⑤救助訓練レース〜林間合宿
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二十六隻目
林間合宿当日。
私は家に出る前、お父さんとお母さんに見送られていた。
お母さんはいつものように柔らかい声で私を見送ってくれて。
お父さんもいつものように私が泊りがけで出かけるのを渋りながら見送ってくれた。
「澪、忘れ物ない?」
「うん、大丈夫だよお母さん。」
「……合宿、頑張っておいで、澪…っ」
「お父さん、そこまで泣きそうにならなくても…」
まぁ、学校の行事だし仕方ないとちゃんとわかっているのか、上を向いて泣かないようにしていることがわかる。
泣かないだけまだマシかな、と思う。
「いってらっしゃい。」
「気を付けて行くんだよ。あ、相澤先生に伝言よろしくね」
「うん、わかったよ」
心配をして、大きな体で私を抱きしめ、本当に名残惜しそうに見送ってくれるお父さん。
本当に温かい人だ。私はそれに応えるように、抱きついた。
「そしたら、行ってきます!」
「寝る時はパパかママにメールするんだよ!」
「わ、わかった…メールするね」
学校へついてバスの前に行くと、飯田くんが仕切って席順に!と皆を誘導していた。
まぁ、そうはいったものの結局みんな好きなところに座ってぐちゃぐちゃなのだけれど。飯田くんちょっと悔しそう。
…なんて眺めてたら私が乗った頃には前の席しか空いておらず、とりあえず座って窓の外を見ていたら隣に誰か座る気配を感じた。
「あ、先生」
私の中では先生はあんまり生徒の隣に座らないイメージだったので意外そうに見れば消さんはこちらをチラリと見てきた。
「なんだ」
「え、や…こういうバスで先生が生徒の隣に座るイメージなかったから驚いただけです」
「そうか。」
…会話終了!
あれ、こんなやり取りを夏休み前に弟弟子ともやった気がするぞ?
そんな事を思っているとバスは出発した。
なんだろう。このモヤ…?…………ま、気のせいだろうし切り替えていこう、うん。
「「……………」」
………き、切り替わるはずなかった…。
そもそも切り替えるってなんだ。切り替える事ないしこういう沈黙なんか前までは普通にあった事だし…いつものことじゃないか。
それなのに、この間のこともあったからか何か話さなきゃ、みたいな意識が強いしそわそわと落ち着かない。
「一時間後に一回止まる。その後はしばらく…」
高速に入ってから皆に伝えるように喋り始めた消さんを盗み見るように見れば、後ろでチューブかけようぜ!とかポッキーちょうだい!と皆は言っているクラスの皆に若干のキレつつあるようだった。
あっこれは話しかけるのやめたほうがいいわ。
それにあんまりそわそわしてるとトイレに行きたいのかなって思われそうだし。もしかしたらうるさいって言われるかも。
…それは嫌かな!!
