隣の席の設楽くん
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…
桜が舞う季節が今年もやってきた。この制服を着てもう一年が立たった。いつもより早く起床した私は、履きなれたローファーで今日も急いで学校へと駆けながら1年前を思い出す。
最初は最悪な隣人だと思ってたバナナマン設楽。“シャーペン事件”以降設楽くんを沢山知り、約一年、設楽くん依存症に悩むほど楽しく過ごせたな。と改めて思った。
春休みは設楽くんとタイミングが合わずに遊べていたなかったので、早く設楽くんに会いたいなと感じるレベルだなんて。これが心の友というものなのだろう。
学校へ到着すると疎らに同じ制服を来ている子達がいた。その子達の後をついていき、大きく張り出されている掲示板の前へやってきた。
まさしくドキドキのクラス表。もしも別のクラスなら卒業まで離れ離れになってしまう。
大丈夫、いつの日か たまちゃんが言っていた言葉を思い出して元気を出そう。
「君は十九八設楽と離れることはないと思うよ。」
うん、大丈夫、きっと同じクラスなはずだ。
A組に名前は…ない!!そして設楽くんの名前もない!
B組には名前が…ない!そして…見つける私の名前と、設楽くんの名前。あ、それに たまちゃんの名前も!なんて幸先の良いスタートなのだろうか。
早速、まだ来ていないだろう設楽くんに教えてあげようと携帯でメールを送り、ワクワクの新教室へ足を踏み入れた。
知っている子もいれば、知らない子もいる新教室。
黒板に書いてある自分の席の位置と、設楽くんの席の位置を確認すると残念なことに少しだけ離れてしまったようだ。今後の席替えに期待しよう。
クラスの知らない子に自己紹介をしたが、相手は私を知っているようで少し驚いた。私にもファンクラブができていたり?ってんなわけ無いわな。
「あの設楽くんとクリスマスパーティの時に腕を組んで歩いてたからそりゃねぇ。」と言われ納得だ。
「あ、そうそう文化祭の時も後夜祭で…」
「いやぁ、色々と眉間のシワが宇宙の歴史に刻まれるほどの訳がありましてねぇ…。」と言っていると、ガラリと開く扉から設楽くんのご登場だ。
「設楽くんおはよう。」
「あ、あぁ、おはよう。」
設楽くんが思いの外早く学校に来たことに驚きつつ設楽くんの席を教えてあげ、話してる子に、「またあとで話そう」と述べ、設楽くんの前の席へ勝手に腰を下ろした。
「お前が俺の前の席か?早速うるさいのが目の前にいるなんてな。」
「へーんだ。私の席はあっちです。騙されてやんの。」
「なんだよ、じゃあその席に座るな。あっちに戻れ。」と言われながら春休みの話題になると、設楽くんの眉間にシワが現れた。そして教室にも人が集まってきた。
「設楽くんは何してた?」
「ピアノ、あと家の用事。お前は?」
「自分磨きの旅をしてたよ。」と、言いかけてたが、ここで残念だけれど前の席の所有者が現れたので設楽くんとはお別れだ。
その足でいつもの たまちゃんとそのお友達のたまちゃんズのもとに向かい軽く雑談をして、元の席へと戻った。
担任の先生も変わらずにホームルームが終了し、入学式が行われる体育館へと向かうことになった。
設楽くんとは帰りにどうせ音楽室なり帰り道で話せると思ったので誘ってくれた近隣の子たちと向かうことにした。
冷静に考えてみると、今まで隣は壁でその隣は設楽くんで、一年をほとんど設楽くんと過ごしていたな。と驚きである。そんなことを考えてるとあっという間に入学式が終了した。
早速次の時間でクラス委員を決めることになり、想像通り たまちゃん が選ばれた。私が積極的に たまちゃんのリーダー力、まとめ力、そして包容力と力説したからね。
終礼が終わり賑やかになる教室。さっそく たまちゃんがやってくると「さっきは助かったけど、包容力なんておかしなことを言わないでよ。」と言っていた。
これまでの たまちゃんの優しさをどう語ればいいのかわからなかったと言うと、「こっちこそごめん。そんなふうに考えてるなんて思っていなくて。ありがとう。」と少し頬を赤くしていた。
そして設楽くんが鞄を持って行ってしまったのを二人で目で追いかけた。
「ありゃ、残念。行っちゃた。」
「僕は早速席替えを提案しようと決めたよ。ほら、早く追いかけて。」と急かされたので鞄を持って設楽くんの後を追いかけた。
昇降口へ降りるのかと思っていたが、どうやら音楽室に向かっているようだ。
「待ってよ、設楽くん。」
「なんでお前を待たないといけないんだ。いつどこでそんな約束をしたんだ。」
何故か怒ってる設楽くん。きっと眉間のシワもバッチリ刻まれているだろう。音楽室に到着し無言でピアノを弾く設楽くん。
春休みもピアノの練習をしていたのか、テクニックのクオリティがあがるばかりだ。
「約束。明日のお昼は一緒に食べようよ。」
「……。」
