短編
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…
親の転勤の都合で はばたき市 から引っ越しをしたが、またもや親の転勤の都合で10年住んだ街を離れて高校入学と共に はばたき市 へと戻ってきた私だ。
10年ぶり、つまりは5歳くらいまでいた はばたき市の事なんて正直言うとあまり覚えてないし懐かしいという気持ちはわかない。
だが、たった1か所だけ大切な場所がある。思い返すのは4歳か5歳くらいの私の初恋と教会。
仲良しの二人の男の子と遊ぶ毎日と、私が引っ越しする数日前の話。
弟の琉夏くんが体調を壊した日、お兄ちゃんのコウくんと2人で教会で遊んでいると、どこかから逃げ出したワンちゃんに追いかけられて、コウくんが少女漫画のヒーローのように私を助けてくれたのだ。
それで、夕焼け空の下、教会の前で私から“また会えますように”って、約束のキスをしたのだ。あれが私の初恋で、10年近く引きずる出来事。
引きずりながらも年々2人の表情は思い出せないほどにボヤボヤだけどな。
ボヤボヤではあるが、コウくんとのキスは今思い返しても甘酸っぱく胸がときめくゲームみたいな出来事だと思う。
そんなことを思いながら、お気に入りの黒の火焔柄トレーナーへ袖を通した。
入学式までもう明日。必要なノートに筆記用具に一通り確認はしたが念の為を思い商店街へ向かうべく鞄を持って家をでた。
買い物を終え、夕闇空に染まる頃、何かに誘われるように辿り着いた“思い出の教会”前。
茂みにはピンク色の“サクラソウ”がポツリポツリと咲いていた。
引越日に琉夏くんが“また会えますように”とサクラソウを探してくれたが、結局見つからなかったんだっけ。
懐かしさでサクラソウを1つ手に取るや、後ろから「美奈子…?」と優しい声で名前を呼ばれた。
反射的に振り向くと、夕闇のほの暗い中、キラキラ輝く金髪にふんわりと笑う男性が立っている。
想像以上に大きい180cm近くあるだろう姿に少し驚いていると彼は私に近づき、その瞬間温かいぬくもりに包まれた。
「美奈子…、ずっとずっと会いたかった。」
その言葉を聞いて無意識的に私の口から出たのは「コウくん…?」という一言。
そんな私の一言に彼は「……、そうだよ。」と返すと先程よりも抱きしめる腕に強く力を入れてきたので私も背中に手を回し、ぎゅっと力を込める。
その温もりに、ずっと、ずっと思っていた初恋の彼が目の前にいる奇跡的な再会に嬉しさで涙が溢れて頬に涙が伝い、彼は涙に気がつくと、体を離し私の頬の涙に触れた。
「なんで泣いてるの?美奈子も俺に会いたかった?」
「うん…、私もずっとコウくんに会いたかった。」
こんな奇跡的な偶然の再会は“約束のキス”の力が作用したのだと思いつつ、今度は私から彼を抱きしめた。
「ねぇ…、コウくん…あの、約束の…あの、覚えてる…?」とドキドキしながら聞いてみた。
「…?ん…?なんだっけ、それ。」
コウくんはもう忘れてしまったようで、少し悲しいが、そりゃ昔のことだもんな。納得だ。
暫くそのまま勝手に抱きしめ、夕闇から真っ暗闇になった頃。「暗くなるから帰ろう。」と離れたコウくんが私の手を取り歩き始める。
手を繋ぐことは5歳ぶりなのでまたドキドキと心臓が早くなり、顔に熱が集まる感覚が襲ったが、それを隠すように帰り道、今までの出来事、そして引っ越してきたことを告げた。
「高校は はば学 ?」
「ううん、羽ヶ崎学園だよ。もしかしてコウくんは はば学?」
「それなら俺も羽学にしたら良かった。」
その発言的にコウくんは はば学 なんだと察しつつ、内心、私も はば学を受ければよかったと後悔が湧き出た。
いや、羽学の制服の可愛さで選んだ私が後悔するのもおかしい話だけど。
「毎日送り迎えしてもいい?」
「えっ!嬉しいけれど家遠いいよ?」
「美奈子の家、ここじゃないの?」とたどり着いたのは5歳の頃ぶりの前に住んでいた家の前だ。
「よく覚えてるね?」
「当たり前。美奈子の事は一瞬たりとも忘れたことがないよ。」
覚えててくれて嬉しい気持ちに溢れて、コウくんの重すぎる発言は気にならず、「この家は前の家で、今回の家は少しだけ海に近い場所になったんだよ。」と、コウくんの手に力を込めた。
「へぇ、俺の住んでるとこも海が近いよ。」
「そうだっけ?」
何度かコウくんの家に遊びに行ったことはあったが海が近い記憶はなく、頭にハテナを浮かべる私に、「“一人暮らし”しようと思って家を出たんだ。」と呟いた。
もしかしてコウくんと琉夏くんは仲が悪いのだろうか?と、恐る恐る「琉夏くんは元気にしてる?」と聞いてみるも、「うん、元気。」とコウくんは少し悲しげに笑うだけ。
「琉夏くんにも会いたいな。」
「……“琉夏くん”は…、嘘つきでケンカばっかりして最低で…、それでもずっと…、ううん、だから会いたくないって。」と悲しげに笑うコウくんは私と繋ぐ手に力を入れたので、私も握り返した。
「そっか…、でも会いたくなったらいつでも会おうねって伝えといてほしいな。」
「……うん、わかった。」
なぜ、今日コウくんと会ったばかりなのに琉夏くんの気持ちをわかってるのだろうか?と疑問に感じつつ、気まずい無言の雰囲気へと変わる。
何を言おうか考えても、何も浮かばずに歩くこと数分。もうそろそろ家が見えてくる頃に、「ところで、なんで教会にいたの?」とやっと浮かび上がった疑問にコウくんは立ち止まると、私の瞳を夕闇のような暗い瞳で見つめた。
「美奈子に会えると思って、毎月数回は行ってた。この時期は毎日あの教会に行くのが俺の日課。」
「え…?」
「美奈子が引っ越してからずっとずっとね。」
家の前に到着するもコウくんは手を離す気配がなくただ手が固く繋がれている。
辺りはもう星空で、コウくんの真夜中のような暗い瞳だけが私の前にあった。
「わ、私もずっとずっと会いたかったよ。」
「……うん、わかってた。」
「コウくん…?」
少しの沈黙のあと、コウくんはニッコリと笑うと「明日迎えに行くから連絡先を教えて?」と聞いてきたので携帯番号を交換し、私の携帯には“コウくん”の連絡先が登録され、その日は解散した。
その日の夜、携帯が震えてディスプレイを見ると“コウくん”からで、ドキドキと胸が高鳴る。
早速メールを確認すると、“美奈子に会えて嬉しい、これから先はずっと俺の側にいて?”と映る携帯の画面。
このドキドキと高鳴る胸の鼓動は恐怖からではない、ときめきなんだと自分に言い聞かせた。
…
コウくんは翌日の入学式の日から家に迎えに来た。「俺も羽学にしたら良かった。」と悲しそうな表情の琉夏くんに、「それを言うなら私だって。そうしたらコウくんと一緒に学生生活送れたのに。」と答え、脳裏にはコウくんと同じ制服を着た自分。
私のそんな心境とは違い、「いや……、美奈子はそっちの制服のほうが似合う、だからいいの。」と私の制服姿を褒めてくれるコウくんに朝からドキドキだ。
コウくんと他愛もない話をしながら到着した“羽ヶ崎学園”の校門前。
同じ制服を着ている女子たちがコウくんに視線を向けているのは私でもわかるくらいだ。ふと、耳に入る「きゃー佐伯くーん」の声に視線を向けると女の子に囲まれている格好いい人がいる。
「きっとコウくんも、あの人みたいにモテモテの学園生活を送るんだろうね?」
「美奈子以外興味ないよ。」とニッコリ笑った。校門前にいる私達とすれ違う生徒が増え始めたなと感じ、「コウくん、そろそろ行ったほうが…。」と言いかけていると体が包まれ暖かいぬくもりが制服越しから伝わる。
そう、私は校門前で抱きしめられているのだ。それも入学式に。
抱きしめられた喜びよりも、周りからの視線に悪い意味でドキドキだ。
内心引いてる自分がいるよ。これは。いやもう、ドン引きだよ。
「コ、コウくん…!」
「俺の方が心配してる。」と囁くコウくんの声には棘があるように感じた。
やっと離れてくれたコウくんは「帰りも迎えにくる。」と言うと困惑の表情をしている私を無視し「Bダッシュで行ってくるね。」と言い残し言ってしまった。
周りからの痛い視線を感じながらクラス表を確認し、少し憂鬱な気持ちではじめて踏み入れる校舎に歩みを進めた。
確実に抱きしめられている私を見ただろう、初めて顔を合わせるクラスメイトの女の子はすぐに視線を反らした。
確実に思った、多数の目撃により噂は広がり続け私は浮くんだなと。
アイツ朝からサカってる頭ハッピーセットの女だと。
嫌なことを想像しながら、黒板に書かれた私の席は運悪く窓側の端だったのだ。つまりは周りの子に弁明できるような席ではない。
視線を感じながら、これから1年使う机と椅子に心の中で挨拶をしつつ頭を伏せて瞳を閉じた。
そのまま思考は停止し、落ちる夢は夕焼け空に染まったオレンジ色のキラキラの教会と顔がぼやけてわからない男の子。
揺すられる感覚と共に思考を動かすと、隣の席に座る鋭い目つきが視界に入った。
「お前、気持ちよさそうに寝てたな。でももうホームルーム。」
“ふっ”と笑うその男の子は「ここによだれ跡がついてる。」と口の端を指差した。
自己紹介の時に知った隣の席の“志波くん”は、どう見ても大きくて私にも身長を分けてほしい。
そして、最後のトリである私の自己紹介で、幼馴染と再会した話をしながら、あれは違うんですよ〜あの、欧米式のやつなんですよ〜アピールをふんだんに盛り合わせた事により、なんとかなった…はず…?
