⑥神野事件〜家庭訪問
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※グロテスクな表現があります。
ざぶん。
黒霧によって落とされた先は水を張った鉄の箱の中だった。
重力に逆らうことの出来ない私は“V字”の状態で思い切りお尻から突っ込んでしまう。
「~~っ、?!?」
なんで水あるところに落とされなきゃならないの!?
驚いて勢いよくごぼごぼと酸素を吐き出した上、水を飲んで混乱してしまう。
仲間にならない嫌がらせか?随分と陰湿だ。
私はとりあえず水の中から出なきゃと思い、なんとかもがいて水面から顔を出した。
「ぶはっけほっごほっ……!」
水の中に落ちて混乱はしたが、いざ水の中から顔を出せば、案外簡単に胸から上を水面から出すことが出来た。
フチに掴まって飲んでしまった水を吐き出して、少しずつ酸素を取り入れる。怪我もないっぽい。よかった。
顔に張り付いた髪の毛を後ろに流して息を整えてく。
「はぁ…はぁ…何…?げほっしょっぱ…海水、じゃない…塩水…?」
落ちた拍子に鼻や口に液体が入り込んでしまったらしく、鼻がツンとして口の中が海水ほどではないにしても少ししょっぱかった。
水温も生ぬるく、いわゆる人肌の温度。嫌がらせ以外の理由でどうしてこんなところに落とされたのかわからなかった。
「…?苦い…?」
なんか嫌だな、と感じて口に入った分をなるべく吐き出しながら私は鉄の箱から出た。
そして手首を拘束している結束バンドを取るのに両肘を思い切り引いてみれば、容易く千切れる。
「いっつぅ…!」
中学生の頃に一度消さんから拘束具の解き方を教えられたことがあったけど、まさかヒーローになる前にこんな所で役立つとは思わなかった。
「教えてもらっておいてよかったと思った…けど」
痛みを分散させるために手を振りながら辺りを見渡せば、そこは黒霧が言っていたように、ここは倉庫のようだった。
どうやら使われなくなった工場の倉庫らしく、積み上げられた木箱やフォークリフト、ドラム缶などが無造作に置いてあった。
ホコリやゴミの散乱も酷い。一目で使われていないことがよくわかる。
「どうしてこんなところに…。人もいないし送るにしても雑じゃな……ん?」
ぶつぶつと文句を言いながら、自分の服から落ちる水滴の音とはまた違った音に気付いた。
音の方を見れば、どうやら先ほど私が落ちた鉄の箱周辺からのようだった。
「…なんだろ」
水中から酸素が一気に出された出たような音が聞こえるから、あの箱からかな。
私が入ってしまった箱の横にも同じような箱があって、何かが入っているようだった。
念のためにもう一度辺りを見渡し、誰もいないかを確認をしてから近づいた。
そして、その箱を覗き見ると、そこには。
「…え、ら、らぐ…どーるさん?」
少し観察をすると、箱の中には目を開けたままのラグドールさんが裸の状態で頭まで水中に入れられており、意識はなさそうだった。
「(どういうこと…?なんで、ラグドールさんがここに)」
彼女の口元に装着されているスクーバダイビングに使うレギュレータのようなものから空気の塊がポコリと出ているのを見て、生きていることが確認できた。
「空気の音だったんだ…」
とにかく引き上げて出さなきゃ。
ここは確実に敵地だし、ラグドールさんは自分から進んでやった訳ではないだろう。
彼女の腋に手を入れて引き出そうとするも、上手くいかない。
「っ、ちょっと、この箱意外と深いんですけど…っ!引き上げにく…っ」
人一人なら個性を使わなくても何とか担げるけれど、今の状態はちょっとラグドールさんを出すことは難しい。
これならどうだと個性を使い、自分の膂力(りょりょく)を上げてやれば、彼女を簡単に引き上げることが出来た。
「ラグドールさん、起きてくださいっ、ラグドールさん!」
「……」
地面に下ろして背中を支えてやり、頬を軽く叩いて呼びかけたり、口元に耳を近付けたりなどをして、確認した。
呼吸や心臓も正常に思える。けど反応は全くないし目も合うこともない。
「…だめだ。意識混濁…とか、かな」
早く彼女をどうにかしないといけないけれど、尚更私は今のうちに早く脱出しないとならなかった。
人の気配もない今がチャンスだ。
