隣の席の設楽くん
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…
校門前で眠い眼で同じ制服を着た人達に「おはよーございまーす。」と挨拶を投げる。
正直あいさつ運動なんて恥ずかしいが、眠いが勝ってる私は目を瞑りロボットのように挨拶をひたすら投げるだけだ。
薄目を開けて校舎についている時計を見るとそろそろあいさつ運動終了の時間。やっと終わる喜びと、これを残り3日もやらなければいけない絶望感を抱く。
いや、これが7月ならもっと地獄なんだって。爽やかな風を感じる5月で“まだ”良かったって。
寧ろ良い天気だし、そよ風が気持ちいいし、ここで眠りたい。そんな事を考えていると、見覚えのある大きな車が校門前を通り過ぎた気がする。
まあ、どうでもいい話だ。「先輩、もうそろそろ時間ですよね?戻ってもいいですか?」と聞いていた所、先程の車に乗っていたと思われる隣の席の疫病神設楽くんがわざわざ私の前にやってくる。それを無視し校舎の方へ体を向けようとするも「おい、なに教室に戻ろうとしてんだ。」と話しかけられてしまった。
「いや?別に?」
「あいさつ運動だろ?ちゃんと挨拶をしろよ。」
思い出すとムカつくバナナマン設楽くん。昨日設楽くんのせいでこんなことをさせられているのに何なんだこの人は。
「設楽くんのおかげであいさつ運動をしています。おはようございます。」と嫌味ったらしく言ってやった。
「ふんっ言えるじゃないか。」とニヤリ笑った設楽くんはそのまま校門内へ入ろうとしているので、両手を広げバスケットのディフェンスをする動きで阻止だ。
「急いでるんだ、通せ。」
「挨拶は?」
「なんだよ。いいから通せ。」
「あいさつ運動なんで。」と、通す気のない私に眉間にシワを寄せながら「…、おはよう。」と言う設楽くん。
睨み合うこと数秒。ホームルームが始まる5分前の鐘が鳴り響いた。
「えっもうこんな時間!?せんぱ…」
あたりを見渡すと先輩たちはもういない。
「お前が邪魔をしたせ…」と言いかけてる設楽くんを無視し「じゃ、設楽くんお先に失礼!」と思い切り走って靴を履き替え教室に到着だ。
先生はまだ来ていないので“ほっ”と一息つき着席をして、鞄からノートや教科書を出しているとガラリと扉が開き先生ではなく設楽くんのご登場。
「キャーッ設楽くんおはよう」と数人の女の子の声が耳に入るが、ヤツは何も返さずに黙って席へと向かうような気配がある。本当に嫌なやつ。
椅子に座る気配もあるし、思いきり睨まれてるような気もする。一言謝るべきか、どうするか考えていると、扉が開く音と共に今度こそ先生のご登場だ。
ホームルームが始まり隣の視線も前をついたのか“ほっ”とするのもつかの間、終わるや隣からはピリピリとした雰囲気を感じる。
冷静に考えると私は設楽くんのせいであいさつ運動をする羽目になったのだから謝る必要もなければ、設楽くんがギリギリに来ているのが悪いと思うんだが。
なんだかそう思えば馬鹿馬鹿しくなり、謝罪をする気も失せ、漫画を机から取り出し先生が来るまで読んでいた。
すぐに授業開始の鐘がなるや、先生がやってきた。「お、今日はちゃんと座ってんな。」と言うこの先生は昨日私を廊下に立たせ、あいさつ運動をするように命じてきた先生なのだ。今日は失敗は許されない。
授業が始まり、筆箱からシャーペンを取り出そうとしたが入っていない。そう、入っていないのだ。
冷や汗がたらりと背中を伝う感覚が襲った。思い切って前の席の子から借りると言う手を使いたいが、生憎体調不良でおやすみというバットタイミング。
朝のこともあり設楽くんから借りるのも気が引けるし貸してくれるとは思わず諦めることにしたのだが、隣から何か聞こえる。
だが、先生にバレてまた何をされるかもわからないので聞こえぬふりをして窓の外を眺めた。
私の心とは違い晴天の空。なんて素敵なのでしょうか。
ぼーっと窓の外の雲を眺めていると、“コトリ”何かが机に置かれた音がし、視線を向けると机の上には昨日設楽くんが貸してくれたシャーペンが置いてある。
慌てて設楽くんの方を向くと視線がバッチリと合った。
「あ、あの…。」
「おい、前見ろよ。怒られても知らないぞ。」
ふいっとすぐに視線を黒板へと移す設楽くんに小声で「設楽くん、ありがとう。」と言うが隣からは「聞こえなーい。」と返ってきた。まぁ、今日のところは許してやろう。
設楽くんが貸してくれたシャーペンは、ずっしりと重かったはずだけれど、今日はなんだかしっくりと手に馴染み持ちやすく感じた。
授業終了の鐘がなり、15分休みが始まる。早速設楽くんへさっきよりも大きい声で「ありがとう。」と改めてお礼を言うことに成功した。
「設楽くんって案外優しいね。」
「案外は余計だろ。」
「じゃそゆことで!」
取り敢えずお礼を伝えるのは成功したので、自身のシャーペンを拾いに急いで音楽室へと向かうことにする。じゃあな、設楽。
…
昨日は落ちていたピアノ付近を見るも、シャーペンはどこにも落ちていなかった。
這いつくばりながらピアノ周辺を探していると、ガラリと開いた扉へ驚き視線を向けるや、本日2度目の設楽くんと目が合った。
「うわ、びっくりした。」
「這いつくばって何してんだ。」
ふと目にはいった棚の下の隙間に向かい隙間を覗くもやっぱりない。
「お前、下着が見えたらどうすんだ。」
「残念でした、下にスパッツ履いてるんだな、それが。」
スカートについたホコリを手で数回叩きながら立ち上がり「昨日落としちゃったシャーペン探してるの。」と設楽くんへ伝えた。
「あぁ……、だから音楽室に来たのか。」
「うん、昨日は邪魔しちゃってごめんね。また邪魔になるから行くね。」と風の速さで去ろうとするも、いつの間にか近くに来ていた設楽くんになぜか、手首を捕まれ頭にはハテナしか浮かばない。
「えっと…?」
「お前、手首細いんだな。」
「設楽くんの手が大きいんだよ。じゃなくてなにさ。」
「お前に渡したシャープペンは帰りに返してくれたらいい。」
つまりは1日貸してくれるってことなのだろうか?その提案はありがたいが、あの設楽くんがどんな風の吹き回しで優しくなったのだろうか?
