⑥神野事件〜家庭訪問
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あれから諸々の検査をして特に問題が無かった私は次の日の朝、予定通り退院して両親と共に家に帰った。
両親とはあれからなんとなくギクシャクしたままだったけど、家に帰れば祖父母が家で留守番をしてくれていたようで、退院おめでとうと明るい雰囲気で出迎えてくれた。
「ただいまー」
「澪!やっと帰ってこられたな、おかえり」
「退院おめでとう、澪」
「ありが…わっ!」
家に帰ると祖父母が温かく迎えてくれて、お爺ちゃんは私を見るなり大きな手でぐりぐりと犬みたいに撫でてきた。
お陰で頭はすっかり鳥の巣みたいにボサボサになって皆は吹き出して体を震わせた。
「…皆笑い過ぎ」
「ふ、ふふっ、ごめんなさいね。お風呂沸かしておいたからゆっくり入ってきなさいな」
「はぁい…」
まぁ、なんとなくギクシャクしていた空気も柔らかくなったから、いっか。
*
お言葉に甘えて早速お風呂に入ると、流石は命の洗濯…湯船に浸かれば芯から私の緊張をほぐしていくようだ…癒される…。
「はー…落ち着く~……」
いつの間にか肩にも力がずっと入っていたみたいだ。
軽く回すとゴリゴリと鳴っている。
「疲れちゃったなぁ…」
動かしていた腕を湯船のフチに腕を乗せて、そのまま二の腕に顔を乗せると、ホカホカと温かい。
たまに天井から水滴が湯船へと落ちる音が響くのをBGMに、昨日まで起きていたことを思い出した。
合宿が始まってから今日までがひどく長くて、目まぐるしかった。
これらの出来事は、十五年でこの世界に慣れてきた私でもフィクションなんじゃないかと疑ってしまうほどの事だった。
皆、大丈夫かな。お茶子や梅雨ちゃん、緑谷くん。
あと……爆豪くんとか。
「……あつい」
ここで考えてたらのぼせちゃうや。もう上がろう。
お風呂から出て、髪を乾かした私は喉の渇きを潤すために台所に行くべく一度リビングに入ると、大人たちがテーブル席に座って何か真剣に見ているようだった。
「何見てるの?」
「ん?…何でもないよ」
「泰豊!ちゃんと澪にも教えろ」
言い淀んだお父さんにお爺ちゃんがピシャリと言うと、お父さんは眉をわずかに寄せてテーブルの上に置いてあった紙を渡してくれた。
その紙には『父兄の皆様へ 雄英高校 全寮制導入検討のお知らせ』の文章が記されていた。
「全寮制!?いつから!?」
内容を確認していくとどうやらこれから卒業まで寮生活になることを検討しているという内容で、目を通せば通すほど驚きを隠せなかった。
いや、わかる。わかるけど。こんな事件があったから対策として全寮制になるのはわかる。にしたって行動が早くないかな雄英!?
「これから相澤くん…いや、相澤先生がいらっしゃる。」
「こ、これから!?」
そんなこと言ってたらピンポン鳴ったし!
「こんな時に誰さ!」って叫んだけど今思えば家族にアホ丸出しの鈍さを披露させていたと思う。
誰がどう考えてもこのタイミングでくるのは消さんしかいないのにね!
「…なんでだぁ」
「何がだ」
玄関ドアを開けると、私が出てきたことに少し驚いた様子の消さんがいた。
鈍すぎたが故に消さんの登場に驚いた私はよたよたと後ろに下がって玄関の段差に座って眺めてしまった。
正直驚き過ぎだと思う。
「ひ、ヒサシブリ消サン…」
「お、おう…大丈夫か。ケガとか痛みはまだ残ってるのか」
「いや、ない…ですけど、急な全寮制のお知らせと消さんが襲来する怒涛の展開に驚いてマス」
「それは悪いことをしたな。立てるか?」
飯田君が電話来た時、見事にブルブルと震えている姿を何度か見たことがあるんだけど、今まさにそんな震え方を私もしてしまっていて若干消さんは引いていた。無理もない。
それなのに手を伸ばしてくれた消さんは仏様か何か?