もう寝ちゃおうかなぁ、と思って窓に頭を預けた時、そういえば消さんに伝えなきゃならないことがあったことを思い出した。
この流れでとばっちり食らって怒られたらやだなぁ、と思いながら私は消さんに話しかけた。
「先生。そういえばお父さんが言ってたんですけど」
ぽそ、と後ろには聞こえない程度の声量で、顔は前を向いたまま、首を傾けて消さんに話しかければ消さんも私の方に顔を傾けてきてきた。
その時バスの揺れでコツンと軽く頭が当たり、耳に消さんの髪の毛が掠ったりしたのに驚いて「あ、」と思った瞬間、私よりも消さんの方が先に少し離れた。
「悪い」
「あ、いえ。こちらこそ。」
「それで、何だ」
「職場体験の時、泊まり先の変更許可をしていただきありがとうございますって言ってました」
「…ああ、なんだ、そうか」
わずかにホッとしたような消さんの表情を見るのはなんだか珍しい。
「先生って、お父さんの話題になるとちょっと警戒しますよね…」
「………」
安堵した様子に少し笑えば消さんの左手が伸びてきた。
いきなりのことに何だ何だとびっくりしすぎて目を瞑れば、鼻をギュッと摘まれた。
「んぎ」
「まぬけ」
「酷い…あ。あとまだもう一個あったんだ」
「?」
「なんかお父さんこの間のお祭り、送ってくれてたのたまたま見てたみたいで。すごい嬉しそうにお礼言ってました」
「嬉しそうに…?」
「多分私が大勢にしろ同い年の男の子と出かけてるってことを私が出かけた後に知って相当気を揉んでたみたいで。
それで帰りに先生が送ってくれてたの見て安心したみたいなんです」
「…そうか」
「…先生どうしたんですか?めちゃくちゃ顔渋いですけど、酔いました?」
「酔ってない。」
「?そですか」
何を思ってそんなに複雑そうな表情をしているのかはわからないけれど、多少なりとも話した自己中心モードなのかもしれない私は満足感を得たので、窓に寄りかかって眠った。
***
「おい、起きろ艦。重い」
「んぇ…?ん………ぁ、ごめんよだれ垂れてる」
「ふざけんな」
気持ちよく寝ていた私はどうやらいつの間にか消さんの肩に寄っかかっていた上に、ヨダレも垂らしてしまった。
申し訳ないと思いながら反省の気持ちは全く出ないのは消さんだからだろうか。
まぁ、申し訳ないという気持ちはあるのでハンカチでポンポン拭いといた。ごめんね。
起こされてから窓の外を見ると、何だまだ目的地に着いちゃいないじゃあないかと思い、消さんの顔を見てそういえばと思い出す。
「そういや一時間後に一度止まるっていってましたっけ。休憩ですか?」
「そんなとこだ。この後は暫く座りっぱなしだから外に出て体でも伸ばしてきなさい」
「ん…わかりま…ふぁあ…失礼…わかりました…」
バスから降りてぐぐ、と腕を上げて体を伸ばせば寝ぼけていた頭や体もシャキッとしてくる。
寝起きにこの外の空気は気持ちがいい。
「ん…?なんか変な場所…」
パーキングにしては建物が一切なく、人気もほとんどない。
なんだろう。果てしなく嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「つか何ここパーキングじゃなくね?」
「ねぇアレ?B組は?」
「お…おしっこ…トトトトイレは…」
クラスのみんなもこの場所の違和感に気付いたのか、困惑しているようだった。
後から降りてきた消さんを見れば、彼もこちらを見て軽く首を振ってから私の横を通り過ぎ、唯一あった一台の車の方に向かいながら次の言葉を言い放った。
「何の目的もなくでは意味が薄いからな」
あ………っと何かがあることを察した私はもう気が気ではなくなってしまったのは言うまでも無い。
今までの事を思い出すに、消さんは私たちに教えていない予定を組み込んでいる事だろう。
けれど私が今いる場所、その言葉を放ったのは師匠であり、通っている学校の先生であり、プロのヒーロー。
恐らくその予定は試練であり逃げ出すことは許されない…。時が来るのを待つしか無いだろう…。
「南無三だ…」
ポソ、と誰にも聞こえない声でようやっと出した言葉がこれとは…と思っていると消さんに挨拶をする声が聞こえてきた。
その声に「ご無沙汰してます」と言えばもう一つ声が増え、大きな声で自己紹介を始めたのだった。
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」
かわいい猫耳っぽい頭のユニットと派手なヒーロースーツに驚いていると説明が横から入ってきた。
「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」
「連名事務所を構える四名一チームのヒーロー集団!山岳救助等を得意とするベテランチームだよ!
キャリアは今年でもう十二年にもなる…「心は十八!!」へぶっ」
緑谷くんの丁寧すぎる質問に髪の明るいヒーローさんが口を押さえて「心は?」と緑谷くんに圧を掛けている。怖い。
「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」
「遠っ!!」
「え…?じゃあ何でこんな半端なとこに…………」
「いやいや…」
「バス…戻ろうか……。な?早く…」
ザワつく皆。
そういうことですか、相澤先生。
「今はAM9:30。早ければ十二時前後かしらん」
「ダメだ…おい…」
「戻ろう!
