⑦入寮~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
消さんと祖父母が帰った後、私は両親と昔のことを沢山話した。
初春や、艦娘たちがどんな子だったのか絵を簡単に描いてみたり、実は今よりもずっと身長が高かった事とか。
両親と私の話を基本聞いてくれて、質問もしてくれた。
けど二人はまだどこかぎこちなくて、時折沈黙が走ることもあった。
「(でもまぁ、こればっかりは仕方ないよなぁ…。全部受け入れろって言う方が大変だ)」
そんな日を送りつつ最後の仕上げといわんばかりにリビングで荷造りをしながらテレビを流していると、オールマイトの引退やラグドールさんの個性の使用が不能により活動見合わせという報道を目にした。
「ラグドールさん…本当に個性取られてたんだ…」
あの時の男がラグドールのように個性を奪えない、と行った言葉を思い出して、視線を下に落とす。
正座を崩したように座っていた私の膝の前にはスマートフォンがあった。
私はそれを手にとってプッシーキャッツのホームページに行き、連絡先のところを見てからため息を吐いて電源を切った。
「…ラグドールさんのとこに連絡とりたいけど今は無理だよなぁ」
きっとプッシーキャッツは私なんかの為に時間を裂くことはできない状況だ。多分電話をかけても繋がらないだろう。
まぁ、これは担任の消さんに相談をして追々雄英を介して連絡を取れればいいかと結論付け、顔を上げた。
そして目の前の荷物を見てまだ用意の終わってないことを思い出す。ああ、そうだまだ終わってないんだった…。
「……ていうか持って行く荷物割と決まってるのに手が進まなくて終わんないのはどうなの?」
その原因は両親たちに自分の本当のことを話したからか余計に離れがたい気持ちが生まれたからかもしれないなぁ、なんて都合のいい言い訳を考えてから半そでを肩まで巻くって気合を入れてみる。
ようし、やるぞと床に座った状態でソファの座面を背を預けてダンボールに物を詰めてると、次のニュースになったのかテレビからは聞いたことのある声とカメラがシャッターを切る音が沢山聞こえてきた。
『──未来を侵されることが“最悪”だと考えております』
「あれ、消さんだ」
パッと頭を上げればいつもの小汚い格好とは一変して身綺麗な格好の消さんがいた。
これ私と爆豪くんが攫われてた時にしてた会見か…。
今は他のテレビ局や新聞でオールマイトの引退の話が多く取り扱われてるのになんとまぁ珍しい。
『攫われた爆豪くん、艦さんについても同じ事が言えますか?』
消さんがメディア嫌いなのを知っているからか、記者は酷く煽るような態度で語気を強めて質問していく。
見ている私も思わず眉を寄せてしまう空気だ。
「澪?…その会見」
「あ、お父さん。これ多分事件の時の記者会。ニュースだから編集してるっぽいけど」
「………テレビ、無理して見なくていいからね。はいこれ、お茶」
「あ、ありがとー」
お茶を二つ持っていたお父さんは渋い顔をしながらその内の一つを私に渡して、後ろのソファに座った。
お父さんが座りやすいように少し横にずれてからお茶を貰って飲めば、ふわりと鼻の中で踊るように香ばしさが広がるのを感じる。
喉を潤してからテレビに視線を戻すと、さっきまでの私と同じように眉間に皺を寄せている消さんが唇を引き締めて、頭を下げた。
『行動については私の不徳の致すところです』
ぶっちゃけ驚いた。
ここまで煽られて粗暴な振る舞いをしても頭を下げられるなんて、流石ヒーロー、流石教師、流石師匠!
あの場にいたら私は拍手を送っていたかもしれない。絶対怒られるからやらないし有り得ないんだけどね。
記者が指摘した爆豪くんについてもアレらはトップヒーローを目指す上での行動であり、敵が隙と捉えたのなら浅はかだと言い切ってて私のことでもないのに胸がぐわりと熱く燃え滾るようだった。
『…それにもう一人の女子生徒だってそうです。
彼女は特に目立った生徒ではありませんが、今回の事件がトラウマになってヒーローを目指せないんじゃないですか?』
これはきっと私のことだろう。
質問した記者の表情は映されていないが、声色が明らかに苛立ちを帯びていて、声もやや先ほどよりも大きくなっている。
けど消さんは特に大きく表情を変えることもなく、淡々と質問に答えた。
『目指しますよ。
彼女は爆豪勝己ほどトップヒーローを貪欲に追い求めているわけではありませんが、生半可な覚悟でヒーローを目指していません。
為さねばならないことをやめたと投げ捨てることはせず、どうにか足掻いて何が何でもヒーローになろうとするでしょう』
『…結局根性論ですか?そんなのは全く根拠になっておりませんが?感情の問題ではなく、具体策があるのかと伺っております──』
本当に消さんはよくわかってるなぁ。
多分これが一種の呪いのようなものだということも、きっと消さんはわかっているだろう。
それはお母さんも多分気付いてる。家庭訪問の時にお母さんが鼻で笑った時があって、その時にわかってしまったんだろう。
二人にはごめんねという気持ちでいれば、ふと真後ろから視線を感じてお父さんの方を見れば少しジトーッとこっちを見ていた。
な、なんでそんな不機嫌なの…。
「………何?」
「ん?んー…や、ホント相澤くんってムカつくなぁって思ってさ」
「!?」
えっいきなりどうしたのお父さん…!?
