⑤救助訓練レース〜林間合宿
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夏休み。
合宿までの期間、課題をしたり学校のプールに行ったりして、割と夏らしいことをした気がする。
これで花火でも見に行けたら夏を完全に満喫したなぁ、と思うのだけれど。
「冷房の効いた部屋から眺めたいわ…あっつ…もしくは海…ああ……海に行きたい…海…沈んでたい」
なんだってこっちはこんなにも暑いんだ。汗がもう一瞬で吹き出してすごいよ。
少しコンビニに用事があってでたけれど、出なければよかったと後悔したし、せめて出るにしても帽子を被ればよかったと心底思った。
ああ、海に行きたい。個性を使って海の中に一日中いたい。
「…最近異常なほど海に行きたい欲が強すぎでは」
今年に入ってから実は一度も海に行ってない。
まぁ、雄英に入ってから消さんとの朝の訓練もなくなったのと、代わりとでもいうようにめちゃくちゃ忙しくなったからだけど。
にしてもこの欲は何なんだろう。ムズムズするというか。
「呼ばれてるというか…変な感じ。」
そういえば私は転世してから消さんと出会った年の夏海にはあまり行かなかったにしても、自分の命日は、憑りつかれたようにふらふらと一人で行きたくも見たくもなかった海を見に行っていたことを思い出す。
今思い出してもあの無意識行事はキツイ。過去を思い出してはシクシクするという何とも悲しいイベントを消さんと出会うまではソロで開催していたのだから。
今はもうやっていない。消さんと出会ったその年の夏、消さんがいるからと彼頼みで一緒に海に行ってもらって、最後にしたからだ。
でもそれ以降は海に行っていない、という訳でもなかった。
命日を外して私と消さんは海に行って、私の個性の一部でもある海を滑走する能力を向上させる訓練をしていたのだ。
だから本当に海に行かなかったのは今年が初めて。雄英は本当に忙しかったからな。仕方ない。
「なんかやだなぁ。胸がざわつくや」
文句を言いながらシャカシャカと時折袋を鳴らし、家へ帰ろうと歩いていると後ろからあれ?という声が聞こえた。
「艦さん?」
「うん…?」
ゆっくりと振り返れば、ハツラツとした可愛い女の子がそこに立っていた。
私友達にこんな素敵な子いたっけ…?
「うっそ久しぶり!中学生っきりじゃない!?」
「ん…あー…中学の時以来だね」
マズい…名前も思い出せない。
正直にいうと、小学六年生から中学の間は消さんとの訓練と勉強で忙しかった記憶しか……ない…。
「ねえねえ、ここで会ったのも何かの縁だし久しぶりだし今度遊ぼうよ
この日にお祭りあるんだけど来れたりしない?同じクラスだった子も集まるよ!ね?」
ふーむ。どうするか。お祭りには行きたいものの、正直微妙なお誘いでもある。ほぼ知らない人とお祭りに行くのだから。
まぁ、でもお祭りなんて雄英に通ってる間は何回も行けるわけないので、ここらで一度行って納めておくのも手かもしれない。
…納めるのか?
「うーん…、じゃあ行こっかな」
「やったー!あっ男の子も来るんだけど、私とちょくちょく話してた人いるでしょう?
今ね、その人とちょっとイケるかもってなっててね?もしかしたら…」
「あ、うん大丈夫だし気にしないよ。その時は他の人と上手く楽しくやるから」
「ありがと~。助かるー!」
………本当に行ってよかったんだろうか?
まぁ、いいか。誰もいないよりは…一人で祭りに行くよりはマシだ。そう思いたい。
──当日。
てな訳で現在一人です!
思わせて欲しかったよね!?!?
ちょっと回収するの早すぎない!?
いや、もう笑ってやってよ!
まず私含めて七人集まったんですよ。
そしたら最初の友達と男の子がいなくなって五人になり、三人になり。
その二人もなんだか二人きりになりたそうにしていて。
もじもじ、もじもじ。
もじもじもじもじ………。
お、お前ら…!!!
