オパールのピアス(水上颯)
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「美緒、貴方はお隣の颯くんと結婚するのよ」
「美緒、颯くん大好き!
颯くんのお嫁さんになる!」
お父さんは大きな病院の院長先生だった。
お母さんは専業主婦で優しくて、私にたくさんの事を教えてくれた。
お隣に住んでいたのはお父さんの右腕の先生だった。
そこには2個上の男の子がいて、いつも遊んでくれた。
そんな颯くんが大好きだったけど、
「僕、開成行くから、」
進学校に行くべく、東京へ。
一緒のところに行きたかったが、開成は男子校のため、挫折。
その代わり、都内で一番の女子高に通った。
颯くんはすぐに東大の医学部に行ってしまった。
私も医学部への勉強を始めた。
早く、早く追いつきたくて、
「美緒、大学に行くの?
颯くんのお嫁さんなら専業主婦じゃなぁい?」
「え?でも、お父さんお医者さんだし、
病院どうするの?」
「それは颯くんが継ぐわよぉ。
忙しい旦那様のケアはしっかりできなきゃだめよ?」
お母さんのその言葉に、
両家の親の間では、私の高校卒業後に颯くんと都内で同棲することになった。
颯くんが忙しくなる5年生の年。
5年ぶりの再会。
颯くん、かっこよくなってるだろうな。
いや、テレビでたまに見てたからかっこよくなってるのはわかってる。
悦んでくれるかな。
颯くんは一足早く新居にお引越し。
荷物はすでに部屋に届いているはず。
私は最低限の小さな鞄を持ってマンションの一室に向かった。
インターホンを鳴らすとガチャリと鍵が開く。
「そ、颯くん!久しぶり!これからよろしくね!」
眠そうな目をした颯くんは「入れば、」と一言。
「おじゃまします…、」
「こっちがキッチンダイニング、こっちは僕の部屋。
美緒の部屋はあっちの扉。
運ばれてきた荷物、全部そっちに持ってったから。」
「わかった。ありがとう。」
「それと、」
「ん?」
「僕、バカは嫌いなんだよね。」
「…、え?」
「だから必要最低限のこと以外、
話しかけないで。それじゃ。」
颯くんはそれだけ言うと自分の部屋に戻ってしまった。
待って、何、どういう意味?
「そ、颯くん!
どういう意味⁉だって、私たち結婚するんだよ⁉
ねぇ、颯くん!」
「うるさいなぁ…そういうところだよ!」
ガン、と内側から扉に何かが投げられた模様。
驚いて肩が跳ね上がる。
「わ、私!高校で三年間、ずっと一番だったんだよ!
全国模試も、いつも十番以内だったよ⁉
だ、だめかな?」
返事はない。
その代わり大きなため息が聞こえてきた。
「…ごめんなさい、」
私の部屋と言われた扉を開くと、
秋に私が意気揚々と選んだ家具と、段ボールがあった。
「…あんなの、颯くんじゃない。」
優しく手を引いてくれた颯くんの顔じゃない。
颯くんは私にあんなこと言ったりしない。
どうしよう、お母さんになんて言えば…
そもそも言える?
言えない、絶対に言えない。
ブランケットにくるまって一通り泣き終わったころには
夕方の4時だった。
「お夕食…作らないと、」
颯くんの好きな、クリームシチューにしよう。
ホワイトソースから手作りをして副菜などを仕込んでいく。
お風呂を沸かすのも忘れない。
出来上がったのは6時過ぎで、夕食にちょうどいい時間だった。
「あの、颯くん、お夕食できたんだけど…。」
「美緒が食べ終わってから食べる。」
一緒に、食べてくれないんだ…。
「私、後で食べるから、颯くん先に食べて!
お風呂も沸いてるから、よかったら。」
やっぱり返事はない。
「じゃあ、私、部屋にいるから。」
哀しい。
苦しい。
あんなに大好きだった颯くんが
どうして?
私じゃ、ダメだったの?