ホームルームが終了し、体育館へと移動するように言われ席を立つクラスメイトの皆様方。ホームルームをうとうと聞いていた私もワンテンポ遅れて椅子から腰を上げた。
視線を感じそちらを見ると、隣の席の志波くんの視線が突き刺さっている。
その視線に答えるため、立っている志波くんの身長の大きさに驚きながら私の首は真上を向いた。
「志波くんって身長大きいね。」
「小波が小さいだけだろ。」
「それを言っちゃおしめーよ。」と会話をしながら教室を出る私達は、凹凸コンビを結成できるレベルだ。
「志波くんくらい大きかったらなぁ。」
「そのままでいいと思うぞ。」
「そう?レンジャーになれる?」
「小波はレンジャーと言うよりマスコットって感じだな。」
「なにをー!」と、先程会ったばかりの志波くんと楽しい会話を繰り広げながら到着した体育館。
先生が身長の低い子は前に来るように言われたので、ここで志波くんとは一旦お別れだ。
「寝るなよ。」
「志波くんだって。」
きっと志波くんは身長順の順番が決まっても、ずっと1番後ろなんだろうなと思いながら、先頭の方へと向かった。
…
コウくんは学校は違えど、朝に毎日迎えに来てくれ、下校時もほとんど迎えに来る。そしてお昼はいつも電話もしてくるのだ。
通話料金が馬鹿高くなりそうだなと思い、毎日お昼は5分だけルールを決めたくらい。
他校ではあるが、なんかほぼ毎日一緒にいるなと感じとても嬉しいが、校門抱きしめ事件的に少しだけウンザリしている自分もいる。
そんな私なのでやはり学校では浮いてるまま
だが、隣の席の志波くんがよく話しかけてくれたり、一緒にお昼ご飯を食べたりしてくれる。
いつの間にか隣の席の志波くんは席が関係なく自然と隣にいることが当たり前になった。
また今日もお昼休みに屋上で志波くんとお弁当を食べる為、凹凸に並ぶ私達は屋上へと足を進める。
道中の話題はホームルームの時に聞いた“体育祭”の話だ。
「志波くんは足が早いから400mに参加する感じ?」
「どうだろうな。」
「あっ、身長が大きいからパン食い競争もお似合いだね。餡パンも食べられるし一石二鳥って感じ。」
「小波はパン食い競争には向いてないな。」
「ふふっ、残念!私のジャンプ力なめんなよ!」と、隣に立つ志波くんの頭を目掛けてジャンプをした。
「まだまだだな。」と笑う志波くんに「見よ!子鹿のジャンプの如く!」ぴょんぴょんと隣を飛びながら進んだ。
調子に乗っている私は、足を挫き着地に失敗してしまうも、庇うように手を伸ばした志波くん。そして触れる唇と唇。
そうこれは事故チューというやつだ。
事故なのだ。
驚き固まる志波くんに「ちょっと屈んで。」と伝えて私の手が届く距離に縮んだ志波くんの口元へ自身の制服の袖を当て“ゴシゴシ”と拭った。
努めて全く気にしてませんよ。と言うように、「ノーカウント、満塁。」と告げて前を向く私は、志波くんの頬が赤く染まっている事も、「…ノーアウト満塁だ。」と呟いた声も、私の耳には届かなかった。
気まずさを感じないように屋上でお弁当を広げて、問答無用に志波くんの口へ卵焼きを突っ込むと、驚く志波くんは目を見開きながらモグモグと咀嚼しゴクリと飲み込むと、「うまいな。」と呟いた。
じゃあ先程の件はこれで無しになったという事で頼むわ。
そんなことを内心思い、事故チューの事は忘れることに務めていると終礼のチャイムがなり、今日もコウくんが来るまで教室で漫画でも読もうかと思っていると、「美奈子、一緒に帰れないか?」と志波くんからお誘いをもらった。
冷静に考えるとほぼ毎日コウくんとばかり帰っている。初恋の相手だからとても嬉しいことではあるが、初恋の相手ではなければ恐怖だ。
「もしかして、今日も約束があるのか?」
こちらを見つめてる志波くんへ苦笑いを返し、「そうなの。ごめん。」と謝った。
「付き合ってるのか…?」と聞いてくる志波くんに顔が熱くなる感覚が襲いながら首を振り否定するも、「そうか。」と少し顔が曇る志波くん。
「あ、じゃあ下に降りてブラブラしよ。」
「じゃあ、そうする。」
志波くんと靴を履き替えて昇降口を出た。空は夕焼け空でオレンジ色に染っている。
他愛のない会話をしながらグラウンドの方へ向かい、なんとなく練習している野球部の方へ視線を移した。
「野球、好きなのか?」
「野球が好きというか、パワプロくんが小さい頃から好きなんだよね。」
「へぇ、以外。」
「志波くんは好き?」
「…ガキの頃からずっとやってたんだ。」
あまりゲームをやるイメージがなかったので、まさかの反応に驚きながら「お揃いだね。今度勝負しよ。」と伝えると、「いや、野球の方。」と返ってきた。
志波くんはボールネットに触れながら、中学の頃の野球部の話を聞かせてくれたが、夕陽が照らされた志波くんの横顔に魅入ってしまい胸が高鳴った。これは事故チューのせいだろう。
「美奈子、見すぎだろ。」
「んえっ!あ、ごめん。」
話半分で聞いていた意味も込め謝罪をしながら「なんか、格好いいなって。」と言うと志波くんの頬がほんのり色づいた気がした。
ふと、携帯の着信音が響き我にかえり私まで恥ずかしくなったので「今言ったこと忘れて!じゃあね!」と駆け足でその場を離れることに成功だ。
校門へ向かうとコウくんが女の子と話している場面が目に入り、こちらに気がついたコウくんのもとに駆け寄った。
「待ってた?」
「……ううん、ちょうど今ついたところ。そしたらナンパされたんだ。」と、携帯電話をポケットに仕舞っている。
ニッコリと微笑むコウくんの瞳は夕闇のような少し暗い色をしているとふと思う。
手を差し出され、いつものように手を繋がれているが、最初の頃と違いドキドキすることはなくなったのは気のせいじゃない。なぜだろうか?こんなにもコウくんが好きなのに。“初恋”のコウくんなのに。
「ごめん、バイトはじめたから火曜、木曜は帰りに一緒に帰れなくなっちゃった。」と申し訳ない表情で言うコウくんと違い、正直コウくん以外の人と過ごす時間が欲しかった私は少し嬉しかったりもする。
志波くんと一緒に帰られると、心の中が踊ったのは気のせいだと思う。
「ねぇ、なんのバイトするの?」
「内緒。」
「もう!けちっ!」
「美奈子が来たら仕事がはかどらないから。今度教えたげるよ。」
確かに、バイト先に知り合いが来るのは嫌だよな。バイトをしたことない私すらそう思う。
ふと、「私も何か…」“バイトしようかな。”と言いかけていると「美奈子は何もしなくていい。」と被されたコウくんの声。
「俺がバイトしようと思ったのは、美奈子とこれから先もずっといるため。」
「…?これから先?」
目を丸くする私を気にせずにコウくんはベラベラと続け「将来、美奈子の隣に俺がいないのはおかしいだろ?」と笑った。
「えっと…?」
コウくんは何を言っているのだろうか?突然のことに思考が止まる私に、畳み掛けるように続ける。
「だから、お前は余計なことしなくていいんだ。」
繋がれた手が痛いほど強く握られ、少しだけ顔を歪ませてしまうも、力が緩むことがなく
「何かほしいものがあれば俺が買うから、だから美奈子は今のままでいい。」と屈んだコウくんは私の耳元で囁くように言う。
“ゾクリ”とした感覚が襲ったが、気のせいだと言い聞かせるように、コウくんへ笑顔を見せた。
「私はずっと変わってないよ。」
そう、ずっとずっと変わっていない。私はずっとずっとコウくんの事が好きだ。
だが、脳裏に浮かぶのは志波くんの横顔だった。違う、気のせいだ。私の初恋はコウくんで、これからもずっと好きなのはコウくんだ。
誤魔化すように「とっ、ところで6月に体育祭あるんだよね。コウくんのところも?」と聞いてみることにした。
「うん。美奈子はいつ?」
「6月10日だよ。」
「へぇ、美奈子の姿見に行こうかな。」と笑うコウくんに、慌てて「もっもう、父親ヅラしないで!残念だけど保護者席はないです!」と答えた。
「冗談、冗談。」
「コウくんはいつ?」
「…内緒。」と言うコウくんは丁度家の前についたのもあり、「じゃあね。」とさっさと行ってしまった。
…
相変わらずのコウくんとの毎日と、隣にいる志波くん。そんな志波くんとはコウくんが来ない日に喫茶店に寄って帰ったり、森林公園を散歩してから帰ったり。
そして、あっという間に6月に入り体育祭がやってきた。どの競技に出るか迷いたかったが、私に押し付けられたのは誰もやりたがらない男女混合“2人3脚”だった。
なぜ男女でやるねん。あほか!誰が考えてんだよ!
押し付けられたからにはどうしようもない。こんな事になるなら体育祭はサボればよかったと半泣きだ。
パートナー探しをしていると、志波くんと目があったが健康診断の時に聞いた、“187cm”という単語。
無理に決まってるじゃないか。囚われた宇宙人も真っ青になるレベル。
志波くんから目を逸らして他のクラスメイトの誰に声をかけようか。あ、今度はニガコクの針谷くんと目があった。志波くんよりかは断然マシな身長差に声をかけよう。
「針…」“谷くん”を言い終える前に腕が掴まれた。嫌な予感を抱きながら、壊れたロボットの如くそちらを向けば志波くんだ。
「相手決まってないんだろ?」
「い、いやいやいや。身長差考えよう。無理無理無理。」
とてつもない拒絶する私を引きずるように志波くんはスタート位置へ運んだ。半泣きから本当に泣けてきたぞ。
「足だせ。」と私の足に結ばれた鉢巻に諦めるしかない。
「志波くん、ゆっくり歩こう。」“絶対に無理だから”を言い終える前にスタートのピストルが響き、腰に回された志波くんの腕が私を抱き寄せるように持ち上げると、ものすごい速さで駆けた。
なっるほど〜。わざと緩めに鉢巻を締めたのはこういうことか〜。じゃねーよ!
「ちょちょちょ、これ確実に駄目なやつだから!アウトだから!」と叫ぶ私を無視しもうゴールへと到着だ。
確実にイカサマだが、志波くんの気迫に負けた審判はそのまま1位の旗を手渡し、受け取った志波くんが私へ差し出した。
「やる。」
「あ、ありがとう…。」
苦笑いの私達に近づくツンツン頭の針谷くんが勝手に写真を撮るとニヤニヤ笑っている。
「お前らの2人3脚、みんな動画取ってたぜ?ま、俺もだけど。」と、のんきに笑いながら「あとで送っとく。」と言うとパン食い競争が始まる待機列へと行ってしまった。
最後のフォークダンスまで、周りからの視線に耐えられなかった私は屋上でサボることに。
屋上からフォークダンスの輪を眺めていると、開く扉に“ドキリ”と振り向けば私を心配してきたのだろう志波くんだ。
「大丈夫か?」
「サボりだよ。」と笑うと、隣に来た志波くんが「美奈子、サボるな。」と手を差し出した。つまりはここでフォークダンスをするのか?