ラグドールさんにはとりあえず入っていた箱に寄りかかってもらい、辺りを見渡した。
見渡して見つけた木箱に被っている目当ての布を持ち、軽くホコリを払ってからラグドールさんの体に巻いてやった。
その時彼女に巻いた布が少し濡れ、自分がまだ水浸しだったことを思い出す。
「よし…」
彼女から少し離れ、いつまでも服からボタボタと落ちる水を絞り落とした。
後はここから抜け出して、助けを求めなければ。
でも、外に助けてくれる人がいるのかはわからない。
「……やれるだけのことはやろう」
床に転がるボロボロのドラム缶を見れば、それは丁度抉れていて、指を軽く切るくらいなら出来そうだった。
これだと思い、早速もう一枚布を見つけて手頃な大きさに裂いた。
布を用意してから指を切った私は、それを布にあてて、血で『助けて』と書いた。
「軽空母で艦載機を一機…や、念のため二機くらい出そう。」
一機だけでは心許ないし、外にも敵がいる可能性がある。
何かあった時に撃ち落されてしまえば意味がない。
そう決めてから早速
「えっと…この巻物を広げて…式札と…」
いくつも種類がある方の中から龍驤を選んだのにも訳があった。
龍驤…彼女は艦載機を発艦する時、弓ではなく陰陽で使うような式札と滑走路が描かれている巻物使う。
他にもこのように発艦できる艦はいるが、龍驤も前世では長い付き合いだし発艦の手順を見せてもらったことがあるので要領は得ていたので選んだ次第だ。
早速飛行機の形をした式札を巻物に置き、指先に灯る念の込められた火をかざせば、ゆらりと式札は浮かび、滑走路から離れる頃にはすっかり艦載機となって二機とも無事に発艦させることができた。
発艦できた艦載機に一度近くに降りてきてもらい、底の部分に布を縛り付けてやって、中の妖精さんに指示を出した。
「これでよし…なるべくヒーローや警察にこれを渡すように頼むよ」
中の妖精さんは了解というように敬礼をし、機体を上昇させて上にあった窓からでて行った。
─どうか、助けが来ますように。
「──ほっ、よいしょっ!…で、次はお腹を背負うように…っと」
発艦させた後、学校で習った救助活動に使う際の消防士搬送のやり方を思い出しながら、ラグドールさんを持ち上げた。
…よし。安定してるし後は逃げるだけだ。どうか敵がいませんように…見つかりませんように。
「…願ってばっかりでやんなる」
うんざりした気持ちになりながらも、慎重に警戒をしながら扉を開けた。
扉を開ければここは二階だったようで、扉を開けると階段が。
右を見ればくだりの階段で、下がった先には左右に広がる廊下があった。
相変わらず人の気配はないが、そろりと音を立てないよう足早に階段を下りて左右を見渡せば、左は暗く、右は広い空間に繋がっているようだ。
「(右の方が明るい…。右側から確かめるか)」
そう思い、ラグドールさんを抱え直して一歩進んだ時だった。
「ああ…君は黒霧が言っていた雄英生だね。
それにラグドールも…、脱走するとはいけない子だ」
「!換装ッ、撃ェーーーッ!」
なんて運がない。
途中通信がきたけど、そんなの聞いている暇はなかった。
相手にやられる前に個性を発動して振り向きざまに撃てば、合宿での訓練の賜物か、どうやら相手に当たったようだった。
「っ、今がチャンス…っ!早く逃げない…」
そう体を捻って駆け出そうとした瞬間、バツンと何か聞きなれない音が聞こえた。
「と…?」
一体何が起きたのかわからなかった。
そしてすぐに重たい金属と、何か軽いものが高く飛び上がって落ちていく音が聞こえた。
「ふむ、重火器系の個性…凡庸な個性でよかったよ。
それなら弔も使えるだろうけど、その状態ではラグドールのように個性を奪えないな。
ああでも今私が個性を奪えばいいから問題はないか」
「…ぁ、…、」
…こえが、でない。
耳鳴りがして、鼓動が大きくなっていく。
今、飛んで行ったモノを、見るな。
わかっちゃダメだ。
頭の中で何度もそう唱える。
嫌な汗が噴き出して、本能的に音がした方を見てはいけないと目線を思い切り逸らした。
私は急な体の変化にバランスを崩し、ラグドールさんを背負いながら崩れるようにして倒れていった。
ドサリ。そんなに激しく倒れていないはずなのに、痛みに意識が遠のきそうだ。
