ハイ、問題(伊沢拓司)
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何か、夢小説ですかって展開。
新しく入ったライターの女の子を虐めているという嘘の噂。
それを信じたメンバー。
迫害される私。
あまりにも典型的すぎて、冷静になってしまうほどだった。
だけど、だけどね。拓司。
私、拓司だけは味方だと思ってたよ?
「謝るなら、早い方がいいんじゃないかな…」
おずおずと告げてきた彼に「はぁ?」と心の声が口から出る。
いつもより低い声がでた。
私はそんなことしないと言ってくれたのは、
山森さんだけだった。
今なら夢小説の中のヒロインの気持ちがわかる。
なんで何もしてないのに謝らなきゃいけないわけ。
そこの女のウソ泣きに寄ってあげなきゃいけないわけ。
ばかばかしい。
「…ばかばかしい。
勝手にしてください。」
そう言ってオフィスを出る。
「美緒ちゃん!待って!」
山森さんの声が後ろから聞こえる。
「…山森さん、」
「みんな何か誤解してるだけだから、
誤解解けるように私も頑張る。
だから…やめたりしないで。」
私よりも彼女の方が泣きそうな顔で手を握ってくる。
ここでライターを始めて、山森さんはお姉さんのような存在だ。
彼女の事が大好きだ。
「辞めるつもりは毛頭もありません…。
私、やってないんで。」
「そうだよね、美緒ちゃんはとっても優しい事、
知ってるよ。
…なのに、編集長は何やってるの。」
「…いいです。別に。
私の存在、それだけってことだったんで。」
嘘だ。悔しい。
拓司は私と付き合ってるのに、
彼女じゃない他の女を守って私を捨てたんだ。
山森さんは「記事、無理してオフィスで提出する必要ないからね」
と言ってオフィスに戻っていった。
電車に乗って家路につく。
公園では寂しそうにブランコが揺れていて、
なんとなく寄ってみた。
キィ…と金属の音がする。
鼻の奥がツンとして、視界がぼやけてくる。
「…なんで?
私、みんなに信用されてなかった?」
初期から、河村さんと、川上さんと、福良さんと携わってきた。
動画を出し始めた時も、
大変だったときも、みんなで知恵を振り絞ってきた。
それが、私の居場所が一発だ。
拓司でさえ、私を信じてはくれなかった。
「…、負けてたまるか。私は悪くない。」
袖で目元を拭うと、横からキュと服を引っ張られた。
「おねーちゃん、なんで泣いてるの?
転んだの?」
幼稚園くらいの女の子が二人、不安そうな目でこちらを眺めていた。
「んーん、転んでないよ。」
「どこか痛いの?」
心が、心が痛いよ。
「みーちゃんが痛いの飛んでけしてあげる!」
私の膝を小さな手が撫でる。
心をきゅっと掴まれた気分だ。
「ありがとう。もう痛くないよ。」
2人の頭を一撫でして公園をでる。
大丈夫。
私は大丈夫。
そう暗示をかけて、アパートに戻った。
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あれから2週間がたった。
さすがに、頭のいい集団。
暴力やちゃちな嫌がらせはない。
物がなくなったりもしない。
ただ、山森さん以外は誰も話しかけてこなくなった。
代わりに、あの子の周りは笑顔であふれていた。
まぁ、気にされない方が楽なのかもしれない。
精神はやられていくが、
身体は元気だ。
「ちょっと。」
その日は珍しく、本当に珍しく、川上さんに声をかけられた。
前髪のかかったその瞳に見下ろされる。
「なんですか。」
「こっち、」
ぐいぐいと執務室から腕を引っ張られる。
他のメンバーもどうしたと言わんばかりにこちらを見る。
「いったっ…なんですか⁉ほんとに、」
今は使っていない撮影部屋に投げ込まれ尻もちをつく。
撮影部屋に人を投げ込むな。
機材にぶつからなかったからいいものの。
高いんだぞ。照明とか。
わかってんのかこの人。
「ちょっとっ…んぐっ、」
「うるさい、」
口の中にタオルらしきものが突っ込まれる。
水分が吸い取られていき、口腔内が繊維で気持ち悪い。
腕なんか大きな手でひとまとめだ。
この状況は少しやばいかもしれない。
「昨日、泣きながら電話してきた。」
なにが、とは聞かなくてもわかる。
「っ…お前が、そんな非道な人間だと思わなかった!」
何の話だ。
そうか、あまりも他の人が行動に出なさ過ぎて、
そう来たか。
一応首を横に振ってみるが、効力をなさないようだ。
腕、痛いです川上さん。
「同じ目にあったら、素直に謝ってくれるのか?
