⑦入寮~
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「とりあえず一年A組。無事にまた集まれて何よりだ」
教室から出て外に集合をした私たちは消さんの話を聞きながら、目の前にある素敵な建物に釘付けとなっていた。
そりゃそうだ。これから私たちが生活するハイツアライアンスが目の前にあるんだもの。ああ、これは想像以上に胸膨らむやつだ!
「(なーんて…あんなことがあったのに浮かれたら怒られちゃうかな)」
「無事集まれたのは先生もよ。
会見を見た時はいなくなってしまうのかと思って悲しかったの」
そういえば、そうか。私の事やら他の皆の被害状況を考えてみれば学校を辞めさせられても仕方ない状況だったっけな。
梅雨ちゃんの心配の声に自分も驚いていると軽く答えながら頬をぽりぽりと掻いている消さん。ただその表情は何か考えている様子だ。
「…ん?」
話は一応半分くらい聞きつつ、しっかり浮かれていたら左隣から穴が開いてしまうのではないかというくらい見つめられている気配を感じた。
なんだろう…って、え?爆豪くんなんでこっち睨んでるの…?
彼の赤い瞳はいつもより薄暗い。あれ、大丈夫なのかな。というかそもそも私何かしたっけか。
「…な、何?」
「…」
「無視?」
緊張気味に話しかければ、無視をされる。
そして話しかければかけるほど、彼は目を逸らし、顔を逸らし、最終的には私の近くから去っていく。おい!そういうのやめなよ気になるじゃん!爆豪くんマジでなんだったの。ねぇ!
「うーん…腕のことかなぁ」
「まぁそうだろ。アイツもお前の腕、見たしな」
「わ、轟くん!?ア…アイツもってことは轟くんも見たの?」
確かめるように腕を指してみれば、轟くんは私の左腕を見つめた後、少しだけ顔を曇らせて無言のまま一度だけ頷いてくれた。
「もう、何ともねぇのか?」
「え?心配してくれてるの?」
「そりゃ普段話さないにしてもクラスメイトが腕切られ「わぁわぁ皆まで言わなくていいよ!というか百とのやり取りの時に微妙な顔してたからそんな気はしてたけどやっぱり全部知ってたんだね!ホントごめん!!」…もが」
小さな声で叫びながら轟くんの口元を左手で押さえて謝罪をすると彼は驚きと不満の表情が混ざったような、そんな不思議な顔をして私を見つめてきた。
口元を抑えていた手を離してから何でそんなに変な顔をしてるのかと訊けば、彼は意外そうな声色で「教室でもだけど、思ったより元気で驚いてた」と返してきた。
「まぁここまでに至るまでが非常に大変だったけど、なんとかね…っていうかそうじゃなかったら多分休んでるか休学届出す勢いになりそうじゃない?」
「…それもそうだな」
軽口を叩けるくらいの緩いやり取りに笑いを零すと、少しだけ彼の表情も緩んだ気がして、彼とあまり話していなかった私が言うのもなんだけど…めちゃくちゃ眩しく見えた。
なんだその…多分轟くんのこと少しでも気になった人間が今のこの顔見たら、きっと感極まって拝み倒して泣いちゃうんじゃないかな。自分でも何言ってるかわかんないけど、そのくらいの威力はある気がする。
「轟くんってさ…表情とかもっと豊かにしたら今よりもずっと人気出そうだよね」
「?人気だったなんてことねえぞ」
こ、これがモテてる自覚のない人間の言葉…!思わず体が震えた。天然産は凄い。
それでいてこうして気にかけてくれる優しさもあるんだから、これは相当モテただろうなぁ。彼の知らないうちに。
まぁでも、心配普段あまり話してないにしてもクラスメイトの人間があんな目にあったんだ。そりゃあ心配してもおかしくはないか。
そもそも私は子供になんてものを見せてしまったんだ。いや、ヒーローとして活動している間にこんな光景はきっと日常茶飯事になるのかもしれないけどさ。大人にもあの光景は見せたくないけど、まだ子供の皆にはあまり見せたくはない光景だ。それともこういう光景は、子供にとっては日常茶飯事な光景だったんだろうか。
……でも、クラスの四分の一は腕無いところ見られてる事になるんだよなぁ…、本当に申し訳なくな………ん?