私はいつも弾いてるときは邪魔をせずに本を読んだり昼寝をしたり設楽くんを眺めていたりしていたのだが、つい話しかけてしまった。
それでも無言の設楽くん。正直怒られると思っていたので意外だった。
「ねぇねぇ、無視しないでよ。」
「……。」
少し大きめな声で話すも無言でピアノを弾く設楽くん。
突然の事にムッとした私は、設楽くんの体に触れる事にした。
ほっぺをつんつんと触れると、ビクリとした設楽くんに気がついているからな。
「設楽くん。」
「……。」
ほっぺ以外もつんつんつんつん。ついに設楽くんはピアノを弾くのをやめて口を開いた。
「……止まれ。」
「えっ、止まれ?」
「そうだ、止まれ。1ミリも動くな。」
「わかった。」
黙って動かずにいると設楽くんはピアノの蓋を閉じ、ピアノ椅子から立ち上がりこちらを向いた。
「それは俺に対する挑戦なのか?」
「挑戦…?」
絶対に無視をする設楽に絶対に無視をやめさせる美奈子。盾と鉾みたいなことかもしれない。そして私は勝ったのだ。
「俺が、今のお前と同じことしたら、どう思う?」
「別になにも?」
そう言った瞬間に眉間のシワがまた刻まれた。
「仕返しされたいのか?」
「私と設楽くんとの仲だしね、受けて立つよ。」と言うと伸びていた手が止まった。
「……お前の挑戦はいくらでも受けてやる。でも、いつまでも手加減はしてやらない。そのうち勝ちに行くからな。それは覚えとけ。」
そして止まった手は頭に乗せられ、優しく頭を撫でられている状態だ。
「明日の昼御飯の約束はわかった。そのかわり俺にも約束しろ。今みたいな事は俺以外にはするなよ?絶対にだ。」
「元から設楽くん以外の人にはつんつんしないから安心してよ。」と答えると設楽くんの眉間のシワは消えて、そして音楽室を後にし帰路へとついた。
「ところでお前と俺の仲ってどんな仲なんだ?」と聞いてくる設楽くん。
サトシとピカチュウは特別な絆を持っている。つまりは…
「“特別”な仲ってこと。」と言いながらつんつんすると、その手が大きな設楽くんの手に掴まれ、家につくまで離してくれなかった。
…
久しぶりの設楽くんとのお昼ご飯に気合を入れてお弁当を作った私。前に設楽くんが美味しいと言ってくれたおかずは特に多めに入れておいた。
あっという間にお昼休みの鐘がなり響いた。周辺の席の子に「一緒に食べよう」と誘われたが、約束しているのでお断りをした。
二年生になってまだ二日しか立っていないが、青春って感じがして嬉しい誘いだった。席を立つ設楽くんと一緒に教室を出ることに。
「……良かったな。」
「なにが?」
「ああやって誘われるようになって。別にお前、俺とクラスが離れても大丈夫だっただろ。」
「そうかもね!…嘘!なんちゃって!」と言いながら設楽くんにつんつんを御見舞すると「わかった、わかったから、人がいるときはやめろ。」と慌てだした。
「つまりは誰もいないときはいいってこと?」
「お前は…!」とやいのやいの楽しく廊下を歩いていると、ものすごい視線を感じそちらを向けば金髪の男の子が見ていた。
「ごめん、設楽くん。すごく見つめられてるのを知ると恥ずかしくなってきた。」
「やっとわかった…か。」
設楽くんも視線に気が付いたのかそちらを向けば「ゲッ」とした表情をしていた。
「設楽くん…?」
「いいから早く行こう。」と私の腕をつかむと早歩きになる設楽くん。
だが、金髪の男の子は気にせず追いかけてくる。
「設楽くんのお知り合い?」
「……お前は知らなくていい。」
残念なことに、男の子はすぐに私達の前にやってきた。
「セイちゃん、久しぶりだね。それに美奈子も。俺、ずっとずっと会いたかった。」
そしてなぜか抱きしめられていた私だ。
「…?久しぶり…?ですね?」
設楽くんにそんなに会いたかったのなら、なぜ私に抱きついているのか。何故か私の名前を知っていることの衝撃。
設楽くんに無理やり引き離された彼はしょんぼりと笑った。
「そうだよね、こんな格好だと気づかないよね。」
「設楽くん、このお方は…?」
「……。」
頭にはてなを浮かべながら設楽くんに視線を移せば眉間にシワがよっていた。
「おばさんによろしく。じゃあな。」と適当に返すと、私を引っ張り歩き出した。
「美奈子の名前はクラス表に書いてなかったけど何組?」と最後に聞かれたので咄嗟に答え、引きずられながらその場をあとにした。
男の子はもう追いかけて来なかったが、視線だけが背中に突き刺さっていた。
音楽室に到着し、先程の彼の話を聞きたかったのだが設楽くんの雰囲気が最悪だったので、聞くのはやめた。
お弁当を広げても眉間のシワは濃くなる一方だった。
「設楽くん。」
「……。」
なにを考えているのか、無言の設楽くんの口元へ、以前美味しいと言っていたおかずを運んだ。
「や、やめっ」と驚く設楽くんには悪いがそのまま口の中にいれた。
「美味しい?」
