セカンドラブ(山本祥彰)
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ある日の夜11:00。
スマートフォンの画面が点滅する。
山本祥彰。
画面にはそう映っていた。
それと同時にピンポーンとインターホンが鳴る。
「…どうしたの。山本くん。」
扉を開けると、彼は閉じられないように扉と壁の間に足を入れると
「泊めて?」
とにこやかに一言。
本当にいつも急だ、この人は。
「…どうぞ。」
部屋にあげると「いやー、助かったよ」と。
「…そう。はい、タオルとジャージ。」
「伊沢さんたちと飲んでたら
気づいたら終電ないし、
彼女もいま友達と旅行でさ。」
私の前でよくもぬけぬけと。
私からタオルと受け取ると彼は「シャワー借りるね」と浴室に消えていった。
所詮”セフレ”である。
高校の同級生であり、陸上競技では仲間であった。
太陽みたいな彼に、高校時代は恋をしたものだ。
彼はストレートで早稲田へ、私は東京医科大へ進んだ。
同じ新宿区にある大学、
歩いていれば早稲田附属の卒業生や同級生には必然的に出会う。
「あれ、美緒?」
「祥彰?わ、久しぶりー!」
サークルメンバーとの飲み会の居酒屋が一緒だった。
もっとも彼は、今所属しているQuizKnockという会社のメンバーと一緒だったが。
そのあと二人で2件目に行き、流れでホテルへ。
もう一度、あの時の恋心を思い出した時には、
すでに遅かった。
「あぁ、伊沢さんたちと飲んでてさ。
そう、ごめんね。終電逃しちゃって…。
川上さんの家に泊めてもらってるから、」
ここは川上さんとやらの家ではないし、
もちろん終電を逃したわけではない。
そんな、私との関係を隠したい相手なんて決まってる。
次の日の朝、電話をして戻ってきた彼は
「起きた?」
と優しく微笑んできた。
「ねぇ、今の電話」
「え?あぁ、彼女だけど、」
「あのさ…昨日、」
「んー、でも美緒可愛いし、
身体の相性もよさそうだし、これからもよろしく!」
なんの悪びれもない顔で「ね?」と小首をかしげる。
もう戻れなかった。
セカンドでいいから一緒に居たいと思ってしまった。
バカすぎる。
誰も幸せにならない。
そしてあろうことか彼は今の仲間に私を
「旧友です」と紹介した。
伊沢さん。
彼だけは侮れない。
全てを見透かした瞳。
きっと、気づいてる。
要注意人物は何人かいた。
河村さん、福良さん。
何度かグループの飲み会に誘われたが
極力いかないようにした。
一度だけ、伊沢さんが「おいでよ」と山本くんと電話を替わった時があった。
それに逆らえなくて、一度だけ行ったことがあるが。
ソファに座って録画したバラエティを流しながらため息をつく。
ズルズルと何か月もこの関係は続いている。
きっと、彼女さんも気づいている。
女の勘は鋭いものだ。
彼はこうして定期的に私の元を訪れる。
罪悪感はあるけど辞められない。
だからもう、名前で呼ぶのはやめた。
今や「山本くん」となんとも他人行儀な呼び方だ。
がちゃりと扉が開く音がする。
ほかほかと湯気を立てた彼が入ってきて私の隣に座る。
「髪、乾かして。」
ドライヤーを私に乾かすと、私に背中を向ける。
ずいぶん伸びた。
高校生の時はもっと短かったけど。
柔らかい髪の毛に指を通して温風を当てる。
「美緒、」
「何?」
「乾かすの上手だね。」
「…そう。」
「彼氏にもやってあげてるの?」
「…知ってるでしょ。彼氏なんかいないよ。」
彼にとって私はセカンドだが、
私にとっての彼は何時だって1番である。
「じゃあ元カレ。」
「…みんな短髪だったから、
ドライヤーとか使わなかった。」
満足そうに「ふうん」という。
「はい、おわり。」
「ありがとう。」
コードを束ねてドライヤーを棚に戻すと、後ろから引っ張られる。
「わっ、」
「美緒、いい匂いする。」
「…あっそう。」
「ね、シよ?」
「あのさ、
えっちいる?