結局私が「しばらく買い物して色々食べて来るから二人だけで色々回って来なよ。そして花火も見ておいで」って背中押してバイバイしました。
何でさ!男!そこお前頑張れよ!!!
最後の二人はまぁ遠慮しててこっちに対してギリギリ優しかったかな…?って思いたかったけれど、あれは単にウブなだけだったし。
まぁーいいんだけどね!子供ってなんであんな純情で可愛い生き物なのかしら!悲しくなんかないさ!くそ!
「…一人で来るよりキツかった……めっちゃ後悔」
まーいいんだけど!大人だったらこのままビール飲みに行ってるよ!!!もう!
「…お腹すいた」
喋ってばかりで全然ご飯系食べなかったからな。花火まで時間あるからたくさん食べよ。
というかやっぱり私は彼女達のことを思い出せなかった。
…これはもしや思い出せなかった罰では。
***
「ふう、食べた食べた。」
私はお店で食べ物を買っている間になんだかんだテンションが上がり、たこ焼きやら何やらを買いまくって随分お腹いっぱいにしてしまった。
おかげさまで買いすぎて焼きそばやイカ焼きなどが余ってしまった。
でもそこで私はラムネとりんご飴をさらに購入をした。
「甘いものは別腹ってね。」
まぁ、余った食事は明日とかに食べればいいや、なんてラムネを飲みながら人気のない神社の敷地内にある椅子に座って花火を見ることにした。
ふぅ、と座って一口ラムネを飲んで癒せばざわざわと、私の頭上で柳が揺れているのに気付き、改めてここが薄暗い場所であることを思い出した。
「えっ…あっ………こっわ」
神社ってこんな恐かったっけ?え…お化けでたりしないよね?私ちょっとそういうの無理なんですが?え?
でも…まぁ…人が多いところよりはゆっくりまったりできるからいいか…。
「………い、や…、でも…ちょっと…」
そろりと立ち上がって移動しようかな、と思った瞬間。茂みからぬぅっと黒い何かが現れた。
ヒュ、と肝が冷えていく。
「あああっ!?!」
「!誰だっ!!」
本当にお化けが出てきたかと思って大きい声で驚いていると、出てきたのはなんと消さんだった。
消さんはいつもの気だるげな眼が少し開いて目を丸くさせている。
「澪?」
「しょ、しょう、さん」
「あ、ああ…大丈夫か?」
ドキドキと激しく脈打つ胸を押さえながら消さんだとわかると、少しずつ落ち着いてきて、ちょっと腹が立ってきた。
「こ、わかったんだから……!?」
いつもの調子で喋ったつもりだったけれど、存外私の声は弱々しく、思った以上にダメージを受けていたようだった。
別に泣いてないし、涙声とかじゃない。…決して。
というか草陰からでてくるのもそうだしいつもの格好がもう真っ黒で夜に溶け込んでるから余計にビビったわバカ!
「悪かったな」
素直に謝られた。や、そ、そんな顔させたい訳では。
…そんな顔?そんな顔ってなにさ?いや…割と本気で心配そうな顔なんだけれど…あんまり表情変わんないけれど…多分これは本気の心配顔だ…。
「ううん……。私もビビりすぎた…ごめん。もう平気」
「…そうか。ところで艦、お前今一人か?」
「え?う、うん。あ、一人だから名前で呼んで大丈夫だよ。」
というかさっき名前で呼んでたでしょ、と言いながら近くのベンチに座ってポンポンと隣を叩くと大人しく消さんは座ってくれた。
あ、素直に座ったの珍しい。明日は槍かな、なんて思ってたら思考がバレてるらしくて「何余計な事考えてるんだ」って頭を鷲掴みされて痛かった。
あの!
ミシミシ言ってるから!
ねぇ!
さっきのなんか漂ってた優しげな空気はないの!?
「…今日はクラスの連中と一緒じゃないのか?」
「いててて…ううん、中学の時の友達だと思う人に誘われて、七人で行ってたんだけど、私以外の六人がいい感じになっていきまして」
「置いてけぼり食らったのか」
全くもってその通りだし心が痛いね!!