ありがたや…なんてふざけた事を思いながらなるべく普通を装って手を借りて立ち上がれば、最近こんな感じの手に触られてたな、と思い出した。
今では私より少し体温の低いけれど、このカサついた感じには覚えがある。
「……消さん」
「何だ、家に上がらせないつもりか」
「いやいやそんな。私のこと事、救けてくれてありがとう」
見上げてまだ繋いでいる手に力を込めて言えば、いつもより髭が薄い消さんが目を少し開いた。
後ろからは入ってくるのが遅いと思った親たちが覗きにきた気配がすると、ソッと手を放した消さんはその手を首の後ろに回して、何か誤魔化すように掻いた。
「……救けてって、言ったからな。でも本当に、怪我させてすまなかった」
「!消さんはわ「相澤先生!わざわざこちらまで来てくださってありがとうございます。さ、どうぞ上がってください」
私の声を遮ってきたので、遮ったであろう母の方を見ると、消さんを案内した後こちらをみて静かに首を横に振った。
お母さんは私が「消さんは悪くない」と言おうとしていたのがわかっていたみたいだ。
「…わかるけど、さ」
母がいなくなった後に小さく呟いた言葉は当然誰にも届くことなくそっと廊下に響くだけで終わった。
軽く唇を閉めて、リビングに行けばテーブル席のイスに両親と消さんが向かい合い、祖父はその間に折りたたみのイスを出して座っていた。
祖母はお茶を入れてくるから座ってなさいと私に促してきたのでその言葉に従って消さんの隣の椅子を両親の隣に移動させようとすると母に止められた。
「澪は相澤先生の隣に座りなさい」
「なんで?」
「いいから」
どうしてだろうと思いながら他の皆の顔を見ても、母以外全員不思議そうな表情をしていた。
とにかく言われるがまま私は消さんの隣に座り、祖母が麦茶を入れて麦茶ポットもテーブルに置いてくれたところでお父さんが一つ息を吸ってからこちらをまっすぐ見て、話し始めた。
「相澤先生。先日の病院での無礼、失礼しました。ですが僕は言ったことについては間違ってはいないと思っています」
「はい。それについてはこちらに非があり今更信用をしてくれ、とは軽々しく口にできる立場ではないと自覚しております。
担任として、ヒーローとして…澪さんの師として、艦家の方々への期待を裏切ったことをお詫び申し上げます。」
本当に申し訳ありませんでしたと、消さんは頭を深く下げた。
それを見てから、両親の方を見ると父がいつもよりも表情を固くさせて黙って消さんを見て、静かに息を吐いた。
「…これは澪にも言いましたが、僕は以前自分の家族に黙って出て行った過去があります。
家族の気持ちを蔑(ないがし)ろにした僕にはこの子のやりたいことについて止めさせることはできません。
ですから一度目の…雄英が襲撃された時、澪のことを止めようかとも考えましたが、妻とよく話し合った上で『ヒーローを目指す子の親として腹を据えていこう』と決めたんです」
カチ、カチ、カチ、カチ。
時計の針の音だけが響く。誰も、口を挟もうとする人はいなかった。
「…でも、今回の林間合宿及び神野の事件で澪が敵によって左腕を切断されたと聞いたとき、気付いたんです。
僕たちは腹を据えた“つもり”になっていただけだったんだと。
昨日澪が起きてるのを見た時、生きててよかったと思いました。そして同時に自分に……酷く腹が立ちました」
病院で私たちは気の済むまでわんわんと泣いていた。
きっと他の人があの光景を見たのなら、家族の再開に涙をする親子だと思うだろう。
でも皆違った。皆、それぞれが同じように自分達に腹を立てて泣いていた。
「もう…正直自分がどの立場だとか、言ってられないと思ったんです。そんなものに今こだわっている場合じゃないって。
めちゃくちゃな事を言っているのかもしれない。けれど今澪はあんなことがあったのに普通に入寮しようとしている。…一度止めなきゃダメだって、強く感じたんです」
止めなきゃという言葉に不安を覚え、父を見る。
こういう時、中身がいくら大人でも私という人間の身分は未だ未成年であり、親に学校を通わせてもらっている身なんだと痛感してしまう。
「僕たち親は、いわば澪の知る他人の中で一番身近にいる気心知れた他人です。
そんな僕たち親も一緒にその道を見て、子にとって破滅の道を選んでしまわないかどうか、改めて安全確認くらいはさせてほしい…そう、思うんです」
「はい、勿論です」
「ですので条件を二つつほど提示させていただきます。
こちらの条件を満たさなければ、一切の入寮許可はだせませんので、そのつもりでよろしくお願いします」
緊張が走る中、言われた一つ目の条件は、学校の現時点の対策とこれからの対策についての話だった。
そして二つ目は学校側から週に一度私の体調や怪我など、状態報告をするなど、割と普通の条件と思えた。
「もし情報漏れを気にするなら授業内容の詳細な部分は省いて構いませんので」
「わかりました。お心遣いありがとうございます。
対策案などについては対策に綻びが出てしまうような詳しい情報などは言えませんが、できうる限りの説明をさせていただきます」
そして消さんは私たちに今後の方針などを説明してくれた。
話が終わりそうな時、母が、「私からも、よろしいでしょうか」と静かに手を挙げた。
皆はこのことに意外だと思ったらしく、さっきの席の指示をした時と同じように驚いた様子を見せていた。
「はい。なんでしょうか」
「後だしですみません。でもずっと考えてて、やっぱり私からも一つ条件を出さなきゃと思って。」
「ええ、それは構いませんが…」
「ただ、これは私から澪への条件なんです」
私への条件?