そっぽを向いた設楽くんは無言で頷いた。
「お前…、そう言うこと平気でするなよ。」
「設楽くんも遠慮なく食べさせてくれてもいいんだよ?」と言うと、ムッとした設楽くんは大きなおかずを私の口へ運んだ。
「うわっこんな大きいの無理無理…んぐぐ!」
「遠慮なくさせてもらった。美味しいだろ?」
久しぶりの設楽くんのお弁当。相変わらずシェフの料理は美味い。
「ふがふがふが。」と何か言おうとする私に「ぷっほら黙って食え。」と笑う設楽くんの眉間のシワはもう消えていた。
「お前のさっきのやつ美味かった。腕上げたか?」
「ふふふ、春休みは自分磨きで忙しかったものでね。成果が出て嬉しいよ。」
「お前、本当に自分磨きしてたのか。偉いな。」
「ふふっシェフのご飯も相変わらず美味しいね。」
「じゃあまた食べに来いよ。っと、ここについてる。」
口元に設楽くんの長い指が触れて、そのついたものを取ると設楽くんはそのままそれを食べた。
驚いて「もう!自分で取るよ!」と言う私に、「お前の挑戦を受けただけだ。」と設楽くんはニヤリ笑った。
その後はいつも通りピアノを聞いたり、設楽くんへさきほどの挑戦の仕返しをしたり、いつも通り(?)な楽しいお昼休みだった。
…
終礼が終わり、近隣の子と軽く雑談をしつつ、設楽くんの席へ行こうとしたが、「失礼しまーす!」と、とても大きな声が教室に響きわたった。
突然のことでシーンとした教室の中へ、気にせず入室する金髪の男の子が私の席へとやってきた。
「まさか美奈子が二年だったなんて驚いた。」
「えっと…?」
困惑する私をクラスのみんなは誰も助けてくれるわけもなく、なんだ?なんだ?と無言で期待の視線だけを送っているのはわかった。隣の席の子はガン見しているではないか。
「本当に、俺のこと忘れちゃった?」
しょんぼりしながら、ポケットから何かを取り出すと私の手を取ると握らせた。手には可愛いピンクのお花。
「さっきの昼休みに取ってきたんだ。」とふんわり笑う姿。
その瞬間、クラスの女子達が色めき立ったのは言うまでもなかった。
「妖精の鍵だよ。」
その単語を聞いてすぐに思い出した。そう、彼は幼馴染の琉夏くんだ。
まさかの再会に「琉夏くん!!」と喜びの叫びと共に抱きしめてしまった。
「俺、ずっとずっとお前に会いたかったからすぐにわかった。」と抱きしめ返す琉夏くん。
そしてシーンと静まり返る教室に響き渡る誰かの咳払いで教室にいたことを思い出し慌てて離れた。
「あ、はは…帰ろう。琉夏くん。」
視線をビンビンと感じながら鞄を持って静まり変える教室を出ようとする私に琉夏くんは気にせず話しかける。
「美奈子、時間ある?」
「うん、あるよ。」
「じゃあ俺の家においで。コウのやつも待ってるよ。」
「えっ、コウちゃん!?やった!行く行く!」
そう、ここはまだ教室なのだ。でもそんなこと言ってはいられない。だって“大切”な幼馴染との再会だもの。
嬉しさを隠さずに私はそのまま琉夏くんと一緒に教室を出た。
…
金髪の琉夏くんは目立つ。そのおかげで今年度も…いや、去年以上に色々な人に見られている気がした。
早く二年の教室がある廊下を降りたい…。そんな気持ちを知ってか知らずか、琉夏くんはベタベタとくっついてくる。
「あの…琉夏くんちょっと…」“控えてもらってもいいですかね?”と言う前に、「ごめん、大好きな美奈子と再会して浮かれてた。」と寂しげな笑顔で言われたら全部許すよね。
もちろんその笑顔を見てしまった女子達も色めき立った。
琉夏くん…恐ろし子!!!
琉夏くんとは違う二年の下駄箱で靴を履き替えて琉夏くんと校門を一緒に出た。
「下駄箱が違うだけでこんなにも距離を感じるなんて、俺辛い。」
「ふふっ、大袈裟だよ。」
しばらく歩くと何やらバイクの前に到着だ。驚きながらもヘルメットを渡されたので受け取り、琉夏くんの跨るバイクの後ろへ腰を下ろした。
あっという間に建物の前に到着したが、家とは言えない見た目の建物だ。
「バイクどうだった?」
「なんか、男の子の運転するバイクに乗れるなんて青春って感じ。」
「じゃあ俺ともっと“青春”していこう?」
「ふふっ、そうだね。」
“WestBeach”と書かれた建物にお邪魔したが、やはり家というよりも店だ。
「ここでコウと二人暮らししてんだ。」
なぜお家を出たの?ご両親は?と聞きたかったが、聞いちゃいけない気がしたので適当に相槌を打った。
琉夏くんがソファに案内するとコウちゃんを呼びに上の階へ行ってしまった。
琉夏くんにコウちゃん…。
小さい頃いつも遊んでた男の子。母が二人のお母さんと電話してるのを盗み聞きしてしまい、琉夏くんのことを知ってしまった。小さいながら知ってはいけないことだと察して心の底に沈めたけど。
階段を降りる音と共に二人の大きな姿が見えた。あれ?…髪型は変わっているがいつの日かのショッピングモールで助けてくれたお兄さんでは…?