暫くすると扉が開く音がして、颯くんがダイニングに行く音がした。
よかった、食べてはくれるみたい…。
おいしくできたかな。
不味くないかな。
ぼーっとしているといつの間にかシャワー音が静かに聞こえてきた。
ご飯、終わったんだ。
キッチンに戻ると、食器は綺麗に洗って棚に戻してあった。
テーブルには私の食器だけが取り残されていた。
「ごちそうさま」と綺麗な字で書かれたメモ。
鍋に残ったクリームシチューを少しだけスプーンで味見する。
できたてを味見した際はなかなかおいしいと思ったが、
「…可もなく不可もなし。」
ダメよ、こんなのじゃ。
もっともっと、颯くんにふさわしくならないと。
そしたらきっと、昔みたいに名前を呼んで手を引いて、ほほ笑んでくれる。
私が、ダメだからいけないの。
残ったシチューを袋に入れてごみ箱に捨てる。
部屋に戻ってパソコンを開き、
ネットで颯くんを調べると、身長や体重の予測が出てくる。
颯くんの必要エネルギー量は…、
そこから明日の朝ごはんとお昼のお弁当の栄養計算。
緻密に考えると、時計の針はもう11時だった。
お風呂に入らないと。
バスルームは新品でとてもきれい。
でも、これも過ごしているうちにカビや汚れが落ちなくなるかもしれない。
そんなのじゃダメ。
考えただけで気分が悪い。
颯くんにはいつでも綺麗な空間で安らいでもらわないと。
そう考えると、最低限自分のシャワーを済ませて、
はやく掃除しないと。
すべてが終わるともう12時だった。
「疲れた…、」
ベッドに横になって明日の日程を考える。
朝は5時半に置きてお弁当と朝食の準備。
洗面所にタオルの準備。
7時になったら颯くんに声をかけて部屋に戻る。
そのあとは、買い物に行って、
お掃除して、
あぁ、勉強もしなくちゃ、
次第に瞼は下がって、そのまま私は眠りについた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
失敗がないように、次の日からは行動計画を緻密に立てた。
1日目、自分のケアも食事も蔑ろにしたせいで、
身体のコンディションは最悪だった。
家事はもちろん、自分のケアにも力を入れた。
運動もして、体調管理も万全に。
だって、私のお母さんはいつでも綺麗だったから。
隙間時間には本を読んだり、絵画や国の勉強もした。
颯くんに怒られたのは初日だけだった。
「おかえりなさい」と言うと「ただいま」が帰ってくることも分かった。
それがうれしくて、部屋で泣いてしまうほど嬉しかった。
この日も掃除機をかけ終えて、買い物に出かけた。
あ、颯くんのシャンプー詰め替えあったかな…。
切らす前に一応買っておこう。
いつものスーパーより少し離れた複合施設に行き、
颯くん愛用のシャンプーを探す。
すると聞きなれた声が近づいてきて
辺りを見渡すと、颯くんとお友達らしき人が一緒に歩いてくるのが見えた。
ぱちりと目が合う。
「そ、颯、くん。
お疲れ様。授業は?」
「今日は創立記念日で休講。」
「え、あ…お弁当…。
言ってくれればよかったのに、」
「別に、言う必要ないと思って。」
「あ…ごめんなさい…、
それじゃあ、家に戻ってるので、」
そう言うと私に興味なさげに「ごめん、行こう、」とお友達と横を通り過ぎていく。
あぁ、私、今日颯くんに迷惑かけた。
重い身体を引きずって、玄関の扉を閉めると、気管がひゅっと鳴った。
「はぁっ…、はっ…、」
息が吸えない。手足が痺れてくる。頭がぐらぐらする。
買い物袋に手を伸ばし、中身を雑に取り出して
口元に充てる。
落ち着け、落ち着け。
徐々に戻ってくる呼吸のリズム、
口からビニール袋をはずす。
「息、できる、」
認識した瞬間ぷつりと何かが切れたように瞼が落ちていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
扉の開く音と、明るくなる瞼の向こう側。
「美緒、?」
薄く開いた瞼の向こうに眠そうな目と黒い髪。
「っ、!!」
起き上がって辺りを見渡す。
散らばった野菜、
脱ぎもしてない靴、
身体がいたい。
キッチンダイニングの部屋は真っ暗で、夜であることを表していた。
「ごめんなさいっ、お夕飯、
あっ…材料がっ…、」
「食べてきた。」
「…え?」
「外で。一応、連絡したけど。」
鞄の中からスマホを取り出すと
一軒の通知。
「あ、あはは…、
そっか、ごめん、」
立ち上がって散らばった野菜を抱える。
すると颯くんも足元に落ちていた野菜の袋を拾い上げる。
「颯くん!
私するから!
疲れてるでしょ⁉
今、お風呂沸かすから!
部屋で待ってて!