母は私と目を合わせながら、少しひんやりとした手で私の手を握った。
「あのね、澪。“個性を使って人を助けたい。ヒーローになる”って貴女は言っていたわよね」
「うん、言ったよ」
「本当にそれだけだった?」
「…え?」
その言葉に私と消さんに緊張感が走り、特に私は更に身を固くさせた。
「正直私ね、それだけの理由なら今回の事件で、ヒーローになるのやめてくれるんじゃないかと思った」
「!ちょっとそれは…っ」
ガタ、と勢いよく立ち上がれば軽く握られていた手に力を込められた。
黙って聞いていなさい、って?
「でも澪がさっき全寮制の話を初めて聞いた時、悩む様子があまりなかったことにとても違和感を感じたの」
「違和感…?」
「どうして澪はここまでされたのに、個性を使って人を助けたいという理由で前に進もうとしているのかって。
だから私は改めて聞いて、納得させてもらえなきゃいけないと思った。
澪。貴女は何故ヒーローを目指すのか本当の理由を全て教えて。それが二つ目の条件よ」
私とよく似た瞳がこちらを見つめる。
その深い色の瞳の中には緊張した面持ちの私がいて、明らかに動揺をしているのがわかって、それが余計に私の言葉を詰まらせた。
「それ、は」
…言えない。
まるで崖っぷちに立たされているような気持ちだった。
私が何故ヒーローを目指そうとするのか。とてもじゃないけど両親には出来そうもない告白だった。
別に言ったら死ぬとか、信じてもらえないからとかじゃない。
言えるのなら言いたい。二人はきっと私が転生したことを信じるだろう。
でもその核心は十二歳までのあのよそよそしい態度があったからこそ信じてもらえるものだろう。
だから、全てを話せばきっと私が今までこの世界と皆を散々拒否をして生きていたことがわかってしまう。
怖いんだ。
今この人たちに自分の身の上を話すことが怖くて仕方がない。
いざ自分がこの家族から受け入れてもらえないんじゃと、距離を置かれてしまうんじゃと思うと敵に腕を切られた時とはまた違った恐怖が分厚い膜のように私を包んでいく。
どうして人は時が経てば経験も豊富になるのに、重ねれば重ねるほど臆病になってしまうんだろうか。
「澪、大丈夫だから言ってごらん?」
父が心配そうにのぞき込んで、安心させるように微笑んできた。
けど今の私にとっては苛む要因にしかならないのが辛くて仕方がない。
こうして家族になってたことを自覚できたのに、
漫画みたいに根拠がなくても『なんとなく』とか、『勘』だとかで受け入れてくれると信じて喋ることができたらよかったのに。
「でも、今更引き下がることなんてしないよ」
ヒーローになるのなら、この人たちを本当に親と思うのなら、私は筋を通さなければならない。
「……話すよ」
母の手からするりと自分の手を抜いて真っすぐと立ち、こちらを見上げている両親を見た。
二人は不安そうな顔をしている。
させてしまったのは、私だ。
「澪」
今まで口を挟まなかった消さんが、初めて私たちの会話に口を挟めてきた。
私の真横にいる深い黒の瞳が僅かも揺れることなく、こちらを見つめる。
まるで私がこれから話すことが勢いで言っているのではないか、と確認をしているような。
「大丈夫、勢いじゃないよ。十分考えた上で…だよ」
とは言いつつも今にも怖くて逃げだしたい私を奮い立たせるために、彼の肩に手を置いて少しだけ勇気をもらえたら、と少しだけ握った。
その肩は私の手には全く収まることがなくて、見た目よりもずっとがっしりとしていたことになんだか頼もしさを覚えてしまい、不思議とさっきよりも断然話せそうな気持ちになれた。
「まぁ、その目でしっかりと、最後まで見ててよ師匠」
「……わかった」
師匠と呼ぶのもこれが最後かもしれないね。
そう思いながら私は一度だけ深呼吸をしてから個性を発動させると、いつもと同じように初春の艤装が現れ、他の駆逐艦よりも重めの艤装に体が少しだけ反った。
「まずは先に話したいことが、あります」
体制を整え、艤装に触れればひんやりと冷たく、僅かにオイルの匂いがした。
「…この個性はね、本当は私のものじゃないの」
え?という声が父から上がり、母も予想外の告白に戸惑っているようだった。
「どういうこと?個性発現した時は澪の近くには私しか傍にいなかったわよね…?