「澪の事情を知ったから無理だってのはわかってるけど、親が娘の一番の理解者でいたかったわけじゃん?」
「う、うん」
「何も包み隠さずいうとポッと出の男にここまで理解されてるの、澪取られた気分になって変な気を起こしちゃいそう」
「ポッと出の男」
お父さんは下唇を噛んで、これ以上ひどい言葉が出ないように残り少ない麦茶と共に飲み込んでからボスンとソファの背もたれに深く沈みこんだ。
ギュム、とふかふかのソファに背中を預けたのだからリラックスをした表情になるかと思えば、いつに無く神妙な表情をしていた。
「……実はさぁ。パパ、まだちょっと受け入れられてないとこ、あるんだ」
ためらいがちに打ち明けたお父さんの告白。
思わぬ告白だったので思考が一瞬停止したけど、お父さんにとってその辛い告白は、私にとって嬉しい告白だと強く感じた。
「よかった」
「え?」
「あ、受け入れられてないことによかったんじゃなくてね、お父さんが私に対して本当に思ってることが聞けてよかったってこと。
お父さん言う時は言うけど、基本的に優しいからもしかしたらまだ本心言ってくれてないかもって感じててね。
ほら、こないだ昔の話とかしてた時とか時々ちょっと無理してそうだったからさ…」
「えっ、あっごめん!」
「いいよいいよ。むしろ気を遣ってくれてありがとう」
同じように気を遣ってくれたお母さんにもちゃんとお礼言わなきゃね、と冗談めいたように肩をすくめて言えば、お父さんは眉を下げてそうだねと笑った。
お父さんは家庭訪問の日、私がヒーローを目指すことを無理やり受け入れてたお母さんが一人で悩んでいないかと心配しているようだった。
「うん。信じられないようなことを普通にスッと受け入れられる人って、あんまりいないと思う。
受け入れられるまでの時間も…本当に人それぞれだしね。大人だからって出来るもんじゃないっていうのも、わかってるつもり」
「そうだね」
飲み干したコップの水滴を指で擦った音と、テレビの音がやけに耳につく。
二人の間には、沈黙が走っていた。
「…多分だけどね、パパはもうちょっとお前と話す日が欲しかったかもしれない。パパの場合はそうした方が受け入れられる気がするんだ。」
その言葉を聴いてから顔を上げてお父さんの顔を見れば、あまりにも切なそうな表情をしていたので、顔の傍にあったお父さんの膝にゴツンと何度か頭突きをした。
「えっえっどうしたの突然」
「毎日は無理でも毎週お休みの日の夜、電話…していい?」
「!…もちろん」
約束ね、と指切りをしてから今度はお父さんよりも後ろにいる人物と目を合わせた。
「お母さんは多分…もうちょっと時間とか…距離置いた方がいい?」
ソファの後ろにそっと立っていたお母さんに話しかければ、え?とお父さんは後ろを見て、驚いていた。
当の本人は気まずそうに私達とは目の合わない方へと視線を移した。
お母さんも言いにくいのか口をぱくぱくとさせて首を振り、大きな溜息を吐く。
悩みすぎたストレスで頭が痛いのか、こめかみの部分を押さえながら、やがて絞り出すように声を発した。
「……澪のこと、否定はしないわ。受け入れたい気持ちももちろんあるしいつも通りに接したい。
昔の話も、隠さずにちゃんと話してくれたことも嬉しかったわ。
けど…、けどね。今すぐ全部を受け入れられることは…難しいってお母さん思うの。
だから、少し時間を貰えたら嬉しいわ」
「…うん、わかった」
ありがとう、と言ったお母さんは「ちょっと調味料切らしちゃったから買ってくるわね」といって、私に味噌汁を作るように頼んで出かけようとした。
まるでごめんなさい、とこの空間から逃げるように思えた私達は顔を見合わせて、同時に頷いた。
「滑美。俺も行くよ」
「え?」
「ちょっとしたデートだよ、デート」
「デートって…」
「いいねそれ!ご飯も私が適当に作ってるからゆっくり買い物して、帰りも遠回りでもしてきたらいいよ」
「はーい!じゃあ頼んだよ」
わざとらしく明るい空気にした私達にお母さんも察してくれたのか、ちょっと笑って小さく「そうするわ。ありがとう」とお父さんに手を引かれるままオレンジ色の空の方へと歩いていった。
ああ、そういえば夕日をちゃんと見たのなんて、一体いつ振りだろう。
「前に進むのって、ホント…大変だなぁ」
さらりと左腕を撫でながら呟いた言葉は、近所の小学校から聞こえる夕焼け小焼けのメロディに埋もれていった。
***
「澪、これ寮の部屋で開けてちょうだいね」