泊まるだけじゃダメなの?」
「なんで?」
「なんでって…、」
指を絡めて可愛い顔で見下ろしてくる。
いや可愛くなんかない。
普段リスのように人畜無害な顔しといて、
こういう時は男の顔になる。
意外と大きい手とか、
力が強いところとか、
あぁ、男の人だ。
その目も、私をとらえて離さないんだ。
「かわいい、」
薄い。
「好きだよ、」
薄い。
「…ねぇ、
僕彼女と別れようかな。」
「は?」
「やっと反応した。」
いや、やっと反応したじゃない。
「好きだから付き合ってるんじゃないの?」
「んー、まぁね。」
なに、まぁねって。
「ちょっとっ…んっ、」
抗議しようとするとそのまま唇を奪われてなされるがまま。
結局、また逆らえなかった。
そして次の日、彼はまた始発で帰っていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ある土曜日の夕暮れ、私のスマートフォンが鳴った。
非通知。
「…はい、もしもし」
電話の相手は山本くんの彼女さんだった。
いつかはと予想してたけど。
彼女は感情を露にすることもなく、
落ち着いた様子で
「今から会えませんか?」と言ってきた。
ファミレスで約束をし、指定されたテーブル番号に行くと、
黒髪のロングヘア―の女性が座っていた。
私を見つけると「こんばんは、突然すみません。」と頭を下げた。
…綺麗な人。
「いえ、こちらこそ。
あの…、私、」
「わかってます。
祥くん、最近外泊が多くなってもしかしたらって思ったら。
あなたへの不在着信が多くて。」
「そう、ですか。」
「…どういう経緯で?」
高校の同級生で、同じ陸上部だったこと。
大学は医科大であること、数か月前に偶然出会ったこと。
…高校生の時、彼に恋をしていたこと。
すべて話して「すいませんでした。」と頭を下げると
彼女は「わかりました、ありがとうございます。」と一言。
「私、実は祥くんより年上で。
早稲田で院生をしているんです。」
落ち着いているのはだからか。
いや、はたまた内心怒り狂ってるのか。
「…本当に、すみませんでした。
ケジメになるかわからないけど、」
「え、」
彼女の目の前にスマートフォンを置き、
SNSなどの繋がっていたあらゆるアプリから彼を消した。
最後に電話番号とメールアドレスを着信拒否にして削除した。
さすがにそこまですると思ってなかったのか、目を見開く。
「ほんとうにごめんなさい。」
「いえ…本当はヒステリックでも起こされて
打たれる覚悟で来たんですけど…」
まさか。
「…私の立場でそんなことできませんよ」
意外と穏便な感じで終わった。
私こそ、打たれると思ってた。
彼女はまた私に一礼すると去っていった。
夕方は少し肌寒い、10月の上旬の話である。
彼は、山本くんは、このことを知っているのだろうか。
というか、あんなに綺麗で聡明な彼女を持ちながら、
なんで私なんかと関係を持ったのだろうか。
彼もまた大馬鹿だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
11月も下旬の駒場祭。
寒さに震えながら駒場キャンパスにお邪魔していた。
東大に進んだ友人に来てほしいと頼まれ足を運んだ。
見渡す限り人。
学生も多いし、進学を悩んでいる高校生らしき姿も見受けられる。
もちろん、早稲田の制服を着た子たちもちらほら。
「…広すぎ。」
友人との約束は13:00。
現在の時刻は11:30過ぎ。
まだ時間もあるし、露店の食べ物を食べて、他の展示や体験をして、と地図を見ながら思案していたところだった。
「っ…⁉」
後ろから肩を掴まれた。
振り向くと、小柄な彼。
目を見開くと、彼も目を見開いた。
「美緒っ、」
「な、んで。」
なんでと口に出して気づく。
しまった、クイズ研究会だ。
全然会わなかったから忘れていた。
ここ、東大は、伊沢さん達の巣だった。
「人違いです!」
腕を振り払って人混みをかき分けるように逃げる。
「待って!」
逃げ切れる自信はない。
高校時代だって彼に一度たりとも走りで勝てたことはなかった。
考えろ。
ふと右から聞き覚えのある大きな声が聞こえた。
必死で目を凝らすと、いた。
頭一つ分他の人から飛びぬけてる、ナイスガイ。
隣は…ラッキー、伊沢さん。
「美緒、待って!」
声が近づいてくる。
私を探していると思っているのか、
気づいた人々は少し避けてあげているのだ。
「っ…須貝さん!伊沢さん!」
「あれ⁉どったの⁉」
一度しか会ってない須貝さんも私を覚えてくれていた。
「なんだか急ぎ?」
何かを悟ったような伊沢さんが目を細める。
「お願いします!