それに私とお父さんの個性の遺伝を考えると二人の個性が合わさった個性で澪の個性だと思うんだけど…」
「それは私も不思議に思ってるし、本当のことはわからない。
けどこの主砲や副砲は本来は個性じゃなくて、前の世界で艦娘っていう軍艦の名前と魂をそれぞれ授かった女の子達が装備して使う武器なの」
「軍艦の魂を持った…かん、むす?」
「そう。前の世界にはヴィランとは違う深海棲艦っていう海の平和を乱す敵がいて、その敵を倒す能力と使命を持った女の子達の総称。
その子たちはそれに見合った艤装を装備してた。
今私が持っているこの艤装もそう。これも初春っていう駆逐艦が装備していたもので、彼女もこれを使って敵を倒していたんだよ」
何か言いたげな表情の二人を見て冷や汗が出る。
それでも何も言わないのは、隣にいる消さんが無言で二人に手で待ってくださいと止めてくれていたからだ。
「だから職場体験の時、私に見せてくれた艤装をこの子って言って…」
祖母は思わず口にしてしまったようで、私が横を向いて祖母を見るとハッとして口元を押さえた。
「うん、そう。そして私はその海を守る艦娘たちの指揮を執り行っていた提督だった。
二十四歳の春に私は殉職して……、艦娘たちの祈りによって生まれ変わった」
祖父母も両親も、皆驚きを隠せないようだった。
だって、そうだ。いきなり何を話したかといえばこの個性は自分のものではないと告げ、更にはこの世界の人間ではないことを言い出したのだから。
「個性が発現した時、私は前世のことを全て思い出した。数名の艦娘を轟沈…海の底に沈めてしまったことや、これ以上失いたくないと思って敵の攻撃から初春を庇って、その怪我で死んでいったことを」
お父さんは隠すよう手で口元を覆い、力を込めて頬に少し指先を沈ませた
そして眉間に皺を寄せて、絞り出すようにして声を出した。
「よそよそしかったのは……そのせい…」
「本当に…ごめん、二人とも。嘘吐いてた訳じゃなかった。
でも言っても信じてもらえる筈なんてないって思ってたし、記憶を取り戻してからずっとこの世界がニセモノみたく見えてて前の世界に帰りたかった。
でも、心に余裕がなかった中消さんとの出会いをきっかけに、海の中に入ったら初春に少しの間だけ…会えて、励ましてくれた。
初春は、いつまでも前の世界に帰りたいなど駄々をこねるなって怒って、私の帰る場所はここなんだって言われた」
「…澪の、帰る場所」
「そう。私の帰る場所はもう、ここしかない。
辛い宣告だったけど、あの子たちが私を守れずに悔いていたのを知った時はもっと辛かった。
だから次こそは幸せに生きてほしいと願い、代償を払ってまで生き返らせて、共に生きようと言って個性も与えてくれたあの子たちの思いを汲みたかった。」
「じゃあ、ヒーローを、目指してるのってその前の仲間の願いを叶えたいからって、いうの?」
「それも、あるよ。
……でも私はね、初春に共に生きようって言葉を反芻しながら久しぶりに暁の水平線を見て思い出した。私は平和な世界を目指したくて提督になったんだって。
でも、最後が最後だったからこの個性を受け入れた後、共に生きたいのもあったけど、今度は直接救える人になりたいって、腑に落ちる答えも見つけたの。
多分あの日の私はこの世界で生きる希望…道みたいなのを、見られたんだと思う」
「そんな…生きる、道だなんて」
母はそういいながら嘲るように鼻で笑う。
その目には涙がこぼれて、机を僅かに濡らしていた。
「少し、言わせて」
「……何?」
母は私に、何を言われるんだろう。
この期に及んであんまり怖いことを言われませんようにと思ってしまう。
「艦娘さん達の願いを叶えたい気持ちと、自分の幸せが何かと考えた時に人を直接救う事がしたかったこと。