「コウちゃん…?久しぶりだね?」
「……あぁ、久しぶりだな。」
取り敢えず抱きしめてみると、小さい頃とは違いムキムキの筋肉質に豹変していた。
「おまっなにしてんだ。」
「感動の再会ってやつよ。」と返す私に琉夏くんは「じゃあ俺にももう一回感動の再会やって。」と茶化した。
ソファに腰掛けた二人が私を見つめている状態なのだが、想像以上の二人の成長に感動してしまいそうだ。
「およよ…お姉さん感動…。」
「お兄さんも美奈子に会えて感動…。」
「兄は俺だバカルカ。つーか、こんなちっこい女がお姉さんなわけねぇだろ。」
ごもっともであるが、お姉さんぶりたい年頃なのだ。
「むかー!!残念だけど私の方が一学年上だもーん。」
「オマエ…いつの間にかそんなに成長してたのか…?」と驚くコウちゃんに笑えてしまう。
「ふふっ、美奈子先輩って呼んでいいんだよ。」
「なんでだ。ぜってぇ呼ぶもんか。」
「じゃあ美奈子お姉様ってお呼び?コウちゃん。」
「年下扱いするならそのコウちゃんやめろ。もう餓鬼じゃねぇんだ。」
「そうだ!俺のことはずっと琉夏くんなのに!」
ブーブー文句を言う琉夏くんの事はスルーして続けた。
「私はコウちゃんのお姉さんでコウちゃんは琉夏くんのお兄ちゃんだからいいの。」
ふっと笑ったコウちゃんの顔はあの頃と違ってとっくに大人びていて…、嬉しいような寂しいようなそんな気持ちになった。
「俺はオマエの弟分はとっくに卒業してんだよ。むしろオマエが今から妹分だろ。」
そうだ、コウちゃんは以前絡まれている私を助けてくれたんだ。あれがコウちゃんの卒業式で私の妹分入学式だったのかもしれない。
「もうわかったよ!妹分になって甘え尽くしてやるよ!」
コウくんの膝にダイブすると、設楽くんとは違う大きくてゴツゴツした手が頭に触れ、「いつでも甘えろよ。」と低く甘い声で囁いた。
「俺も遠慮なく美奈子に甘えるけどね。」と琉夏くんはコウくんにくっつく私の上に乗ってきたのでコウくんに無理やり引き剥がされた。
二人に再会して、はい。帰りますね〜なんてなる訳もなく気がつくと夜になってしまった。
「泊まっちまえよ。」と進める二人を断れるわけもなく欲のままに生きようと決めて家族にメールを送ることにした。
携帯を開くと“設楽くん”から着信があったようだが、もう遅いし二人もいるので連絡は明日取ることにした。
そうだ、ついでに二人に設楽くんのことも聞いてみよう。
そして、家族に連絡を入れてからまた二人の元へと戻った。
…
楽しいお泊り会から、そのまま楽しい登校会へと変わった朝。
二人に挟まれながら歩いてると小さい頃を思い出して胸がむずむずっとする。
ショッピングモールのことを思い出し「私がもっと早くに気がついてたら良かったのにね。」と言うと、コウくんは無言で頭を撫でてきた。
はば学近くになると、同じ制服を着ている子達が増え始め、囚われた宇宙人状態の私に痛い視線を送っている気がするが、そんなことどうでもいいのだ。だって“大切”な幼馴染といられるのだから。
二人に挟まれながら堂々と昇降口へ向い、下駄箱で靴を履き替えてまたすぐに合流した。
「本当にオマエが二年だなんて信じられねぇ。」
「私もコウくんが年下だなんて全然思えやせんぜ、アニキ。」
二年のクラスに上がる階段の前で二人と別れて教室へと向かった。
やはり、廊下ではチクチクと突き刺さる視線を感じてしまう。少し憂鬱だが設楽くんに会いたかったので頑張れるぞ。
教室に入ると珍しく設楽くんももう来ていた。
クラスのみんなは気を使ってなのか昨日のことには触れてこなかったのが救いだ。
すぐにホームルームがはじまったので設楽くんとのおしゃべりができなかったが、その後の休憩時間に珍しく設楽くんが私の席の方へとやってきた。
二人から聞いた、“たんぽぽの綿毛の話”で揶揄ってやろうと思っていたが先に口を開いたのは設楽くんだった。
「お前ってアイツらのこと名前で呼ぶんだな。」
「琉夏くんとコウくんのこと?そして時々セイちゃん?」
「やめろよ、その呼び方。」
「へいへい、設楽くん。って、考えてみると私の名前知ってるっけ?」
ふと思う。“特別な”仲の私達だが設楽くんは一度も名前も苗字も呼んでくれたことはなかったと。
「は?お前の名前なんて一度聞いたら…」
「今更すぎるけど、私のことは苗字でも名前でも呼んでくれないよね。」
「……、別にお前をどう呼ぼうかなんて俺の勝手だろ。」
設楽くんを真似するように「あっそ。」と返し視線を前に向けていじけて見ると、少し顔を赤くした設楽くんがほっぺたをつんっと触った。
「うわっびっくりした。」
「美奈子。」
「え…?」
「気が向いたら呼んでやるよ。」
「ふふっ、じゃあ私は100年に一回くらいは聖司くんって呼んであげる。」
「なんでだ、すぐに呼べ。」
「聖司くん。…うーん。」
設楽くんが聖司くんに変わるなんて、不思議な感じがするのでやっぱやーめた。
ふと視線を感じそちらに移すと移動教室をしている琉夏くんの姿が見えた。
こちらに気がついてるのか手を振ってくれたので振り返すと私に聞こえるくらいの大きな声で「また美奈子のご飯食べさせて。」と言い残し言ってしまった。
その瞬間、教室の温度が下がったような気がした。
地雷をおいていくなんて、琉夏くん…恐ろし子!!!