そのうち山本くんが来ます!
引き留めてください!
5分でいいんです!
力ずくで引き留めてください!
お願いします!」
「美緒っ、」
小柄な彼が人混みから抜けてきたところで
私は須貝さんの背中を押してまた人混みにまぎれた。
「えっ⁉美緒ちゃん⁉」
「ちょっ、須貝さん、伊沢さん、
僕それどころじゃっ、
美緒っ」
5分あれば十分逃げ切れる。
あの二人なら彼を押えられる。
人混みをかき分け、必死で出口まで行く。
丁度受付の後ろに出てきたあたりで後ろを振り向くと、
どうやらうまく足止めを受けられたようだ。
ゆっくりと駅まで歩く。
ダメだ、今日はもう帰ろう。
友人に謝罪の電話をすると残念そうな声とともに
今度ごはんにでもと約束を取り付け電話を切る。
電車に揺られ、自宅に帰る。
「最悪だ。」
ベッドに倒れこむ。
なんで引き留めたの。
勝手に連絡切ったから?
私が連絡を絶った日から2週間、
彼は頻繁にここに来てはインターホンを鳴らした。
居ないふりをして全部無視した。
いいじゃない。
「…所詮、セフレでしょ…。」
それともあの美人な彼女がエッチしてくれないの?
そのためだけに縋ってるの?
「あーあ、惨め。」
抱きしめた枕はどんどん色が変わっていく。
もう少し、早く再開できら。
もっと早く、気持ちを伝えられたら。
もう遅い。
決めたの、あなたを忘れるって。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(山本祥彰Side)
高校時代、好きだった女の子がいた。
陸上部で、生徒会も務める、眉目秀麗な女の子だった。
再会したのは大学に入って何年か経った後で、
久しぶりにあった彼女は、変わらず可愛かった。
競技のために短くしていた髪はずいぶん伸びていた。
年上で、院に通う、大好きな彼女はいた。
一時の迷い。
それでも定期的に彼女に会いたくなって
終電を逃したふりをして何度も彼女の部屋にお邪魔した。
呆れた顔をしながら結局拒まないことに甘えて
彼女を抱いて薄い愛を囁いた。
そんなある日だった。
「美緒さんに会ってきたの。」
10月の上旬。肌寒い夕方。
珍しく彼女は「今から行ってもいい?」と電話をよこし、部屋に招き入れた。
床に正座をして僕を見据えるなりそう一言。
「え?」
「さっき、お話ししてきたの。
祥くんのこと。」
「なん、て。」
「…なにも。ただ、目の前で祥くんのすべての連絡先を消していたわ。」
「そっか、」
「ねぇ、祥くん。
別れましょう。
もう、祥くん、美緒さんで頭いっぱいでしょ…、」
彼女はそう言うと、以前お揃いで買った指輪をテーブルに置いて
泣きそうな顔で見つめてきた。
「ごめん、なさい。」
「っ、謝るくらいなら最初から浮気しないでよ!
馬鹿にしてるの⁉」
「ち、ちがっ…、」
普段冷静な彼女が、ボロボロと涙を流して
黒い髪を翻して部屋を出ていった。
追いかけるべき?