志波くんに名前を呼ばれた事と、そしてせっかくの体育祭の〆だ。まあいいか。と思いその手を取った。
だが、私はフォークダンスのやり方がわからないのだ。そんな私を察して志波くんは私をグルグルと回しはじめ、視界はグルグルに変わる。
「ストップストップもう目が回ってるから!」と叫ぶと笑いながらやっとやめてくれた。
1年の初めての体育祭はこうして幕を閉じたわけだが、濃すぎる出来事しかなかったと、頬が緩む感じがする。
お陰で鞄に入れっぱなしだった携帯の存在を忘れたまま家へ帰りベットで横になった。
…
体育祭も終わり、6月後半。体育祭の件で揶揄われると思ったが、元から浮いている私を揶揄う人はいないのか、針谷くんくらいがニヤニヤと私と志波くんを見ている。
針谷くんは私とコウくんの関係を最初は怪しんでいたが今では“ただの幼馴染”とわかり、「ほぉ〜ん」と言いながらいつの間にかお友達になったのだ。
ある日の放課後、ニガコクの2人に誘われて喫茶店で話をしている時に聞かれた“幼馴染”のこと。
“初恋”の話は針谷くんが馬鹿にしそうなので伏せ、諸々を話すや再会してからの毎日に引いている。寧ろ、「やべぇ奴じゃん…。」と心配してるレベルだ。
「その“ただの幼馴染”のせいで美奈子は浮いちまったんじゃねぇの?」
「あ、はは…。それは…。」
日々感じる違和感を肯定するように答えてくれる針谷くんに、心の中で「違う、違う、そんな事はない。」と繰り返した。
「俺もあの入学式の日見ちまって最初引いたわ。」
志波くんはなんの事だ?という表情でこちらを見つめたままだが、校門で抱きしめてきたあの日のことを言っていると一瞬で察した。
「それで毎朝迎えに来て、帰りもわざわざ迎えに来るってイカれてんぞ?」と志波くんへ視線を向けた。
「それも昼も電話してくるって重症じゃね?」と、同意を向けるように志波くんに聞いているが無言のままの志波くんに諦めた針谷くんは、「そういや、その幼馴染のファンクラブができたって西本が言ってたぞ。」とオレンジジュースのストローへ口をつける。
なるほど、だから最近私に突き刺さる女子の視線が強くなったのかと納得だ。
「元から浮いてる美奈子には関係ないだろうけど、気をつけろよ。」と針谷くんは言うとオレンジジュースを飲み干した。
…
いつもどおりの毎日に、隣の席の志波くんと、私を刺す女の子たちの鋭い視線。
以前は“浮いていた”が今では“敵対心”を感じる毎日に変わったと言うのが正しいかもしれない。
終礼が終わり、志波くんと軽く話をしていると震える携帯電話。
「じゃあね。」と伝えて昇降口へ向かうと、コウくんのキラキラの金髪と、知らない女の子の後ろ姿が見えた。
ただの見間違いだと思い、校門へ向かい連絡をするも全く繋がらない。
いつもならすぐに連絡が帰ってくるのだが、しばらく待っても帰ってくることはなかった。
「まだこんなとこで待ってるのか?」と、教室ぶりの志波くんがこちらにやってきた。
「うん、携帯も繋がらなくて…、でもいつも迎えにきてくれるからすごく心配。」
「そうか…、じゃあ、また明日な。」と、夕陽が志波くんを照らした。
志波くんと別れ、夕焼けから夕闇へ変わり、“ポツリポツリ”と雨が降り始めあっという間に大雨だ。
慌てて屋根のある昇降口へと掛け走り、ここで待つか、教室で待つか、どうしようか。携帯を見るもコウくんからの連絡は来ない。
コウくんを心配しながら雨を眺めていると、校門を潜る1つの傘。その傘はこちらへと向かってきた。
「まだ待ってたのか。」
私服の志波くんに、情けない気持ちを隠すように「あ…はは。志波くんは忘れ物?」と明るく返した。
「いや…、美奈子がまだいると思って戻ってきた。」
その発言に驚き携帯を見ると志波くんと別れてから2時間も立っている。
「美奈子、帰ろう。」
「で、でも…。」
私の手を無理やり引いた志波くんは雨がかからないように私の方へ傘を傾けながら歩みを進めた。
土砂降りの雨は志波くんのお陰でかかっていないが、志波くんの髪から水滴が垂れていたので、志波くんにくっつくように近づいた。
「ちょっと、待って。」
頭にハテナを浮かべ立ち止まる志波くんに、ポケットから出したハンカチを手に思い切り背伸びをし、頬に伝う水滴へ触れた。
「う、わわっ!」
お約束のようにバランスを崩し、挫いた私を繋いでいた手を引き志波くんは抱き寄せてくれる。
「ご、ごめん!」と慌てる私とはよそに志波くんは離れても私の手を握りしめたままだ。
「……そんなにその幼馴染が大切なのか?」
コウくんの事がずっとずっと大好きで、この初恋だけを想って生きてきたのだ。今だってそう、あの教会で交わした約束のキスとあの夕暮れ。
「えっとね…、初恋なんだ。」
「そうか…。今もか…?」
それなのに脳裏には志波くんの隣にいる私。志波くんと過ごす学園生活。あの、ノーカウントキス。2人3脚。グルグルのフォークダンス。そして傘を持っていない私を迎えに来た今。そして抱きしめられた今。違う、私は、私は…。
言葉に詰まる私に志波くんは少しだけ握る手に力を込めた。
「…そんな顔するな。美奈子の笑顔が見られるならそれでいい。」
雨が降る暗闇の中、その言葉に私は何も答えられなかった。
…
翌日いつものように迎えに来てくれたコウくんは、「ごめん。先生に捕まっちゃって。」と笑ったが、瞳が暗い気がする。
「そう言えば聞き忘れてたけど体育祭どうだった?」
志波くんと2人3脚してました〜。お陰で1位だったよ〜ん。なんて言えるわけがない。
「と、とてもいい思い出だったよ。所でコウくんは?」
誤魔化すように話す私に「女の子がしつこくて2人3脚に参加したんだ。」と答えるコウくん。
私は押し付けられて2人3脚する羽目になったよ。という言葉を飲み込んだ。
「じゃあコウくんもいい思い出だね。」
「最低の思い出。」
転んで進まなかったのだろうか?と想像しつつ、“最低の思い出”の話を聞くのはやめておいた。
いつもより少し早い段階で「じゃあ、また帰りね。」と言うとコウくんは行ってしまった。
お昼休みは志波くんに昨日のお礼で作ったお弁当を差し出しながら屋上の青い空の下にいる。
「昨日の幼馴染はなんだったんだ?」
「先生に捕まって来れなかったみたい。」
そう言うと、納得していないような志波くんはお弁当の蓋を開け「いただきます。」と言うと、おかずに箸を伸ばし食べ始める。
「うまい。」と食べる姿に頬の筋肉が緩みつつ、自身のお弁当から卵焼きを箸でつまみ、志波くんのお弁当へ乗っけると、「美奈子の幼馴染の“コウくん”とやらのフルネームを知りたい。」と志波くんは言った。
「“桜井琥一”って言うの。もしかして知り合いだった?」
「いや…違った、気にするな。」
あっという間に終礼前のホームルーム、隣の席を見るも志波くんも鞄もない。珍しいタイミングのサボりに驚きながら終礼が終わった。
今日はコウくんはバイトが休みなので迎えにくるはずだが、何度か連絡をしたが本日も携帯に連絡が来ない。
「あれ?志波は?それと…」チラッと私を見ながらやって来た針谷くんの“それと”はコウくんのことを言ってるのだろう。
「志波いねぇけど、暇ならカラオケして帰んね?」
ほんのりと、オレンジ色に染まる教室で針谷くんにお誘いをもらい、意外なことに目が丸くなった。
「ご、ごめん。今日は用事があって…」
「ふぅん、つまいんないやつだな。じゃあな。」
帰っていく針谷くんの背中を眺め、少し罪悪感が襲った。きっと、励ましてくれようとしていたのだろう。
結局若王子先生に帰るように言われて教室を出ることにした。
携帯を確認するも連絡はない。
それなら針谷君と一緒にカラオケに行ったら良かったと後悔した。
そんな私の心境を察してなのか、「危ないので先生と一緒に帰ろう。」と本日2回目のお誘いをもらい、若王子先生が隣にいるはじめての出来事だ。
夕闇空に染まりかけている若王子先生に視線を向けてふと、思った。コウくんと身長が同じくらいだなって。
「最近、元気がないね。どうしたんだい?」
「そ、そんなことないですよ。」
若王子先生は、無理に言わせるわけもなく猫ちゃんの話を聞かせてくれたり、若王子先生の新たな一面を知ることができた。
「あの、先生ってお付き合いしてる人とか恋とかしてますか?」
「そうかも知れないね……。て、答えるとどうですか?ミステリアスでしょ?いろんな質問に使えます。」
「なるほど…真似しちゃお!」
「恋に落ちてから、気がつくまでに。時間が必要なんだと思う。」と呟いた若王子先生の声は私には聞こえなかった。
隣にいない志波くんに少し寂しさを抱きつつ、夕闇空から暗闇へ染まる頃辿り着いた家の前。
「じゃあ、またね。」とわざわざ家の前まで送ってくれた若王子先生の背中を見送り家の中へ入った。
…
若王子先生と下校して以降、私はよく化学準備室へ足を運ぶことが多くなった。
今では私専用のマグカップが若王子先生のマグカップの隣に置いてある。
志波くんとは、文化祭を周ったり、周りの視線を遮るようにクリスマスパーティでは側でエスコート?してくれて、それにスーツ姿が格好良くて胸がときめいた。
初詣はコウくんと行く約束をしていたので行けなかったが、初詣PERT2ということで後日行こうと言ってくれたり、嬉しかった。
こうして、志波くんといて気がついたのは、志波くんもみんなから格好いいと言われていた事だ。だから周りの視線がキツくなったのだと納得だ。
2年生に入ると、針谷くんとはクラスが別れてしまったが志波くんと同じクラスで今年1番良かったなと感じた。
いつも側にいてくれる志波くんに、私の心は志波くんに対する恋愛感情を本格的に懐き始めた。
だが、付き合っていないとはいえ、相変わらず朝から迎えに来てくれるコウくん、初恋のコウくんがいる手前、考えるのをやめた。
「美奈子、時間あるか?」
「ごめん。コウくんが待ってるから。」
志波くんと別れ、昇降口へ降り校門前へと走って向かった。
「コウくん、おまたせ。」
「ほら、手、繋いで帰ろう?」と差し出された手を取るも、「ちょっと待ってて。」と、コウくんは周りの生徒に見せつけるかのようにその場から動かなかった。
突き刺さる視線のなか、こちらを見ている志波くんの視線に、手を離そうとしても繋がれた手は固く結ばれて、離せない。
「コウくん、早く帰ろうよ。」と急かすも、コウくんは“ニヤリ”と笑い、私の手を引くように志波くんの方へと向かった。
「ど、どうしたの?」
「前、“俺”に会いに はば学 に来たんだよ。」と告げるコウくん。
それはいつの事だろう?わざわざ志波くんが会いに行った驚きと、2人がそれを教えてくれなかった事に少しだけヤキモチだ。
そんな心境の私を無視し、コウくんは志波くんに「元気にしてた?」と話しかけたが、返事はない。
「……。」
その異様な光景になにがあったのだろうか?と思っていると、コウくんがこちらを見つめて「美奈子の好きなタイプは昔から変わらないね。」と笑う。
「…?えっ!何言ってるの違うもん!」
わーわーと否定していると結ばれていた手が離され、コウくんの耳が塞いだ。
「えっ!?なになに!?」と目をぱちくりさせる私には、「……ねぇ、まだ言ってないんだ。」と志波くんに囁いた琉夏くんの声は聞こえなかった。
「俺が“コウくん”じゃないこと。」
「……。」
「君と少し似てるよね。背丈も目付きも。」
「……。」
「だから今の方が可能性があるって思ってるから言わないんだ?」
「……悪い、帰る。」
やっと耳から手を離された頃には志波くんの後ろ姿がとっくに見えなくなっていた。
「何話してたの?」と訝しげに聞く私にニッコリと笑うコウくんは「馬鹿だよね。」と呟いた。
「え…?志波くんが?」
「そうそう、志波くん。」
「確かにテストの点数は赤点ばかりだけどそう言う言い方よくないよ。」と返す私に、つまらなそうな表情をしているコウくん。
