甘やかすと言ったな?」
「言った、けど。まさか…」
「そういうことだ、オラ口開けろ」
甘やかすというよりこれでは子供扱いではないか。いや、やるだろうなとは思っていたが本当にやってくるとは思わなかった。
いくら相手が生涯を許した人間とはいえ流石にそれは沽券に関わる。
NOという返答の代わりにじっとりとした視線を送るとレンゲに雑炊を掬ってこちらに差し出してきた。美味しそうだ。
「拙僧だって好いた相手に尽くしてえんだぜ、可愛い我儘だと思って聞き入れちゃくれねえかね」
ん?と駄々っ子を相手にするような顔をされてしまってはもうお手上げである。俺はこいつや十四のこういった顔にたいそう弱かった。
意を決し儘よ!と差し出されたレンゲを口に含むと優しい味付けの風味が口一杯に広がり五体を暖めた。
その様子に空却は表情を緩めてこちらが嚥下した頃合いを見計らってまた一口、二口とレンゲを運ぶ。
その後は少し残食したが、身体も暖まりだいぶ落ち着いてきた。
「…まあ今回の事は礼を言う、ありがとうな」
「珍しく素直じゃねえか、拙僧も珍しく弱ったアンタ見れて楽しかったわ」
「そりゃどういたしまして…」
言い返す気力はまだ無い。
「もう夜だな、送ってやれなくて申し訳ないが帰り道気を付けろよ」
「は?何で拙僧が帰る感じになってんの」
そりゃそうだろ、伝染ったら親父さんに申し訳がない。買い出し頼んで伝染(うつ)しちゃいました、では元も子もないではないか。
「明日どうせ休みだから泊まってくわ、それに拙僧はアンタほど老いてないからな!そう簡単には倒れんわ」
「いやこればっかりはダメだ、これ以上迷惑かけられん」
「迷惑?誰も迷惑なんざ思っちゃいねえよ。拙僧は楽しくてアンタの看病してんだからな」
どうやらこいつも引く気は無いようだ。こいつは迷惑なんて感じていないとは言うが俺は気を使うのだ。俺の心配を他所にこいつはちゃっかり俺のベッドの横に布団を敷き始めている。
「…これ以上みっともねえ姿見せたくねえんだって」
お前の前では頼りがいのある男でいたいんだよ。と本音を漏らす。
すると空却はそっと俺の背中に添うように座った。
「みっともねえ面見せたくねえんだったら残念だったなヒトヤ。拙僧はアンタの楽しそうな顔とか喜んだ顔だけじゃなく今みたいに弱っちくて情けねえ顔も全部こころに焼き付けておきてえんだぜ」
アンタの弱い部分ごと生涯抱えるって決めてんだから、もっと晒け出してくれよ。と俺の髪の毛をするすると指で撫ぜながら続ける。
一回り以上も年齢が離れているのにこいつには言い負かされてしまう、いつもだ!
結局俺は上手く言いくるめられて布団の上からこどものように背を規則的に叩かれながら朝までしっかりと寝てしまった。