でも追いかけてどうする?
結局追いかけることはできずに、
美緒に連絡してみるも、SNSも電話も拒否されたようで連絡が帰ってくることはなかった。
何度か家にも行ったが出てくれる気配はなく、
周辺の住民の人に怪しい目で見られても困るので早々に退散することとなった。
そうして2か月が過ぎようとしていた。
駒場祭のクイズ研究会の出し物に、
ゲストとしてこうちゃんに御呼ばれした日の事。
通り過ぎる香りに、反射的に後ろを振り向いた。
美緒の使ってるシャンプーの香り。
目を凝らすと人込みにまぎれそうになるパーマのかかった髪の毛。
思わず追いかけて肩を掴む。
振り返ったその瞳は、僕をとらえると目を見開いた。
「美緒っ、」
「な、んで、」
そういった彼女は何かはっとしたように
振り払って背を向けた。
「人違いです!」
細身の彼女はするすると人混みをすり抜けていく。
もう少し、もう少しで追いつきそうなとき。
「美緒っ、」
目の前に見慣れた人が押し出されてきた。
「え⁉美緒ちゃん⁉」
須貝さんだった。
でもそれより僕の腕をつかんで離さなかったのは伊沢さんだった。
美緒が見えなくなってがっくりしていると
「あー、なんかわかんねぇけど元気出せ!」
恨めしそうに伊沢さんを見ると
「…彼女、初めて俺たちに会った時から悩んでたよ。」
「…何か聞いたんですか?」
「いや?旧友ですって紹介されたとき、
瞳が揺れてたから。」
あぁ、この人には本当にかなわないんだな。
僕には、2人とも諦めろという神のお告げだろうか。
振られてもいいから、
彼女に、好きだよとちゃんと伝えたかった。
気づいてないかもだけど、
美緒はいつでも「薄い」と小さく口にしていた。
それは間違いなく僕の言葉だろう。
後悔してももう遅い。
再会した日から
僕はまた彼女に恋をしていた。
**Fin**
スマートフォンの画面が点滅する。
山本祥彰。
画面にはそう映っていた。
それと同時にピンポーンとインターホンが鳴る。
「…どうしたの。山本くん。」
扉を開けると、彼は閉じられないように扉と壁の間に足を入れると
「泊めて?」
とにこやかに一言。
本当にいつも急だ、この人は。
「…どうぞ。」
部屋にあげると「いやー、助かったよ」と。
「…そう。はい、タオルとジャージ。」
「伊沢さんたちと飲んでたら
気づいたら終電ないし、
彼女もいま友達と旅行でさ。」
私の前でよくもぬけぬけと。
私からタオルと受け取ると彼は「シャワー借りるね」と浴室に消えていった。
所詮”セフレ”である。
高校の同級生であり、陸上競技では仲間であった。
太陽みたいな彼に、高校時代は恋をしたものだ。
彼はストレートで早稲田へ、私は東京医科大へ進んだ。
同じ新宿区にある大学、
歩いていれば早稲田附属の卒業生や同級生には必然的に出会う。
「あれ、美緒?」
「祥彰?わ、久しぶりー!」
サークルメンバーとの飲み会の居酒屋が一緒だった。
もっとも彼は、今所属しているQuizKnockという会社のメンバーと一緒だったが。
そのあと二人で2件目に行き、流れでホテルへ。
もう一度、あの時の恋心を思い出した時には、
すでに遅かった。
「あぁ、伊沢さんたちと飲んでてさ。
そう、ごめんね。終電逃しちゃって…。
川上さんの家に泊めてもらってるから、」
ここは川上さんとやらの家ではないし、
もちろん終電を逃したわけではない。
そんな、私との関係を隠したい相手なんて決まってる。
次の日の朝、電話をして戻ってきた彼は
「起きた?」
と優しく微笑んできた。
「ねぇ、今の電話」
「え?あぁ、彼女だけど、」
「あのさ…昨日、」
「んー、でも美緒可愛いし、
身体の相性もよさそうだし、これからもよろしく!」