「ところでさ、美奈子って、目つき悪いフェチ?」
「え…?そんなことないけど…。志波くんのこと言ってるの?」
頭に浮かぶニガコクの2人。あれ。冷静に考えると針谷くんもすこーしだけ目つきが悪いな。
「…まあ、うん。そうだね。」
コウくんと歩いて辿り着いた先は、灯台のある海だった。
「美奈子知ってる?この灯台の伝説。」
以前志波くんが言っていたことを思い出し、「合わせ鏡をすると未来の恋人が現れて千本ノックしてくれるんだっけ?」と聞いてみた。
「なにそれ。全然違うよ。灯台守と、美しい人魚が海でめぐり逢う話があるみたいなんだ。あとは、ここの灯台で結婚式を上げると永遠に結ばれるんだって。」
「物知りだね。コウくん。」
なぜコウくんが灯台の伝説を知っているのかはよくわからないが、“妖精の鍵”の琉夏くんのようにこういう話が好きだったのだと思うことにした。
丁度そんなことを思っていると「はい、美奈子に。」と差し出されるサクラソウに驚きだ。
「ふふ、懐かしいね、サクラソウ。」
「俺、あの頃からずっとずっと、美奈子だけを想ってた。」
突然のコウくんの発言に驚く私「美奈子が好き」と抱きしめられてしまい、初恋のコウくんに告白されていて嬉しいのか、なぜか心臓がバクバクと動いた。
「わ、私も初恋だよ。ずっと…」“好き”と言いたいが、脳裏に浮かんだのは志波くんだった。
「あの、私…」
私が好きなのはコウくんだ。コウくんなのだ。初恋のコウくんだ。
「私は…」
それでも想ってしまうのは志波くんで、困惑で涙が出てきてしまった。それに気がついたコウくんは「……そんなに泣くほど俺の事が好きなんだ?」ともっと力強く抱きしめてくる。苦しいほどに。
「……俺、すごく嬉しい。美奈子の事、一生涯愛するよ。」と耳元で囁くコウくんに否定の言葉を言うことはできなかった。
でもいい、初恋のコウくんと付き合えるんだから、いいのだ。
暫くすると私がコウくんと付き合い始めたことは、ファンクラブの察知能力なのか、なんなのかどこかから漏れ、1人でいる時嫌な言葉をかけてくる。
志波くんと針谷くんは付き合った件については深く言及せずにいつものように接してくれるが、志波くんとは少しだけ距離をおいた。
付き合ってからも相変わらず毎日迎えにくるコウくんはベタベタとくっつくようになり、嬉しいはずが、憂鬱な気持ちだけが増し、こんな自分が嫌になる。
終礼が終わり、帰ろうとする志波くんに「じゃあね。」と声をかけて教室でぼーっとしていると「コーヒー飲みに来ない?」と若王子先生がやってきた。
お言葉に甘え化学準備室へと向かうと、若王子先生はコーヒーを入れる準備をはじめて、その白衣を着た白い背中へ視線を向けながら今日の学校での出来事を話すも、若王子先生はお見通しのように「無理して話さなくてもいいよ。」と言ってくれる。
テーブルに置かれた私専用のマグカップからはコーヒーの良い香りがする。心が落ち着くようなそんな感じがした。
「コーヒーにはリラックス効果があるんですよ。正確に言うとカフェインになんだけどね。」
「流石、若王子先生はおばあちゃんの知恵袋ですね。」
温かいコーヒーの入るマグカップを手に取り1口のんだ。
「美奈子さん、よく桜井くんと一緒にいるけれどお友達なのかい?」
突然の“桜井くん”という単語に驚きと心臓がバクバクと痛くなる。 それを隠すようにもう一度マグカップへ口付けた。
「え、えと。その…なんで知ってるんですか?」
「はばたき学園の先生に紹介してもらってね、月に数回彼に数学を教えてるんです。」
「そ…うなんですか。」
どうして数学を?どうしてコウくんは教えてくれなかったの?別にいいけれど…。
少し抱いたもやもやを隠すようにマグカップから先生へ視線を移した。
「あの、幼馴染なんです。」
「そうなんだ。いいね、幼馴染。先生にはいないから羨ましいです。」
コウくんを知っている先生に今の状態を相談するのもおかしい話だと気が付き、「前に恋について聞きましたけど、若王子先生は恋愛ってどんな風に考えてますか?」と聞いてみた。
「簡単に言うと脳内物質の作用です。」
「脳内物質の作用…。」
「例えば、好意を持った異性を見るとき、人は普段よりも瞳孔が開きます。相手がキラキラ輝いて見えるワケです。」
その言葉を聞いてわかった。私はコウくんに対して全くそんな風に思っていなかったって。
「あ…あの、初恋だったんです。」
言うつもりはなかったが、つい言葉が出てしまった。
「幼馴染の桜井くんが?」
その言葉に黙って頷く。
「告白されて付き合うことになったんです。引っ越したあとも、ずっと引きずってた初恋で、すごく嬉しいことなのに…私は…」
言葉を詰まらせてる私を察し、若王子先生はコーヒーを一口飲んだ。そしてゆっくりと「それは“恋心”じゃなくて“執着心”じゃないのかな?」と、話した。
「執着…ですか?」
「君は、その初恋の思い出とずっと想っていた再会した幼馴染を失いたくないだけなんだと思いますよ…?」
グサリグサリと胸に刺さる言葉にショックな感情はわかない。ただ、「あっ、そっか。」と腑に落ちるだけ。
「って、僕がこんなことを言うのもおかしいけど。桜井くんには内緒にしてくださいね?」
若王子先生と別れ、家に到着してベットに寝転がり、これまでの事を思い返した。
そうか、わたしは“初恋の、あの時のコウくん”が好きだっただけなんだって。
もしも、“幼い頃のまま”成長していたなら、こんな気持ちを抱かずに素直にコウくんを好きになっていたのかもしれないけれど。
コウくんと付き合って日はまだ浅い。浅いなら浅いうちに別れたほうがお互いに良い。
きっと、別れても幼馴染の関係に戻れる。いや、戻れなくてもいい。あの頃のコウくんとの思い出は美しく残しておきたい。
早速、携帯を取り出し“バイトが終わったら話たい事があるから会える?”とコウくんへメールを送ると、すぐに“俺も。終わったら迎えに行く。”と返信があった。
これで、私の初恋の執着を終わらせる。
終わったんだ。
そんな私の心と裏腹にコウくんが私の左手の薬指にサクラソウのようなお花がついた指輪を通した。
そう、家の前にバイクに乗って現れたコウくんは私が何か言う前に「美奈子にプレゼント」とポケットからだして、それで…。
薬指が怖くて見られない私に、コウくんは「美奈子に似合うと思って用意してたんだ。」と囁いた。
震える声で「う、うれしい」と話す私の体からは冷や汗が出ている。コウくんが気がついているのかわからない。
「良かった、じゃあ、はい。」
突然触れた唇に驚き離れようとしても頭を抑えられ口内に侵入する舌は、“初恋のキス”なのか、“志波くんとした事故チュー”のどちらかを…いや…2つともを、まるで全てを塗り替えるように舐め上げた。
やっと唇が離され、唾液が蜘蛛の糸のように繋がっている。
コウくんとキスをした喜びなのか、ショックからなのか。私はしばらく涙が止まらない。
優しく涙に触れたコウくんかわ「それで、話って何?」と聞いてきたが何も言えなかった。
…
その日以降、コウくんに毎日キスをされている毎日。幸せな気持ちにはならず私の心は暗くなる一方だった。
志波くんに、全部言いたい。
「初恋のコウくんと付き合ったけれど、あなたの事が本当は好きす。」と。
言えるわけがない。頭ハッピーセットを超えて頭お花畑だ。
今日はコウくんがバイトなので昇降口を志波くんと降りていると、「日曜空いてるか?」と言われた。
残念なことに「日曜はコウくんと出かけるんだよね。ごめん。」と言っていたと思っていたが、「一緒にいたい。」と声を出していた。
ハッと気がついた私は、志波くんの次の声を聞く前にその場を後にするも、足の早い志波くんを巻けるわけもなく、校門前で志波くんに手を掴まれた。
「なんで逃げた?」
夕焼け空を照らす志波くん。私を見つめる瞳。顔が熱くなる感覚と溢れでる恋心。
「私…、志波くんのことが…す…」
白いジャージ姿の若王子先生が目に入り、そしてすれ違う皆様の視線が突き刺さっていることで我に返った。
私は何を言おうとしたのか。
違う、違う違う。
「志波くん、ごめんね。行けないや。」
「そうか、別にいい。」
「私、もう行くね。」
握りしめられた手を振りほどき、今度こそ志波くんと別れた。
そのまま吸い込まれるように、たどり着いた場所は“思い出の教会”。
コウくんとの“約束のキス”、指輪をくれた時された“付き合ってはじめてのキス”、そして“毎日されるキス”。
“初恋の思い出”が汚れる感覚が襲い、ここに来るのはこれで最後にしよう。
最後だからこそ、目に焼き付けるようにぼーっと教会を眺め、夕焼け空から夕闇に変わる頃、誰かが来る気配に驚き、どこかに隠れようかどうしようか考えている間、鋭い目つきにオールバックの人がジョウロを片手にやってきた。
私に気がき驚愕の表情で見つめてくるが、冷静に考えると他校の制服を着た意味わからん女が1人でここにいたらそうなるわな。
「あの…」
「美奈子。」
突然名前を呼ばれて、今度はこっちが驚く番だ。彼はジョウロを地面においてこちらへとやってきた。
コウくんよりも大きい志波くんと同じくらいの190cmある姿と鋭い目つきは少しだけ志波くんと似ているな。と思ってドキドキした。
彼は大きな手で優しく私の頬に触れはじめて胸がドキドキの私と「夢じゃねぇな。」と呟いた。
私を知っているのはコウくん以外なら琉夏くんしかいない。そう、彼は絶対に琉夏くんなのだ。
「る…琉夏くん、久しぶり」と声に出し、耳に届くのは何故か震えている私自身の声。
彼は「はぁ?馬鹿ルカじゃねぇよ。」と呆れたように笑ったが、彼は…?彼は。彼は。
血の気が引き、オレンジの視界が、徐々に夕闇から暗闇へと変わった。立っていられずにその場にへたり込んでしまった。
私の視線と合わせるためにしゃがみ心配そうに見つめる彼は…。
「お、おい。大丈夫か?」
私の顔は熱が引き、ものすごく顔色が悪くなっているだろう。
悪い意味でバクバクと動く心臓に頭がクラクラしながら「覚えてる?ここで…」“約束のキスをしたこと。”を、言い終える前に被される「忘れられるわけねぇだろ。」と言う声が耳に入り、私を抱きしめる暖かいぬくもりと、抱きしめ返す私の腕。
「女々しいって思ってんだろ?」
「う…ううん、思ってないよ。あのね…私…」
言いかけていると、ポケットに入る携帯から着信があった。
コウくんのぬくもりが離れ、携帯を取り出しディスプレイを見るとそこには“コウくん”の名前がある。一気に現実に戻される感覚が襲いかかった。
「わ、私、行かなくちゃ…。」と逃げるようにその場を後にしようとすると、大きな手が私の腕を掴んだ。
「連絡先、教えろよ。」
着信が止まった携帯を差し出し、打ち込められる携帯番号と“桜井琥一”と言う名前に喜びよりも吐き気が襲う。
「本当に大丈夫か?」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう。」
吐き気をいだきながら、笑顔を向けて逃げるようにその場を後にし走って家へと帰えることにした。
家に到着すると、また携帯の着信音が響き、確認したくないが視線を向けると“コウくん”の名前だ。
吐き気に耐えられずに慌ててトイレへ駆け込み空っぽの胃から苦い液体だけを吐き出した。
ずっと好きだった初恋の彼を思ってなのか、初恋を追いかけて恋愛感情を抱いた彼を見なかったことにした後悔なのか。
嘘つきの彼はとても優しかった。私に会いたがっていたのは本当だ。そして、私を好いてくれていたのも本当だ。
彼と再会して過ごした日々は全部が優しくて幸せだったのも本当だ…?
本当だったのか…?
嘘つきの彼との日々を思い出すと、吐き気と恐怖が襲った。
私はどうしたらいいのだろうか?
過去の初恋から抜け出せばいいのだろうか?
このまま嘘つきな彼に落ちてしまおうか?
もう幼い頃の思い出は忘れて今を生きるべきだろうか?