これらのヒーローになりたい理由を、腕が切られた後にも関わらず、私たちに伝えたことで覚悟があることが、ちゃんと伝わりました。
それに澪にとって大事な人から生きようって言われて、無駄に自ら死に向かうようなことはしないというのもわかった」
「!」
「神野の事件の時も、生きる最善の道を選んだのよね?」
そう。私は最善の道を選んだ。
前世での私の行いはあまり否定もしたくないけれど、あれは責められても仕方のない、愚行だ。
だから今度は、下手に命を捨てるようなことはしない。一人を助けるなら、ちゃんと私と一緒に助かる道を選ぶ。
「今澪が私たちに求めているものが何か、わかる?」
痛いほど。見送る側はいつだっていざという時無力なこと。泣き寝入りするしかない覚悟をしなければならない事を。
私含めて、家族親戚の心身を摩耗させてしまう道を選んでいることはわかっている。
けど、私はこの道を選ぶんだ。
「生きて、帰ってくること」
「…五体満足でね。その事、絶対に忘れてないで」
それは、いつか私が初春に言った言葉と同じだった。
その言葉に私は強く、しっかりと頷いた。
わかってる。わかってるよ、お母さん。でも言ってくれてありがとう。
「滑美、いいのか」
「…この子の希望を、道を否定してはいけないのよ。いくら、血の繋がっている私たちでも」
「……そうだな。親が子供の歩む道を断つことは、俺だってしたくない」
血の繋がっている私たち。
私はその言葉で、どれほど救われた気持ちになっただろうか。
お腹の高さで持て余されていた手をバラバラと指を動かしながら握りしめると、緊張で湿り気を帯びていたことに気が付いた。
父は母の肩を抱き寄せてから消さんの方を見て、長々とすみませんと謝罪をしていた。
「いえ。大事なことですので、気にしていません」
「そういってもらえると助かります。…澪を、よろしくお願いいたします」
「お父さん…!」
「澪。今度こそ置いていく側になるんじゃないよ」
「っ、うん…!」
その言葉に泣きそうになった私は個性を早々に解除して麦茶をぐいと、涙と共に流し混めば以外に喉が渇いていたようで、喉が潤っていくのを感じた。一気に飲んで空になったコップをテーブルに置けば、ガラスの音とカラリと氷の踊る軽やかな音が響く。
「ところで相澤先生はいつから澪の事情を知ってたんだ?」
「そういえばそうね、私も気になってたわ」
祖父母がここぞとばかり私に詰め寄ってきた。
近い近い!助けて消さん!
「…澪さんが十二歳の夏ごろ、公園で思いつめたような表情でいたので、雰囲気で放っておいては不味いと思い、話しかけたら事情を話してくれました。
多分身内じゃない、その時居合わせただけの他人だったから、話せたんでしょう」
内心タバコについて話すんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたけど流石にタバコを吸っていたことは伏せたままあの日の事をかい摘んで話してくれた。
まぁ、その後消さんは消さんで私の事海に突き落としたし言えないか。さっきはふんわりごまかしながら話したけど。
「なるほどなぁ。そしたらその間は先生が澪のことを支えてくれてたんだなぁ」
「くっ…パパが支えたかった…!」
消さんはこちらを見ている。
いつもより倍はジト目でこっちを見ている気がするけど気のせいだろうか。………気のせいにしておこう。
「相澤先生が旦那さんになったら最高の理解者になってくれるでしょうね」
「ぶばわっ!??!?!?!??!!?」
ごまかそうとお茶のおかわり入れて飲んでたらとんでもない砲弾がぶち込まれてきたね!?
「ななななにいってんのおばあちゃん!?