「……、久しぶりに再会しただけなのに仲いいんだな。」
「そりゃ“大切”な幼馴染だもの。」
「……、あっそ。」
そう言うと、設楽くんは自分の席へ戻ってしまった。
…
桜が舞う季節が今年もやってきた。この制服を着てもう一年が立たった。いつもより早く起床した私は、履きなれたローファーで今日も急いで学校へと駆けながら1年前を思い出す。
最初は最悪な隣人だと思ってたバナナマン設楽。“シャーペン事件”以降設楽くんを沢山知り、約一年、設楽くん依存症に悩むほど楽しく過ごせたな。と改めて思った。
春休みは設楽くんとタイミングが合わずに遊べていたなかったので、早く設楽くんに会いたいなと感じるレベルだなんて。これが心の友というものなのだろう。
学校へ到着すると疎らに同じ制服を来ている子達がいた。その子達の後をついていき、大きく張り出されている掲示板の前へやってきた。
まさしくドキドキのクラス表。もしも別のクラスなら卒業まで離れ離れになってしまう。
大丈夫、いつの日か たまちゃんが言っていた言葉を思い出して元気を出そう。
「君は十九八設楽と離れることはないと思うよ。」
うん、大丈夫、きっと同じクラスなはずだ。
A組に名前は…ない!!そして設楽くんの名前もない!
B組には名前が…ない!そして…見つける私の名前と、設楽くんの名前。あ、それに たまちゃんの名前も!なんて幸先の良いスタートなのだろうか。
早速、まだ来ていないだろう設楽くんに教えてあげようと携帯でメールを送り、ワクワクの新教室へ足を踏み入れた。
知っている子もいれば、知らない子もいる新教室。
黒板に書いてある自分の席の位置と、設楽くんの席の位置を確認すると残念なことに少しだけ離れてしまったようだ。今後の席替えに期待しよう。
クラスの知らない子に自己紹介をしたが、相手は私を知っているようで少し驚いた。私にもファンクラブができていたり?ってんなわけ無いわな。
「あの設楽くんとクリスマスパーティの時に腕を組んで歩いてたからそりゃねぇ。」と言われ納得だ。
「あ、そうそう文化祭の時も後夜祭で…」
「いやぁ、色々と眉間のシワが宇宙の歴史に刻まれるほどの訳がありましてねぇ…。」と言っていると、ガラリと開く扉から設楽くんのご登場だ。
「設楽くんおはよう。」
「あ、あぁ、おはよう。」
設楽くんが思いの外早く学校に来たことに驚きつつ設楽くんの席を教えてあげ、話してる子に、「またあとで話そう」と述べ、設楽くんの前の席へ勝手に腰を下ろした。
「お前が俺の前の席か?早速うるさいのが目の前にいるなんてな。」
「へーんだ。私の席はあっちです。騙されてやんの。」
「なんだよ、じゃあその席に座るな。あっちに戻れ。」と言われながら春休みの話題になると、設楽くんの眉間にシワが現れた。そして教室にも人が集まってきた。
「設楽くんは何してた?」
「ピアノ、あと家の用事。お前は?」
「自分磨きの旅をしてたよ。」と、言いかけてたが、ここで残念だけれど前の席の所有者が現れたので設楽くんとはお別れだ。
その足でいつもの たまちゃんとそのお友達のたまちゃんズのもとに向かい軽く雑談をして、元の席へと戻った。
担任の先生も変わらずにホームルームが終了し、入学式が行われる体育館へと向かうことになった。
設楽くんとは帰りにどうせ音楽室なり帰り道で話せると思ったので誘ってくれた近隣の子たちと向かうことにした。
冷静に考えてみると、今まで隣は壁でその隣は設楽くんで、一年をほとんど設楽くんと過ごしていたな。と驚きである。そんなことを考えてるとあっという間に入学式が終了した。
早速次の時間でクラス委員を決めることになり、想像通り たまちゃん が選ばれた。私が積極的に たまちゃんのリーダー力、まとめ力、そして包容力と力説したからね。
終礼が終わり賑やかになる教室。さっそく たまちゃんがやってくると「さっきは助かったけど、包容力なんておかしなことを言わないでよ。」と言っていた。
これまでの たまちゃんの優しさをどう語ればいいのかわからなかったと言うと、「こっちこそごめん。そんなふうに考えてるなんて思っていなくて。ありがとう。」と少し頬を赤くしていた。
そして設楽くんが鞄を持って行ってしまったのを二人で目で追いかけた。
「ありゃ、残念。行っちゃた。」
「僕は早速席替えを提案しようと決めたよ。ほら、早く追いかけて。」と急かされたので鞄を持って設楽くんの後を追いかけた。
昇降口へ降りるのかと思っていたが、どうやら音楽室に向かっているようだ。
「待ってよ、設楽くん。」
「なんでお前を待たないといけないんだ。いつどこでそんな約束をしたんだ。」
何故か怒ってる設楽くん。きっと眉間のシワもバッチリ刻まれているだろう。音楽室に到着し無言でピアノを弾く設楽くん。
春休みもピアノの練習をしていたのか、テクニックのクオリティがあがるばかりだ。
「約束。明日のお昼は一緒に食べようよ。」
「……。」