「ありがとう。じゃ、戻…」言いかけ途中の私を遮るように「戻ってもどうせ漫画読んでるんだろ。聞いてけよ。」と何故か設楽くんのピアノを聞くことになった。
ピアノに向かう設楽くんの後に付いていき、椅子に座り蓋を開ける姿を眺めていた。すこーしだけかっこいいなって思った。すこーしだけどな。
「で、お前何聞きたいんだ?」
「えーと…ヒップホップとか?」
「あほか。」
設楽くんの演奏は凄いけど、“何聞きたいんだ?”と聞かれるほど正直ピアノには興味がないし、曲も知らない。確かに昨日は感動したけどこの感じは「もう一回猫踏んじゃった聞きたい。」なんて言えば機嫌が悪くなりそうだ。
見つめてくる設楽くんが可愛く感じてしまいシルバニア村のネコくんに本当に見えて…ネコ…ん??あ!あれだ!
遠いい記憶の片隅で思い出した単語。それは…「月光が聞きたい!」だった。
「月光…?月光ソナタの事か…?」
「わからないけど聞いたらわかると思う!」
「よしわかった、弾いてやろう。」
背筋を伸ばしピアノに触れる大きな手からは、昨日とは違う美しい旋律を生み出していた。弾き終えた設楽くんにまた自然と拍手をしてしまう。
「合ってたか…?」
「うん!合ってたよ!なんか月光って銀の月的ななんか設楽くんが…って設楽くん、語りたいのは山々だけれど早めに教室に戻ろう!」
「そうだな、戻るか。で、銀の月で俺がなんだ…」
音楽室の扉を開けると女子が何人も聞き惚れていたようで、設楽くんを見るやキャーッと歓声を上げたがそれを無視して進む設楽くん。
「設楽くんモテモテだね。嬉しくないの?」
「別に嬉しくもなんともない。」
眉間にシワを寄せた設楽くんは酷く嫌そうな表情で答えた。
「へー。」
内心、嫌なヤツと付け加えたかったが堪えながら適当に返し、女子のみんな、設楽くん性格悪いから見た目とピアノで判断しちゃだめよ!と言いたいわ。心の底から。
先程の感動した雰囲気はどこかに行ってしまったのか、また設楽くんとの間にギスギスを感じ教室までが一気に遠く感じる。
「今回のピアノも素敵だったよ。」
機嫌の悪い設楽くんのフォローも勿論だが、これは本当で嘘ではなかった。
だが、「…ふん、本当にそう思ってんのか?」ともっと眉間にシワを寄せた設楽くん。
何なの。この人。勝手に聞いてけって言った癖に褒められると嫌がるってなに。なに、なにさ。やなやつやなやつやなやつ!
「もう!設楽くんみたいな曲だなって思ったりしたけどもう何とも思ってないし!もう知らないし!」
もうもうもうと、牛くらいもう!と発し、体は勝手に走り出し先に着席した。机には設楽くんが貸してくれたシャーペン。
気まずいのでシャーペンを設楽くんの机の上へと置こうとしたが、先程の案外優しい設楽くんが全部無しになってしまう気がして置くことができなかった。
暫くすると、設楽くんも戻ってきたが気まずさに反対側の窓を眺めるしかない。
雲を眺めていると、「なぁ…」と設楽くんが何か言いかけてたところで授業開始の鐘がなったので聞いてないふりをし、またもや流れる雲へ視線を向けた。
雲を眺めながらどうして設楽くんがいきなり機嫌が悪くなったのか考えてみたが馬鹿な私は答えなんて見つけられずにそのまま夢の世界へ向かう。
…
ゆさゆさと揺すられて目を覚まし、横を見ると設楽くんだった。驚く私を他所に「お前、寝すぎだろ。もう昼休みだ。」と呆れ顔で笑う。
「え!嘘!?」
「嘘じゃない、本当だ。先生が呼んでるから職員室に行けよ。」
「えええー」
最悪だ。それも昨日も今日も全部設楽くんのせいだ。あいさつ運動がなかったら起きていられたし、無駄に悩んで眠ってしまったのも設楽くんのせい。
「疫病神。」
「今なんて言った?」
「疫病神って言ったの!全部設楽くんが無駄に考えさせたせいなんだから!もうやだ!もやし!バナナマン!」
自身の八つ当たり発言に“はっ”として、情けなくそのまま走って教室を出た。取り敢えず職員室へ向かい、先生に謝罪をすることにした。
先生は「あいさつ運動で疲れていたんだろう。」と許してくれ、「残りのあいさつ運動はしなくてもいい。」とまで言ってくれたが、私の口からはなぜか「最後までやります。」と発している。たった数日のことだけど、自分でも驚きだ。
ついでに、シャーペンの落とし物について聞いたが、特に届いていないとの事だった。
職員室を出て教室へと戻る際に音楽室から聞こえた月光。今まで教室にまで聞こえてたピアノに対して何も思っていなかったはずが、なぜか足が勝手に音楽室へと向かっていた。
お昼時だからなのか、音楽室前には女子達はまだ集まっておらず、設楽くんの弾いてるところを音楽室の扉窓から眺め…る前に目と目が合ってしまって気まずい。
とてつもなく気まずいので、速攻でその場から離れようとしたが、扉に近づいてくる設楽くん。あっという間にガラリと開く音楽室の扉。
「……なんだよ。」
「べっ別に、なんでも。じゃ、そゆことで。」と逃げ帰る私の手首をまたもやガシリと掴みそのまま音楽室へ引っ張る設楽くん。
「ちょっ何さ!」
「ここまで来たなら聞いていけばいいだろう。」
引っ張られながら先程の定位置へ連れて行かれて、月光をまた最初から弾いてくれ、弾き終わるとこっちを見て「で?」と何かを聞いてきた。
「え…?」
「お前がさっき言いかけてたのは何だよ。」
「さっき…?」
「だから、俺の事言ってただろ。」
ピアノの力ですっかり忘れていたが、“疫病神”と設楽くんに言ってしまったことを思い出し、ものすごい罪悪感が襲う。
「設楽くん、さっき疫病神って言ってごめんね。それにもやしも…。」
「別に。」
「怒ってるよね?本当はあんまり思って…」
「少しは思ってたってことか?」
「あははは…」と笑って誤魔化したタイミングでお腹の音が響いた。グッドタイミングである。
すっかり眉間の皺がなくなった設楽くんは「ぷっ」と笑った。
「お前、まだ食べてないのか。」
「あ、そうだ忘れてた。購買行かないと。って…」
チラリ時計を見ると昼休みが開始して15分が立っているではないか。とっくに品切れの時間だ。
「もう遅かった…。学食に行ってくるね。」
「学食…か。俺も行こう。」
「え、なんで。」
「行ったことないんだ、別にいいだろ。」
そこまで言うなら仕方がないので、設楽くんと学食に行くことになり音楽室を後にした。
設楽くんの手にはお弁当箱のような見たこともないような、小洒落た包を持っている。いつも音楽室で食べているのだろうか?