「バスに戻れ!!早く!!」
「十二時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」
「わるいね諸君」
ボゴ
「合宿はもう 始まってる」
盛り上がった土に押し出されて下に落ちていく私達。
フワリと内臓が浮いていくのがわかる。
ああ、無常…。なんて言葉が脳裏に浮かぶ。
おかしいな。宗教には属していないのに、偏った言葉しか出てこないや。
「私有地につき“個性”の使用は自由だよ!今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!
この…
“魔獣の森”を抜けて!!」
上から聞こえる声。
「ってて…うええ口の中ジャリジャリする…」
ぺっぺと土を吐き出しながらさっきの説明を思い出して、この森が魔獣の森だと判明する。
“魔獣の森”って何さ…と思っていれば視界の端でダッシュしていく峰田くんを捉える。
さっきトイレって言ってたしめちゃくちゃモジモジした走りしてるからそういうことだろう…と思って目を逸らそうとした時、彼の前に禍々しいモノがそこにはいるのを視界の端で捉え、身体が反応をする。
「深海棲艦…っ!?」
見た瞬間から、私の頭の中は『殺さなきゃ。』とその言葉でいっぱいになる。
どうしてここに。
瀬呂くんと上鳴くんの叫びが聞こえ、口田くんが個性を使い抑えようとする。
「効く訳がない…っ!」
アレは動物じゃないんだから…っ!
殺されてたまるか。沈んでたまるか。
アレは私が壊すべき深海棲艦 だ。
自分でも驚く速さで反射的に個性を発動して頭を狙い撃った。
当たる寸前、緑谷くん、爆豪くん、轟くん、飯田くんもクラスの誰よりも早く飛び出してソレの胴体を破壊した。
そして先へと進んでいった四人をチラリと見送ってから破壊したモノへと駆け寄り、土くれだったことに気付き、やや強張っていた体の力が抜ける。
「違った…」
何だ…深海棲艦じゃなかったんだ。……いや、何を残念がっているんだろう私は。
ここに深海棲艦がいることを望むだなんて私はまだ元いた場所を執拗に求めているのだろうか。
「…まぁ、一時的なホームシックって感じだろうと、そう思っておこう。」
それよりも早く向かわなきゃ。
ご飯抜きは嫌だからね…!
***
「やーーーっと来たにゃん。
とりあえずお昼は抜くまでもなかったねぇ」
日も随分傾いて空が橙色に染まる頃、私たちA組はやっと施設に着いた。
くたくたになった体と燃料切れで鳴り止まない私のお腹。ぐぅうううううう…と一度になる音が長くて恥ずかしいけれどそんなことも言ってられない。
「お、お腹減った…」
朝消さんの肩に付けてしまったヨダレとは違って止まることを知らない。
正直気が狂いそうである。
「何が『三時間』ですか…」
「腹へった…死ぬ」
「空腹で吐きそう……うう…目が回る…」
「悪いね。私たちならって意味アレ」
ですよね…!
森の中で「あれ、お腹的にもうお昼だけど皆まだ着けそうにないしあの三時間ってもしかして」って思いましたよ…!