あの後、二人が帰ってきてから私は作った料理を出していつも通り皆でご飯を食べた。
因みにメニューはお母さんが作るはずだった金平と魚、おひたし、味噌汁。
金平の味はお母さんに敵わないけれど、できるだけいつもと同じ味付けを目指したけど、どうも味付けが惜しい…と唸りながら作って出したら、食べたお母さんにものすごく驚いた顔をされて印象的だった。
やっぱ料理はできるけど、できるだけでお母さんのように美味しくは作れないなぁと実感して数日。
登校日となった今日。玄関で靴を履いて、家の前まで外に出たタイミングでお母さんからラッピングされた袋を渡された。
「何これ?」
「秘密よ、秘密」
やけに軽くて、ポンポンと軽く触ってみるも全く想像がつかない。なんとなくデコボコもしてる気がする。
ふーん…と、お母さんの言葉に従って袋を鞄の中にしまう。
「それじゃあ!いって、きますっ!!」
いざ家の前で両親に見送られると寂しい気持ちがしんみりとこみ上げてきたのか、そんな思いを振り払おうとできるだけ明るく、そして大きな声をだして歩き出してみた。
「行ってらっしゃい!」
「頑張っておいで!」」
後ろからは同じような声の大きさに、目がカァッと熱く、そして鼻が摘ままれたようにツンとした。
「っ、」
私は振り返らなかった。
その代わりに拳を上げて、もっともっと頑張って皆が心配せずに安心して…「守って」と言ってくれるような、頼れるヒーローに私はなるよと。
天を殴る様に私は拳を突き上げた。
そしてうっすらと瞼にたまった涙を反対の手の親指で全部拭って、駆け出した。
「マルナナフタゴー。本日も晴天なり!」
*
やがて学校へ行く電車に乗り込むと、雄英の制服を着ている私は先日の事件も相まってじろじろと見られていた。
体育祭の時の他の皆のように、話をかけられることが無かったのは幸いだった。
結局私の怪我についての報道は、ややこしいことに個性のおかげですぐに治ったので軽傷という表現に留まった。
更には爆豪くんやオールマイトの引退の話題性が勝ったのか私についての深い掘り下げ等は特になかったし、記者が家に押し寄せるなどのトラブルはなかった。
「おはよー」
ガラリと教室のドアをスライドさせて開くとクラスに行くと私の方を見るなりワッと女子達が真っ先に集まり、後から男子達が集まるような状況になった。
「艦~!お前マジ大丈夫だったのかよ…!?軽傷な割には家族以外の面会は禁止だったしよぉ…」
「あー…うん、大丈夫大丈夫。ていうか峰田くん何このフルーツかご」
「皆で買ったんだよ。緑谷にはメロンあげたから艦は普通のヤツな」
「何か格差を感じた気がするけどありがたく貰うよ。美味しく頂きます」
峰田くんからフルーツかごを受け取る。あ、ブドウとバナナあるからこれ先に食べた方がいいな。後で食べよう。
とかのんきなことを思いながら皆の心配の声をありがたく頂いていると、後ろから百が私の前にやってきた。
百はとても暗い顔をしていて、私が顔をのぞいてもその表情が明るくなることはなく、私の左側を見た時、顔を真っ赤にさせて涙をポロリと一つ零した。
「っ、澪…さん、無事で…よかった…っ」
「百!?や、やだちょっと泣かないでよ…!ほら、私元気だよ?」
「ごめんなさい…っ、わたし…」
両腕を上げて筋肉ポーズをして元気アピールをしてみれば百は私の左手を握り、額にくっつけてまるで神様に懺悔するように弱弱しい声でごめんなさいと呟いた。
百は私よりずっと大きいはずなのに、今の彼女の姿は小さく見えて、すぐさま空いている右手を百の肩に回して背中を撫でてあげたら彼女はまた涙を零した。
こうしても私の左手を握ることをやめない彼女はきっと見ていた。
私があの男にやられていた所を。
トン、トン、と背中を軽く叩くと百は泣きじゃくる。
他の皆も、特に緑谷くんや切島くん、飯田くん轟くんは一層辛そうな、泣きそうな顔をしているみたいだった。
「百は、悪くないよ。寧ろ百がアレに巻き込まれなくて、本当によかった」
「私…っ、もっともっと、励みますわ…!」
「…うん。一緒に頑張ろう。私ももう心配かけないよ」
コクコクと無言で頷いた彼女の頭を撫でながら私は「ほら、先生来ちゃうよ。皆も解散解散!」と締めくくり、百にタオルハンカチを渡して席に座らせてあげた。
すると丁度チャイムが鳴り、教室に入ってきた消さんが新しくできた寮に行くからついてこいと言われた私達は言われるがまま消さんに着いていくことにした。