「っ…、ぐ、うあぁっ……」
痛い。痛い痛い痛い痛い。
こんなの、うそだ。
「(左腕を、切られた…っ、!)」
現実を受け入れろとでもいうかのように床に転がる左腕と艤装が私の視界いっぱいに赤と肌色が広がる。
激痛、激痛、激痛。
変な汗が吹き出して、私の鼓動や荒い呼吸音とは違った音が聞こえる。
それはコツコツと近付いてきて、目の前にあった主砲と持ち上げて珍しそうに観察をしていた。
「さ、わ…るっ………!!」
触るな。そう言って睨みつけたかった。
けど、見た瞬間思考は完全に止まり、更に血の気が引いて、そんなこと考えられなくなってしまった。
「(こわ、い)」
その一言が私の全てを支配する。
一体何に恐怖を感じたのかわからなかった。
相手はただただ普通そうにしているだけなのに、漠然とよくわからないまま、本能的に恐怖心を煽られているのを肌で感じていた。
男は膝を着き、固まった私の頭を片方の手のひらで全体を覆うように触れてきた。
「やめ、…っ、やめて…っ、おねがい……」
「なぁに、すぐ終わるよ」
私の体は大げさに跳ねる。
そして、痛みと恐怖で震える声を抑えながら、情けなく懇願すれば愉快そうに笑う声。
「うばわ、ないで…!」
…これが夢だというのなら早く覚めて欲しかった。
終わることを知らない恐怖のせいか、ザラザラと耳の奥でノイズが響いて視界が狭くなる。
「ッ…、やだ…やめて…っ、やめろ、ッ!!」
本当なら痛みでとっくに意識が飛んでもおかしくなかった。
脳無にやられた時の様に、個性を使っているから丈夫になっているんだろうか。よくはわからない。
けど意識が飛びそうなことには変わらないし、息も浅くて上手く吸えない。
喉の奥も冷えていくのに対して腕は燃えるように熱いく、劈くような痛さが私の体を巡る。
恐怖と痛みで唇が震え、歯がカチカチと鳴り始める状況があまりにも現実離れしていてふわふわとしていた。
「はつ、はる…っ、」
以前は自分の命云々よりも、初春を失う事の方が怖かった。
だから彼女を身を呈して守ったし、必死だった私はそんなこと考える余裕なんてなかった。
けれど今はどうだろうか。
形は違えど、前世と同じような状況になり、艦娘たちが奪われそうになっている。
前だったら「奪われるくらいなら」と、自己犠牲も発揮していただろう。けど、今の私はそのどちらもを選べない状態にあった。
それよりも目の前の圧倒的な力と気迫に恐れ「死にたくない」と願い、同時に「生きて帰れない」と現状を諦めてしまっていた。
わずかに残っていた気力で吹っ飛んだ左腕を右手で掴めば、それは生々しく…より一層強く絶望を感じ、そのままそっと目を伏せた。
「─おや?」
「…、?」
「……珍しい。まるで別のモノが干渉して邪魔をしているようだ」
「かん…しょう?」
「ふむ。これは掘り出し物かもしれないなぁ…。
僕はね、例え“意思がある個性”だとしても、奪うことができるんだ。
でもキミの個性が奪えないとすると、キミのそれは個性ではない可能性…もしくは干渉しているソレが私の個性では対処しきれない何かってことになる」
“個性”ではない可能性があると楽しそうな声色で言われた私は目を開き、初春と会った…かもしれない時のことを思い出した。
『貴様に次こそは幸せになってほしいと願い、わらわ達の艦娘の魂を少しずつ分け与えた』
そう、私が海の中で聞いたと“思う”言葉だ。
けれど、どうやら彼女たちに分け与えてもらったこの“能力”を私は都合よく“個性”だと思っていたようで。
…でも、それならなぜ消さんが個性を使ったら他の皆と同じような状態になったんだろう。
「ははぁ…実に興味深いね。ドクターに回してもいいが、今ここでなんの役にも立たないキミに時間を割くことよりも、彼には脳無の量産に専念してもらわなければならなくてね。
悪いが、キミにはここで眠ってもらうことにしよう」
永遠にね、と。楽しそうな声色のまま、力を込められていく。
「(初春、消さん…。…………どうして、私なんかがこんな目に)」
死を目の前に、ぬらりと私の中で負の感情が沸いてくるのを感じた。
そして私の内側から何かが這いずり回るような感触が支配してきた。
…なんだ、これは。