「…………何で腕そんなぺたぺた触ってるの?」
「今の腕の状態が信じられなくて確かめたかった」
「……いいけどさ」
あまりにも真剣な表情で変な感じでもなかったもんだから、ついそれを許して見守っていたら段々擽ったくなってきた。ダメだ笑いそう。
「ふっ、…ははっ、あ、あの、ごめんもうそろそろ信じてもらえる?ちょっとくすぐったい」
轟くんは本当に興味がないのか他人との距離感がすごくズレている気がする。私も心操くんに注意される程度にはズレてるだろうけど、でも轟くんは私よりもっとすごいと思う。
その上、こうして時々抜けてる行動や発言をするもんだから正直年上心が反応してめちゃくちゃ構いたくなるよね…。
きっと『轟焦凍』という沼はひどく深い事だろう。そんなに会話をしてない私でも良くわかる事だった。
「お。悪い」
「くぅ、顔がいい…、許す…っ!」
──こんな事を思うなんて前世の私が見たらひっくり返りながらも笑うんだろうな。
当時は士官学校に通うことも含めてまだ女性で提督になる人が少なかったから舐められないようにと縁談の『え』の字もないような、奥ゆかしさをドブに投げ捨てた女になってた訳だし。
今思えばまるで鋭いナイフのようだったよ。まぁ特別後悔はないけど。ただ、前世の両親にはちょっと申し訳なかったかもしれない。提督になる事を前向きに受け入れてくれた父とは違って、母は強くは言いはしなかったが、普通の女としての幸せを願っていたから。
まぁ、そんな女が生まれ変わってもこのスタイルは変わらないんじゃ、と思ったが人というものは思いの外柔軟で、生まれ育つ環境も変われば価値観も年月と共に変わっていき、尖ったナイフもおもちゃの包丁のごとく丸くなるもんだから人生何があるかわからない。
だから、異性を偏見ゼロで見られるようになった私は目の前にいるツラがよいクラスメイトにうっかり胸を撃たれることは、ごく普通にあり得るのである。
いやまぁかといって本気で胸撃たれることはないのだけど。轟くんに感じるこの感覚は、アイドルとかを見るような感覚だ。
「…じゃあ私、どんな人間になら本気で胸を打たれるのさ?」
正面から視線を感じる。うん?と見れば消さんが睨んでいる。
いや…いやいやいや、消さんは無いよ。
だって見た目めちゃくちゃ不審者だし、小学生の時からお世話になってる師匠だ、…し?
「ひぃ!!」
「お」
「よそ見とはいい度胸だ」
てか呑気に眺めて『ないない』ってやってたけどめちゃくちゃ消さん怒ってるじゃん!
こっっわ。あまりの形相に轟くんの後ろに隠れちゃったよ。
「助けてヒーローの卵…」
「お前もヒーローの卵じゃねえのか」
「そうだけど、適材適所、現場でのコミュニケーションと助け合い。これらはヒーローにとって大事なものではないかね!?あと手柄取る意欲!」
「悪ィ、どう見てもこの相澤先生から助けるのは無理だ」
最初はあんなに近寄って腕触ってきた癖に、今じゃあそそくさと私から離れていったよ。薄情者!
「ああ、ヒーローの卵よ…」
「いいか」
そして目の前にはもはや恐怖の根源たる相澤消太という名を持つ魔王、いや担任が容赦なくアイアンクローをかましてきた。慈悲や加減という言葉を知らないのかこのおっさんは!