「設楽くんはいつもお弁当なの?」
「あぁ、うちのシェフが用意してる。」
シェフ…?うちのシェフ(お母さん)って事か。高校生の思春期ボーイがこんなに褒めるなんて、きっとお母さん(シェフ)が聞いたらものすごく喜ぶだろうな。
「えー!シェフのお弁当見てみたい!」
「一口くらいやるよ。」
「設楽くんって結構優しいね。」
「結構は余計だろ。」
そんなこんなで、学食についた。混み合って入るが設楽くんは目を輝かせていた。
「これはどうするんだ?」と聞いてくる設楽くんに内心“何言ってんだ?こいつ”状態である。
確かに設楽くんは高貴な雰囲気があるのは認めよう。いつも高級そうな車で登下校をしているが流石に冗談だよね?
そんなことを思いつつ、設楽くんの手を引き券売機の前につれていった。小銭を入れて一番安い醤油ラーメンにそのまま設楽くんの指を掴みポチッと押して、カシャンと音がなり、発券される。
「設楽くん、やり方わかった?」
「あ…、な、なるほど。」
ボケをくれるほど仲良くなっていない。つまりこれは…本気の…やつか?
驚愕の出来事を体験している私だが、丁度近くの2席かが空いたので設楽くんに取ってもらい私は厨房へ向かった。
数分もしない内にラーメンが出来上がりお盆を持って先程の席へと足を進める。
設楽くんが座っている席の周りを女子達が囲んでいて、向かい側に座るのがとても気まずい。
1人で食べようかキョロキョロしてると、「おい、何迷ってんだ。」と設楽くんの声が聞こえ、女子達の視線は痛いが仕方がないので設楽くんの向かい側に座ると、諦めて女子達は離れていった。
設楽くんはお弁当をまだ手を付けておらず、私を待っていてくれた事が目に見えてわかり、なんだか、待っててくれたのに逃げようとして申し訳ないなって思った。
「ごめん、遅くなっちゃって。」
「ラーメン伸びたんじゃないのか?」
「このラーメンは硬茹でだからまだ行けるよ。」
「いただきます。」をしてラーメンを啜った。いつも通りの変哲もない醤油ラーメン。視線を感じたので設楽くんを見るとラーメンをガン見だ。
そういえば来たことないって言ってたっけ。
「設楽くん。食べる?」とラーメン丼を設楽くんの方へ差し出すと変わりに設楽くんのお弁当箱を差し出された。
「お前も気になってただろ。食えよ。」
「やった!じゃあありがたくいただくね。」
料亭のお弁当のような設楽くんのお弁当に設楽くんのお母さんすごいな…と驚いていると、設楽くんが笑顔でラーメンを啜るのが目に入った。
ラーメンを食べてるようには見えない気品が溢れてることに驚きなが卵焼きを口へ運ぶ。
なんだこれ、私の知ってる玉子焼きじゃない。つまりは、このきんぴらごぼうも…と口へ運ぶと全然知らないきんぴらごぼうだった。「美味しいか?」と聞いてくる設楽くんに無言で頷いた。設楽くんは笑うとまたラーメンを口へ運び、「お前に弁当やるよ。」と述べた。
「じゃあ交換ってこと?」
「あぁ、そういう事だ。」
「やった!ありがとう!」
設楽くんのお弁当を味わい食べながら、ラーメンを啜る設楽くん。先程の女子生徒のみなさんの「設楽くんがラーメン?!」と驚きの声が聞こえる。
そんなに珍しいのか。と思い私も設楽くんへ視線を移した。
“女子のみんな、設楽くん性格悪いから見た目とピアノで判断しちゃだめよ!”と朝の音楽室で心の中で思った言葉が頭に響く。
あ、そうか。見た目とピアノだけで判断されてモテるってのもやだな。
「なんだ。」
「設楽くん、ごめんね。モテモテも大変なんだね。やっと怒ってた意味がわかった気がする。」
「別に気にするな。」
食事を終えた設楽くんはお盆を返却口へ運びに行った。私も食べ終わったので片付けをして席を立ち、そして自然に二人で音楽室へと向かっている。
「設楽くん、ラーメンどうだった?」
「320円であのクオリティーは感心する。悪くなかった。」
「ふふ、だよね。わかってくれて嬉しい。設楽くんのお弁当は…」と言いかけていたが、設楽くんは被せてきた。
「すごく美味しそうに食べてたから聞かなくてもわかる。」
「え、バレバレ?」
「あぁ、バレバレだ。」
さっきぶりの音楽室。昼休みに来ることなんて初めてだけれど居心地良く感じてしまう。
「設楽くんはいつも音楽室でお弁当を食べてるの?」
「あぁ。お前は?」
「教室だったり屋上で委員長とかその辺りの人と食べたりって感じ。」
「へぇ……。」
設楽くんは食後の1曲とでも言うようにピアノへ向かうと弾き始めた。はじめて聞く音色は楽しげな1曲で、また自然に拍手をしてしまう私の手。
設楽くんは椅子に座りこちらを見ながら「月光第二楽章だ。」と呟いた。
「これも月光なんだ!ピクニックしてる設楽くんって感じだね。」
「なんだそれ。どちらかといえばお前っぽい。」とふっと笑う設楽くん。
「ふふ、確かに設楽くんは最初の月光感のほうが強いね。」
「そうか?」
「なんかさ、銀の月の感じというか、長毛の猫ちゃんを抱いて窓から月を眺めてる設楽くんが頭に浮かんだんだよね。」
「確に猫派であってるがなんだその妄想は。」
シルバニア村の設楽くんだもの。そりゃ猫派だよね。でも、足の長いボルゾイとかそんな感じのも似合う気がする。いや、設楽くんがボルゾイに引きずられる気がするからやっぱりなしだ。
