⑦入寮~
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爆豪くんとの一件は後日またどうにか渡そうと泣く泣く仕切り直すことにして私は部屋へと戻った。
戻り際に買って行ったコーヒーもすっかり飲み終わり、カフェインで目も覚めている頃かと思いきや、普段やらないことをやって疲れたのか眠気は振り払えずにいた。
ベッドの上で少しゴロゴロすれば眠気も取れるかもと思ったけど、そうは問屋が卸してくれない。
「起きて私…がんばって私…ご飯済ませたけどまだお風呂と歯磨きが……」
ギュウ、と昔買ってくれたシャチのぬいぐるみを抱きしめながら起き上がると丁度ノックをされたので、ポイっとぬいぐるみをベッドに放り投げてから出てみれば視界にはピンク色が広がった。
突然の来訪者は三奈だけでなく、クラスメイトがぞろぞろと訪ねてきていて一気に目が覚めた。な、なんだこれ!
「えーっと、これはどういうことなの?」
「今お部屋披露会やってて部屋王は誰かって競い合ってんの!」
「お部屋披露会?」
「そー!だから見せて?!」
「…別にいいけど面白いものないよ?」
大丈夫!という元気な返事の後に入ってきた皆のコメントは「よかったここは普通だ」「まともだ」という偏ったコメントばかり。
男子部屋は一体どれだけ個性的だったのだろうか、と想像を膨らませてみるも私には十代男子の部屋なんて想像つかない。
あっても前世の従兄弟の部屋くらいで部屋もそんなに個性的というわけでもなかった。
「俺の第六感が言ってる…この扉の向こうには無限の花園が広がっていると…」
「無限の花園って…。クローゼット開けたら容赦しないから覚悟しなよ」
「へぁ…」
部屋に入るなりクローゼットを真っ先に開けようとした峰田くんのボールみたいな頭をムギュッと掴んで制止する。簡単に突破されてたまるか!
「あれ、この子澪さんのコスチュームと似てるけどもしかして澪さんの憧れのヒーロー?
僕の知らないヒーローがいるなんて…!名前は!?どこで買ったの?!」
緑谷君の方を見れば彼は自分の知らないヒーローがまだいたのかと初春のぬいぐるみを持って興味津々といった風だ。鼻息がとても荒い。
「あー…ヒーローじゃないんだよね。それに買ったんじゃなくて、お母さんに作ってもらったの」
「えっそうなの?」
「うん、実際にいた私の大切な人って所。コスチュームの方は信じられないかもだけど私のコスチュームが偶然ソッチに寄ったの。びっくりだよね」
肩をすくめて笑ってやれば緑谷くんはなるほど…と苦笑を浮かべてから私と初春のぬいぐるみを交互に見た後、微笑んで静かに机の上へ戻してくれた。
「なになに恋バナ!?誰!?あっもしかしてこのぬいぐるみのモデルの子!?」
「あれ!?女の子なん!?相澤先生ちゃうの!?」
「わぁわぁわぁ!雪崩のように会話に入ってくるね!?
お茶子に至っては何でそうなるの?あと五省入れてる額縁はがすな!」
大切な人、というワードに耳を大きくさせて話へ入ってきた二人はどうやら私のレンアイ事情なるものが気になるようだったが三奈はともかく、お茶子の様子は顔が真っ赤でなんだか少しおかしい。
「あ……、あ?!ちゃうんやね…!!うへへ、ああ!この『なかりしか』って書いとるやつ、『ごしょう』じゃなくて『ごせい』なんやね?!」
「ちぇ、恋バナできるかと思ったのにザンネーン。でもまぁそうだよね、澪には相澤先生がいるしねぇ?」
「だから何でさっきから相澤先生がでてくるの!?」
苦い顔をしながら聞けば三奈はニヤニヤとさせながら「だってねぇ?さっきのただならぬやり取り見たらねえ?」と言ってきたが、ただならぬ、とは寮の入り口前で行われた出来事だろう。
けど私にはとてもじゃないがそれが恋だのなんだのに繋がる理由がピンとこない。どうしてそういうことになるのか…。ああ、でもここまで来ると消さんの弟子って話、してもいいのかもしれない。
「あのね、ただならぬ関係に見えたかもしれないけどさ。
私は先生の弟子だから他の女子生徒より少し扱いが雑で優しくないだけなんだよ」
「いやそれ全然ただならぬかんけ…え…弟子?」
「はっ、しまった。喋ってしまったー!」
ワザとらしく言って口を塞いで目を横に逸らせば皆は目を白黒させながらこちらをガン見。
三奈は興奮しているのか置きどころのない手をワナワナと振るわせていて、私は私で思ったより驚くべき情報なんだと驚いていた。
「なっ、ななななんですぐ教えてくれなかったの!?」
「いや…人に言いふらす話でもないし…入学してすぐに言ってもややこしいじゃん?