「いだいいだいいだいいだい!!!せめて捕縛布でキュッてするくらいでお願いしたいなんて思ったけどどっちも普通に体罰!やめた方がいいと思いますゥ!」
「お前が今得ている痛みは気のせいだ。気にするな」
「あああそんなに睨みつけてもう恐怖政治だよこんなのぉお」
「ベラベラベラベラお喋りしていたのは誰かな」
「私ぃ!」
顔面を掴まれている状態なので、指の隙間から目の前の消さんを見れば、陽の光に当たっていて顔が見えるはずなのに顔には影が落ちていて、ギラついた目しか見えない。なぜ。
「話は」
「聞きます聞きます!すいまっせんっした!」
「よろしい」
やっと離してくれたので辺りを見渡してみれば、他の皆は私たちのやりとりにドン引きしてた。
え?今の見た?見てなかったでしょ消さん。
さっきの状況録画してたら見返してみたらいいと思うよ。か弱い女子にあんなことやそんなことしてる絵面は客観的に酷いからね、かわいそう私。
「あ…頭かち割れるかと思った…」
「さて…!これから寮について軽く説明するが、その前に一つ」
私にしたことへの余韻をまるでなかったかのように切り替えた消さん。まぁ、こうしていつも通り接してくれるのはありがたいしこういう扱いを受けてしまうのもわかるけど、ヒドイ。
まだ痛い頭を押さえながら、私は立ち上がって皆と同じように消さんの方を向いて真面目に話を聞くことにした。私は一人うずくまってる訳にもいかないからね。近くにいた三奈に頭を撫でられて慰められたし立って切り替えるしかないけど、正直皆の前でここまでされると思ってなかった。
「当面は合宿で取る予定だった“仮免”取得に向けて動いていく」
「そういえば…!」
仮免という言葉に私含め、皆がワッと盛り上がる。それは私達ヒーローを目指す上で必要な資格の一つだ。
普段から慎重に扱わなければならない個性は、乗物などと同じように特定の資格を持つ人間にのみ使用の許可を与えている。
まぁ、車と同じなんだろう。ルールをちゃんと理解し、然るべき手順を踏んで試験に臨んで仮免許を取得してから段階的にヒーローに近付いていくみたいなさ。
「大事な話だ。いいか。
轟、切島、緑谷、八百万、飯田。
この五人はあの晩あの場所へ爆豪と艦の救出に赴いた」
誰も知らない、という反応はなかった。
皆五人が私と爆豪くんを救出しようとしていたのはわかってたみたいで、本当に行ったことに驚いている様子の人もいた。
「その様子だと行く素振りは皆も把握していたワケだ。
色々棚上げした上で言わせてもらうよ。
オールマイトの引退がなけりゃ俺は爆豪・艦・耳郎・葉隠以外全員除籍処分にしてる」
“除籍処分”という言葉に私含め、皆体の内側から少しずつ冷えていき、次第に置き物のように体が固まっていく。
まだ私達は資格も何もない一般人。このような身の危険が降りかかってきた場合において指示する以外の人間が下手に個で考え、動くことは悪手と言える。
ましてや友人を助けに、中心となりうる場所へと行ってしまうなど言語道断。下手をすればプロたちの邪魔をする可能性だってあった。
助けに行った五人と爆豪くんを見る限り、五人がした行動と判断は運良く怪我をすることなく、うまく行ったんだろうと思う。
けどそれは何もかっこいい、というようには必ずしもならないのが現実だった。これは漫画じゃないんだ。
一人で飛び出して場を乱して混乱させる人間は大概己自身と、下手すれば他人をも危険に晒すことだってある。
林間合宿の事を考えて自分の身を振り返るととても耳の痛い話だが、本当のことだ。
消さんの口から淡々と紡がれていく言葉にはそれぞれにグサグサと刺さっていく。その言葉に嘘や冗談の色が混じることはない。時々冗談と受け入れにくい冗談を言うことはあるけど、こう言う時は皆知っているから、皆は何も言えずに黙っていた。
「彼の引退によってしばらくは混乱が続く…。
敵連合の出方が読めない以上、今雄英から人を追い出すわけにはいかないんだ。
行った五人はもちろん。把握しながら止められなかった十二人も。
理由はどうあれ、俺たちの信頼を裏切った事には変わりない。
正規の手続きを踏み、正規の活躍をして信頼を取り戻してくれるとありがたい」
そう言って話が終わるや否や声を張って「以上!さっ!中に入るぞ元気に行こう」と顔のテンションに合わない発言で重苦しい空気なんてなんのそのと私たちを置いていった。
いや待ってそんなこと言われた直後に元気に行けないって。これだからあのおじさんは嫌なんだ。少しは“間”とかそういうのこさえて来たらどうなの…。ああ、頭痛い。
「来い」
「え?何やだ」
こめかみを押さえて頭の痛みを和らげていると何やら爆豪くんが上鳴くんを茂みに連れて行ってしまうのを視界の隅で捉えた。
一体何が始まるというのかと視線を向けるが、ただただカツアゲしようとしている風にしか見えないのは気のせいだろうか。いやまぁ、爆豪くんはみみっちいだろうけど曲がりなりにもヒーロー目指してる人なんだ。そんな事しな…あっ茂みの中から雷めっちゃ出て来た!?