…そんな事、彼と再会してしまったからにはこの初恋から抜け出せるわけない。この初恋に落ちたい。
何も考えたくない私は、現実逃避をするように瞳を閉じた。
私の思い出の夕陽に染まる教会が、夕闇へと変わる。教会に入っていくコウくんを追いかけると夕闇色の琉夏くんがサクラソウを私へ手渡してきた。そして後ろから志波くんの呼ぶ声がした。
…
親の転勤の都合で はばたき市 から引っ越しをしたが、またもや親の転勤の都合で10年住んだ街を離れて高校入学と共に はばたき市 へと戻ってきた私だ。
10年ぶり、つまりは5歳くらいまでいた はばたき市の事なんて正直言うとあまり覚えてないし懐かしいという気持ちはわかない。
だが、たった1か所だけ大切な場所がある。思い返すのは4歳か5歳くらいの私の初恋と教会。
仲良しの二人の男の子と遊ぶ毎日と、私が引っ越しする数日前の話。
弟の琉夏くんが体調を壊した日、お兄ちゃんのコウくんと2人で教会で遊んでいると、どこかから逃げ出したワンちゃんに追いかけられて、コウくんが少女漫画のヒーローのように私を助けてくれたのだ。
それで、夕焼け空の下、教会の前で私から“また会えますように”って、約束のキスをしたのだ。あれが私の初恋で、10年近く引きずる出来事。
引きずりながらも年々2人の表情は思い出せないほどにボヤボヤだけどな。
ボヤボヤではあるが、コウくんとのキスは今思い返しても甘酸っぱく胸がときめくゲームみたいな出来事だと思う。
そんなことを思いながら、お気に入りの黒の火焔柄トレーナーへ袖を通した。
入学式までもう明日。必要なノートに筆記用具に一通り確認はしたが念の為を思い商店街へ向かうべく鞄を持って家をでた。
買い物を終え、夕闇空に染まる頃、何かに誘われるように辿り着いた“思い出の教会”前。
茂みにはピンク色の“サクラソウ”がポツリポツリと咲いていた。
引越日に琉夏くんが“また会えますように”とサクラソウを探してくれたが、結局見つからなかったんだっけ。
懐かしさでサクラソウを1つ手に取るや、後ろから「美奈子…?」と優しい声で名前を呼ばれた。
反射的に振り向くと、夕闇のほの暗い中、キラキラ輝く金髪にふんわりと笑う男性が立っている。
想像以上に大きい180cm近くあるだろう姿に少し驚いていると彼は私に近づき、その瞬間温かいぬくもりに包まれた。
「美奈子…、ずっとずっと会いたかった。」
その言葉を聞いて無意識的に私の口から出たのは「コウくん…?」という一言。
そんな私の一言に彼は「……、そうだよ。」と返すと先程よりも抱きしめる腕に強く力を入れてきたので私も背中に手を回し、ぎゅっと力を込める。
その温もりに、ずっと、ずっと思っていた初恋の彼が目の前にいる奇跡的な再会に嬉しさで涙が溢れて頬に涙が伝い、彼は涙に気がつくと、体を離し私の頬の涙に触れた。
「なんで泣いてるの?美奈子も俺に会いたかった?」
「うん…、私もずっとコウくんに会いたかった。」
こんな奇跡的な偶然の再会は“約束のキス”の力が作用したのだと思いつつ、今度は私から彼を抱きしめた。
「ねぇ…、コウくん…あの、約束の…あの、覚えてる…?」とドキドキしながら聞いてみた。
「…?ん…?なんだっけ、それ。」
コウくんはもう忘れてしまったようで、少し悲しいが、そりゃ昔のことだもんな。納得だ。
暫くそのまま勝手に抱きしめ、夕闇から真っ暗闇になった頃。「暗くなるから帰ろう。」と離れたコウくんが私の手を取り歩き始める。
手を繋ぐことは5歳ぶりなのでまたドキドキと心臓が早くなり、顔に熱が集まる感覚が襲ったが、それを隠すように帰り道、今までの出来事、そして引っ越してきたことを告げた。
「高校は はば学 ?」
「ううん、羽ヶ崎学園だよ。もしかしてコウくんは はば学?」
「それなら俺も羽学にしたら良かった。」
その発言的にコウくんは はば学 なんだと察しつつ、内心、私も はば学を受ければよかったと後悔が湧き出た。
いや、羽学の制服の可愛さで選んだ私が後悔するのもおかしい話だけど。
「毎日送り迎えしてもいい?」
「えっ!嬉しいけれど家遠いいよ?」
「美奈子の家、ここじゃないの?」とたどり着いたのは5歳の頃ぶりの前に住んでいた家の前だ。
「よく覚えてるね?」
「当たり前。美奈子の事は一瞬たりとも忘れたことがないよ。」
覚えててくれて嬉しい気持ちに溢れて、コウくんの重すぎる発言は気にならず、「この家は前の家で、今回の家は少しだけ海に近い場所になったんだよ。」と、コウくんの手に力を込めた。
「へぇ、俺の住んでるとこも海が近いよ。」
「そうだっけ?」
何度かコウくんの家に遊びに行ったことはあったが海が近い記憶はなく、頭にハテナを浮かべる私に、「“一人暮らし”しようと思って家を出たんだ。」と呟いた。
もしかしてコウくんと琉夏くんは仲が悪いのだろうか?と、恐る恐る「琉夏くんは元気にしてる?」と聞いてみるも、「うん、元気。」とコウくんは少し悲しげに笑うだけ。
「琉夏くんにも会いたいな。」
「……“琉夏くん”は…、嘘つきでケンカばっかりして最低で…、それでもずっと…、ううん、だから会いたくないって。」と悲しげに笑うコウくんは私と繋ぐ手に力を入れたので、私も握り返した。
「そっか…、でも会いたくなったらいつでも会おうねって伝えといてほしいな。」
「……うん、わかった。」
なぜ、今日コウくんと会ったばかりなのに琉夏くんの気持ちをわかってるのだろうか?と疑問に感じつつ、気まずい無言の雰囲気へと変わる。
何を言おうか考えても、何も浮かばずに歩くこと数分。もうそろそろ家が見えてくる頃に、「ところで、なんで教会にいたの?」とやっと浮かび上がった疑問にコウくんは立ち止まると、私の瞳を夕闇のような暗い瞳で見つめた。
「美奈子に会えると思って、毎月数回は行ってた。この時期は毎日あの教会に行くのが俺の日課。」
「え…?」
「美奈子が引っ越してからずっとずっとね。」
家の前に到着するもコウくんは手を離す気配がなくただ手が固く繋がれている。
辺りはもう星空で、コウくんの真夜中のような暗い瞳だけが私の前にあった。
「わ、私もずっとずっと会いたかったよ。」
「……うん、わかってた。」
「コウくん…?」
少しの沈黙のあと、コウくんはニッコリと笑うと「明日迎えに行くから連絡先を教えて?」と聞いてきたので携帯番号を交換し、私の携帯には“コウくん”の連絡先が登録され、その日は解散した。
その日の夜、携帯が震えてディスプレイを見ると“コウくん”からで、ドキドキと胸が高鳴る。
早速メールを確認すると、“美奈子に会えて嬉しい、これから先はずっと俺の側にいて?”と映る携帯の画面。
このドキドキと高鳴る胸の鼓動は恐怖からではない、ときめきなんだと自分に言い聞かせた。
…
コウくんは翌日の入学式の日から家に迎えに来た。「俺も羽学にしたら良かった。」と悲しそうな表情の琉夏くんに、「それを言うなら私だって。そうしたらコウくんと一緒に学生生活送れたのに。」と答え、脳裏にはコウくんと同じ制服を着た自分。
私のそんな心境とは違い、「いや……、美奈子はそっちの制服のほうが似合う、だからいいの。」と私の制服姿を褒めてくれるコウくんに朝からドキドキだ。
コウくんと他愛もない話をしながら到着した“羽ヶ崎学園”の校門前。
同じ制服を着ている女子たちがコウくんに視線を向けているのは私でもわかるくらいだ。ふと、耳に入る「きゃー佐伯くーん」の声に視線を向けると女の子に囲まれている格好いい人がいる。
「きっとコウくんも、あの人みたいにモテモテの学園生活を送るんだろうね?」
「美奈子以外興味ないよ。」とニッコリ笑った。校門前にいる私達とすれ違う生徒が増え始めたなと感じ、「コウくん、そろそろ行ったほうが…。」と言いかけていると体が包まれ暖かいぬくもりが制服越しから伝わる。
そう、私は校門前で抱きしめられているのだ。それも入学式に。
抱きしめられた喜びよりも、周りからの視線に悪い意味でドキドキだ。
内心引いてる自分がいるよ。これは。いやもう、ドン引きだよ。
「コ、コウくん…!」
「俺の方が心配してる。」と囁くコウくんの声には棘があるように感じた。
やっと離れてくれたコウくんは「帰りも迎えにくる。」と言うと困惑の表情をしている私を無視し「Bダッシュで行ってくるね。」と言い残し言ってしまった。
周りからの痛い視線を感じながらクラス表を確認し、少し憂鬱な気持ちではじめて踏み入れる校舎に歩みを進めた。
確実に抱きしめられている私を見ただろう、初めて顔を合わせるクラスメイトの女の子はすぐに視線を反らした。
確実に思った、多数の目撃により噂は広がり続け私は浮くんだなと。
アイツ朝からサカってる頭ハッピーセットの女だと。
嫌なことを想像しながら、黒板に書かれた私の席は運悪く窓側の端だったのだ。つまりは周りの子に弁明できるような席ではない。
視線を感じながら、これから1年使う机と椅子に心の中で挨拶をしつつ頭を伏せて瞳を閉じた。
そのまま思考は停止し、落ちる夢は夕焼け空に染まったオレンジ色のキラキラの教会と顔がぼやけてわからない男の子。
揺すられる感覚と共に思考を動かすと、隣の席に座る鋭い目つきが視界に入った。
「お前、気持ちよさそうに寝てたな。でももうホームルーム。」
“ふっ”と笑うその男の子は「ここによだれ跡がついてる。」と口の端を指差した。
自己紹介の時に知った隣の席の“志波くん”は、どう見ても大きくて私にも身長を分けてほしい。
そして、最後のトリである私の自己紹介で、幼馴染と再会した話をしながら、あれは違うんですよ〜あの、欧米式のやつなんですよ〜アピールをふんだんに盛り合わせた事により、なんとかなった…はず…?