私はいつも弾いてるときは邪魔をせずに本を読んだり昼寝をしたり設楽くんを眺めていたりしていたのだが、つい話しかけてしまった。
それでも無言の設楽くん。正直怒られると思っていたので意外だった。
「ねぇねぇ、無視しないでよ。」
「……。」
少し大きめな声で話すも無言でピアノを弾く設楽くん。
突然の事にムッとした私は、設楽くんの体に触れる事にした。
ほっぺをつんつんと触れると、ビクリとした設楽くんに気がついているからな。
「設楽くん。」
「……。」
ほっぺ以外もつんつんつんつん。ついに設楽くんはピアノを弾くのをやめて口を開いた。
「……止まれ。」
「えっ、止まれ?」
「そうだ、止まれ。1ミリも動くな。」
「わかった。」
黙って動かずにいると設楽くんはピアノの蓋を閉じ、ピアノ椅子から立ち上がりこちらを向いた。
「それは俺に対する挑戦なのか?」
「挑戦…?」
絶対に無視をする設楽に絶対に無視をやめさせる美奈子。盾と鉾みたいなことかもしれない。そして私は勝ったのだ。
「俺が、今のお前と同じことしたら、どう思う?」
「別になにも?」
そう言った瞬間に眉間のシワがまた刻まれた。
「仕返しされたいのか?」
「私と設楽くんとの仲だしね、受けて立つよ。」と言うと伸びていた手が止まった。
「……お前の挑戦はいくらでも受けてやる。でも、いつまでも手加減はしてやらない。そのうち勝ちに行くからな。それは覚えとけ。」
そして止まった手は頭に乗せられ、優しく頭を撫でられている状態だ。
「明日の昼御飯の約束はわかった。そのかわり俺にも約束しろ。今みたいな事は俺以外にはするなよ?絶対にだ。」
「元から設楽くん以外の人にはつんつんしないから安心してよ。」と答えると設楽くんの眉間のシワは消えて、そして音楽室を後にし帰路へとついた。
「ところでお前と俺の仲ってどんな仲なんだ?」と聞いてくる設楽くん。
サトシとピカチュウは特別な絆を持っている。つまりは…
「“特別”な仲ってこと。」と言いながらつんつんすると、その手が大きな設楽くんの手に掴まれ、家につくまで離してくれなかった。
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久しぶりの設楽くんとのお昼ご飯に気合を入れてお弁当を作った私。前に設楽くんが美味しいと言ってくれたおかずは特に多めに入れておいた。
あっという間にお昼休みの鐘がなり響いた。周辺の席の子に「一緒に食べよう」と誘われたが、約束しているのでお断りをした。
二年生になってまだ二日しか立っていないが、青春って感じがして嬉しい誘いだった。席を立つ設楽くんと一緒に教室を出ることに。
「……良かったな。」
「なにが?」
「ああやって誘われるようになって。別にお前、俺とクラスが離れても大丈夫だっただろ。」
「そうかもね!…嘘!なんちゃって!」と言いながら設楽くんにつんつんを御見舞すると「わかった、わかったから、人がいるときはやめろ。」と慌てだした。
「つまりは誰もいないときはいいってこと?」
「お前は…!」とやいのやいの楽しく廊下を歩いていると、ものすごい視線を感じそちらを向けば金髪の男の子が見ていた。
「ごめん、設楽くん。すごく見つめられてるのを知ると恥ずかしくなってきた。」
「やっとわかった…か。」
設楽くんも視線に気が付いたのかそちらを向けば「ゲッ」とした表情をしていた。
「設楽くん…?」
「いいから早く行こう。」と私の腕をつかむと早歩きになる設楽くん。
だが、金髪の男の子は気にせず追いかけてくる。
「設楽くんのお知り合い?」
「……お前は知らなくていい。」
残念なことに、男の子はすぐに私達の前にやってきた。
「セイちゃん、久しぶりだね。それに美奈子も。俺、ずっとずっと会いたかった。」
そしてなぜか抱きしめられていた私だ。
「…?久しぶり…?ですね?」
設楽くんにそんなに会いたかったのなら、なぜ私に抱きついているのか。何故か私の名前を知っていることの衝撃。
設楽くんに無理やり引き離された彼はしょんぼりと笑った。
「そうだよね、こんな格好だと気づかないよね。」
「設楽くん、このお方は…?」
「……。」
頭にはてなを浮かべながら設楽くんに視線を移せば眉間にシワがよっていた。
「おばさんによろしく。じゃあな。」と適当に返すと、私を引っ張り歩き出した。
「美奈子の名前はクラス表に書いてなかったけど何組?」と最後に聞かれたので咄嗟に答え、引きずられながらその場をあとにした。
男の子はもう追いかけて来なかったが、視線だけが背中に突き刺さっていた。
音楽室に到着し、先程の彼の話を聞きたかったのだが設楽くんの雰囲気が最悪だったので、聞くのはやめた。
お弁当を広げても眉間のシワは濃くなる一方だった。
「設楽くん。」
「……。」
なにを考えているのか、無言の設楽くんの口元へ、以前美味しいと言っていたおかずを運んだ。
「や、やめっ」と驚く設楽くんには悪いがそのまま口の中にいれた。