砂糖くんが「実力差自慢の為か……やらしいな…」って言ってるのにとても頷きたかった。そんな気力も残ってないけれど。
「ねこねこねこ…でも正直もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。
いいよ君ら特に…そこ五人。
躊躇のなさは経験値によるものかしらん?」
動きからして保須事件に関わっていた三人と爆豪くんが注目されるのはなんとなくわかっていたけれど、まさか私が入ると思っていなかったので驚いている。
きっと最初の一体と遭遇した時の対処の仕方を見て私も含まれたんだろう。
「三年後が楽しみ!ツバつけとこーー!!!」
プップッとピクシーボブさんが適齢期的なアレで男子たちにツバを物理的につける様子を男じゃなくて良かったと思いながら眺め、消さんの指示に従って夕食を食べることにした。
「うっ………………まい…………………」
お腹が減りすぎてご飯が美味しすぎるし涙が出てきた。
切島くん達も似たような感じでハイになっているけれど私はもう限界を超えていたのか喋りもままならずに感極まって噛みしめるようにしか声が出ず、隣の轟くんに「醤油取ってくれ」と言われてもいつもより愛想よくやり取りすることが出来なかった。
「ドウゾ…」
「何でそんなガンギマリなんだよ澪は」
「瀬呂くん…食事は命を繋ぐ為の尊い行動なんだよ…」
「尊いって」
「ご飯おかわりしてくる…」
「何回おかわりしてるんだよ」
「これで三回目だよ」
なんてやりとりをしておかわりしに行くとピクシーボブさんがご飯をよそってくれた。
「お、三回目のおかわり?女子の中では一番食べてるね!見てたけどいい食べっぷりだしいいよいいよ!よく食べな!」
「ありがとうございます…!ご飯美味しいです!」
山盛りによそってもらったご飯を持って席に戻れば、そのテーブルの皆に「マジか」って顔をされた気がするけど、気にしないことにして食べた。
そしてその後のお風呂は静かに口元ギリギリまで浸かり、眠ってしまわないように気を付けた。
「…ちょっとのぼせたかなぁ…」
既に私が出て着替えてる時、浴場の方が騒がしかった気がするけれど、もう頭がぼーっとしてるわ眠いわで気にかけている暇がない。
髪も乾かして廊下に出てとぼとぼ歩いていれば、消さんが前を歩いてきた。
「せんせーだ…お風呂ですか?」
「艦か。いや。生徒が入浴した後に俺らが入るから違うよ。飲み物買いに来ただけだ。」
指をさす方を見れば右側に自販機があった。
なるほど。
「他の奴らは?」
「ん…まだ風呂です」
「…眠そうだな。子供みたいな顔になってるぞ」
「ええ…大人だもん…」
「寝ながら歩くなよ。またよだれ垂れてるし」
「はい…」
「ちゃんと水飲んで寝ろよ」
「母親…」
「は?」
「ごめんなさい何でもないですだから人殺しそうな顔してくるのやめてくださいちゃんと水飲んで寝ますからあっ小銭ない」
おっかない顔にやや覚醒した私は必死で取り繕ってポケットをゴソゴソとするも一銭も入ってない。
けれど戻ったら確実に寝てしまう事は目に見えてわかっていた。
…ここは適当にやりすごそう!
「………あっはは!そういえば私さっき水飲んだんでした!へへ!うっかりうっかり!それじゃあおやすみなさーい!」
「艦」
「ヘイ!」
ジ、と睨まれて数秒。
蛇に睨まれた気分だ。お風呂に入って発汗機能が良くなったからか汗が止まらない。
「…はぁ、待ってろ」
「え」
ため息を吐かれて待てば、消さんは自動販売機の方に行って自分の飲むであろう飲み物を選んだあと、もう一度ボタンを押してガゴン、と飲み物を買っていた。
「ほら。これやるから」