ちょっと…、口元悪い笑みになってますよ消さん。普段そんなに笑わないくせになんでこういう時ばっかりそんな楽しそうなの。暗がりだから贔屓目なしに普通に怖いし。
ほんとこの人は私がこんな目にあっても何一つ慰めてくれないんだから。
「まぁでも、あんまりこういう所で一人になるのは感心しないぞ。敵連合のこともあるしな。」
「む…それは軽率でした。ごめんなさい」
「俺は今日下の祭り会場の見回り依頼でいるから、終わり次第お前を送るから今から本部行くぞ。それともここにいなきゃならない理由あったりするか?」
「あー…実はここで花火見ようかなって。雄英高校に通ってる間に花火なんてそう何回も見に行けないしさ。だめかな」
「ダメってことはないが…」
めちゃめちゃ渋い顔されてる。…あ、そっか。
「ごめん。私一人にするわけにもいかないけど見回りだもんね。行くよ」
「……いいよ。」
「へ?」
「そろそろ俺も休憩だしな。今日は特に変な動きも見られなかったし。お前といるよ」
「は…あの消さんが…ヒーロー業をちょっと横に置いて私のわがままを聞いてくれた…!?」
「そこの柳に吊るされたいか」
「完全に怖い絵面…通報されちゃう…」
ごめんなさい…と嘘泣きをしてやればとってもうざったそうな顔をされた。酷いね、このおじさん。
ラムネを横に置き、かさかさとりんご飴の袋を取って飴の平べったいところを舐め始めると、やけにこの空間が静かだな、と改めて感じた。
「あ、消さんお腹減ってる?いつもの調子&祭のテンションで買ってたら余しちゃったからよかったら食べて!」
「いいのか?」
「いいよ。抹消ヒーローさんお疲れさまです」
「どうも。んじゃあ遠慮なく」
…固形物を食べている消さんを久しぶりに見たかもしれない。
もぐもぐとしてるところをじっと見てたら「食べにくいからあんま見んな」って言われた。ごめん。
そして私のラムネ飲まれた。いや、いいけどさ…。でもイカ焼きとめちゃくちゃ合わないなって言われた。…怒っていいよね?
「心操とはどうだ。」
「ん?心操くんと…?ああ、特に衝突なく爽やかに特訓の青春を送ってるよ」
「なんだそれ」
うまくやってるってこと、と言ったらそうかって返事が返ってきたので私はそのまま心操くんの話を続けさせてもらうことにした。
「心操くん凄いね。一番最初に対人訓練した時から捕縛布の扱いがとっても上手になってて驚いた。
あんな短期間で上手くなるってどういうことさ。消さんどれだけスパルタ教育してるの」
「お前の方がしてるだろ。聞いてるぞお前の対人訓練の時の話」
「え?うーん…でも、心操くん頑張ってるし自分に厳しいから甘くすると逆にヘコみそうというか。
だから心操くんには最大の敬意を払いつつ負けないように…全力で勝ちにいってるだけで…。
まぁ…ついやりすぎるところは認めます」
「…わからんでもない」
ほらぁ…やっぱそうなんじゃん…?
消さんって私ほどわかりやすいって訳でもないけれど基本構いたがりだよね。抑えてるけれど。
でも心操くんみたいな全力で頑張りたいって思ってる子には…ついつい抑えが利かなくなっちゃうよね。
まぁ、私の方はもうちょっと他人のことを考えるよりも先に自分のことで頑張れって感じに思われてそうだけれど…。
「あとさぁ、個性把握テストの時や体育祭の時もチラッと言ってたけれど、雄英の入試の実技試験ってやっぱり心操くんや消さんみたいな個性の人は難しいよなぁって対人訓練やってて心底思いました」
「そうだな」
「でもどうしたら合理的に、その辺も平等にしてテストできるのかもいい案がでないしさぁ」
「お前は雄英の校長にでもなる気か」
「ならないよ。でも、つい考えちゃったの。」
難しいねえ、と呟いて私はりんご飴を食べるのを再開させた。
薄くコーティングされた飴に噛り付けば、それは簡単に割れて林檎も食べることが出来る。
シャクシャクと砂糖とは違う甘さに堪能しつつあると、今度は消さんがこちらジッと見てきた。
「ん?」
「本当に美味そうに食べるな」
「ん…美味しいよ。一口いる?」
「いらない」
「ですよね」
「そういえばお前、浴衣なんだな」
「え?あ、う…うん。折角だから着ていきなさいってお母さんが」
食べかけのりんご飴を持ったまま立って消さんに見せるように、冗談めかしてどう?似合う?なんて言ってみると消さんはこちらを見たまま黙っていた。
どうせアホな弟子がまたアホなことを言っているって思ってるんだろうな。
「似合ってる」
「ほらね、そういうと思った。だって消さんが素直に似合うなんて……!?」
え……に…、似合って…る?