ね⁉」
袋を片手に立つ颯くんに上から見下ろされる。
嫌われる。
面倒かけてって思われる。
怖くて一瞬交わった瞳を直ぐにそらしてしまった。
「…あっそ。」
そう言って持っていた袋を私に渡すと部屋に戻る。
急いで物をかき集めて、
身体の埃を軽く払ってお風呂を沸かす。
野菜を冷蔵庫にしまって、自分の部屋に戻る。
「私、なんで颯くんと住んでるんだっけ。」
お嫁さんになるから来たのに。
明らかに颯くんは私が嫌いで、
友達にも、紹介してくれない。
私は颯くんの役に立ってもない。
今日は面倒をかけた。
私はこの年まで、
優秀な颯くんに釣り合えるように勉強してきた。
それでも颯くんには認めてもらえなかった。
あぁ、最近テレビに出始めたあの子は
あんなにも笑いかけてもらっているのに。
手に持ったカッターは無意識に手首に一本の線を引いて
そこから流れる血は
私に生きている証をくれた。
「いたい…
何やってるの、私。」
救急箱から絆創膏と包帯をとってぐるぐる巻きにする。
一番怖かったのは、
流れる血液に安心した自分だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれから何日もたって
変わらない日々を過ごしている。
しいて言えば、
リストカットが癖になったくらいだ。
腕は目立つから太ももにした。
腕は、リスバンドで隠すか、
長袖を手放さなかった。
辞められなかった。
流れる血液を見て
「まだ大丈夫」
と言い聞かせて。
しかしいつかはバレてしまう。
その時は唐突で、
颯くんが今日は飲み会で遅いというから、
先にお風呂をいただいて、
洗面所にいた時だった。
唐突に開いた扉に私も颯くんも一瞬フリーズして、
私はタオルで手首と脚を隠すのに時間がかかった。
目ざとく見つけた颯くんは、
私の腕を掴んで、怖い顔をした。
「何してんの。」
お酒の匂い。
もっと遅くなると思ってたのにとんだ誤算だった。
「ねぇ。何してんのって聞いてんだけど。」
答えない私に小さく舌打ちをすると
「腕だけ?脚は?」
「やっ、やめてっ、」
タオルを引きはがされて、
足首を掴まれる。
颯くんが息を飲んだのがわかった。
「なに、これ、」
「ごめんなさ、い、」
「謝れなんていってない。」
だって、仕方ないじゃない。
生きてる証がないと、
ふとした瞬間に死にたくなる。
役に立たない、出来損ないの自分が嫌になる。
この傷を眺めて、
痛みを無駄にしないように死ねないと思い続けてきたのに。
嫌われる。
颯くんが私を突き放したのは初日だけ。
これで、颯くんから捨てられたら?
私、どうしたらいいの。
颯くんを見ると辛くて苦しいのに、
またいつか私に優しくしてくれると期待してる。
結局、十数年かけて思い続けた人を忘れられない。
「気持ち悪いって、思ったでしょ。」
「美緒、」
「思ったでしょ⁉ねぇっ…」
また、気管が狭くなる音。
息が吐きだせない。
脚に力が入らなくて、洗濯機に手をつく。
揺れる洗濯機に肩をもたげながら下に落ちていく。
「美緒、落ち着いて、」
「やっ!」
支えようと腕を伸ばす颯くんの肩を突き飛ばすと
予想してなかったのか、後ろに尻餅をつく。
「もう、いや…
颯くんに愛されたい…、」
ポツリと出た本音。
落ち着きを戻し始めた体は少しだけ自由が利くようになった。
脚の痺れもだいぶとれている。
「私、部屋に、戻ります。」
「美緒、えっ、と…、ごめん。」
「…何がですか?
颯くんは何も悪くありませんよ、
私が…出来損ないなのがわるいの。」
無理やり口角を上げて、パジャマを抱えて立ち上がる。
「あっ…、」
一歩踏むだすと、その場にぺしゃりと転ぶ。
「美緒?」
「ご、ごめんさい…、
すぐ、出てくから…」
立ち上がれない。
「なんで…?」
「美緒、」
「ごめんなさいっ、違うの!
ごめんなさい!」
「美緒!」
無意識のうちに太ももの傷に爪を立てていた。
新しいものからは血が溢れて太腿を伝う。
「やめなって、!」
「違うの…ごめんなさい、」
「美緒っ…」
抉り返した傷、流れる血、
私の腕をつかんだ颯くんは、泣いてた。
なんで?
私が、こんなのだから?
颯くん、私はいつになったら、
貴方に愛してもらえるの?