「えっ」
「俺が奢ったことあいつらには黙っとけよ」
贔屓だってうるさいからな、とボヤいた消さんから水を差し出されるも、驚いていつまでも受け取らない私。
それに気付いたからか消さんは私のおでこにボトルの底を当ててきてぐりぐりとしてきた。
前髪が擦れてザリザリと鳴ってるわでやりたい放題だ。ていうかひんやりしてて気持ちいいな。
「いらないか?」
「…いります。あと黙っときます」
「よろしい」
水を受け取り、私たちは途中別れるまで黙って廊下を歩いた。
朝のように、沈黙が落ち着かないなんて事はなく、この空間が心地よいとさえ思った。
そして部屋に戻り、敷いていた布団の上に座って、水を一口飲んで初めて私の体が喉を乾いていたことを知った。
「あー、水が体に沁みる…」
その後は携帯を開いてお父さんとお母さんに一斉送信でおやすみ、とメールを送り、その日はクラスの誰よりも先に床に就いたのだった。
林間合宿当日。
私は家に出る前、お父さんとお母さんに見送られていた。
お母さんはいつものように柔らかい声で私を見送ってくれて。
お父さんもいつものように私が泊りがけで出かけるのを渋りながら見送ってくれた。
「澪、忘れ物ない?」
「うん、大丈夫だよお母さん。」
「……合宿、頑張っておいで、澪…っ」
「お父さん、そこまで泣きそうにならなくても…」
まぁ、学校の行事だし仕方ないとちゃんとわかっているのか、上を向いて泣かないようにしていることがわかる。
泣かないだけまだマシかな、と思う。
「いってらっしゃい。」
「気を付けて行くんだよ。あ、相澤先生に伝言よろしくね」
「うん、わかったよ」
心配をして、大きな体で私を抱きしめ、本当に名残惜しそうに見送ってくれるお父さん。
本当に温かい人だ。私はそれに応えるように、抱きついた。
「そしたら、行ってきます!」
「寝る時はパパかママにメールするんだよ!」
「わ、わかった…メールするね」
学校へついてバスの前に行くと、飯田くんが仕切って席順に!と皆を誘導していた。
まぁ、そうはいったものの結局みんな好きなところに座ってぐちゃぐちゃなのだけれど。飯田くんちょっと悔しそう。
…なんて眺めてたら私が乗った頃には前の席しか空いておらず、とりあえず座って窓の外を見ていたら隣に誰か座る気配を感じた。
「あ、先生」
私の中では先生はあんまり生徒の隣に座らないイメージだったので意外そうに見れば消さんはこちらをチラリと見てきた。
「なんだ」
「え、や…こういうバスで先生が生徒の隣に座るイメージなかったから驚いただけです」
「そうか。」
…会話終了!
あれ、こんなやり取りを夏休み前に弟弟子ともやった気がするぞ?
そんな事を思っているとバスは出発した。
なんだろう。このモヤ…?…………ま、気のせいだろうし切り替えていこう、うん。
「「……………」」
………き、切り替わるはずなかった…。
そもそも切り替えるってなんだ。切り替える事ないしこういう沈黙なんか前までは普通にあった事だし…いつものことじゃないか。
それなのに、この間のこともあったからか何か話さなきゃ、みたいな意識が強いしそわそわと落ち着かない。
「一時間後に一回止まる。その後はしばらく…」
高速に入ってから皆に伝えるように喋り始めた消さんを盗み見るように見れば、後ろでチューブかけようぜ!とかポッキーちょうだい!と皆は言っているクラスの皆に若干のキレつつあるようだった。
あっこれは話しかけるのやめたほうがいいわ。
それにあんまりそわそわしてるとトイレに行きたいのかなって思われそうだし。もしかしたらうるさいって言われるかも。
…それは嫌かな!!