「うェ~~~い…」
「ん″っ…」
茂みの中から雷を放ち、ショート…ウェイ状態になって出てきた上鳴くんに驚きと、その体を張った一発芸に思わず声が漏れ出た私は口元を押さえた。
戸惑いの空気もある中今まで一番そのウェイ状態を見てきたであろう響香はすぐさま吹き出し、重苦しい空気はどこへ行ったのやら。一気にいつもの軽やかな雰囲気が漂い始めた。
爆豪くん曰く、「いつまでもシミったれられっとこっちも気分が悪ィんだ」と言って切島君にお金を渡した。
「ってそれ私も払わなきゃダメなやつだよ!やるならちゃんと言ってよ爆豪くん!」
「あ!?知るかよテメェは気ィ失ってただろうが!」
「ああもう後で絶対渡すからね!」
「いらねえよ!」
「ふぇ…ふぇ、ふぇいだうェい」
*
程なくして空気がいくらか和らいだ私たちは消さんに寮の中まで連れられて、何がどこにあるかの説明を受けていた。
広い共同スペースには食事ができるスペースやくつろげるスペースなんかもあって皆は嬉しそうにソファへ飛び込むように座ったり、中庭を眺めたりしている。お茶子なんかは「豪邸やないかい!」と言って倒れてる。
私たちは想像よりも広い寮にテンションも上がりまくり、すっかり気持ちも切り替わったように思えた。
「部屋割りはこちらで決めた通り。各自事前に送ってもらった荷物が部屋に入ってるからとりあえず今日は部屋作ってろ。
明日また今後の動きを説明する。以上、解散!」
ハイ先生!!!と元気よく皆で返事をした後、各自割り振られた部屋に行くことなり、私は二階の一番奥の部屋へと向かった。
部屋の中に入れば段ボールの山と、ベットと机の組み立てが待っているのを見た私は途端に気持ちが途方に暮れて、思わず五分くらいその荷物を眺めた。荷物は部屋の関係もあるからそんなに多くもないけど少ないと言うわけでもない。
「さっさと始めて早く終わらせるか…!」
ジャージとTシャツに着替えて一番大変そうな机の棚や、ベッドの組み立てを先に取り掛かれば、一人で出来るにはできるが、非常に大変だと思い知る。
汗だくになりながら組み立てて段ボールも勢いよく片付ければダンボールは残り二つになった。
よし、と二つを一気に開ければ、大量の分厚い本と、これだけは持っていこうと丁寧な梱包で持ってきた軍艦模型が出てきた。
本を収納してから最後にふふふ、と手元で少し眺めてから机の一番上に飾ってやれば納得のいく具合となり口元を思わず緩ませる。
「よしよし。あ、そうだ。そういえばお母さんからなんかもらったんだった…」
なんだろう、と部屋の出入口前に置いてあるスクールバックの隣にある袋を取って中身が何か裏表くるくると回して確認をするが、よくわからなかった。
とりあえず何かプレゼントか、と思いなんだかんだ汚れた手を洗ってからベッドに腰掛けて、薄紫色のリボンを解いて袋を開けてみれば、思わぬものが出てきた。
「えっ?」
中に入っているものを急いで袋から取り出してみれば、かつての秘書艦の初春のぬいぐるみが入っていた。
「なんか変な質問されて絵まで簡単に描かされたと思ったらそういう…!?」
嬉しいため息をこぼしてぬいぐるみの頭を撫でれば、手触りがとても良かった。
それから入っていた袋の中に一緒に入っていた手紙も開けてみれば、母の優しさが溢れる言葉が綴られていた。
私への理解する為の距離を置く時間は必要だけれど、それでも否定をしないと言ってくれたお母さん。
『澪へ
この間のリビングで話したこと、本当にごめんなさい。