設楽くんは時計へ視線を移すと「そろそろ教室戻るぞ。」とピアノの蓋を閉じた。
設楽くんと過ごしたお昼休みは正直楽しかった気がする。
扉を開ける設楽くんに「またお昼休み一緒にご飯食べよう。」と声をかけると「仕方がないから食べてやるよ。」と許可をもらえ、昨日と今日、関わるようになったばかりでまだ設楽くんのことは知らないけど“ツンデレ”というのは間違いないだろう。
扉の前にいる女子達の視線を気にせずに設楽くんと教室へと戻った。
隣の席の設楽くんと、隣同士ではあるがあまり会話をしたことがないのだが、学食の件もあり席についても設楽くんが話しかけてきた。
「なぁ、なんでお前は月光を知ってたんだ?」
「え?とっとこハム太郎3のお化け屋敷のステージに出てくるから知ってるの。」
「はぁ…、聞いた俺が馬鹿だった。」
「今度貸すよ?マジ神ゲーだよ?」
「うるさい、こっちを見るな。」
ガラリと扉が開き先生のご登場だ。そして、同時に授業開始の鐘がなる。
午前は気まずくて触れたくなかった設楽くんのシャーペンを手に今度は眠らず授業を受けることができた。
ホームルームが終わり、帰り支度をしてると、設楽くんが「まだ帰るな。ちょっと待ってろ。」と鞄を持って教室を出て行ってしまった。頭にハテナを浮かべて待ってると委員長がやってきた。
委員長は寝過ごしていた分のノートをまた、貸してくれると言ってくれ、お礼を言って受け取ろうとするも、戻ってきた設楽くんの手が邪魔してくる。
「ちょっとなにすんの!」
「お前の為にコピーしてきてやったんだ。感謝しろよ。」と1時間目から4時間目までのノートのコピーであろう数枚のプリントを差し出してくれた。
「設楽くんの癖にめちゃくちゃ優しい。」
「癖にってなんだよ。」
委員長はそんな私達を見て笑い、そこから不思議と三人でおしゃべりをして委員長は元の席へと戻っていく。
「設楽くん、今日は色々とありがとう。」
「いや、いい。」
鞄を肩にかけ、2人で昇降口へと向かい靴を履き替え外へと出た。きっと昨日の場所に大きな車が止まって待っているのだろう。
「なぁ、吹奏楽顧問の氷室先生にお前のシャープペンについて聞いたが、昨日は特に何も落ちてなかったようだ。……誰かが持ってるか捨てたのかもな。」
「え…、そっか…。もう!あの時設楽くんが怖かったから拾えなかった私のバカ!」
「……俺のせいにするな。そんな大切なシャープペンだったのか?」
「大切ってわけじゃないけれど、中学の入学に買ってもらってからずっと使ってた相棒だからちょっとショック。」
「なるほどな…。気持ちはわかるが新しいのは買わないのか?今から…」と言いかけを遮るように私の面倒くさい気持ちを述べることにした。
「相棒はお金では買えないって言うか、なんか買うのは気持ちがのらないから今はいいかな。あっ、明日は家にある違うのちゃんと持ってくるから安心してね。」
そんな面倒くさい感情を聞いた設楽くんは鞄を開けてごそごそすると、私に貸してくれたシャーペンを差し出してきた。
「やるよ。」
「ん?」
「このシャープペンお前にやるよ。」
「え?なんで?」
唐突な出来事に頭にハテナが沢山ついてしまう。設楽くんは照れ臭そうに「これもお金では買えないほどの代物だろ。」と目をそらした。
思い返せば、入学式から1ヶ月。昨日と今日で設楽くんと距離が縮んだ気がする。
そんな設楽くんがくれるって本当に“お金では買えない代物”だ。
「ふふ、そうだね。設楽くんの形見で大切に使わせてもらうね。」
「形見じゃないだろ、家宝だろ。」
設楽くんからシャーペンを受け取り、視線をシャーペン、もとい設楽くんの形見へと移した。
昨日は重くてしっかりこなかったはずなのに、今日から相棒。なんだかおかしな気分だ。
「設楽くん、ありがとう。」
靴を履き替えて校門を出て歩くが昨日の大きな車は止まっていなかった。
「あれ?今日はお迎えは?」
「俺も歩きたい日くらいある。」と隣を歩く設楽くん。
「じゃあ、形見のお礼に喫茶店でお茶でもご馳走させてよ。」
「喫茶店か、それも悪くないな。行くか。」
はじめて設楽くんとの帰り道は喫茶店によって楽しく帰った。昨日までの私に言いたい。設楽くんっていいヤツだよって。
…
校門前で眠い眼で同じ制服を着た人達に「おはよーございまーす。」と挨拶を投げる。
正直あいさつ運動なんて恥ずかしいが、眠いが勝ってる私は目を瞑りロボットのように挨拶をひたすら投げるだけだ。
薄目を開けて校舎についている時計を見るとそろそろあいさつ運動終了の時間。やっと終わる喜びと、これを残り3日もやらなければいけない絶望感を抱く。
いや、これが7月ならもっと地獄なんだって。爽やかな風を感じる5月で“まだ”良かったって。
寧ろ良い天気だし、そよ風が気持ちいいし、ここで眠りたい。そんな事を考えていると、見覚えのある大きな車が校門前を通り過ぎた気がする。
まあ、どうでもいい話だ。「先輩、もうそろそろ時間ですよね?戻ってもいいですか?」と聞いていた所、先程の車に乗っていたと思われる隣の席の疫病神設楽くんがわざわざ私の前にやってくる。それを無視し校舎の方へ体を向けようとするも「おい、なに教室に戻ろうとしてんだ。」と話しかけられてしまった。