ホームルームが終了し、体育館へと移動するように言われ席を立つクラスメイトの皆様方。ホームルームをうとうと聞いていた私もワンテンポ遅れて椅子から腰を上げた。
視線を感じそちらを見ると、隣の席の志波くんの視線が突き刺さっている。
その視線に答えるため、立っている志波くんの身長の大きさに驚きながら私の首は真上を向いた。
「志波くんって身長大きいね。」
「小波が小さいだけだろ。」
「それを言っちゃおしめーよ。」と会話をしながら教室を出る私達は、凹凸コンビを結成できるレベルだ。
「志波くんくらい大きかったらなぁ。」
「そのままでいいと思うぞ。」
「そう?レンジャーになれる?」
「小波はレンジャーと言うよりマスコットって感じだな。」
「なにをー!」と、先程会ったばかりの志波くんと楽しい会話を繰り広げながら到着した体育館。
先生が身長の低い子は前に来るように言われたので、ここで志波くんとは一旦お別れだ。
「寝るなよ。」
「志波くんだって。」
きっと志波くんは身長順の順番が決まっても、ずっと1番後ろなんだろうなと思いながら、先頭の方へと向かった。
…
コウくんは学校は違えど、朝に毎日迎えに来てくれ、下校時もほとんど迎えに来る。そしてお昼はいつも電話もしてくるのだ。
通話料金が馬鹿高くなりそうだなと思い、毎日お昼は5分だけルールを決めたくらい。
他校ではあるが、なんかほぼ毎日一緒にいるなと感じとても嬉しいが、校門抱きしめ事件的に少しだけウンザリしている自分もいる。
そんな私なのでやはり学校では浮いてるまま
だが、隣の席の志波くんがよく話しかけてくれたり、一緒にお昼ご飯を食べたりしてくれる。
いつの間にか隣の席の志波くんは席が関係なく自然と隣にいることが当たり前になった。
また今日もお昼休みに屋上で志波くんとお弁当を食べる為、凹凸に並ぶ私達は屋上へと足を進める。
道中の話題はホームルームの時に聞いた“体育祭”の話だ。
「志波くんは足が早いから400mに参加する感じ?」
「どうだろうな。」
「あっ、身長が大きいからパン食い競争もお似合いだね。餡パンも食べられるし一石二鳥って感じ。」
「小波はパン食い競争には向いてないな。」
「ふふっ、残念!私のジャンプ力なめんなよ!」と、隣に立つ志波くんの頭を目掛けてジャンプをした。
「まだまだだな。」と笑う志波くんに「見よ!子鹿のジャンプの如く!」ぴょんぴょんと隣を飛びながら進んだ。
調子に乗っている私は、足を挫き着地に失敗してしまうも、庇うように手を伸ばした志波くん。そして触れる唇と唇。
そうこれは事故チューというやつだ。
事故なのだ。
驚き固まる志波くんに「ちょっと屈んで。」と伝えて私の手が届く距離に縮んだ志波くんの口元へ自身の制服の袖を当て“ゴシゴシ”と拭った。
努めて全く気にしてませんよ。と言うように、「ノーカウント、満塁。」と告げて前を向く私は、志波くんの頬が赤く染まっている事も、「…ノーアウト満塁だ。」と呟いた声も、私の耳には届かなかった。
気まずさを感じないように屋上でお弁当を広げて、問答無用に志波くんの口へ卵焼きを突っ込むと、驚く志波くんは目を見開きながらモグモグと咀嚼しゴクリと飲み込むと、「うまいな。」と呟いた。
じゃあ先程の件はこれで無しになったという事で頼むわ。
そんなことを内心思い、事故チューの事は忘れることに務めていると終礼のチャイムがなり、今日もコウくんが来るまで教室で漫画でも読もうかと思っていると、「美奈子、一緒に帰れないか?」と志波くんからお誘いをもらった。
冷静に考えるとほぼ毎日コウくんとばかり帰っている。初恋の相手だからとても嬉しいことではあるが、初恋の相手ではなければ恐怖だ。
「もしかして、今日も約束があるのか?」
こちらを見つめてる志波くんへ苦笑いを返し、「そうなの。ごめん。」と謝った。
「付き合ってるのか…?」と聞いてくる志波くんに顔が熱くなる感覚が襲いながら首を振り否定するも、「そうか。」と少し顔が曇る志波くん。
「あ、じゃあ下に降りてブラブラしよ。」
「じゃあ、そうする。」
志波くんと靴を履き替えて昇降口を出た。空は夕焼け空でオレンジ色に染っている。
他愛のない会話をしながらグラウンドの方へ向かい、なんとなく練習している野球部の方へ視線を移した。
「野球、好きなのか?」
「野球が好きというか、パワプロくんが小さい頃から好きなんだよね。」
「へぇ、以外。」
「志波くんは好き?」
「…ガキの頃からずっとやってたんだ。」
あまりゲームをやるイメージがなかったので、まさかの反応に驚きながら「お揃いだね。今度勝負しよ。」と伝えると、「いや、野球の方。」と返ってきた。
志波くんはボールネットに触れながら、中学の頃の野球部の話を聞かせてくれたが、夕陽が照らされた志波くんの横顔に魅入ってしまい胸が高鳴った。これは事故チューのせいだろう。
「美奈子、見すぎだろ。」
「んえっ!あ、ごめん。」
話半分で聞いていた意味も込め謝罪をしながら「なんか、格好いいなって。」と言うと志波くんの頬がほんのり色づいた気がした。
ふと、携帯の着信音が響き我にかえり私まで恥ずかしくなったので「今言ったこと忘れて!じゃあね!」と駆け足でその場を離れることに成功だ。
校門へ向かうとコウくんが女の子と話している場面が目に入り、こちらに気がついたコウくんのもとに駆け寄った。
「待ってた?」
「……ううん、ちょうど今ついたところ。そしたらナンパされたんだ。」と、携帯電話をポケットに仕舞っている。
ニッコリと微笑むコウくんの瞳は夕闇のような少し暗い色をしているとふと思う。
手を差し出され、いつものように手を繋がれているが、最初の頃と違いドキドキすることはなくなったのは気のせいじゃない。なぜだろうか?こんなにもコウくんが好きなのに。“初恋”のコウくんなのに。
「ごめん、バイトはじめたから火曜、木曜は帰りに一緒に帰れなくなっちゃった。」と申し訳ない表情で言うコウくんと違い、正直コウくん以外の人と過ごす時間が欲しかった私は少し嬉しかったりもする。
志波くんと一緒に帰られると、心の中が踊ったのは気のせいだと思う。
「ねぇ、なんのバイトするの?」
「内緒。」
「もう!けちっ!」
「美奈子が来たら仕事がはかどらないから。今度教えたげるよ。」
確かに、バイト先に知り合いが来るのは嫌だよな。バイトをしたことない私すらそう思う。
ふと、「私も何か…」“バイトしようかな。”と言いかけていると「美奈子は何もしなくていい。」と被されたコウくんの声。
「俺がバイトしようと思ったのは、美奈子とこれから先もずっといるため。」
「…?これから先?」
目を丸くする私を気にせずにコウくんはベラベラと続け「将来、美奈子の隣に俺がいないのはおかしいだろ?」と笑った。
「えっと…?」
コウくんは何を言っているのだろうか?突然のことに思考が止まる私に、畳み掛けるように続ける。
「だから、お前は余計なことしなくていいんだ。」
繋がれた手が痛いほど強く握られ、少しだけ顔を歪ませてしまうも、力が緩むことがなく
「何かほしいものがあれば俺が買うから、だから美奈子は今のままでいい。」と屈んだコウくんは私の耳元で囁くように言う。
“ゾクリ”とした感覚が襲ったが、気のせいだと言い聞かせるように、コウくんへ笑顔を見せた。
「私はずっと変わってないよ。」
そう、ずっとずっと変わっていない。私はずっとずっとコウくんの事が好きだ。
だが、脳裏に浮かぶのは志波くんの横顔だった。違う、気のせいだ。私の初恋はコウくんで、これからもずっと好きなのはコウくんだ。
誤魔化すように「とっ、ところで6月に体育祭あるんだよね。コウくんのところも?」と聞いてみることにした。
「うん。美奈子はいつ?」
「6月10日だよ。」
「へぇ、美奈子の姿見に行こうかな。」と笑うコウくんに、慌てて「もっもう、父親ヅラしないで!残念だけど保護者席はないです!」と答えた。
「冗談、冗談。」
「コウくんはいつ?」
「…内緒。」と言うコウくんは丁度家の前についたのもあり、「じゃあね。」とさっさと行ってしまった。
…
相変わらずのコウくんとの毎日と、隣にいる志波くん。そんな志波くんとはコウくんが来ない日に喫茶店に寄って帰ったり、森林公園を散歩してから帰ったり。
そして、あっという間に6月に入り体育祭がやってきた。どの競技に出るか迷いたかったが、私に押し付けられたのは誰もやりたがらない男女混合“2人3脚”だった。
なぜ男女でやるねん。あほか!誰が考えてんだよ!
押し付けられたからにはどうしようもない。こんな事になるなら体育祭はサボればよかったと半泣きだ。
パートナー探しをしていると、志波くんと目があったが健康診断の時に聞いた、“187cm”という単語。
無理に決まってるじゃないか。囚われた宇宙人も真っ青になるレベル。
志波くんから目を逸らして他のクラスメイトの誰に声をかけようか。あ、今度はニガコクの針谷くんと目があった。志波くんよりかは断然マシな身長差に声をかけよう。
「針…」“谷くん”を言い終える前に腕が掴まれた。嫌な予感を抱きながら、壊れたロボットの如くそちらを向けば志波くんだ。
「相手決まってないんだろ?」
「い、いやいやいや。身長差考えよう。無理無理無理。」
とてつもない拒絶する私を引きずるように志波くんはスタート位置へ運んだ。半泣きから本当に泣けてきたぞ。
「足だせ。」と私の足に結ばれた鉢巻に諦めるしかない。
「志波くん、ゆっくり歩こう。」“絶対に無理だから”を言い終える前にスタートのピストルが響き、腰に回された志波くんの腕が私を抱き寄せるように持ち上げると、ものすごい速さで駆けた。
なっるほど〜。わざと緩めに鉢巻を締めたのはこういうことか〜。じゃねーよ!
「ちょちょちょ、これ確実に駄目なやつだから!アウトだから!」と叫ぶ私を無視しもうゴールへと到着だ。
確実にイカサマだが、志波くんの気迫に負けた審判はそのまま1位の旗を手渡し、受け取った志波くんが私へ差し出した。
「やる。」
「あ、ありがとう…。」
苦笑いの私達に近づくツンツン頭の針谷くんが勝手に写真を撮るとニヤニヤ笑っている。
「お前らの2人3脚、みんな動画取ってたぜ?ま、俺もだけど。」と、のんきに笑いながら「あとで送っとく。」と言うとパン食い競争が始まる待機列へと行ってしまった。
最後のフォークダンスまで、周りからの視線に耐えられなかった私は屋上でサボることに。
屋上からフォークダンスの輪を眺めていると、開く扉に“ドキリ”と振り向けば私を心配してきたのだろう志波くんだ。
「大丈夫か?」
「サボりだよ。」と笑うと、隣に来た志波くんが「美奈子、サボるな。」と手を差し出した。つまりはここでフォークダンスをするのか?