受け入れるのに時間はかかるけど、澪の事は絶対に嫌いにならないし、私たちの子供という事実は揺らがないって事を覚えていて欲しいです。
そして無理に気を遣わず、今も大事にしつつ、昔の時間と思い出も大事にしてほしいとお母さん達は思ってます。
そのぬいぐるみも、澪の大切な人を少しでも忘れないようにと思って作りました。
正直澪の記憶の絵を頼りにしてデフォルメして作ったから、似てるのかわからないんだけど、大事にしてくれたら嬉しいです。
それではまた。年末皆で待ってます』
読み終わった手紙を目から離してから、抱えていたぬいぐるみの初春を机の上に座らせてあげ、窓の外を見る。
窓枠に囲われた空はほぼ快晴の夕暮れで、そこに飛行機雲がアクセントを加えたかのように長く走っていた。まるで絵のようで、それを見た私の心は何か得をした気分になった。
「うーーん…疲れた。コーヒー飲みたいなぁ」
母からの贈り物と手紙、そして外の飛行機雲により気分はいつもより良かったが、本気の汗だく状態のまま一階の自販機にコーヒーを買いに行くのは気が引けた。
出しておいたタオルでしっかり汗を拭いてから着慣れたパーカーに袖を通せば一気に汗への不快感はなくなり、小銭入れを持った。
ついでに爆豪くんに会えたらいいなぁと、お金の入った封筒をパーカーに縫い付けられているカンガルーポケットに入れてから不要な段ボールを持って下へと降りると、丁度ダンボールの集荷する場所に爆豪くんと会う事ができた。私、運がいいかも。
「爆豪くん!」
爆豪くんと私以外は誰もいなくて、段ボールの積むワゴンを見ると、一人分の段ボールしか積み上げられておらず、どうやら爆豪くんが最初に終わったらしい。
「今終わったの?お疲れ様。ちょっといい?」
「あ?」
とりあえず自分も段ボールを置いて両手についた段ボールのカスを払ってから振り返ると、先に終わっていた爆豪くんは奇跡的に待ってくれて、私が用事を話すのを待ってくれていた。
ホント奇跡。待ってくれないかと思ってた。なんて爆豪くんに対して非常に失礼なことを思いながら、ポケットから封筒を差し出してみれば一瞬で彼の眉間に皺が寄った。グシャグシャにした新聞紙くらい。
「爆豪くん、」
「いらねェ」
「これ」
「いらねェって」
「ラブレターの類でも果たし状でもないです。だから何も言わず受け取ってください!」
「ンなもんわかってらァ!いらねェよ!」
「わかってるんなら受け取ってよ!!ねぇ!」
「中身も金だってわかってンるからいらねェって言ってんだよ!」
「そこは気付かなくていいのに!」
めげない負けない諦めない、を最大限行動として示そうとした私は受け取ってくれない爆豪くんのお尻のポケットに切島くんに渡したお金の半額分をねじ込んでみる。
まさかの行動に爆豪くんも若干の焦り、私の頭を掴んで離そうとするがもう入れたから私の勝ちだ。
「やめろやクソがァ!」
「嫌に決まってるじゃん!私これだけは爆豪くんに受け取ってもらえないと今日から卒業まできっとぐっすり眠れない!」
「勝手に不眠症になれや!」
「そんな事いうんだ!えーん私の腕も報われない!」
「言葉も金も返しづれぇこと言うんじゃねえよボケェ!」
「それが狙いだし私たちの身分はまだ子供なんだから素直に割り勘しとこ?ね!?そういうことは大人になってからやりなさい!ね!!」
私たちの攻防戦は続き遂には取っ組み合いのようになるが変なやり取りな為かお互いゼェハァと変に息が上がって来ている。ついでに言うと突っ込んだり突っ返したりした茶封筒はヨレヨレだ。きっとお札に描かれている偉人の顔はきっと元の絵よりも随分皺だらけになっていることでしょう。