「いや?別に?」
「あいさつ運動だろ?ちゃんと挨拶をしろよ。」
思い出すとムカつくバナナマン設楽くん。昨日設楽くんのせいでこんなことをさせられているのに何なんだこの人は。
「設楽くんのおかげであいさつ運動をしています。おはようございます。」と嫌味ったらしく言ってやった。
「ふんっ言えるじゃないか。」とニヤリ笑った設楽くんはそのまま校門内へ入ろうとしているので、両手を広げバスケットのディフェンスをする動きで阻止だ。
「急いでるんだ、通せ。」
「挨拶は?」
「なんだよ。いいから通せ。」
「あいさつ運動なんで。」と、通す気のない私に眉間にシワを寄せながら「…、おはよう。」と言う設楽くん。
睨み合うこと数秒。ホームルームが始まる5分前の鐘が鳴り響いた。
「えっもうこんな時間!?せんぱ…」
あたりを見渡すと先輩たちはもういない。
「お前が邪魔をしたせ…」と言いかけてる設楽くんを無視し「じゃ、設楽くんお先に失礼!」と思い切り走って靴を履き替え教室に到着だ。
先生はまだ来ていないので“ほっ”と一息つき着席をして、鞄からノートや教科書を出しているとガラリと扉が開き先生ではなく設楽くんのご登場。
「キャーッ設楽くんおはよう」と数人の女の子の声が耳に入るが、ヤツは何も返さずに黙って席へと向かうような気配がある。本当に嫌なやつ。
椅子に座る気配もあるし、思いきり睨まれてるような気もする。一言謝るべきか、どうするか考えていると、扉が開く音と共に今度こそ先生のご登場だ。
ホームルームが始まり隣の視線も前をついたのか“ほっ”とするのもつかの間、終わるや隣からはピリピリとした雰囲気を感じる。
冷静に考えると私は設楽くんのせいであいさつ運動をする羽目になったのだから謝る必要もなければ、設楽くんがギリギリに来ているのが悪いと思うんだが。
なんだかそう思えば馬鹿馬鹿しくなり、謝罪をする気も失せ、漫画を机から取り出し先生が来るまで読んでいた。
すぐに授業開始の鐘がなるや、先生がやってきた。「お、今日はちゃんと座ってんな。」と言うこの先生は昨日私を廊下に立たせ、あいさつ運動をするように命じてきた先生なのだ。今日は失敗は許されない。
授業が始まり、筆箱からシャーペンを取り出そうとしたが入っていない。そう、入っていないのだ。
冷や汗がたらりと背中を伝う感覚が襲った。思い切って前の席の子から借りると言う手を使いたいが、生憎体調不良でおやすみというバットタイミング。
朝のこともあり設楽くんから借りるのも気が引けるし貸してくれるとは思わず諦めることにしたのだが、隣から何か聞こえる。
だが、先生にバレてまた何をされるかもわからないので聞こえぬふりをして窓の外を眺めた。
私の心とは違い晴天の空。なんて素敵なのでしょうか。
ぼーっと窓の外の雲を眺めていると、“コトリ”何かが机に置かれた音がし、視線を向けると机の上には昨日設楽くんが貸してくれたシャーペンが置いてある。
慌てて設楽くんの方を向くと視線がバッチリと合った。
「あ、あの…。」
「おい、前見ろよ。怒られても知らないぞ。」
ふいっとすぐに視線を黒板へと移す設楽くんに小声で「設楽くん、ありがとう。」と言うが隣からは「聞こえなーい。」と返ってきた。まぁ、今日のところは許してやろう。
設楽くんが貸してくれたシャーペンは、ずっしりと重かったはずだけれど、今日はなんだかしっくりと手に馴染み持ちやすく感じた。
授業終了の鐘がなり、15分休みが始まる。早速設楽くんへさっきよりも大きい声で「ありがとう。」と改めてお礼を言うことに成功した。
「設楽くんって案外優しいね。」
「案外は余計だろ。」
「じゃそゆことで!」
取り敢えずお礼を伝えるのは成功したので、自身のシャーペンを拾いに急いで音楽室へと向かうことにする。じゃあな、設楽。
…
昨日は落ちていたピアノ付近を見るも、シャーペンはどこにも落ちていなかった。
這いつくばりながらピアノ周辺を探していると、ガラリと開いた扉へ驚き視線を向けるや、本日2度目の設楽くんと目が合った。
「うわ、びっくりした。」
「這いつくばって何してんだ。」
ふと目にはいった棚の下の隙間に向かい隙間を覗くもやっぱりない。
「お前、下着が見えたらどうすんだ。」
「残念でした、下にスパッツ履いてるんだな、それが。」
スカートについたホコリを手で数回叩きながら立ち上がり「昨日落としちゃったシャーペン探してるの。」と設楽くんへ伝えた。
「あぁ……、だから音楽室に来たのか。」
「うん、昨日は邪魔しちゃってごめんね。また邪魔になるから行くね。」と風の速さで去ろうとするも、いつの間にか近くに来ていた設楽くんになぜか、手首を捕まれ頭にはハテナしか浮かばない。
「えっと…?」
「お前、手首細いんだな。」
「設楽くんの手が大きいんだよ。じゃなくてなにさ。」
「お前に渡したシャープペンは帰りに返してくれたらいい。」
つまりは1日貸してくれるってことなのだろうか?その提案はありがたいが、あの設楽くんがどんな風の吹き回しで優しくなったのだろうか?