なんの悪びれもない顔で「ね?」と小首をかしげる。
もう戻れなかった。
セカンドでいいから一緒に居たいと思ってしまった。
バカすぎる。
誰も幸せにならない。
そしてあろうことか彼は今の仲間に私を
「旧友です」と紹介した。
伊沢さん。
彼だけは侮れない。
全てを見透かした瞳。
きっと、気づいてる。
要注意人物は何人かいた。
河村さん、福良さん。
何度かグループの飲み会に誘われたが
極力いかないようにした。
一度だけ、伊沢さんが「おいでよ」と山本くんと電話を替わった時があった。
それに逆らえなくて、一度だけ行ったことがあるが。
ソファに座って録画したバラエティを流しながらため息をつく。
ズルズルと何か月もこの関係は続いている。
きっと、彼女さんも気づいている。
女の勘は鋭いものだ。
彼はこうして定期的に私の元を訪れる。
罪悪感はあるけど辞められない。
だからもう、名前で呼ぶのはやめた。
今や「山本くん」となんとも他人行儀な呼び方だ。
がちゃりと扉が開く音がする。
ほかほかと湯気を立てた彼が入ってきて私の隣に座る。
「髪、乾かして。」
ドライヤーを私に乾かすと、私に背中を向ける。
ずいぶん伸びた。
高校生の時はもっと短かったけど。
柔らかい髪の毛に指を通して温風を当てる。
「美緒、」
「何?」
「乾かすの上手だね。」
「…そう。」
「彼氏にもやってあげてるの?」
「…知ってるでしょ。彼氏なんかいないよ。」
彼にとって私はセカンドだが、
私にとっての彼は何時だって1番である。
「じゃあ元カレ。」
「…みんな短髪だったから、
ドライヤーとか使わなかった。」
満足そうに「ふうん」という。
「はい、おわり。」
「ありがとう。」
コードを束ねてドライヤーを棚に戻すと、後ろから引っ張られる。
「わっ、」
「美緒、いい匂いする。」
「…あっそう。」
「ね、シよ?」
「あのさ、
えっちいる?
泊まるだけじゃダメなの?」
「なんで?」
「なんでって…、」
指を絡めて可愛い顔で見下ろしてくる。
いや可愛くなんかない。
普段リスのように人畜無害な顔しといて、
こういう時は男の顔になる。
意外と大きい手とか、
力が強いところとか、
あぁ、男の人だ。
その目も、私をとらえて離さないんだ。
「かわいい、」
薄い。
「好きだよ、」
薄い。
「…ねぇ、
僕彼女と別れようかな。」
「は?」
「やっと反応した。」
いや、やっと反応したじゃない。
「好きだから付き合ってるんじゃないの?」
「んー、まぁね。」
なに、まぁねって。
「ちょっとっ…んっ、」
抗議しようとするとそのまま唇を奪われてなされるがまま。
結局、また逆らえなかった。
そして次の日、彼はまた始発で帰っていく。
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ある土曜日の夕暮れ、私のスマートフォンが鳴った。
非通知。
「…はい、もしもし」
電話の相手は山本くんの彼女さんだった。
いつかはと予想してたけど。
彼女は感情を露にすることもなく、
落ち着いた様子で
「今から会えませんか?」と言ってきた。
ファミレスで約束をし、指定されたテーブル番号に行くと、
黒髪のロングヘア―の女性が座っていた。
私を見つけると「こんばんは、突然すみません。」と頭を下げた。
…綺麗な人。
「いえ、こちらこそ。
あの…、私、」
「わかってます。
祥くん、最近外泊が多くなってもしかしたらって思ったら。
あなたへの不在着信が多くて。」
「そう、ですか。」
「…どういう経緯で?」
高校の同級生で、同じ陸上部だったこと。
大学は医科大であること、数か月前に偶然出会ったこと。
…高校生の時、彼に恋をしていたこと。
すべて話して「すいませんでした。」と頭を下げると