もう寝ちゃおうかなぁ、と思って窓に頭を預けた時、そういえば消さんに伝えなきゃならないことがあったことを思い出した。
この流れでとばっちり食らって怒られたらやだなぁ、と思いながら私は消さんに話しかけた。
「先生。そういえばお父さんが言ってたんですけど」
ぽそ、と後ろには聞こえない程度の声量で、顔は前を向いたまま、首を傾けて消さんに話しかければ消さんも私の方に顔を傾けてきてきた。
その時バスの揺れでコツンと軽く頭が当たり、耳に消さんの髪の毛が掠ったりしたのに驚いて「あ、」と思った瞬間、私よりも消さんの方が先に少し離れた。
「悪い」
「あ、いえ。こちらこそ。」
「それで、何だ」
「職場体験の時、泊まり先の変更許可をしていただきありがとうございますって言ってました」
「…ああ、なんだ、そうか」
わずかにホッとしたような消さんの表情を見るのはなんだか珍しい。
「先生って、お父さんの話題になるとちょっと警戒しますよね…」
「………」
安堵した様子に少し笑えば消さんの左手が伸びてきた。
いきなりのことに何だ何だとびっくりしすぎて目を瞑れば、鼻をギュッと摘まれた。
「んぎ」
「まぬけ」
「酷い…あ。あとまだもう一個あったんだ」
「?」
「なんかお父さんこの間のお祭り、送ってくれてたのたまたま見てたみたいで。すごい嬉しそうにお礼言ってました」
「嬉しそうに…?」
「多分私が大勢にしろ同い年の男の子と出かけてるってことを私が出かけた後に知って相当気を揉んでたみたいで。
それで帰りに先生が送ってくれてたの見て安心したみたいなんです」
「…そうか」
「…先生どうしたんですか?めちゃくちゃ顔渋いですけど、酔いました?」
「酔ってない。」
「?そですか」
何を思ってそんなに複雑そうな表情をしているのかはわからないけれど、多少なりとも話した自己中心モードなのかもしれない私は満足感を得たので、窓に寄りかかって眠った。
***
「おい、起きろ艦。重い」
「んぇ…?ん………ぁ、ごめんよだれ垂れてる」
「ふざけんな」
気持ちよく寝ていた私はどうやらいつの間にか消さんの肩に寄っかかっていた上に、ヨダレも垂らしてしまった。
申し訳ないと思いながら反省の気持ちは全く出ないのは消さんだからだろうか。
まぁ、申し訳ないという気持ちはあるのでハンカチでポンポン拭いといた。ごめんね。
起こされてから窓の外を見ると、何だまだ目的地に着いちゃいないじゃあないかと思い、消さんの顔を見てそういえばと思い出す。
「そういや一時間後に一度止まるっていってましたっけ。休憩ですか?」
「そんなとこだ。この後は暫く座りっぱなしだから外に出て体でも伸ばしてきなさい」
「ん…わかりま…ふぁあ…失礼…わかりました…」
バスから降りてぐぐ、と腕を上げて体を伸ばせば寝ぼけていた頭や体もシャキッとしてくる。
寝起きにこの外の空気は気持ちがいい。
「ん…?なんか変な場所…」
パーキングにしては建物が一切なく、人気もほとんどない。
なんだろう。果てしなく嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「つか何ここパーキングじゃなくね?」
「ねぇアレ?B組は?」
「お…おしっこ…トトトトイレは…」
クラスのみんなもこの場所の違和感に気付いたのか、困惑しているようだった。
後から降りてきた消さんを見れば、彼もこちらを見て軽く首を振ってから私の横を通り過ぎ、唯一あった一台の車の方に向かいながら次の言葉を言い放った。
「何の目的もなくでは意味が薄いからな」
あ………っと何かがあることを察した私はもう気が気ではなくなってしまったのは言うまでも無い。
今までの事を思い出すに、消さんは私たちに教えていない予定を組み込んでいる事だろう。
けれど私が今いる場所、その言葉を放ったのは師匠であり、通っている学校の先生であり、プロのヒーロー。
恐らくその予定は試練であり逃げ出すことは許されない…。時が来るのを待つしか無いだろう…。
「南無三だ…」
ポソ、と誰にも聞こえない声でようやっと出した言葉がこれとは…と思っていると消さんに挨拶をする声が聞こえてきた。
その声に「ご無沙汰してます」と言えばもう一つ声が増え、大きな声で自己紹介を始めたのだった。
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」
かわいい猫耳っぽい頭のユニットと派手なヒーロースーツに驚いていると説明が横から入ってきた。
「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」
「連名事務所を構える四名一チームのヒーロー集団!山岳救助等を得意とするベテランチームだよ!
キャリアは今年でもう十二年にもなる…「心は十八!!」へぶっ」
緑谷くんの丁寧すぎる質問に髪の明るいヒーローさんが口を押さえて「心は?」と緑谷くんに圧を掛けている。怖い。
「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」
「遠っ!!」
「え…?じゃあ何でこんな半端なとこに…………」
「いやいや…」
「バス…戻ろうか……。な?早く…」
ザワつく皆。
そういうことですか、相澤先生。
「今はAM9:30。早ければ十二時前後かしらん」
「ダメだ…おい…」
「戻ろう!