話の振り方が急カーブすぎて振り落とされるかと思ったわ!」
「澪、お婆ちゃんの言葉に動揺しているのはわかってるけどまず口を拭いて。そしてパパはそのグラス握り割ったら怒るわよ」
「はは!ははは!何言ってんだろうねえ消さぁああん?!?」
見たらすごい顔してた。
何そのコケシみたいな顔!?それでいて鼻筋に縦線めっちゃ入ってて怖っ!?
「え、あの、ホント、ごめんね消さん…あの…ごめん…だからそんな顔しないで…」
「生まれつきこの顔だ。すみませんがそろそろ次もありますのでこの辺で失礼させていただきます」
生まれつき!?生まれつきってかこのコケシフェイス!
*
「…それでは家具等の搬送はここの業者に頼んでありますので、この日までに持っていくものをまとめるようによろしくお願いいたします。」
「わかりました」
「あ、家の前まで見送ってくるね」
「すぐ戻るんだよ。一分しても帰ってこなかったらパパ飛んでくるからね」
「いやさっき言ったこと本当に気にしなくていいと思うから…心配しなくてもすぐ戻るよ」
それから消さんと一緒に外に出て、車が出るまで見送ろうと思った時だった。
消さんは車に乗る前に、こちらを振り返ってジッと見つめた。
「お前、個性さっき使ってたよな」
「え?うん。使ってたよ」
「…お前と同じ場所に拉致されていたラグドール、個性が使用できなくなった」
「!それもしかしてあの男に…!」
「やっぱり接触してたか」
「…腕を切られた時に。変なマスクの男に個性を奪われそうになったんだけど、その個性使っても私の個性は奪われなかった。
まるで別のモノが干渉して邪魔をしているようだって言ってた」
別のモノ?と首を傾げた消さん。きっと車の中の運転手はいつになったら車に乗るんだろうと思っているに違いないけれど、もう少し待っていてほしい。
「バカみたいなこというけど。多分艦娘たちに代償を払わせて私を生き返らせた幸運の女神って奴が邪魔したんだと思う」
「……それ、真面目にいってんのか」
「残念ながら割と大真面目。私が深海棲艦になって意識なくなってから病院で暴れまわってた間、私夢の中でそれっぽいのと接触したし」
「頭が痛くなりそうな話だな」
「ただでさえ個性社会の世界に頭がおかしくなりそうだった私にそれを言うの?」
「それもそうだな。個性が問題なさそうでよかったな」
「うん。でも私のこの個性って、個性に見えるだけで実はちょっと違うものの可能性とかもありそうじゃない?
合宿の時物間くん、何かに邪魔されてコピーできないとか言ってなかったし」
「物間が?でもお前、俺の抹消の個性は効くだろ。アレは個性因子を一時停止させる能力だから、お前の個性因子は俺らと同じものだと思うぞ」
うーん?じゃあなんで…と思考を巡らせると、消さんは咳ばらいをワザとらしくして私を現実に戻らせた。
「その辺はまた追々だな。とりあえず神野の事件についての話は塚内警部がそのタイミングで事情聴取に来てくれるように頼むから報告してくれな」
「はーい」
「返事は伸ばさない」
「はい」
でも本当に奪われなくてよかった。
それに男が使ったら艦娘たちも女じゃなくて戸惑いそう、なんてね。
「あれ?」
「なんだ?」
「なんか割と真実に近い一つの仮説が出てきたんだけど最後にいってもいい?」
「どうぞ」
「私の個性って元が艦娘が使う武器だったでしょ?
事件の犯人や物間くんも、二人とも男だったから能力を得ることはできなかったのかもしれない」
「……そんな単純なオチってあんのか?」
「うーん、突拍子もない話だけれど、私の世界では適正持ちの女性しか軍艦から分け御霊を与えられなかったからあり得る。それに…」
「それに?」
船は女って例えもあるくらいだしね、と頭の後ろに手を組んで呑気に言えば、漫画みたいに先生はガクリとリアクションをしてくれた。
「なんだそりゃ」
「ま、難しい話はわかんないけど、そのくらいの話だったらいいよねっていう」
「聞いて損した。俺はもう行く」
「拗ねないでよ消さん~」
「うざい」
車にさっさと乗ってしまったので仕方ないと思いながら手を軽く振って見送ろうとすると、窓が開いた。
「言い忘れてた」
「え?何」
「おかえり」
「!…ただいま!!」
私は必ず帰るよ。
だって私は、本当に帰る場所を手に入れられたんだから。