「ありがとう。じゃ、戻…」言いかけ途中の私を遮るように「戻ってもどうせ漫画読んでるんだろ。聞いてけよ。」と何故か設楽くんのピアノを聞くことになった。
ピアノに向かう設楽くんの後に付いていき、椅子に座り蓋を開ける姿を眺めていた。すこーしだけかっこいいなって思った。すこーしだけどな。
「で、お前何聞きたいんだ?」
「えーと…ヒップホップとか?」
「あほか。」
設楽くんの演奏は凄いけど、“何聞きたいんだ?”と聞かれるほど正直ピアノには興味がないし、曲も知らない。確かに昨日は感動したけどこの感じは「もう一回猫踏んじゃった聞きたい。」なんて言えば機嫌が悪くなりそうだ。
見つめてくる設楽くんが可愛く感じてしまいシルバニア村のネコくんに本当に見えて…ネコ…ん??あ!あれだ!
遠いい記憶の片隅で思い出した単語。それは…「月光が聞きたい!」だった。
「月光…?月光ソナタの事か…?」
「わからないけど聞いたらわかると思う!」
「よしわかった、弾いてやろう。」
背筋を伸ばしピアノに触れる大きな手からは、昨日とは違う美しい旋律を生み出していた。弾き終えた設楽くんにまた自然と拍手をしてしまう。
「合ってたか…?」
「うん!合ってたよ!なんか月光って銀の月的ななんか設楽くんが…って設楽くん、語りたいのは山々だけれど早めに教室に戻ろう!」
「そうだな、戻るか。で、銀の月で俺がなんだ…」
音楽室の扉を開けると女子が何人も聞き惚れていたようで、設楽くんを見るやキャーッと歓声を上げたがそれを無視して進む設楽くん。
「設楽くんモテモテだね。嬉しくないの?」
「別に嬉しくもなんともない。」
眉間にシワを寄せた設楽くんは酷く嫌そうな表情で答えた。
「へー。」
内心、嫌なヤツと付け加えたかったが堪えながら適当に返し、女子のみんな、設楽くん性格悪いから見た目とピアノで判断しちゃだめよ!と言いたいわ。心の底から。
先程の感動した雰囲気はどこかに行ってしまったのか、また設楽くんとの間にギスギスを感じ教室までが一気に遠く感じる。
「今回のピアノも素敵だったよ。」
機嫌の悪い設楽くんのフォローも勿論だが、これは本当で嘘ではなかった。
だが、「…ふん、本当にそう思ってんのか?」ともっと眉間にシワを寄せた設楽くん。
何なの。この人。勝手に聞いてけって言った癖に褒められると嫌がるってなに。なに、なにさ。やなやつやなやつやなやつ!
「もう!設楽くんみたいな曲だなって思ったりしたけどもう何とも思ってないし!もう知らないし!」
もうもうもうと、牛くらいもう!と発し、体は勝手に走り出し先に着席した。机には設楽くんが貸してくれたシャーペン。
気まずいのでシャーペンを設楽くんの机の上へと置こうとしたが、先程の案外優しい設楽くんが全部無しになってしまう気がして置くことができなかった。
暫くすると、設楽くんも戻ってきたが気まずさに反対側の窓を眺めるしかない。
雲を眺めていると、「なぁ…」と設楽くんが何か言いかけてたところで授業開始の鐘がなったので聞いてないふりをし、またもや流れる雲へ視線を向けた。
雲を眺めながらどうして設楽くんがいきなり機嫌が悪くなったのか考えてみたが馬鹿な私は答えなんて見つけられずにそのまま夢の世界へ向かう。
…
ゆさゆさと揺すられて目を覚まし、横を見ると設楽くんだった。驚く私を他所に「お前、寝すぎだろ。もう昼休みだ。」と呆れ顔で笑う。
「え!嘘!?」
「嘘じゃない、本当だ。先生が呼んでるから職員室に行けよ。」
「えええー」
最悪だ。それも昨日も今日も全部設楽くんのせいだ。あいさつ運動がなかったら起きていられたし、無駄に悩んで眠ってしまったのも設楽くんのせい。
「疫病神。」
「今なんて言った?」
「疫病神って言ったの!全部設楽くんが無駄に考えさせたせいなんだから!もうやだ!もやし!バナナマン!」
自身の八つ当たり発言に“はっ”として、情けなくそのまま走って教室を出た。取り敢えず職員室へ向かい、先生に謝罪をすることにした。
先生は「あいさつ運動で疲れていたんだろう。」と許してくれ、「残りのあいさつ運動はしなくてもいい。」とまで言ってくれたが、私の口からはなぜか「最後までやります。」と発している。たった数日のことだけど、自分でも驚きだ。
ついでに、シャーペンの落とし物について聞いたが、特に届いていないとの事だった。
職員室を出て教室へと戻る際に音楽室から聞こえた月光。今まで教室にまで聞こえてたピアノに対して何も思っていなかったはずが、なぜか足が勝手に音楽室へと向かっていた。
お昼時だからなのか、音楽室前には女子達はまだ集まっておらず、設楽くんの弾いてるところを音楽室の扉窓から眺め…る前に目と目が合ってしまって気まずい。
とてつもなく気まずいので、速攻でその場から離れようとしたが、扉に近づいてくる設楽くん。あっという間にガラリと開く音楽室の扉。
「……なんだよ。」
「べっ別に、なんでも。じゃ、そゆことで。」と逃げ帰る私の手首をまたもやガシリと掴みそのまま音楽室へ引っ張る設楽くん。
「ちょっ何さ!」
「ここまで来たなら聞いていけばいいだろう。」
引っ張られながら先程の定位置へ連れて行かれて、月光をまた最初から弾いてくれ、弾き終わるとこっちを見て「で?」と何かを聞いてきた。
「え…?」
「お前がさっき言いかけてたのは何だよ。」
「さっき…?」
「だから、俺の事言ってただろ。」
ピアノの力ですっかり忘れていたが、“疫病神”と設楽くんに言ってしまったことを思い出し、ものすごい罪悪感が襲う。
「設楽くん、さっき疫病神って言ってごめんね。それにもやしも…。」
「別に。」
「怒ってるよね?本当はあんまり思って…」
「少しは思ってたってことか?」
「あははは…」と笑って誤魔化したタイミングでお腹の音が響いた。グッドタイミングである。
すっかり眉間の皺がなくなった設楽くんは「ぷっ」と笑った。
「お前、まだ食べてないのか。」
「あ、そうだ忘れてた。購買行かないと。って…」
チラリ時計を見ると昼休みが開始して15分が立っているではないか。とっくに品切れの時間だ。
「もう遅かった…。学食に行ってくるね。」
「学食…か。俺も行こう。」
「え、なんで。」
「行ったことないんだ、別にいいだろ。」
そこまで言うなら仕方がないので、設楽くんと学食に行くことになり音楽室を後にした。
設楽くんの手にはお弁当箱のような見たこともないような、小洒落た包を持っている。いつも音楽室で食べているのだろうか?