「死にたい、」
その日から、私の心は死んだ。
*Fin*
「美緒、颯くん大好き!
颯くんのお嫁さんになる!」
お父さんは大きな病院の院長先生だった。
お母さんは専業主婦で優しくて、私にたくさんの事を教えてくれた。
お隣に住んでいたのはお父さんの右腕の先生だった。
そこには2個上の男の子がいて、いつも遊んでくれた。
そんな颯くんが大好きだったけど、
「僕、開成行くから、」
進学校に行くべく、東京へ。
一緒のところに行きたかったが、開成は男子校のため、挫折。
その代わり、都内で一番の女子高に通った。
颯くんはすぐに東大の医学部に行ってしまった。
私も医学部への勉強を始めた。
早く、早く追いつきたくて、
「美緒、大学に行くの?
颯くんのお嫁さんなら専業主婦じゃなぁい?」
「え?でも、お父さんお医者さんだし、
病院どうするの?」
「それは颯くんが継ぐわよぉ。
忙しい旦那様のケアはしっかりできなきゃだめよ?」
お母さんのその言葉に、
両家の親の間では、私の高校卒業後に颯くんと都内で同棲することになった。
颯くんが忙しくなる5年生の年。
5年ぶりの再会。
颯くん、かっこよくなってるだろうな。
いや、テレビでたまに見てたからかっこよくなってるのはわかってる。
悦んでくれるかな。
颯くんは一足早く新居にお引越し。
荷物はすでに部屋に届いているはず。
私は最低限の小さな鞄を持ってマンションの一室に向かった。
インターホンを鳴らすとガチャリと鍵が開く。
「そ、颯くん!久しぶり!これからよろしくね!」
眠そうな目をした颯くんは「入れば、」と一言。
「おじゃまします…、」
「こっちがキッチンダイニング、こっちは僕の部屋。
美緒の部屋はあっちの扉。
運ばれてきた荷物、全部そっちに持ってったから。」
「わかった。ありがとう。」
「それと、」
「ん?」
「僕、バカは嫌いなんだよね。」
「…、え?」
「だから必要最低限のこと以外、
話しかけないで。それじゃ。」
颯くんはそれだけ言うと自分の部屋に戻ってしまった。
待って、何、どういう意味?
「そ、颯くん!
どういう意味⁉だって、私たち結婚するんだよ⁉
ねぇ、颯くん!」
「うるさいなぁ…そういうところだよ!」
ガン、と内側から扉に何かが投げられた模様。
驚いて肩が跳ね上がる。
「わ、私!高校で三年間、ずっと一番だったんだよ!
全国模試も、いつも十番以内だったよ⁉
だ、だめかな?」
返事はない。
その代わり大きなため息が聞こえてきた。
「…ごめんなさい、」
私の部屋と言われた扉を開くと、
秋に私が意気揚々と選んだ家具と、段ボールがあった。
「…あんなの、颯くんじゃない。」
優しく手を引いてくれた颯くんの顔じゃない。
颯くんは私にあんなこと言ったりしない。
どうしよう、お母さんになんて言えば…
そもそも言える?
言えない、絶対に言えない。
ブランケットにくるまって一通り泣き終わったころには
夕方の4時だった。
「お夕食…作らないと、」
颯くんの好きな、クリームシチューにしよう。
ホワイトソースから手作りをして副菜などを仕込んでいく。
お風呂を沸かすのも忘れない。
出来上がったのは6時過ぎで、夕食にちょうどいい時間だった。
「あの、颯くん、お夕食できたんだけど…。」
「美緒が食べ終わってから食べる。」
一緒に、食べてくれないんだ…。
「私、後で食べるから、颯くん先に食べて!
お風呂も沸いてるから、よかったら。」
やっぱり返事はない。
「じゃあ、私、部屋にいるから。」
哀しい。
苦しい。
あんなに大好きだった颯くんが
どうして?
私じゃ、ダメだったの?