「美味しい?」
そっぽを向いた設楽くんは無言で頷いた。
「お前…、そう言うこと平気でするなよ。」
「設楽くんも遠慮なく食べさせてくれてもいいんだよ?」と言うと、ムッとした設楽くんは大きなおかずを私の口へ運んだ。
「うわっこんな大きいの無理無理…んぐぐ!」
「遠慮なくさせてもらった。美味しいだろ?」
久しぶりの設楽くんのお弁当。相変わらずシェフの料理は美味い。
「ふがふがふが。」と何か言おうとする私に「ぷっほら黙って食え。」と笑う設楽くんの眉間のシワはもう消えていた。
「お前のさっきのやつ美味かった。腕上げたか?」
「ふふふ、春休みは自分磨きで忙しかったものでね。成果が出て嬉しいよ。」
「お前、本当に自分磨きしてたのか。偉いな。」
「ふふっシェフのご飯も相変わらず美味しいね。」
「じゃあまた食べに来いよ。っと、ここについてる。」
口元に設楽くんの長い指が触れて、そのついたものを取ると設楽くんはそのままそれを食べた。
驚いて「もう!自分で取るよ!」と言う私に、「お前の挑戦を受けただけだ。」と設楽くんはニヤリ笑った。
その後はいつも通りピアノを聞いたり、設楽くんへさきほどの挑戦の仕返しをしたり、いつも通り(?)な楽しいお昼休みだった。
…
終礼が終わり、近隣の子と軽く雑談をしつつ、設楽くんの席へ行こうとしたが、「失礼しまーす!」と、とても大きな声が教室に響きわたった。
突然のことでシーンとした教室の中へ、気にせず入室する金髪の男の子が私の席へとやってきた。
「まさか美奈子が二年だったなんて驚いた。」
「えっと…?」
困惑する私をクラスのみんなは誰も助けてくれるわけもなく、なんだ?なんだ?と無言で期待の視線だけを送っているのはわかった。隣の席の子はガン見しているではないか。
「本当に、俺のこと忘れちゃった?」
しょんぼりしながら、ポケットから何かを取り出すと私の手を取ると握らせた。手には可愛いピンクのお花。
「さっきの昼休みに取ってきたんだ。」とふんわり笑う姿。
その瞬間、クラスの女子達が色めき立ったのは言うまでもなかった。
「妖精の鍵だよ。」
その単語を聞いてすぐに思い出した。そう、彼は幼馴染の琉夏くんだ。
まさかの再会に「琉夏くん!!」と喜びの叫びと共に抱きしめてしまった。
「俺、ずっとずっとお前に会いたかったからすぐにわかった。」と抱きしめ返す琉夏くん。
そしてシーンと静まり返る教室に響き渡る誰かの咳払いで教室にいたことを思い出し慌てて離れた。
「あ、はは…帰ろう。琉夏くん。」
視線をビンビンと感じながら鞄を持って静まり変える教室を出ようとする私に琉夏くんは気にせず話しかける。
「美奈子、時間ある?」
「うん、あるよ。」
「じゃあ俺の家においで。コウのやつも待ってるよ。」
「えっ、コウちゃん!?やった!行く行く!」
そう、ここはまだ教室なのだ。でもそんなこと言ってはいられない。だって“大切”な幼馴染との再会だもの。
嬉しさを隠さずに私はそのまま琉夏くんと一緒に教室を出た。
…
金髪の琉夏くんは目立つ。そのおかげで今年度も…いや、去年以上に色々な人に見られている気がした。
早く二年の教室がある廊下を降りたい…。そんな気持ちを知ってか知らずか、琉夏くんはベタベタとくっついてくる。
「あの…琉夏くんちょっと…」“控えてもらってもいいですかね?”と言う前に、「ごめん、大好きな美奈子と再会して浮かれてた。」と寂しげな笑顔で言われたら全部許すよね。
もちろんその笑顔を見てしまった女子達も色めき立った。
琉夏くん…恐ろし子!!!
琉夏くんとは違う二年の下駄箱で靴を履き替えて琉夏くんと校門を一緒に出た。
「下駄箱が違うだけでこんなにも距離を感じるなんて、俺辛い。」
「ふふっ、大袈裟だよ。」
しばらく歩くと何やらバイクの前に到着だ。驚きながらもヘルメットを渡されたので受け取り、琉夏くんの跨るバイクの後ろへ腰を下ろした。
あっという間に建物の前に到着したが、家とは言えない見た目の建物だ。
「バイクどうだった?」
「なんか、男の子の運転するバイクに乗れるなんて青春って感じ。」
「じゃあ俺ともっと“青春”していこう?」
「ふふっ、そうだね。」
“WestBeach”と書かれた建物にお邪魔したが、やはり家というよりも店だ。
「ここでコウと二人暮らししてんだ。」
なぜお家を出たの?ご両親は?と聞きたかったが、聞いちゃいけない気がしたので適当に相槌を打った。
琉夏くんがソファに案内するとコウちゃんを呼びに上の階へ行ってしまった。
琉夏くんにコウちゃん…。
小さい頃いつも遊んでた男の子。母が二人のお母さんと電話してるのを盗み聞きしてしまい、琉夏くんのことを知ってしまった。小さいながら知ってはいけないことだと察して心の底に沈めたけど。
階段を降りる音と共に二人の大きな姿が見えた。あれ?…髪型は変わっているがいつの日かのショッピングモールで助けてくれたお兄さんでは…?