今…誰が言ったの?…え………この人が!?
「………やっぱ明日本当に槍でも降るのでは?」
「何だって?」
「いひゃ、いひゃいいひゃい!」
思いっきり引っ張られていた頬を勢いよく離されて割と痛いしふんって言われてちょっと傷ついた。酷い。
「もう飴食って黙ってろ」
「言われなくても食べるけど痛いよ…」
頬をさすって痛みが引いてから再び消さんの隣に座ってまたりんご飴を食べ始める。
花火まだかなぁと上を向いていると、澪、と消さんに呼ばれた。
噛んで食べるのをやめ、なかなか溶けない飴の多い部分を舐めていた飴を楽しみながら呼ばれた方を見ると、案外距離が近かったことに気付いた。
消さんは私の方を見ておらず、空をぼんやりと見つめている。
「さっき言ったことは、本当だからな」
…私は呼んだわりには次の言葉を発しようとしない消さんに「呼んだだけ?」と聞こうとしていた。
半開きになった口と、発しようとした言葉をしまい込んだせいか、ほんの少し空気を飲み込んでしまった。
「…ドライアイの俺より瞬き多くないか」
「……きのせいだしあんまこっち見ないで」
何だ。この人は。
何なのだ。
訳が分からない。何なの今日の消さんは。素直すぎる。
そして今日一番に訳が分からないのは私だ。どうして赤面してしまっているの。
本当にわからない。
暗がりでよかった。本当に。いくら瞬きが多いのがわかろうが、赤面しているのまではわからないだろう。
…今のこの時間はほんの数秒な筈なのに、ゆっくりに感じる。
やけに耳につく祭囃子と楽しそうな声。
酷い。耳まで熱い。
ああ、これで花火なんか始まってそれから一度でも顔を見られた場合死ぬ。
本当に死ぬわけじゃないけれど、恥ずかしがってるのがバレて更に恥ずか……
ドォンと一発、無慈悲に、大きい花が空に打ち上げられ、空と私たちを明るくさせた。
「おい、花火始まったぞ。ほ………」
「………」
ほら、と消さんは言おうとしたんだろうね。
でもごめん、消さん。今のこの状況で見られてしまったので花火どころじゃないです。
「……みないでっていったのに」
もう、いいよ。どうにでもなってしまえ。
食べきれてないりんご飴をごまかすようにバクバクと食べてから、私はまだ冷めることをしらない頬を抑えて花火を堪能する。
くそう、いつもは耳が出ていても気にしないのに。今日ほど隠したいと思った日はないよ。
…ていうか消さんの視線が外れる気配が全くしないのはなぜ。
「………あの、消さん。出来ればこちらを見ずに消さんも花火を堪能してほしいと思うのですが」
「……あ、あぁ。見すぎた。悪かったな」
「ええ、見すぎです。そして今見たものは忘れて」
「…」
「返事」
結局消さんが返事をしたのか、わからなかった。
全部、花火の音でかき消されてしまったからだ。
「……花火すごかったな」
「…うん」
「…本部行くか」
「…」
「澪?」
「……あの」
「何だ?」
「とっても情けない話していいですか」
「……どうぞ」
「さっきの出来事をまた掘り返すのは嫌なんだけどさ。さっきのことがあまりにもだったらしくて上手く足に力が入らない」
「…嘘だろ?」
「残念なことに嘘じゃない。立てない」
訳のわからない謎の出来事が連続したせいでこんなになってしまうなんて。
情けなさ過ぎてちょっと泣きそう。これはヒーロー科の人間としてどうなのか、と考えてしまう。
ましてや中身は目の前の男よりも年を重ねているんだぞ。もうちょっと余裕持てないものなのか私。
まぁ無理です!!!