なぁ、お願いだよ、」
冷汗が背中を伝う。
「んぅっー、んー!」
太ももを這う手は、男の人のものだけど拓司のもとは全然違う。
気持ち悪い。
悲しみと憎悪と、様々入り混じったその目も、
怖かった。
嫌だ。
今日着ていた服も運が悪かった。
前ボタンのブラウス、
ボタンを飛ばされる前にどうにかしなければと思った時には遅かった。
ブラウスのボタンがカツンと軽い音を立てていくつか弾き飛ぶ。
「っ…!」
「いった、」
脚をばたつかせたときに膝が思いきり背中に当たったらしい。
川上さんが牽制のつもりで振り上げた手、
爪が頬をかすって、そこが途端に熱くなる。
「あっ…、」
生暖かい何かが頬を伝う。
皮膚が薄い私は少しの傷でもよく切れてしまうのだ。
それに動揺したのか、川上さんの手が少し緩んだすきに振りほどく。
すかさず頭を振り上げるとゴッと鈍い音がする。
視界が回る。気持ち悪い。
行かなきゃ。
頭を抱える川上さんを押しのけて口の中のものを吐き出す。
腕は赤くうっ血していた。
フラフラになりながら突き破るように執務室の扉を開けるとこちらに向けられた視線に肩が震えた。
そりゃそうだろう。
川上さんに連れ出されたライターは髪はぼさぼさ、ブラウスの裾はスカートから出てて、ボタンははじけ飛んである。
終いには頬から血が漏れている。
足がもつれてばたりと倒れる。
頭がふらふらする。
それでも、このまま川上さんに連れ戻される方が怖かった。
揺れる視界を携えて、チェストにかけてあったジャケットを掴む。
するとドタドタと後ろから音がした。
「美緒⁉どうした⁉」
肩を引かれて上を見上げると、拓司だった。
「顔…血出てる…、
真っ青だっ…、」
ゾワリと全身に鳥肌が立った。
この手は川上さんじゃない。それはわかってる。
ばちんと肩に置かれた手を払う。
「いやっ!来ないでっ、来ないでっ!」
手を払った拍子にばたりと尻もちをつく。
今度こそ、腰が抜けて立てなくなった。
頭を抱えて戻ってきた川上さんと、
川上さんに殴りかかりそうな拓司と、
こちらによって来る山本くん。
「ひっ…、」
来ないで。
ずるずると後ずさるとついに本棚まできてしまった。
「美緒、ちゃん、落ち着いて、ね?」
山本くんが引きつった笑みを携える。
「いやぁぁぁ!」
自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
本棚の物を手当たり次第に掴んでは投げて。
「わっ、ちょっ、危ないって!」
「えっ、ちょっ、これどうしたらいいの⁉」
「美緒ちゃん!落ち着けって!」
山本くんに続いてこうちゃんや須貝さんも寄ってくる。
来ないで、なんでこっちに来るの。
伸ばされた手に気管が収縮する。
「ちょっと⁉何事⁉」
「や、まもり、さ…、」
「美緒ちゃん⁉
ちょっとアンタたち!何してるの⁉」
山森さんに頭を撫でられる。
「っ…怖かったね、
こんなにっ…、」
彼女の優しい香りと体温に
糸が切れたように意識を手放した。
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(伊沢拓司Side)
俺は、間違ったのだろうか。
あの日みた、美緒の絶望的な目はまだ昨日のことのようだ。
そしてあれから2週間がたった今日、
川上が突然美緒を連れて執務室を出て行った。
たいして気にはしなかったが、
後に大きく後悔することなった。
勢いよく執務室に転がり込んできた美緒は
びっくりするぐらいボロボロだった。
この数分の間に何がと思うほどに。
女の子を取り囲んでいた俺含め、
メンバーが一気に静かになった。
フラフラと立ち上がった彼女の頬に一本の線。
皮膚の薄い彼女は切り傷でもそれなりの血が出るはずだ。
真っ青な顔、いったい何が、
「いやっ!来ないでっ、来ないでっ!」
肩を引くとゆっくり俺を見上げた彼女の眼は
今にも零れ落ちそうなくらい濡れていた。
手が叩かれる音が大きく執務室に響いた。
その拍子に後ろに倒れた彼女は
立ち上がろうと必死なのに立ち上がれない。
「っぅ…」
ずるずると壁伝いに戻ってきた川上の胸倉をつかむ。
「美緒に何したっ…、」
目をそらし何も話そうとしない。
後ろからは聞いたこともない悲鳴と飛んでくる本やフィギュア。
山本が落ち着かせようと近づくも逆効果。
こうちゃんはパニックになりすぎて使い物にならない。
須貝さんが強引に取り押さえようとしたところで山森さんが来た。
一瞬目を見開くと、俺たちを押しのけて美緒の元へ。
すると美緒の首ががくりと擡げる。
「…なにしたかわかってるの?」
ぎろりと睨まれる。
「…俺、何か、間違いましたか?」
川上がポツリとつぶやく。
「美緒、一言謝れば、前みたいに仲良くできるのにっ…
全然認めないし、昨日っ…電話きて、
頭にきて、」
話を詳しく聞いていると、
後ろからか細い声で、「ご…めんなさい、」と聞こえた。
「嘘、つきましたっ…
こんな、っ…こんなことになるなんて思ってなくてっ、
美緒ちゃんがっ、皆さんに囲まれてるの
うらやましくって、
全部嘘ですっ…!
ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
それだけ言うと、荷物を抱えてバタバタとでていった。
玄関からはガシャンと扉の閉まる音がする。
「…え?」
俺の純粋な疑問符が口から零れ落ちる。
つまり、答えはこうだ。
裏切ったのは美緒ではなくて、俺たちだったと。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私はあれからオフィスに行かなくなった。
彼らだけが、ダメなのだ。
街を歩くのも電車だって怖くないし、大学にも行ける。
彼らだけ、ダメなのだ。
以前、学内で見かけたとき足がすくんで動けなかった。
体温がどんどん下がって、
近くに友人がいなかったどうなっていただろうか。
あの日、あの子はここまで大ごとになると思ってなかったらしく
嘘でしたとだけ言ってオフィスに顔を見せなくなったらしい。
そんなバカなことあってたまるか。
ふざけてるの?
みんなからはひっきりなしに連絡がくる。
許すつもりなんかないし、戻るつもりもない。
引っ掻き傷は、まだ残っている。
一度は愛したあの人の顔も
苦楽を共にしたメンバーの顔も
思い出すだけで吐き気がする。
ほんとうに、
「ぜんぶ、奪われた。」
**Fin**
新しく入ったライターの女の子を虐めているという嘘の噂。
それを信じたメンバー。
迫害される私。
あまりにも典型的すぎて、冷静になってしまうほどだった。
だけど、だけどね。拓司。
私、拓司だけは味方だと思ってたよ?
「謝るなら、早い方がいいんじゃないかな…」
おずおずと告げてきた彼に「はぁ?」と心の声が口から出る。
いつもより低い声がでた。
私はそんなことしないと言ってくれたのは、
山森さんだけだった。
今なら夢小説の中のヒロインの気持ちがわかる。
なんで何もしてないのに謝らなきゃいけないわけ。
そこの女のウソ泣きに寄ってあげなきゃいけないわけ。
ばかばかしい。
「…ばかばかしい。
勝手にしてください。」
そう言ってオフィスを出る。
「美緒ちゃん!待って!」
山森さんの声が後ろから聞こえる。
「…山森さん、」
「みんな何か誤解してるだけだから、
誤解解けるように私も頑張る。
だから…やめたりしないで。」
私よりも彼女の方が泣きそうな顔で手を握ってくる。
ここでライターを始めて、山森さんはお姉さんのような存在だ。
彼女の事が大好きだ。
「辞めるつもりは毛頭もありません…。
私、やってないんで。」
「そうだよね、美緒ちゃんはとっても優しい事、
知ってるよ。
…なのに、編集長は何やってるの。」
「…いいです。別に。
私の存在、それだけってことだったんで。」
嘘だ。悔しい。
拓司は私と付き合ってるのに、
彼女じゃない他の女を守って私を捨てたんだ。
山森さんは「記事、無理してオフィスで提出する必要ないからね」
と言ってオフィスに戻っていった。
電車に乗って家路につく。
公園では寂しそうにブランコが揺れていて、
なんとなく寄ってみた。
キィ…と金属の音がする。
鼻の奥がツンとして、視界がぼやけてくる。
「…なんで?
私、みんなに信用されてなかった?」
初期から、河村さんと、川上さんと、福良さんと携わってきた。
動画を出し始めた時も、
大変だったときも、みんなで知恵を振り絞ってきた。
それが、私の居場所が一発だ。
拓司でさえ、私を信じてはくれなかった。
「…、負けてたまるか。私は悪くない。」
袖で目元を拭うと、横からキュと服を引っ張られた。
「おねーちゃん、なんで泣いてるの?