「ハァ…ハァ…ンなことよりだ。テメェ何であの時起こさなかった」
「ッ、ハァ…え?」
「神野のバーでの事だ。あン時、俺より先に起きてたんだろ」
「あー…状況的に、無茶できなかった。そりゃ起こしたかったけど起こせなかったんだよ。距離的にも、実力的にも。…爆豪くんわかってて聞いたでしょ今」
「………ケッ…」
「色んな気持ちをその『ケッ』に込めないでくれる!?流石に不機嫌そうな顔で言われたら私でも気付くよ!?」
「うるせーよ、ヘボ」
いつもの調子ではあるものの。私にあの時の事を聞くだけあって、私以上に爆豪くんは捕まってしまったことへの責任を感じていそうだった。
少しは私もわかるけれど、それでも私は途中で満身創痍のまま状況もよくわからないまま気を失ってしまったので、最後まで見ていた爆豪くんが感じた責任の度合いは、違うように思った。
「まぁ…それは返す言葉もないよ。私ももっと頑張んなきゃね。この世界の平和は、まだまだ遠いから」
と、いいながら爆豪くんにお金を渡すことに成功した私はしんみりとした雰囲気にさせたのでそろそろ部屋に…と戻ろうとしたが、あえなく阻止された。
「ぐぇ!な、何するの!パーカーのフード引っ張んないでよ苦しいじゃん!」
「今のお前の顔がクソムカついた」
「え?」
こんなにフード勢いよく引っ張っておいてそれ!?
あっしかも先に私が戻ろうと思ったのに爆豪くんが先に帰りやがった!
「くっそー…」
首元を撫でていれば向かいから梅雨ちゃんがまとめた段ボールを持ってこちらにやってきて、首元撫でている私を見て大丈夫?とわざわざ段ボールを下ろしてから心配してくれた。
でもどうしてだろう。心配してくれてる梅雨ちゃんの方がなんだか元気がないように見える。
「梅雨ちゃん、どうかしたの?すごく元気がなさそうだけど…私でよかったら話聞くよ?」
こちらを見ていた梅雨ちゃんは顔をキョトンとさせてから視線を下ろし、言うかどうか悩んでいるのか、暫く胸の前で自分の手を握ったり、緩めたりとしていた。
その様子を見守っていれば、彼女はゆっくりと目を閉じ、そして静かに首を振った。
「ごめんなさい…。ちょっと今、今朝の話の事で心の整理が付かなくて。本当はその事も誰かに話して少し整理してもいいと思うのだけれど、澪ちゃんにはちょっと、できないわ。勿論、澪ちゃんが悪いわけじゃないの。ただ、私が無神経な振る舞いをしてしまうのが嫌で…」
「…そう。梅雨ちゃんがそういうならもうこれ以上は聞かないよ。気を遣ってくれてありがとう」
「ケロ…本当にごめんなさい」
「ううん、こういう時はきっといい塩梅のポジションにいそうなお茶子あたりがなんとかしてくれるかな?って勝手に思ってるから、平気平気。あ、こういうのって無責任って言うのかな?」
「ケロケロ…心配してくれてありがとう」
「どういたしまして」
「…あら?澪ちゃん、パーカーのフードに何か入ってるわよ?封筒かしら」
え、まさかと慌ててパーカーのフードに手を突っ込んで取り出せば、そこにはあるはずのない、クシャクシャになった茶封筒が出てきた。
「どうしてそんな所に封筒が入ってたのかしら…」
「あ、あの時だ…!梅雨ちゃんごめん!ちょっと用事が出来たから先に戻るね!」
「ケロ」
その後、私は猛ダッシュして四階の奥手前の男子部屋の扉を叩いたが、返事はなかった。
同じフロアの切島くんと障子くんに何事かと覗かれたのは言わずもがな。