彼女は「わかりました、ありがとうございます。」と一言。
「私、実は祥くんより年上で。
早稲田で院生をしているんです。」
落ち着いているのはだからか。
いや、はたまた内心怒り狂ってるのか。
「…本当に、すみませんでした。
ケジメになるかわからないけど、」
「え、」
彼女の目の前にスマートフォンを置き、
SNSなどの繋がっていたあらゆるアプリから彼を消した。
最後に電話番号とメールアドレスを着信拒否にして削除した。
さすがにそこまですると思ってなかったのか、目を見開く。
「ほんとうにごめんなさい。」
「いえ…本当はヒステリックでも起こされて
打たれる覚悟で来たんですけど…」
まさか。
「…私の立場でそんなことできませんよ」
意外と穏便な感じで終わった。
私こそ、打たれると思ってた。
彼女はまた私に一礼すると去っていった。
夕方は少し肌寒い、10月の上旬の話である。
彼は、山本くんは、このことを知っているのだろうか。
というか、あんなに綺麗で聡明な彼女を持ちながら、
なんで私なんかと関係を持ったのだろうか。
彼もまた大馬鹿だ。
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11月も下旬の駒場祭。
寒さに震えながら駒場キャンパスにお邪魔していた。
東大に進んだ友人に来てほしいと頼まれ足を運んだ。
見渡す限り人。
学生も多いし、進学を悩んでいる高校生らしき姿も見受けられる。
もちろん、早稲田の制服を着た子たちもちらほら。
「…広すぎ。」
友人との約束は13:00。
現在の時刻は11:30過ぎ。
まだ時間もあるし、露店の食べ物を食べて、他の展示や体験をして、と地図を見ながら思案していたところだった。
「っ…⁉」
後ろから肩を掴まれた。
振り向くと、小柄な彼。
目を見開くと、彼も目を見開いた。
「美緒っ、」
「な、んで。」
なんでと口に出して気づく。
しまった、クイズ研究会だ。
全然会わなかったから忘れていた。
ここ、東大は、伊沢さん達の巣だった。
「人違いです!」
腕を振り払って人混みをかき分けるように逃げる。
「待って!」
逃げ切れる自信はない。
高校時代だって彼に一度たりとも走りで勝てたことはなかった。
考えろ。
ふと右から聞き覚えのある大きな声が聞こえた。
必死で目を凝らすと、いた。
頭一つ分他の人から飛びぬけてる、ナイスガイ。
隣は…ラッキー、伊沢さん。
「美緒、待って!」
声が近づいてくる。
私を探していると思っているのか、
気づいた人々は少し避けてあげているのだ。
「っ…須貝さん!伊沢さん!」
「あれ⁉どったの⁉」
一度しか会ってない須貝さんも私を覚えてくれていた。
「なんだか急ぎ?」
何かを悟ったような伊沢さんが目を細める。
「お願いします!
そのうち山本くんが来ます!
引き留めてください!
5分でいいんです!
力ずくで引き留めてください!
お願いします!」
「美緒っ、」
小柄な彼が人混みから抜けてきたところで
私は須貝さんの背中を押してまた人混みにまぎれた。
「えっ⁉美緒ちゃん⁉」
「ちょっ、須貝さん、伊沢さん、
僕それどころじゃっ、
美緒っ」
5分あれば十分逃げ切れる。
あの二人なら彼を押えられる。
人混みをかき分け、必死で出口まで行く。
丁度受付の後ろに出てきたあたりで後ろを振り向くと、
どうやらうまく足止めを受けられたようだ。
ゆっくりと駅まで歩く。
ダメだ、今日はもう帰ろう。
友人に謝罪の電話をすると残念そうな声とともに
今度ごはんにでもと約束を取り付け電話を切る。
電車に揺られ、自宅に帰る。
「最悪だ。」
ベッドに倒れこむ。
なんで引き留めたの。
勝手に連絡切ったから?