「ふむ…姿も変えられるのか。その姿は人間のようで、人間にはとても見えないねぇ。君の能力の一つかな?」
「っ、うっ…ヤめ…、ロッ」
骨が軋む音はするものの、不思議と痛みはない。
視界もいつもとは違い、異常な視界の広さに戸惑いながらそのまま地面に視線を落とせば、長く白い髪の毛が垂れ落ちていた。
見れば私の髪の毛だとわかるけれど、でもこんなの…私の髪の毛の色じゃない。
これは、もしかして消さんが言っていた深海棲艦の姿だろうか。
…そんなことを考えていると、急な眠気に襲われた。
なんだ、これ。
いきなり体や目が重くなり、訳もわからず私はそのまま眠りそうになっていた。
こんなところで眠っている場合じゃないのに。早く起きなきゃ。
そう思った時、私のずっと後ろにあるだろう部屋から建物ごと破壊される音が響き渡り、轟音と共に襲いかかった突風で男は姿勢を崩し、私から手を離した。
「!」
ラグドールさんを連れて、逃げなきゃ。
辛うじて覚醒した脳みそで今が逃げるチャンスだと考える事ができた私は今にも眠りそうな意識を叩き起こすため、左腕を右手で持ったまま、自分の左肩を強く殴った。
「ぁ、…っ、ぐ、ぅううう、っうぅううぅっ!!!」
痛みで思い切り唇を噛み、口の中が血の味で満たされていく。声もまるで獣が唸るような声しか出せなかった。
…でも、まだ私は生きてる。
この痛みは絶望でもあり、希望だ。
痛みを堪えてここから離脱することができて、生きることが出来るなら、腕の一本くらい切られても我慢できる。死ぬよりマシだ。
「ッ…水底に沈ムのはマだ…早インだよ、くそっタれ…!
“お前”は今は引っ込んでろ!!」
今眠るわけにはいかない。今眠ればきっと私か相手が動けなくなるまで戦ってしまうだろう。
獣のように低く唸るような声をあげ、無理やり立ち上がれば先ほどまで長く垂れていた白い髪の毛は一切見当たらなくなり、視界も元に戻った。
「っ、ぅ!ら、グドー…ル、っさん!」
男は地に伏していた私を相手にして片膝を立てている状態だった為か、体勢を少し崩したようだった。
私から二歩くらい離れる形で体勢を整えたので、この隙に、私はうつ伏せで転がっているラグドールさんの腹に右手を差し込んだ。
そしてそのまま左腕を持った状態で肩に担いで、音がした方向へ走り出した。
「かわいそうに。プロヒーローが早く救けにこないばかりに、卵がボロボロになってまで意識のないプロヒーローを救けるなんてね…健気すぎて涙が出そうだよ。
いいだろう。これはご褒美だ。君をヒーローの元へ
そう聞こえた時、後ろからドンッと勢いよく、まるでバネのように押し出される衝撃を受け、まだ壊れていない壁の部分に私は勢いよく突っ込んだ。
「っが、っあ″ぁ!?」
「ああすまない。普段から人のために使用する使い方なんてしていないからね。威力を間違えたみたいだ。」
にたにたとした声が遠くから聞こえる。
飛ばされて咄嗟に体の左側を壁に向けてラグドールさんがぶつからないように守ったため、ダイレクトに左腕をぶつけてしまう。
「っく、ぁ…っあぁ…っ」
「何だ!?………!?君は攫われた学生か!」
「艦ではないか!と、いうことはさっきの小さな零戦は艦のか!それに肩に担いでるのは…ラグドール!」
耳鳴りがやまない中、誰かに抱えられて、男の声が二つ、近くで聞こえた。
よれよれな視界で、声の方を見ると、虎さんと…私の大好きなヒーロー…ギャングオルカさんが、いた。
「おい虎。この学生他にも何か持ってる……ぞ」
オルカさんは、私が右手に持っている左腕を見て、絶句した。
「……やられたのか」
「…みたいだ。今すぐこの二人を病院に連れていかなければ。そうしなければ二人とも……」
「っ、し…て」
「何だ、艦」
ぱく、ぱく。
まるで金魚のように口を動かして、私は二人に腕のことを伝えた。
「びょ…いんで、腕を…どんな状態でも…ぜっ…、たいに……くっつけて…ほう…ご…、させて」
「ほうご?縫合か?」
「っ、そう…、ぜったい…に、…っ何か…あったら…いれい…ざーに………」
オルカさんは、私の切られた腕にネクタイを強めに巻き、止血をしながら「わかった」と力強く頷いた。
それから、私の視界はチカチカとして、耳鳴りもまだ止まずに、ダラリと力が尽きた。