「バスに戻れ!!早く!!」
「十二時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」
「わるいね諸君」
ボゴ
「合宿はもう 始まってる」
盛り上がった土に押し出されて下に落ちていく私達。
フワリと内臓が浮いていくのがわかる。
ああ、無常…。なんて言葉が脳裏に浮かぶ。
おかしいな。宗教には属していないのに、偏った言葉しか出てこないや。
「私有地につき“個性”の使用は自由だよ!今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!
この…
“魔獣の森”を抜けて!!」
上から聞こえる声。
「ってて…うええ口の中ジャリジャリする…」
ぺっぺと土を吐き出しながらさっきの説明を思い出して、この森が魔獣の森だと判明する。
“魔獣の森”って何さ…と思っていれば視界の端でダッシュしていく峰田くんを捉える。
さっきトイレって言ってたしめちゃくちゃモジモジした走りしてるからそういうことだろう…と思って目を逸らそうとした時、彼の前に禍々しいモノがそこにはいるのを視界の端で捉え、身体が反応をする。
「深海棲艦…っ!?」
見た瞬間から、私の頭の中は『殺さなきゃ。』とその言葉でいっぱいになる。
どうしてここに。
瀬呂くんと上鳴くんの叫びが聞こえ、口田くんが個性を使い抑えようとする。
「効く訳がない…っ!」
アレは動物じゃないんだから…っ!
殺されてたまるか。沈んでたまるか。
アレは私が壊すべき
自分でも驚く速さで反射的に個性を発動して頭を狙い撃った。
当たる寸前、緑谷くん、爆豪くん、轟くん、飯田くんもクラスの誰よりも早く飛び出してソレの胴体を破壊した。
そして先へと進んでいった四人をチラリと見送ってから破壊したモノへと駆け寄り、土くれだったことに気付き、やや強張っていた体の力が抜ける。
「違った…」
何だ…深海棲艦じゃなかったんだ。……いや、何を残念がっているんだろう私は。
ここに深海棲艦がいることを望むだなんて私はまだ元いた場所を執拗に求めているのだろうか。
「…まぁ、一時的なホームシックって感じだろうと、そう思っておこう。」
それよりも早く向かわなきゃ。
ご飯抜きは嫌だからね…!
***
「やーーーっと来たにゃん。
とりあえずお昼は抜くまでもなかったねぇ」
日も随分傾いて空が橙色に染まる頃、私たちA組はやっと施設に着いた。
くたくたになった体と燃料切れで鳴り止まない私のお腹。ぐぅうううううう…と一度になる音が長くて恥ずかしいけれどそんなことも言ってられない。
「お、お腹減った…」
朝消さんの肩に付けてしまったヨダレとは違って止まることを知らない。
正直気が狂いそうである。
「何が『三時間』ですか…」
「腹へった…死ぬ」
「空腹で吐きそう……うう…目が回る…」
「悪いね。私たちならって意味アレ」
ですよね…!
森の中で「あれ、お腹的にもうお昼だけど皆まだ着けそうにないしあの三時間ってもしかして」って思いましたよ…!