志波くんに名前を呼ばれた事と、そしてせっかくの体育祭の〆だ。まあいいか。と思いその手を取った。
だが、私はフォークダンスのやり方がわからないのだ。そんな私を察して志波くんは私をグルグルと回しはじめ、視界はグルグルに変わる。
「ストップストップもう目が回ってるから!」と叫ぶと笑いながらやっとやめてくれた。
1年の初めての体育祭はこうして幕を閉じたわけだが、濃すぎる出来事しかなかったと、頬が緩む感じがする。
お陰で鞄に入れっぱなしだった携帯の存在を忘れたまま家へ帰りベットで横になった。
…
体育祭も終わり、6月後半。体育祭の件で揶揄われると思ったが、元から浮いている私を揶揄う人はいないのか、針谷くんくらいがニヤニヤと私と志波くんを見ている。
針谷くんは私とコウくんの関係を最初は怪しんでいたが今では“ただの幼馴染”とわかり、「ほぉ〜ん」と言いながらいつの間にかお友達になったのだ。
ある日の放課後、ニガコクの2人に誘われて喫茶店で話をしている時に聞かれた“幼馴染”のこと。
“初恋”の話は針谷くんが馬鹿にしそうなので伏せ、諸々を話すや再会してからの毎日に引いている。寧ろ、「やべぇ奴じゃん…。」と心配してるレベルだ。
「その“ただの幼馴染”のせいで美奈子は浮いちまったんじゃねぇの?」
「あ、はは…。それは…。」
日々感じる違和感を肯定するように答えてくれる針谷くんに、心の中で「違う、違う、そんな事はない。」と繰り返した。
「俺もあの入学式の日見ちまって最初引いたわ。」
志波くんはなんの事だ?という表情でこちらを見つめたままだが、校門で抱きしめてきたあの日のことを言っていると一瞬で察した。
「それで毎朝迎えに来て、帰りもわざわざ迎えに来るってイカれてんぞ?」と志波くんへ視線を向けた。
「それも昼も電話してくるって重症じゃね?」と、同意を向けるように志波くんに聞いているが無言のままの志波くんに諦めた針谷くんは、「そういや、その幼馴染のファンクラブができたって西本が言ってたぞ。」とオレンジジュースのストローへ口をつける。
なるほど、だから最近私に突き刺さる女子の視線が強くなったのかと納得だ。
「元から浮いてる美奈子には関係ないだろうけど、気をつけろよ。」と針谷くんは言うとオレンジジュースを飲み干した。
…
いつもどおりの毎日に、隣の席の志波くんと、私を刺す女の子たちの鋭い視線。
以前は“浮いていた”が今では“敵対心”を感じる毎日に変わったと言うのが正しいかもしれない。
終礼が終わり、志波くんと軽く話をしていると震える携帯電話。
「じゃあね。」と伝えて昇降口へ向かうと、コウくんのキラキラの金髪と、知らない女の子の後ろ姿が見えた。
ただの見間違いだと思い、校門へ向かい連絡をするも全く繋がらない。
いつもならすぐに連絡が帰ってくるのだが、しばらく待っても帰ってくることはなかった。
「まだこんなとこで待ってるのか?」と、教室ぶりの志波くんがこちらにやってきた。
「うん、携帯も繋がらなくて…、でもいつも迎えにきてくれるからすごく心配。」
「そうか…、じゃあ、また明日な。」と、夕陽が志波くんを照らした。
志波くんと別れ、夕焼けから夕闇へ変わり、“ポツリポツリ”と雨が降り始めあっという間に大雨だ。
慌てて屋根のある昇降口へと掛け走り、ここで待つか、教室で待つか、どうしようか。携帯を見るもコウくんからの連絡は来ない。
コウくんを心配しながら雨を眺めていると、校門を潜る1つの傘。その傘はこちらへと向かってきた。
「まだ待ってたのか。」
私服の志波くんに、情けない気持ちを隠すように「あ…はは。志波くんは忘れ物?」と明るく返した。
「いや…、美奈子がまだいると思って戻ってきた。」
その発言に驚き携帯を見ると志波くんと別れてから2時間も立っている。
「美奈子、帰ろう。」
「で、でも…。」
私の手を無理やり引いた志波くんは雨がかからないように私の方へ傘を傾けながら歩みを進めた。
土砂降りの雨は志波くんのお陰でかかっていないが、志波くんの髪から水滴が垂れていたので、志波くんにくっつくように近づいた。
「ちょっと、待って。」
頭にハテナを浮かべ立ち止まる志波くんに、ポケットから出したハンカチを手に思い切り背伸びをし、頬に伝う水滴へ触れた。
「う、わわっ!」
お約束のようにバランスを崩し、挫いた私を繋いでいた手を引き志波くんは抱き寄せてくれる。
「ご、ごめん!」と慌てる私とはよそに志波くんは離れても私の手を握りしめたままだ。
「……そんなにその幼馴染が大切なのか?」
コウくんの事がずっとずっと大好きで、この初恋だけを想って生きてきたのだ。今だってそう、あの教会で交わした約束のキスとあの夕暮れ。
「えっとね…、初恋なんだ。」
「そうか…。今もか…?」
それなのに脳裏には志波くんの隣にいる私。志波くんと過ごす学園生活。あの、ノーカウントキス。2人3脚。グルグルのフォークダンス。そして傘を持っていない私を迎えに来た今。そして抱きしめられた今。違う、私は、私は…。
言葉に詰まる私に志波くんは少しだけ握る手に力を込めた。
「…そんな顔するな。美奈子の笑顔が見られるならそれでいい。」
雨が降る暗闇の中、その言葉に私は何も答えられなかった。
…
翌日いつものように迎えに来てくれたコウくんは、「ごめん。先生に捕まっちゃって。」と笑ったが、瞳が暗い気がする。
「そう言えば聞き忘れてたけど体育祭どうだった?」
志波くんと2人3脚してました〜。お陰で1位だったよ〜ん。なんて言えるわけがない。
「と、とてもいい思い出だったよ。所でコウくんは?」
誤魔化すように話す私に「女の子がしつこくて2人3脚に参加したんだ。」と答えるコウくん。
私は押し付けられて2人3脚する羽目になったよ。という言葉を飲み込んだ。
「じゃあコウくんもいい思い出だね。」
「最低の思い出。」
転んで進まなかったのだろうか?と想像しつつ、“最低の思い出”の話を聞くのはやめておいた。
いつもより少し早い段階で「じゃあ、また帰りね。」と言うとコウくんは行ってしまった。
お昼休みは志波くんに昨日のお礼で作ったお弁当を差し出しながら屋上の青い空の下にいる。
「昨日の幼馴染はなんだったんだ?」
「先生に捕まって来れなかったみたい。」
そう言うと、納得していないような志波くんはお弁当の蓋を開け「いただきます。」と言うと、おかずに箸を伸ばし食べ始める。
「うまい。」と食べる姿に頬の筋肉が緩みつつ、自身のお弁当から卵焼きを箸でつまみ、志波くんのお弁当へ乗っけると、「美奈子の幼馴染の“コウくん”とやらのフルネームを知りたい。」と志波くんは言った。
「“桜井琥一”って言うの。もしかして知り合いだった?」
「いや…違った、気にするな。」
あっという間に終礼前のホームルーム、隣の席を見るも志波くんも鞄もない。珍しいタイミングのサボりに驚きながら終礼が終わった。
今日はコウくんはバイトが休みなので迎えにくるはずだが、何度か連絡をしたが本日も携帯に連絡が来ない。
「あれ?志波は?それと…」チラッと私を見ながらやって来た針谷くんの“それと”はコウくんのことを言ってるのだろう。
「志波いねぇけど、暇ならカラオケして帰んね?」
ほんのりと、オレンジ色に染まる教室で針谷くんにお誘いをもらい、意外なことに目が丸くなった。
「ご、ごめん。今日は用事があって…」
「ふぅん、つまいんないやつだな。じゃあな。」
帰っていく針谷くんの背中を眺め、少し罪悪感が襲った。きっと、励ましてくれようとしていたのだろう。
結局若王子先生に帰るように言われて教室を出ることにした。
携帯を確認するも連絡はない。
それなら針谷君と一緒にカラオケに行ったら良かったと後悔した。
そんな私の心境を察してなのか、「危ないので先生と一緒に帰ろう。」と本日2回目のお誘いをもらい、若王子先生が隣にいるはじめての出来事だ。
夕闇空に染まりかけている若王子先生に視線を向けてふと、思った。コウくんと身長が同じくらいだなって。
「最近、元気がないね。どうしたんだい?」
「そ、そんなことないですよ。」
若王子先生は、無理に言わせるわけもなく猫ちゃんの話を聞かせてくれたり、若王子先生の新たな一面を知ることができた。
「あの、先生ってお付き合いしてる人とか恋とかしてますか?」
「そうかも知れないね……。て、答えるとどうですか?ミステリアスでしょ?いろんな質問に使えます。」
「なるほど…真似しちゃお!」
「恋に落ちてから、気がつくまでに。時間が必要なんだと思う。」と呟いた若王子先生の声は私には聞こえなかった。
隣にいない志波くんに少し寂しさを抱きつつ、夕闇空から暗闇へ染まる頃辿り着いた家の前。
「じゃあ、またね。」とわざわざ家の前まで送ってくれた若王子先生の背中を見送り家の中へ入った。
…
若王子先生と下校して以降、私はよく化学準備室へ足を運ぶことが多くなった。
今では私専用のマグカップが若王子先生のマグカップの隣に置いてある。
志波くんとは、文化祭を周ったり、周りの視線を遮るようにクリスマスパーティでは側でエスコート?してくれて、それにスーツ姿が格好良くて胸がときめいた。
初詣はコウくんと行く約束をしていたので行けなかったが、初詣PERT2ということで後日行こうと言ってくれたり、嬉しかった。
こうして、志波くんといて気がついたのは、志波くんもみんなから格好いいと言われていた事だ。だから周りの視線がキツくなったのだと納得だ。
2年生に入ると、針谷くんとはクラスが別れてしまったが志波くんと同じクラスで今年1番良かったなと感じた。
いつも側にいてくれる志波くんに、私の心は志波くんに対する恋愛感情を本格的に懐き始めた。
だが、付き合っていないとはいえ、相変わらず朝から迎えに来てくれるコウくん、初恋のコウくんがいる手前、考えるのをやめた。
「美奈子、時間あるか?」
「ごめん。コウくんが待ってるから。」
志波くんと別れ、昇降口へ降り校門前へと走って向かった。
「コウくん、おまたせ。」
「ほら、手、繋いで帰ろう?」と差し出された手を取るも、「ちょっと待ってて。」と、コウくんは周りの生徒に見せつけるかのようにその場から動かなかった。
突き刺さる視線のなか、こちらを見ている志波くんの視線に、手を離そうとしても繋がれた手は固く結ばれて、離せない。
「コウくん、早く帰ろうよ。」と急かすも、コウくんは“ニヤリ”と笑い、私の手を引くように志波くんの方へと向かった。
「ど、どうしたの?」
「前、“俺”に会いに はば学 に来たんだよ。」と告げるコウくん。
それはいつの事だろう?わざわざ志波くんが会いに行った驚きと、2人がそれを教えてくれなかった事に少しだけヤキモチだ。
そんな心境の私を無視し、コウくんは志波くんに「元気にしてた?」と話しかけたが、返事はない。
「……。」
その異様な光景になにがあったのだろうか?と思っていると、コウくんがこちらを見つめて「美奈子の好きなタイプは昔から変わらないね。」と笑う。
「…?えっ!何言ってるの違うもん!」
わーわーと否定していると結ばれていた手が離され、コウくんの耳が塞いだ。
「えっ!?なになに!?」と目をぱちくりさせる私には、「……ねぇ、まだ言ってないんだ。」と志波くんに囁いた琉夏くんの声は聞こえなかった。
「俺が“コウくん”じゃないこと。」
「……。」
「君と少し似てるよね。背丈も目付きも。」
「……。」
「だから今の方が可能性があるって思ってるから言わないんだ?」
「……悪い、帰る。」
やっと耳から手を離された頃には志波くんの後ろ姿がとっくに見えなくなっていた。
「何話してたの?」と訝しげに聞く私にニッコリと笑うコウくんは「馬鹿だよね。」と呟いた。
「え…?志波くんが?」
「そうそう、志波くん。」
「確かにテストの点数は赤点ばかりだけどそう言う言い方よくないよ。」と返す私に、つまらなそうな表情をしているコウくん。
「ところでさ、美奈子って、目つき悪いフェチ?」
「え…?そんなことないけど…。志波くんのこと言ってるの?」
頭に浮かぶニガコクの2人。あれ。冷静に考えると針谷くんもすこーしだけ目つきが悪いな。
「…まあ、うん。そうだね。」