「設楽くんはいつもお弁当なの?」
「あぁ、うちのシェフが用意してる。」
シェフ…?うちのシェフ(お母さん)って事か。高校生の思春期ボーイがこんなに褒めるなんて、きっとお母さん(シェフ)が聞いたらものすごく喜ぶだろうな。
「えー!シェフのお弁当見てみたい!」
「一口くらいやるよ。」
「設楽くんって結構優しいね。」
「結構は余計だろ。」
そんなこんなで、学食についた。混み合って入るが設楽くんは目を輝かせていた。
「これはどうするんだ?」と聞いてくる設楽くんに内心“何言ってんだ?こいつ”状態である。
確かに設楽くんは高貴な雰囲気があるのは認めよう。いつも高級そうな車で登下校をしているが流石に冗談だよね?
そんなことを思いつつ、設楽くんの手を引き券売機の前につれていった。小銭を入れて一番安い醤油ラーメンにそのまま設楽くんの指を掴みポチッと押して、カシャンと音がなり、発券される。
「設楽くん、やり方わかった?」
「あ…、な、なるほど。」
ボケをくれるほど仲良くなっていない。つまりこれは…本気の…やつか?
驚愕の出来事を体験している私だが、丁度近くの2席かが空いたので設楽くんに取ってもらい私は厨房へ向かった。
数分もしない内にラーメンが出来上がりお盆を持って先程の席へと足を進める。
設楽くんが座っている席の周りを女子達が囲んでいて、向かい側に座るのがとても気まずい。
1人で食べようかキョロキョロしてると、「おい、何迷ってんだ。」と設楽くんの声が聞こえ、女子達の視線は痛いが仕方がないので設楽くんの向かい側に座ると、諦めて女子達は離れていった。
設楽くんはお弁当をまだ手を付けておらず、私を待っていてくれた事が目に見えてわかり、なんだか、待っててくれたのに逃げようとして申し訳ないなって思った。
「ごめん、遅くなっちゃって。」
「ラーメン伸びたんじゃないのか?」
「このラーメンは硬茹でだからまだ行けるよ。」
「いただきます。」をしてラーメンを啜った。いつも通りの変哲もない醤油ラーメン。視線を感じたので設楽くんを見るとラーメンをガン見だ。
そういえば来たことないって言ってたっけ。
「設楽くん。食べる?」とラーメン丼を設楽くんの方へ差し出すと変わりに設楽くんのお弁当箱を差し出された。
「お前も気になってただろ。食えよ。」
「やった!じゃあありがたくいただくね。」
料亭のお弁当のような設楽くんのお弁当に設楽くんのお母さんすごいな…と驚いていると、設楽くんが笑顔でラーメンを啜るのが目に入った。
ラーメンを食べてるようには見えない気品が溢れてることに驚きなが卵焼きを口へ運ぶ。
なんだこれ、私の知ってる玉子焼きじゃない。つまりは、このきんぴらごぼうも…と口へ運ぶと全然知らないきんぴらごぼうだった。「美味しいか?」と聞いてくる設楽くんに無言で頷いた。設楽くんは笑うとまたラーメンを口へ運び、「お前に弁当やるよ。」と述べた。
「じゃあ交換ってこと?」
「あぁ、そういう事だ。」
「やった!ありがとう!」
設楽くんのお弁当を味わい食べながら、ラーメンを啜る設楽くん。先程の女子生徒のみなさんの「設楽くんがラーメン?!」と驚きの声が聞こえる。
そんなに珍しいのか。と思い私も設楽くんへ視線を移した。
“女子のみんな、設楽くん性格悪いから見た目とピアノで判断しちゃだめよ!”と朝の音楽室で心の中で思った言葉が頭に響く。
あ、そうか。見た目とピアノだけで判断されてモテるってのもやだな。
「なんだ。」
「設楽くん、ごめんね。モテモテも大変なんだね。やっと怒ってた意味がわかった気がする。」
「別に気にするな。」
食事を終えた設楽くんはお盆を返却口へ運びに行った。私も食べ終わったので片付けをして席を立ち、そして自然に二人で音楽室へと向かっている。
「設楽くん、ラーメンどうだった?」
「320円であのクオリティーは感心する。悪くなかった。」
「ふふ、だよね。わかってくれて嬉しい。設楽くんのお弁当は…」と言いかけていたが、設楽くんは被せてきた。
「すごく美味しそうに食べてたから聞かなくてもわかる。」
「え、バレバレ?」
「あぁ、バレバレだ。」
さっきぶりの音楽室。昼休みに来ることなんて初めてだけれど居心地良く感じてしまう。
「設楽くんはいつも音楽室でお弁当を食べてるの?」
「あぁ。お前は?」
「教室だったり屋上で委員長とかその辺りの人と食べたりって感じ。」
「へぇ……。」
設楽くんは食後の1曲とでも言うようにピアノへ向かうと弾き始めた。はじめて聞く音色は楽しげな1曲で、また自然に拍手をしてしまう私の手。
設楽くんは椅子に座りこちらを見ながら「月光第二楽章だ。」と呟いた。
「これも月光なんだ!ピクニックしてる設楽くんって感じだね。」