あと相澤先生からもTPOに応じろって圧あったし…まぁそこは私も同意見だから無理はしてないけど」
「そんないけずっ!えーっもっと澪のこと知りたいよあたしたちぃ!教えて教えて?!」
「え~?じゃあ…私実は一回生まれかわってて実は貴方達よりずっと年上」
「ぶうぶう!それは明らかな嘘でしょ?!も?!」
周りもあはは、と笑い今の話を軽く流してこの話題は終わった。
…私も軽いノリで言ったものの、やっぱりこれが一般的な反応だよなぁ。
なのにどうして消さん私の言葉を信じて受け止めてくれたんだろう。
今考えるとホント信じられないな。そんなに私追い詰められてるように見えたんだろうか。まぁ、見えたんだろう。
「で?部屋王は私で決まり?」
「自信満々や」
「だって机一人で組み立てるの大変だったんだもん…」
「そりゃみんな同じだと思うぜ?」
「あれ、いたの上鳴くん」
「いたっつーの!」
「澪いない間にノリで始めちゃってもうずいぶん見ちゃったんだけど今からでも一緒に見て回る?他の女子部屋見るよー」
「んー…ごめんだけど、今日は遠慮しとこうかな。でも結果は気になるから後で聞いてからそのままお風呂に入りに行くかなー。今もう眠くて眠くて…」
ふぁ…と、口元を隠して欠伸をすれば、それを見た三奈は「オッケー、じゃあよかったら後で共有スペースに来てね」と告げて、部屋から一気に人が出ていなくなった。というかこんな大会するなら私を最初から誘ってくれればよかったのに。タイミング合わなかったのかな?
シン、とした部屋と、扉越しから聞こえる賑やかな声の差に疲れが自覚してきた私は勉強椅子に座り、机の上にちょこんと座る初春の頭を撫でた。
「なんかドッと疲れた…」
使われている生地はさらさらで、ふわふわだった。よくこんなに可愛く作ってくれたと思うし、こんなに小さなぬいぐるみでも彼女の姿がこうして形となってるのは、本当に嬉しかった。
きっとこのぬいぐるみを見て、私は面談の時の事と、初春を思い出すだろう。
「……あーあ、みんな一緒の世界なら良かったのに」
自分の相棒が形になってるが故、また初春と肩を並べることができたらと、なんだったら一緒に海で戦えたらなんて、つい考えてしまう。
そんな絵空事は決して叶わない。けど、そんな想像をして咎める人はどこにもいない。
私はもう絶望期から抜け出して前に進んでる。もう前の世界に縋り付くことは、多分そんなにない。この世界で生きると決めてるし。だから少しくらい郷愁の念に駆られても、許してほしい。
「…会いたいなぁ」
もし初春に聞かれたらきっと「情けないのう!」と冗談混じりに怒られるかもしれないな。
けど、私が放った小さな呟きは誰が叶えてくれるわけでも、誰かに聞かれるでもなく。小さく鳴り続ける電化製品の可動音に飲み込まれていった。
*
共有スペースに来て早々、衝撃の事実と部屋王の結果を知ることとなった。
「え!砂糖くんのケーキ食べたの…!?」
これは衝撃の事実だ。なんてこったと頭を抱えるしか無い。
どうやら砂糖くんは部屋王の流れで部屋に来た人達にケーキを振る舞ってあげたようで、その美味しさから女子の票を獲得して部屋王に輝いたらしい。
けど、私はそこにいたわけではなかったのでそのケーキを食べることは叶わなかった。
「あ、艦!待ってたぞー!」
「砂糖くん…えっ、これ…は?」
ショックで頭を抱えていたところで砂糖くんに渡されたのはラップにふんわり包まれたシフォンケーキ。
まだほんのりと少しだけ温かく、驚きの目でケーキと砂糖くんを交互に見ると、あまりに面白かったのか笑われた。
「お前さっきいなかったろ?一応分けて置いてたんだよ」
「!?砂糖くん…!」
なんて気遣いのできる優しい人なんだと感動から目に涙がわずかに浮かんだ私は目の前で早速食べてサムズアップをした。
「うま…砂糖くん本当にお菓子作るの上手いし美味しいよっ」
「ほ、褒めても何も出ねえよ?っ」
「またまた?!」
砂糖くんも切島くんと同じように期末の後から随分仲が良くなった内の一人で、同じような燃料のような制限のある私たちはそれを切らさないためにはどうするかよく話していた。
彼はその話の中のついでに得意なお菓子や最近流行りのお菓子とかも教えてくれたり、時々お昼前に空腹でくたばってる私を見かねて自分の個性に使う用に作ったお菓子を分けてくれる。
優しいな、と思うと同時に私はすっかり食いしん坊だと思われているのはなんとも納得がいかないが、実際のところそうなので否定はしにくかった。確実に胃袋は掴まれている。
「今日はいい夢が見られそうだよ、ありがとう砂糖くん…!」
「大袈裟だなぁ艦は」
「あはは…そういやお茶子は?もう寝ちゃったの?」
「いや、さっき外に何人かで出たよ」
「ふーん、そっか」
「…こういう時、気にならねえの?」
「あはは。大体検討はついてるからね。それに無理に首突っ込むことでもないから」
「大人だなぁ」
「まぁ、大人ですから」
そうやって得意げに言えば砂糖くんはキョトンとしてから笑って「なんだそりゃ」と返した。