暫くすると扉が開く音がして、颯くんがダイニングに行く音がした。
よかった、食べてはくれるみたい…。
おいしくできたかな。
不味くないかな。
ぼーっとしているといつの間にかシャワー音が静かに聞こえてきた。
ご飯、終わったんだ。
キッチンに戻ると、食器は綺麗に洗って棚に戻してあった。
テーブルには私の食器だけが取り残されていた。
「ごちそうさま」と綺麗な字で書かれたメモ。
鍋に残ったクリームシチューを少しだけスプーンで味見する。
できたてを味見した際はなかなかおいしいと思ったが、
「…可もなく不可もなし。」
ダメよ、こんなのじゃ。
もっともっと、颯くんにふさわしくならないと。
そしたらきっと、昔みたいに名前を呼んで手を引いて、ほほ笑んでくれる。
私が、ダメだからいけないの。
残ったシチューを袋に入れてごみ箱に捨てる。
部屋に戻ってパソコンを開き、
ネットで颯くんを調べると、身長や体重の予測が出てくる。
颯くんの必要エネルギー量は…、
そこから明日の朝ごはんとお昼のお弁当の栄養計算。
緻密に考えると、時計の針はもう11時だった。
お風呂に入らないと。
バスルームは新品でとてもきれい。
でも、これも過ごしているうちにカビや汚れが落ちなくなるかもしれない。
そんなのじゃダメ。
考えただけで気分が悪い。
颯くんにはいつでも綺麗な空間で安らいでもらわないと。
そう考えると、最低限自分のシャワーを済ませて、
はやく掃除しないと。
すべてが終わるともう12時だった。
「疲れた…、」
ベッドに横になって明日の日程を考える。
朝は5時半に置きてお弁当と朝食の準備。
洗面所にタオルの準備。
7時になったら颯くんに声をかけて部屋に戻る。
そのあとは、買い物に行って、
お掃除して、
あぁ、勉強もしなくちゃ、
次第に瞼は下がって、そのまま私は眠りについた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
失敗がないように、次の日からは行動計画を緻密に立てた。
1日目、自分のケアも食事も蔑ろにしたせいで、
身体のコンディションは最悪だった。
家事はもちろん、自分のケアにも力を入れた。
運動もして、体調管理も万全に。
だって、私のお母さんはいつでも綺麗だったから。
隙間時間には本を読んだり、絵画や国の勉強もした。
颯くんに怒られたのは初日だけだった。
「おかえりなさい」と言うと「ただいま」が帰ってくることも分かった。
それがうれしくて、部屋で泣いてしまうほど嬉しかった。
この日も掃除機をかけ終えて、買い物に出かけた。
あ、颯くんのシャンプー詰め替えあったかな…。
切らす前に一応買っておこう。
いつものスーパーより少し離れた複合施設に行き、
颯くん愛用のシャンプーを探す。
すると聞きなれた声が近づいてきて
辺りを見渡すと、颯くんとお友達らしき人が一緒に歩いてくるのが見えた。
ぱちりと目が合う。
「そ、颯、くん。
お疲れ様。授業は?」
「今日は創立記念日で休講。」
「え、あ…お弁当…。
言ってくれればよかったのに、」
「別に、言う必要ないと思って。」
「あ…ごめんなさい…、
それじゃあ、家に戻ってるので、」
そう言うと私に興味なさげに「ごめん、行こう、」とお友達と横を通り過ぎていく。
あぁ、私、今日颯くんに迷惑かけた。
重い身体を引きずって、玄関の扉を閉めると、気管がひゅっと鳴った。
「はぁっ…、はっ…、」
息が吸えない。手足が痺れてくる。頭がぐらぐらする。
買い物袋に手を伸ばし、中身を雑に取り出して
口元に充てる。
落ち着け、落ち着け。
徐々に戻ってくる呼吸のリズム、
口からビニール袋をはずす。
「息、できる、」
認識した瞬間ぷつりと何かが切れたように瞼が落ちていった。
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扉の開く音と、明るくなる瞼の向こう側。
「美緒、?」
薄く開いた瞼の向こうに眠そうな目と黒い髪。
「っ、!!」
起き上がって辺りを見渡す。
散らばった野菜、
脱ぎもしてない靴、
身体がいたい。
キッチンダイニングの部屋は真っ暗で、夜であることを表していた。
「ごめんなさいっ、お夕飯、
あっ…材料がっ…、」
「食べてきた。」
「…え?」
「外で。一応、連絡したけど。」
鞄の中からスマホを取り出すと
一軒の通知。
「あ、あはは…、
そっか、ごめん、」
立ち上がって散らばった野菜を抱える。
すると颯くんも足元に落ちていた野菜の袋を拾い上げる。
「颯くん!
私するから!
疲れてるでしょ⁉
今、お風呂沸かすから!
部屋で待ってて!