「コウちゃん…?久しぶりだね?」
「……あぁ、久しぶりだな。」
取り敢えず抱きしめてみると、小さい頃とは違いムキムキの筋肉質に豹変していた。
「おまっなにしてんだ。」
「感動の再会ってやつよ。」と返す私に琉夏くんは「じゃあ俺にももう一回感動の再会やって。」と茶化した。
ソファに腰掛けた二人が私を見つめている状態なのだが、想像以上の二人の成長に感動してしまいそうだ。
「およよ…お姉さん感動…。」
「お兄さんも美奈子に会えて感動…。」
「兄は俺だバカルカ。つーか、こんなちっこい女がお姉さんなわけねぇだろ。」
ごもっともであるが、お姉さんぶりたい年頃なのだ。
「むかー!!残念だけど私の方が一学年上だもーん。」
「オマエ…いつの間にかそんなに成長してたのか…?」と驚くコウちゃんに笑えてしまう。
「ふふっ、美奈子先輩って呼んでいいんだよ。」
「なんでだ。ぜってぇ呼ぶもんか。」
「じゃあ美奈子お姉様ってお呼び?コウちゃん。」
「年下扱いするならそのコウちゃんやめろ。もう餓鬼じゃねぇんだ。」
「そうだ!俺のことはずっと琉夏くんなのに!」
ブーブー文句を言う琉夏くんの事はスルーして続けた。
「私はコウちゃんのお姉さんでコウちゃんは琉夏くんのお兄ちゃんだからいいの。」
ふっと笑ったコウちゃんの顔はあの頃と違ってとっくに大人びていて…、嬉しいような寂しいようなそんな気持ちになった。
「俺はオマエの弟分はとっくに卒業してんだよ。むしろオマエが今から妹分だろ。」
そうだ、コウちゃんは以前絡まれている私を助けてくれたんだ。あれがコウちゃんの卒業式で私の妹分入学式だったのかもしれない。
「もうわかったよ!妹分になって甘え尽くしてやるよ!」
コウくんの膝にダイブすると、設楽くんとは違う大きくてゴツゴツした手が頭に触れ、「いつでも甘えろよ。」と低く甘い声で囁いた。
「俺も遠慮なく美奈子に甘えるけどね。」と琉夏くんはコウくんにくっつく私の上に乗ってきたのでコウくんに無理やり引き剥がされた。
二人に再会して、はい。帰りますね〜なんてなる訳もなく気がつくと夜になってしまった。
「泊まっちまえよ。」と進める二人を断れるわけもなく欲のままに生きようと決めて家族にメールを送ることにした。
携帯を開くと“設楽くん”から着信があったようだが、もう遅いし二人もいるので連絡は明日取ることにした。
そうだ、ついでに二人に設楽くんのことも聞いてみよう。
そして、家族に連絡を入れてからまた二人の元へと戻った。
…
楽しいお泊り会から、そのまま楽しい登校会へと変わった朝。
二人に挟まれながら歩いてると小さい頃を思い出して胸がむずむずっとする。
ショッピングモールのことを思い出し「私がもっと早くに気がついてたら良かったのにね。」と言うと、コウくんは無言で頭を撫でてきた。
はば学近くになると、同じ制服を着ている子達が増え始め、囚われた宇宙人状態の私に痛い視線を送っている気がするが、そんなことどうでもいいのだ。だって“大切”な幼馴染といられるのだから。
二人に挟まれながら堂々と昇降口へ向い、下駄箱で靴を履き替えてまたすぐに合流した。
「本当にオマエが二年だなんて信じられねぇ。」
「私もコウくんが年下だなんて全然思えやせんぜ、アニキ。」
二年のクラスに上がる階段の前で二人と別れて教室へと向かった。
やはり、廊下ではチクチクと突き刺さる視線を感じてしまう。少し憂鬱だが設楽くんに会いたかったので頑張れるぞ。
教室に入ると珍しく設楽くんももう来ていた。
クラスのみんなは気を使ってなのか昨日のことには触れてこなかったのが救いだ。
すぐにホームルームがはじまったので設楽くんとのおしゃべりができなかったが、その後の休憩時間に珍しく設楽くんが私の席の方へとやってきた。
二人から聞いた、“たんぽぽの綿毛の話”で揶揄ってやろうと思っていたが先に口を開いたのは設楽くんだった。
「お前ってアイツらのこと名前で呼ぶんだな。」
「琉夏くんとコウくんのこと?そして時々セイちゃん?」
「やめろよ、その呼び方。」
「へいへい、設楽くん。って、考えてみると私の名前知ってるっけ?」
ふと思う。“特別な”仲の私達だが設楽くんは一度も名前も苗字も呼んでくれたことはなかったと。
「は?お前の名前なんて一度聞いたら…」
「今更すぎるけど、私のことは苗字でも名前でも呼んでくれないよね。」
「……、別にお前をどう呼ぼうかなんて俺の勝手だろ。」
設楽くんを真似するように「あっそ。」と返し視線を前に向けていじけて見ると、少し顔を赤くした設楽くんがほっぺたをつんっと触った。
「うわっびっくりした。」
「美奈子。」
「え…?」
「気が向いたら呼んでやるよ。」
「ふふっ、じゃあ私は100年に一回くらいは聖司くんって呼んであげる。」
「なんでだ、すぐに呼べ。」
「聖司くん。…うーん。」
設楽くんが聖司くんに変わるなんて、不思議な感じがするのでやっぱやーめた。
ふと視線を感じそちらに移すと移動教室をしている琉夏くんの姿が見えた。
こちらに気がついてるのか手を振ってくれたので振り返すと私に聞こえるくらいの大きな声で「また美奈子のご飯食べさせて。」と言い残し言ってしまった。
その瞬間、教室の温度が下がったような気がした。
地雷をおいていくなんて、琉夏くん…恐ろし子!!!
「……、久しぶりに再会しただけなのに仲いいんだな。」
「そりゃ“大切”な幼馴染だもの。」
「……、あっそ。」
そう言うと、設楽くんは自分の席へ戻ってしまった。
…