転んだの?」
幼稚園くらいの女の子が二人、不安そうな目でこちらを眺めていた。
「んーん、転んでないよ。」
「どこか痛いの?」
心が、心が痛いよ。
「みーちゃんが痛いの飛んでけしてあげる!」
私の膝を小さな手が撫でる。
心をきゅっと掴まれた気分だ。
「ありがとう。もう痛くないよ。」
2人の頭を一撫でして公園をでる。
大丈夫。
私は大丈夫。
そう暗示をかけて、アパートに戻った。
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あれから2週間がたった。
さすがに、頭のいい集団。
暴力やちゃちな嫌がらせはない。
物がなくなったりもしない。
ただ、山森さん以外は誰も話しかけてこなくなった。
代わりに、あの子の周りは笑顔であふれていた。
まぁ、気にされない方が楽なのかもしれない。
精神はやられていくが、
身体は元気だ。
「ちょっと。」
その日は珍しく、本当に珍しく、川上さんに声をかけられた。
前髪のかかったその瞳に見下ろされる。
「なんですか。」
「こっち、」
ぐいぐいと執務室から腕を引っ張られる。
他のメンバーもどうしたと言わんばかりにこちらを見る。
「いったっ…なんですか⁉ほんとに、」
今は使っていない撮影部屋に投げ込まれ尻もちをつく。
撮影部屋に人を投げ込むな。
機材にぶつからなかったからいいものの。
高いんだぞ。照明とか。
わかってんのかこの人。
「ちょっとっ…んぐっ、」
「うるさい、」
口の中にタオルらしきものが突っ込まれる。
水分が吸い取られていき、口腔内が繊維で気持ち悪い。
腕なんか大きな手でひとまとめだ。
この状況は少しやばいかもしれない。
「昨日、泣きながら電話してきた。」
なにが、とは聞かなくてもわかる。
「っ…お前が、そんな非道な人間だと思わなかった!」
何の話だ。
そうか、あまりも他の人が行動に出なさ過ぎて、
そう来たか。
一応首を横に振ってみるが、効力をなさないようだ。
腕、痛いです川上さん。
「同じ目にあったら、素直に謝ってくれるのか?
なぁ、お願いだよ、」
冷汗が背中を伝う。
「んぅっー、んー!」
太ももを這う手は、男の人のものだけど拓司のもとは全然違う。
気持ち悪い。
悲しみと憎悪と、様々入り混じったその目も、
怖かった。
嫌だ。
今日着ていた服も運が悪かった。
前ボタンのブラウス、
ボタンを飛ばされる前にどうにかしなければと思った時には遅かった。
ブラウスのボタンがカツンと軽い音を立てていくつか弾き飛ぶ。
「っ…!」
「いった、」
脚をばたつかせたときに膝が思いきり背中に当たったらしい。
川上さんが牽制のつもりで振り上げた手、
爪が頬をかすって、そこが途端に熱くなる。
「あっ…、」
生暖かい何かが頬を伝う。
皮膚が薄い私は少しの傷でもよく切れてしまうのだ。
それに動揺したのか、川上さんの手が少し緩んだすきに振りほどく。
すかさず頭を振り上げるとゴッと鈍い音がする。
視界が回る。気持ち悪い。
行かなきゃ。
頭を抱える川上さんを押しのけて口の中のものを吐き出す。
腕は赤くうっ血していた。
フラフラになりながら突き破るように執務室の扉を開けるとこちらに向けられた視線に肩が震えた。
そりゃそうだろう。
川上さんに連れ出されたライターは髪はぼさぼさ、ブラウスの裾はスカートから出てて、ボタンははじけ飛んである。
終いには頬から血が漏れている。
足がもつれてばたりと倒れる。
頭がふらふらする。
それでも、このまま川上さんに連れ戻される方が怖かった。
揺れる視界を携えて、チェストにかけてあったジャケットを掴む。
するとドタドタと後ろから音がした。
「美緒⁉どうした⁉」
肩を引かれて上を見上げると、拓司だった。
「顔…血出てる…、
真っ青だっ…、」
ゾワリと全身に鳥肌が立った。
この手は川上さんじゃない。それはわかってる。
ばちんと肩に置かれた手を払う。
「いやっ!来ないでっ、来ないでっ!」
手を払った拍子にばたりと尻もちをつく。
今度こそ、腰が抜けて立てなくなった。
頭を抱えて戻ってきた川上さんと、
川上さんに殴りかかりそうな拓司と、
こちらによって来る山本くん。
「ひっ…、」
来ないで。
ずるずると後ずさるとついに本棚まできてしまった。
「美緒、ちゃん、落ち着いて、ね?」