ね⁉」
袋を片手に立つ颯くんに上から見下ろされる。
嫌われる。
面倒かけてって思われる。
怖くて一瞬交わった瞳を直ぐにそらしてしまった。
「…あっそ。」
そう言って持っていた袋を私に渡すと部屋に戻る。
急いで物をかき集めて、
身体の埃を軽く払ってお風呂を沸かす。
野菜を冷蔵庫にしまって、自分の部屋に戻る。
「私、なんで颯くんと住んでるんだっけ。」
お嫁さんになるから来たのに。
明らかに颯くんは私が嫌いで、
友達にも、紹介してくれない。
私は颯くんの役に立ってもない。
今日は面倒をかけた。
私はこの年まで、
優秀な颯くんに釣り合えるように勉強してきた。
それでも颯くんには認めてもらえなかった。
あぁ、最近テレビに出始めたあの子は
あんなにも笑いかけてもらっているのに。
手に持ったカッターは無意識に手首に一本の線を引いて
そこから流れる血は
私に生きている証をくれた。
「いたい…
何やってるの、私。」
救急箱から絆創膏と包帯をとってぐるぐる巻きにする。
一番怖かったのは、
流れる血液に安心した自分だった。
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あれから何日もたって
変わらない日々を過ごしている。
しいて言えば、
リストカットが癖になったくらいだ。
腕は目立つから太ももにした。
腕は、リスバンドで隠すか、
長袖を手放さなかった。
辞められなかった。
流れる血液を見て
「まだ大丈夫」
と言い聞かせて。
しかしいつかはバレてしまう。
その時は唐突で、
颯くんが今日は飲み会で遅いというから、
先にお風呂をいただいて、
洗面所にいた時だった。
唐突に開いた扉に私も颯くんも一瞬フリーズして、
私はタオルで手首と脚を隠すのに時間がかかった。
目ざとく見つけた颯くんは、
私の腕を掴んで、怖い顔をした。
「何してんの。」
お酒の匂い。
もっと遅くなると思ってたのにとんだ誤算だった。
「ねぇ。何してんのって聞いてんだけど。」
答えない私に小さく舌打ちをすると
「腕だけ?脚は?」
「やっ、やめてっ、」
タオルを引きはがされて、
足首を掴まれる。
颯くんが息を飲んだのがわかった。
「なに、これ、」
「ごめんなさ、い、」
「謝れなんていってない。」
だって、仕方ないじゃない。
生きてる証がないと、
ふとした瞬間に死にたくなる。
役に立たない、出来損ないの自分が嫌になる。
この傷を眺めて、
痛みを無駄にしないように死ねないと思い続けてきたのに。
嫌われる。
颯くんが私を突き放したのは初日だけ。
これで、颯くんから捨てられたら?
私、どうしたらいいの。
颯くんを見ると辛くて苦しいのに、
またいつか私に優しくしてくれると期待してる。
結局、十数年かけて思い続けた人を忘れられない。
「気持ち悪いって、思ったでしょ。」
「美緒、」
「思ったでしょ⁉ねぇっ…」
また、気管が狭くなる音。
息が吐きだせない。
脚に力が入らなくて、洗濯機に手をつく。
揺れる洗濯機に肩をもたげながら下に落ちていく。
「美緒、落ち着いて、」
「やっ!」
支えようと腕を伸ばす颯くんの肩を突き飛ばすと
予想してなかったのか、後ろに尻餅をつく。
「もう、いや…
颯くんに愛されたい…、」
ポツリと出た本音。
落ち着きを戻し始めた体は少しだけ自由が利くようになった。
脚の痺れもだいぶとれている。
「私、部屋に、戻ります。」
「美緒、えっ、と…、ごめん。」
「…何がですか?
颯くんは何も悪くありませんよ、
私が…出来損ないなのがわるいの。」
無理やり口角を上げて、パジャマを抱えて立ち上がる。
「あっ…、」
一歩踏むだすと、その場にぺしゃりと転ぶ。
「美緒?」
「ご、ごめんさい…、
すぐ、出てくから…」
立ち上がれない。
「なんで…?」
「美緒、」
「ごめんなさいっ、違うの!
ごめんなさい!」
「美緒!」
無意識のうちに太ももの傷に爪を立てていた。
新しいものからは血が溢れて太腿を伝う。
「やめなって、!」
「違うの…ごめんなさい、」
「美緒っ…」
抉り返した傷、流れる血、
私の腕をつかんだ颯くんは、泣いてた。
なんで?
私が、こんなのだから?
颯くん、私はいつになったら、
貴方に愛してもらえるの?
「死にたい、」
その日から、私の心は死んだ。
*Fin*
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