砂糖くんが「実力差自慢の為か……やらしいな…」って言ってるのにとても頷きたかった。そんな気力も残ってないけれど。
「ねこねこねこ…でも正直もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。
いいよ君ら特に…そこ五人。
躊躇のなさは経験値によるものかしらん?」
動きからして保須事件に関わっていた三人と爆豪くんが注目されるのはなんとなくわかっていたけれど、まさか私が入ると思っていなかったので驚いている。
きっと最初の一体と遭遇した時の対処の仕方を見て私も含まれたんだろう。
「三年後が楽しみ!ツバつけとこーー!!!」
プップッとピクシーボブさんが適齢期的なアレで男子たちにツバを物理的につける様子を男じゃなくて良かったと思いながら眺め、消さんの指示に従って夕食を食べることにした。
「うっ………………まい…………………」
お腹が減りすぎてご飯が美味しすぎるし涙が出てきた。
切島くん達も似たような感じでハイになっているけれど私はもう限界を超えていたのか喋りもままならずに感極まって噛みしめるようにしか声が出ず、隣の轟くんに「醤油取ってくれ」と言われてもいつもより愛想よくやり取りすることが出来なかった。
「ドウゾ…」
「何でそんなガンギマリなんだよ澪は」
「瀬呂くん…食事は命を繋ぐ為の尊い行動なんだよ…」
「尊いって」
「ご飯おかわりしてくる…」
「何回おかわりしてるんだよ」
「これで三回目だよ」
なんてやりとりをしておかわりしに行くとピクシーボブさんがご飯をよそってくれた。
「お、三回目のおかわり?女子の中では一番食べてるね!見てたけどいい食べっぷりだしいいよいいよ!よく食べな!」
「ありがとうございます…!ご飯美味しいです!」
山盛りによそってもらったご飯を持って席に戻れば、そのテーブルの皆に「マジか」って顔をされた気がするけど、気にしないことにして食べた。
そしてその後のお風呂は静かに口元ギリギリまで浸かり、眠ってしまわないように気を付けた。
「…ちょっとのぼせたかなぁ…」
既に私が出て着替えてる時、浴場の方が騒がしかった気がするけれど、もう頭がぼーっとしてるわ眠いわで気にかけている暇がない。
髪も乾かして廊下に出てとぼとぼ歩いていれば、消さんが前を歩いてきた。
「せんせーだ…お風呂ですか?」
「艦か。いや。生徒が入浴した後に俺らが入るから違うよ。飲み物買いに来ただけだ。」
指をさす方を見れば右側に自販機があった。
なるほど。
「他の奴らは?」
「ん…まだ風呂です」
「…眠そうだな。子供みたいな顔になってるぞ」
「ええ…大人だもん…」
「寝ながら歩くなよ。またよだれ垂れてるし」
「はい…」
「ちゃんと水飲んで寝ろよ」
「母親…」
「は?」
「ごめんなさい何でもないですだから人殺しそうな顔してくるのやめてくださいちゃんと水飲んで寝ますからあっ小銭ない」
おっかない顔にやや覚醒した私は必死で取り繕ってポケットをゴソゴソとするも一銭も入ってない。
けれど戻ったら確実に寝てしまう事は目に見えてわかっていた。
…ここは適当にやりすごそう!
「………あっはは!そういえば私さっき水飲んだんでした!へへ!うっかりうっかり!それじゃあおやすみなさーい!」
「艦」
「ヘイ!」
ジ、と睨まれて数秒。
蛇に睨まれた気分だ。お風呂に入って発汗機能が良くなったからか汗が止まらない。
「…はぁ、待ってろ」
「え」
ため息を吐かれて待てば、消さんは自動販売機の方に行って自分の飲むであろう飲み物を選んだあと、もう一度ボタンを押してガゴン、と飲み物を買っていた。
「ほら。これやるから」
「えっ」
「俺が奢ったことあいつらには黙っとけよ」
贔屓だってうるさいからな、とボヤいた消さんから水を差し出されるも、驚いていつまでも受け取らない私。
それに気付いたからか消さんは私のおでこにボトルの底を当ててきてぐりぐりとしてきた。
前髪が擦れてザリザリと鳴ってるわでやりたい放題だ。ていうかひんやりしてて気持ちいいな。
「いらないか?」
「…いります。あと黙っときます」
「よろしい」
水を受け取り、私たちは途中別れるまで黙って廊下を歩いた。
朝のように、沈黙が落ち着かないなんて事はなく、この空間が心地よいとさえ思った。
そして部屋に戻り、敷いていた布団の上に座って、水を一口飲んで初めて私の体が喉を乾いていたことを知った。
「あー、水が体に沁みる…」
その後は携帯を開いてお父さんとお母さんに一斉送信でおやすみ、とメールを送り、その日はクラスの誰よりも先に床に就いたのだった。