「なんだそれ。どちらかといえばお前っぽい。」とふっと笑う設楽くん。
「ふふ、確かに設楽くんは最初の月光感のほうが強いね。」
「そうか?」
「なんかさ、銀の月の感じというか、長毛の猫ちゃんを抱いて窓から月を眺めてる設楽くんが頭に浮かんだんだよね。」
「確に猫派であってるがなんだその妄想は。」
シルバニア村の設楽くんだもの。そりゃ猫派だよね。でも、足の長いボルゾイとかそんな感じのも似合う気がする。いや、設楽くんがボルゾイに引きずられる気がするからやっぱりなしだ。
設楽くんは時計へ視線を移すと「そろそろ教室戻るぞ。」とピアノの蓋を閉じた。
設楽くんと過ごしたお昼休みは正直楽しかった気がする。
扉を開ける設楽くんに「またお昼休み一緒にご飯食べよう。」と声をかけると「仕方がないから食べてやるよ。」と許可をもらえ、昨日と今日、関わるようになったばかりでまだ設楽くんのことは知らないけど“ツンデレ”というのは間違いないだろう。
扉の前にいる女子達の視線を気にせずに設楽くんと教室へと戻った。
隣の席の設楽くんと、隣同士ではあるがあまり会話をしたことがないのだが、学食の件もあり席についても設楽くんが話しかけてきた。
「なぁ、なんでお前は月光を知ってたんだ?」
「え?とっとこハム太郎3のお化け屋敷のステージに出てくるから知ってるの。」
「はぁ…、聞いた俺が馬鹿だった。」
「今度貸すよ?マジ神ゲーだよ?」
「うるさい、こっちを見るな。」
ガラリと扉が開き先生のご登場だ。そして、同時に授業開始の鐘がなる。
午前は気まずくて触れたくなかった設楽くんのシャーペンを手に今度は眠らず授業を受けることができた。
ホームルームが終わり、帰り支度をしてると、設楽くんが「まだ帰るな。ちょっと待ってろ。」と鞄を持って教室を出て行ってしまった。頭にハテナを浮かべて待ってると委員長がやってきた。
委員長は寝過ごしていた分のノートをまた、貸してくれると言ってくれ、お礼を言って受け取ろうとするも、戻ってきた設楽くんの手が邪魔してくる。
「ちょっとなにすんの!」
「お前の為にコピーしてきてやったんだ。感謝しろよ。」と1時間目から4時間目までのノートのコピーであろう数枚のプリントを差し出してくれた。
「設楽くんの癖にめちゃくちゃ優しい。」
「癖にってなんだよ。」
委員長はそんな私達を見て笑い、そこから不思議と三人でおしゃべりをして委員長は元の席へと戻っていく。
「設楽くん、今日は色々とありがとう。」
「いや、いい。」
鞄を肩にかけ、2人で昇降口へと向かい靴を履き替え外へと出た。きっと昨日の場所に大きな車が止まって待っているのだろう。
「なぁ、吹奏楽顧問の氷室先生にお前のシャープペンについて聞いたが、昨日は特に何も落ちてなかったようだ。……誰かが持ってるか捨てたのかもな。」
「え…、そっか…。もう!あの時設楽くんが怖かったから拾えなかった私のバカ!」
「……俺のせいにするな。そんな大切なシャープペンだったのか?」
「大切ってわけじゃないけれど、中学の入学に買ってもらってからずっと使ってた相棒だからちょっとショック。」
「なるほどな…。気持ちはわかるが新しいのは買わないのか?今から…」と言いかけを遮るように私の面倒くさい気持ちを述べることにした。
「相棒はお金では買えないって言うか、なんか買うのは気持ちがのらないから今はいいかな。あっ、明日は家にある違うのちゃんと持ってくるから安心してね。」
そんな面倒くさい感情を聞いた設楽くんは鞄を開けてごそごそすると、私に貸してくれたシャーペンを差し出してきた。
「やるよ。」
「ん?」
「このシャープペンお前にやるよ。」
「え?なんで?」
唐突な出来事に頭にハテナが沢山ついてしまう。設楽くんは照れ臭そうに「これもお金では買えないほどの代物だろ。」と目をそらした。
思い返せば、入学式から1ヶ月。昨日と今日で設楽くんと距離が縮んだ気がする。
そんな設楽くんがくれるって本当に“お金では買えない代物”だ。
「ふふ、そうだね。設楽くんの形見で大切に使わせてもらうね。」
「形見じゃないだろ、家宝だろ。」
設楽くんからシャーペンを受け取り、視線をシャーペン、もとい設楽くんの形見へと移した。
昨日は重くてしっかりこなかったはずなのに、今日から相棒。なんだかおかしな気分だ。
「設楽くん、ありがとう。」
靴を履き替えて校門を出て歩くが昨日の大きな車は止まっていなかった。
「あれ?今日はお迎えは?」
「俺も歩きたい日くらいある。」と隣を歩く設楽くん。
「じゃあ、形見のお礼に喫茶店でお茶でもご馳走させてよ。」
「喫茶店か、それも悪くないな。行くか。」
はじめて設楽くんとの帰り道は喫茶店によって楽しく帰った。昨日までの私に言いたい。設楽くんっていいヤツだよって。
…