山本くんが引きつった笑みを携える。
「いやぁぁぁ!」
自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
本棚の物を手当たり次第に掴んでは投げて。
「わっ、ちょっ、危ないって!」
「えっ、ちょっ、これどうしたらいいの⁉」
「美緒ちゃん!落ち着けって!」
山本くんに続いてこうちゃんや須貝さんも寄ってくる。
来ないで、なんでこっちに来るの。
伸ばされた手に気管が収縮する。
「ちょっと⁉何事⁉」
「や、まもり、さ…、」
「美緒ちゃん⁉
ちょっとアンタたち!何してるの⁉」
山森さんに頭を撫でられる。
「っ…怖かったね、
こんなにっ…、」
彼女の優しい香りと体温に
糸が切れたように意識を手放した。
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(伊沢拓司Side)
俺は、間違ったのだろうか。
あの日みた、美緒の絶望的な目はまだ昨日のことのようだ。
そしてあれから2週間がたった今日、
川上が突然美緒を連れて執務室を出て行った。
たいして気にはしなかったが、
後に大きく後悔することなった。
勢いよく執務室に転がり込んできた美緒は
びっくりするぐらいボロボロだった。
この数分の間に何がと思うほどに。
女の子を取り囲んでいた俺含め、
メンバーが一気に静かになった。
フラフラと立ち上がった彼女の頬に一本の線。
皮膚の薄い彼女は切り傷でもそれなりの血が出るはずだ。
真っ青な顔、いったい何が、
「いやっ!来ないでっ、来ないでっ!」
肩を引くとゆっくり俺を見上げた彼女の眼は
今にも零れ落ちそうなくらい濡れていた。
手が叩かれる音が大きく執務室に響いた。
その拍子に後ろに倒れた彼女は
立ち上がろうと必死なのに立ち上がれない。
「っぅ…」
ずるずると壁伝いに戻ってきた川上の胸倉をつかむ。
「美緒に何したっ…、」
目をそらし何も話そうとしない。
後ろからは聞いたこともない悲鳴と飛んでくる本やフィギュア。
山本が落ち着かせようと近づくも逆効果。
こうちゃんはパニックになりすぎて使い物にならない。
須貝さんが強引に取り押さえようとしたところで山森さんが来た。
一瞬目を見開くと、俺たちを押しのけて美緒の元へ。
すると美緒の首ががくりと擡げる。
「…なにしたかわかってるの?」
ぎろりと睨まれる。
「…俺、何か、間違いましたか?」
川上がポツリとつぶやく。
「美緒、一言謝れば、前みたいに仲良くできるのにっ…
全然認めないし、昨日っ…電話きて、
頭にきて、」
話を詳しく聞いていると、
後ろからか細い声で、「ご…めんなさい、」と聞こえた。
「嘘、つきましたっ…
こんな、っ…こんなことになるなんて思ってなくてっ、
美緒ちゃんがっ、皆さんに囲まれてるの
うらやましくって、
全部嘘ですっ…!
ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
それだけ言うと、荷物を抱えてバタバタとでていった。
玄関からはガシャンと扉の閉まる音がする。
「…え?」
俺の純粋な疑問符が口から零れ落ちる。
つまり、答えはこうだ。
裏切ったのは美緒ではなくて、俺たちだったと。
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私はあれからオフィスに行かなくなった。
彼らだけが、ダメなのだ。
街を歩くのも電車だって怖くないし、大学にも行ける。
彼らだけ、ダメなのだ。
以前、学内で見かけたとき足がすくんで動けなかった。
体温がどんどん下がって、
近くに友人がいなかったどうなっていただろうか。
あの日、あの子はここまで大ごとになると思ってなかったらしく
嘘でしたとだけ言ってオフィスに顔を見せなくなったらしい。
そんなバカなことあってたまるか。
ふざけてるの?
みんなからはひっきりなしに連絡がくる。
許すつもりなんかないし、戻るつもりもない。
引っ掻き傷は、まだ残っている。
一度は愛したあの人の顔も
苦楽を共にしたメンバーの顔も
思い出すだけで吐き気がする。
ほんとうに、
「ぜんぶ、奪われた。」
**Fin**
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