私が連絡を絶った日から2週間、
彼は頻繁にここに来てはインターホンを鳴らした。
居ないふりをして全部無視した。
いいじゃない。
「…所詮、セフレでしょ…。」
それともあの美人な彼女がエッチしてくれないの?
そのためだけに縋ってるの?
「あーあ、惨め。」
抱きしめた枕はどんどん色が変わっていく。
もう少し、早く再開できら。
もっと早く、気持ちを伝えられたら。
もう遅い。
決めたの、あなたを忘れるって。
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(山本祥彰Side)
高校時代、好きだった女の子がいた。
陸上部で、生徒会も務める、眉目秀麗な女の子だった。
再会したのは大学に入って何年か経った後で、
久しぶりにあった彼女は、変わらず可愛かった。
競技のために短くしていた髪はずいぶん伸びていた。
年上で、院に通う、大好きな彼女はいた。
一時の迷い。
それでも定期的に彼女に会いたくなって
終電を逃したふりをして何度も彼女の部屋にお邪魔した。
呆れた顔をしながら結局拒まないことに甘えて
彼女を抱いて薄い愛を囁いた。
そんなある日だった。
「美緒さんに会ってきたの。」
10月の上旬。肌寒い夕方。
珍しく彼女は「今から行ってもいい?」と電話をよこし、部屋に招き入れた。
床に正座をして僕を見据えるなりそう一言。
「え?」
「さっき、お話ししてきたの。
祥くんのこと。」
「なん、て。」
「…なにも。ただ、目の前で祥くんのすべての連絡先を消していたわ。」
「そっか、」
「ねぇ、祥くん。
別れましょう。
もう、祥くん、美緒さんで頭いっぱいでしょ…、」
彼女はそう言うと、以前お揃いで買った指輪をテーブルに置いて
泣きそうな顔で見つめてきた。
「ごめん、なさい。」
「っ、謝るくらいなら最初から浮気しないでよ!
馬鹿にしてるの⁉」
「ち、ちがっ…、」
普段冷静な彼女が、ボロボロと涙を流して
黒い髪を翻して部屋を出ていった。
追いかけるべき?
でも追いかけてどうする?
結局追いかけることはできずに、
美緒に連絡してみるも、SNSも電話も拒否されたようで連絡が帰ってくることはなかった。
何度か家にも行ったが出てくれる気配はなく、
周辺の住民の人に怪しい目で見られても困るので早々に退散することとなった。
そうして2か月が過ぎようとしていた。
駒場祭のクイズ研究会の出し物に、
ゲストとしてこうちゃんに御呼ばれした日の事。
通り過ぎる香りに、反射的に後ろを振り向いた。
美緒の使ってるシャンプーの香り。
目を凝らすと人込みにまぎれそうになるパーマのかかった髪の毛。
思わず追いかけて肩を掴む。
振り返ったその瞳は、僕をとらえると目を見開いた。
「美緒っ、」
「な、んで、」
そういった彼女は何かはっとしたように
振り払って背を向けた。
「人違いです!」
細身の彼女はするすると人混みをすり抜けていく。
もう少し、もう少しで追いつきそうなとき。
「美緒っ、」
目の前に見慣れた人が押し出されてきた。
「え⁉美緒ちゃん⁉」
須貝さんだった。
でもそれより僕の腕をつかんで離さなかったのは伊沢さんだった。
美緒が見えなくなってがっくりしていると
「あー、なんかわかんねぇけど元気出せ!」
恨めしそうに伊沢さんを見ると
「…彼女、初めて俺たちに会った時から悩んでたよ。」
「…何か聞いたんですか?」
「いや?旧友ですって紹介されたとき、
瞳が揺れてたから。」
あぁ、この人には本当にかなわないんだな。
僕には、2人とも諦めろという神のお告げだろうか。
振られてもいいから、
彼女に、好きだよとちゃんと伝えたかった。
気づいてないかもだけど、
美緒はいつでも「薄い」と小さく口にしていた。
それは間違いなく僕の言葉だろう。
後悔してももう遅い。
再会した日から
僕はまた彼女に恋をしていた。
**Fin**
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