コウくんと歩いて辿り着いた先は、灯台のある海だった。
「美奈子知ってる?この灯台の伝説。」
以前志波くんが言っていたことを思い出し、「合わせ鏡をすると未来の恋人が現れて千本ノックしてくれるんだっけ?」と聞いてみた。
「なにそれ。全然違うよ。灯台守と、美しい人魚が海でめぐり逢う話があるみたいなんだ。あとは、ここの灯台で結婚式を上げると永遠に結ばれるんだって。」
「物知りだね。コウくん。」
なぜコウくんが灯台の伝説を知っているのかはよくわからないが、“妖精の鍵”の琉夏くんのようにこういう話が好きだったのだと思うことにした。
丁度そんなことを思っていると「はい、美奈子に。」と差し出されるサクラソウに驚きだ。
「ふふ、懐かしいね、サクラソウ。」
「俺、あの頃からずっとずっと、美奈子だけを想ってた。」
突然のコウくんの発言に驚く私「美奈子が好き」と抱きしめられてしまい、初恋のコウくんに告白されていて嬉しいのか、なぜか心臓がバクバクと動いた。
「わ、私も初恋だよ。ずっと…」“好き”と言いたいが、脳裏に浮かんだのは志波くんだった。
「あの、私…」
私が好きなのはコウくんだ。コウくんなのだ。初恋のコウくんだ。
「私は…」
それでも想ってしまうのは志波くんで、困惑で涙が出てきてしまった。それに気がついたコウくんは「……そんなに泣くほど俺の事が好きなんだ?」ともっと力強く抱きしめてくる。苦しいほどに。
「……俺、すごく嬉しい。美奈子の事、一生涯愛するよ。」と耳元で囁くコウくんに否定の言葉を言うことはできなかった。
でもいい、初恋のコウくんと付き合えるんだから、いいのだ。
暫くすると私がコウくんと付き合い始めたことは、ファンクラブの察知能力なのか、なんなのかどこかから漏れ、1人でいる時嫌な言葉をかけてくる。
志波くんと針谷くんは付き合った件については深く言及せずにいつものように接してくれるが、志波くんとは少しだけ距離をおいた。
付き合ってからも相変わらず毎日迎えにくるコウくんはベタベタとくっつくようになり、嬉しいはずが、憂鬱な気持ちだけが増し、こんな自分が嫌になる。
終礼が終わり、帰ろうとする志波くんに「じゃあね。」と声をかけて教室でぼーっとしていると「コーヒー飲みに来ない?」と若王子先生がやってきた。
お言葉に甘え化学準備室へと向かうと、若王子先生はコーヒーを入れる準備をはじめて、その白衣を着た白い背中へ視線を向けながら今日の学校での出来事を話すも、若王子先生はお見通しのように「無理して話さなくてもいいよ。」と言ってくれる。
テーブルに置かれた私専用のマグカップからはコーヒーの良い香りがする。心が落ち着くようなそんな感じがした。
「コーヒーにはリラックス効果があるんですよ。正確に言うとカフェインになんだけどね。」
「流石、若王子先生はおばあちゃんの知恵袋ですね。」
温かいコーヒーの入るマグカップを手に取り1口のんだ。
「美奈子さん、よく桜井くんと一緒にいるけれどお友達なのかい?」
突然の“桜井くん”という単語に驚きと心臓がバクバクと痛くなる。 それを隠すようにもう一度マグカップへ口付けた。
「え、えと。その…なんで知ってるんですか?」
「はばたき学園の先生に紹介してもらってね、月に数回彼に数学を教えてるんです。」
「そ…うなんですか。」
どうして数学を?どうしてコウくんは教えてくれなかったの?別にいいけれど…。
少し抱いたもやもやを隠すようにマグカップから先生へ視線を移した。
「あの、幼馴染なんです。」
「そうなんだ。いいね、幼馴染。先生にはいないから羨ましいです。」
コウくんを知っている先生に今の状態を相談するのもおかしい話だと気が付き、「前に恋について聞きましたけど、若王子先生は恋愛ってどんな風に考えてますか?」と聞いてみた。
「簡単に言うと脳内物質の作用です。」
「脳内物質の作用…。」
「例えば、好意を持った異性を見るとき、人は普段よりも瞳孔が開きます。相手がキラキラ輝いて見えるワケです。」
その言葉を聞いてわかった。私はコウくんに対して全くそんな風に思っていなかったって。
「あ…あの、初恋だったんです。」
言うつもりはなかったが、つい言葉が出てしまった。
「幼馴染の桜井くんが?」
その言葉に黙って頷く。
「告白されて付き合うことになったんです。引っ越したあとも、ずっと引きずってた初恋で、すごく嬉しいことなのに…私は…」
言葉を詰まらせてる私を察し、若王子先生はコーヒーを一口飲んだ。そしてゆっくりと「それは“恋心”じゃなくて“執着心”じゃないのかな?」と、話した。
「執着…ですか?」
「君は、その初恋の思い出とずっと想っていた再会した幼馴染を失いたくないだけなんだと思いますよ…?」
グサリグサリと胸に刺さる言葉にショックな感情はわかない。ただ、「あっ、そっか。」と腑に落ちるだけ。
「って、僕がこんなことを言うのもおかしいけど。桜井くんには内緒にしてくださいね?」
若王子先生と別れ、家に到着してベットに寝転がり、これまでの事を思い返した。
そうか、わたしは“初恋の、あの時のコウくん”が好きだっただけなんだって。
もしも、“幼い頃のまま”成長していたなら、こんな気持ちを抱かずに素直にコウくんを好きになっていたのかもしれないけれど。
コウくんと付き合って日はまだ浅い。浅いなら浅いうちに別れたほうがお互いに良い。
きっと、別れても幼馴染の関係に戻れる。いや、戻れなくてもいい。あの頃のコウくんとの思い出は美しく残しておきたい。
早速、携帯を取り出し“バイトが終わったら話たい事があるから会える?”とコウくんへメールを送ると、すぐに“俺も。終わったら迎えに行く。”と返信があった。
これで、私の初恋の執着を終わらせる。
終わったんだ。
そんな私の心と裏腹にコウくんが私の左手の薬指にサクラソウのようなお花がついた指輪を通した。
そう、家の前にバイクに乗って現れたコウくんは私が何か言う前に「美奈子にプレゼント」とポケットからだして、それで…。
薬指が怖くて見られない私に、コウくんは「美奈子に似合うと思って用意してたんだ。」と囁いた。
震える声で「う、うれしい」と話す私の体からは冷や汗が出ている。コウくんが気がついているのかわからない。
「良かった、じゃあ、はい。」
突然触れた唇に驚き離れようとしても頭を抑えられ口内に侵入する舌は、“初恋のキス”なのか、“志波くんとした事故チュー”のどちらかを…いや…2つともを、まるで全てを塗り替えるように舐め上げた。
やっと唇が離され、唾液が蜘蛛の糸のように繋がっている。
コウくんとキスをした喜びなのか、ショックからなのか。私はしばらく涙が止まらない。
優しく涙に触れたコウくんかわ「それで、話って何?」と聞いてきたが何も言えなかった。
…
その日以降、コウくんに毎日キスをされている毎日。幸せな気持ちにはならず私の心は暗くなる一方だった。
志波くんに、全部言いたい。
「初恋のコウくんと付き合ったけれど、あなたの事が本当は好きす。」と。
言えるわけがない。頭ハッピーセットを超えて頭お花畑だ。
今日はコウくんがバイトなので昇降口を志波くんと降りていると、「日曜空いてるか?」と言われた。
残念なことに「日曜はコウくんと出かけるんだよね。ごめん。」と言っていたと思っていたが、「一緒にいたい。」と声を出していた。
ハッと気がついた私は、志波くんの次の声を聞く前にその場を後にするも、足の早い志波くんを巻けるわけもなく、校門前で志波くんに手を掴まれた。
「なんで逃げた?」
夕焼け空を照らす志波くん。私を見つめる瞳。顔が熱くなる感覚と溢れでる恋心。
「私…、志波くんのことが…す…」
白いジャージ姿の若王子先生が目に入り、そしてすれ違う皆様の視線が突き刺さっていることで我に返った。
私は何を言おうとしたのか。
違う、違う違う。
「志波くん、ごめんね。行けないや。」
「そうか、別にいい。」
「私、もう行くね。」
握りしめられた手を振りほどき、今度こそ志波くんと別れた。
そのまま吸い込まれるように、たどり着いた場所は“思い出の教会”。
コウくんとの“約束のキス”、指輪をくれた時された“付き合ってはじめてのキス”、そして“毎日されるキス”。
“初恋の思い出”が汚れる感覚が襲い、ここに来るのはこれで最後にしよう。
最後だからこそ、目に焼き付けるようにぼーっと教会を眺め、夕焼け空から夕闇に変わる頃、誰かが来る気配に驚き、どこかに隠れようかどうしようか考えている間、鋭い目つきにオールバックの人がジョウロを片手にやってきた。
私に気がき驚愕の表情で見つめてくるが、冷静に考えると他校の制服を着た意味わからん女が1人でここにいたらそうなるわな。
「あの…」
「美奈子。」
突然名前を呼ばれて、今度はこっちが驚く番だ。彼はジョウロを地面においてこちらへとやってきた。
コウくんよりも大きい志波くんと同じくらいの190cmある姿と鋭い目つきは少しだけ志波くんと似ているな。と思ってドキドキした。
彼は大きな手で優しく私の頬に触れはじめて胸がドキドキの私と「夢じゃねぇな。」と呟いた。
私を知っているのはコウくん以外なら琉夏くんしかいない。そう、彼は絶対に琉夏くんなのだ。
「る…琉夏くん、久しぶり」と声に出し、耳に届くのは何故か震えている私自身の声。
彼は「はぁ?馬鹿ルカじゃねぇよ。」と呆れたように笑ったが、彼は…?彼は。彼は。
血の気が引き、オレンジの視界が、徐々に夕闇から暗闇へと変わった。立っていられずにその場にへたり込んでしまった。
私の視線と合わせるためにしゃがみ心配そうに見つめる彼は…。
「お、おい。大丈夫か?」
私の顔は熱が引き、ものすごく顔色が悪くなっているだろう。
悪い意味でバクバクと動く心臓に頭がクラクラしながら「覚えてる?ここで…」“約束のキスをしたこと。”を、言い終える前に被される「忘れられるわけねぇだろ。」と言う声が耳に入り、私を抱きしめる暖かいぬくもりと、抱きしめ返す私の腕。
「女々しいって思ってんだろ?」
「う…ううん、思ってないよ。あのね…私…」
言いかけていると、ポケットに入る携帯から着信があった。
コウくんのぬくもりが離れ、携帯を取り出しディスプレイを見るとそこには“コウくん”の名前がある。一気に現実に戻される感覚が襲いかかった。
「わ、私、行かなくちゃ…。」と逃げるようにその場を後にしようとすると、大きな手が私の腕を掴んだ。
「連絡先、教えろよ。」
着信が止まった携帯を差し出し、打ち込められる携帯番号と“桜井琥一”と言う名前に喜びよりも吐き気が襲う。
「本当に大丈夫か?」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう。」
吐き気をいだきながら、笑顔を向けて逃げるようにその場を後にし走って家へと帰えることにした。
家に到着すると、また携帯の着信音が響き、確認したくないが視線を向けると“コウくん”の名前だ。
吐き気に耐えられずに慌ててトイレへ駆け込み空っぽの胃から苦い液体だけを吐き出した。
ずっと好きだった初恋の彼を思ってなのか、初恋を追いかけて恋愛感情を抱いた彼を見なかったことにした後悔なのか。
嘘つきの彼はとても優しかった。私に会いたがっていたのは本当だ。そして、私を好いてくれていたのも本当だ。
彼と再会して過ごした日々は全部が優しくて幸せだったのも本当だ…?
本当だったのか…?
嘘つきの彼との日々を思い出すと、吐き気と恐怖が襲った。
私はどうしたらいいのだろうか?
過去の初恋から抜け出せばいいのだろうか?
このまま嘘つきな彼に落ちてしまおうか?
もう幼い頃の思い出は忘れて今を生きるべきだろうか?
…そんな事、彼と再会してしまったからにはこの初恋から抜け出せるわけない。この初恋に落ちたい。
何も考えたくない私は、現実逃避をするように瞳を閉じた。
私の思い出の夕陽に染まる教会が、夕闇へと変わる。教会に入っていくコウくんを追いかけると夕闇色の琉夏くんがサクラソウを私へ手渡してきた。そして後ろから志波くんの呼ぶ声がした。
…
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