「…手を貸せば立てそうか?」
「多分無理です。ごめんホント…おんぶでお願いします」
「浴衣におんぶって。お前それいいのか女として」
「だって他に何があるのさ…。私この格好で流石に俵担ぎされるのは嫌だよ」
「お前自分が今それと似たような提案をしていることに気付け」
昔、燃料を使い切って疲れて立てなくなった時に何度かされた俵担ぎ。
それはまだ小中学生の時でズボンを履いていたから大丈夫だったけれど、浴衣でそれをやられるのはちょっと恥ずかしい。
消さんは大きなため息を吐いて、持っている無線に何かを言うと、無線をしまって私の前に片膝立ちになった。
多分この人心の中で「メンタルが弱すぎる」って思ってるだろうな。いや、三、四年くらいの付き合いがあるんだから私がメンタルが弱すぎる訳ではないことぐらい知ってるでしょ。
よくわかんないけどこれが異常だってことを察してよ!こないだの消さんじゃないけどさぁ!
「……えと?」
…ところで、これは何の体制なんだろうか。
「……察しの悪いお前を察した俺の気持ちを考えたことがあるか?」
「いいえ全く」
「優しくしたらこれだ。ホントお前あとで覚えておけよ。とりあえず腿の上に座って首に抱き着きなさい」
「え?」
「乗 れ」
「はい!!」
力が入らないので少しずつ進んで消さんの腿の上に乗って首に抱き着くと「なるべくしっかり抱き着け」と言われたので言われた通り抱き着いた。
まるで介護だ。泣きそう。でもまって?何だろうこの体制。これ私されたことないけど、テレビ番組とかで見たことある女の子が憧れる持たれ方では…?
「持ち上げるからな。暴れるなよ」
「えっちょっと待って消さん。これもしかして」
「もう遅い」
「いやだぁああああ」
恥ずかしい!でも消さんのことだから暴れたら容赦なく落とされる!腰を打つのは避けたい!
「ぐぅううっ…!消さんホント最低!」
「今更何言ってるんだ。」
「覚えてろよぉ!」
「それはこっちのセリフだ。この状態で祭会場の本部に向かわないだけマシだと思えよ」
「えっ…マジ?」
「マジ。お前を家まで送る。こっから家まで近いだろ」
「そう、だけど」
思わず酷い口調で消さんに聞いてしまった。でもそれほどの驚くべきことが今起きているのだ。
ヒーロー活動邪魔してるんじゃないよ、私。
「…その、ホントに迷惑かけてごめんなさい」
「そう思うなら、今後も心操との訓練に励んでくれ。まだ負けてないんだろ」
もう二度と消さんには足向けて寝られない。…原因を突き詰めていけば消さんかもしれないけれど。
でもこういう馬鹿みたいなことで消さんのヒーロー活動を邪魔するのは嫌だった。
「う、ん。…頑張ります」
ぎゅ、と力を込めて抱き着いてふと空を見れば、人気のない場所だからか、星がよく見えることに気付いた。
それらはキラキラと静かに輝きを放っていて、まるで海が光を反射した時のような輝きだった。
「星の…海」
「うん?」
「今日は星がよく見えて、海みたいだなって」
「そうか」
「……今年さぁ、まだ海行ってないの」
のんびりとした声で言えば、「行っても俺がいないから個性は使えないぞ」といわれた。ちぇ。
「わかってまーす。でもすごく行きたいし呼ばれてるって気持ちが止まないんだよね。ちょっとホラーかなってなってて怖い。
何か前みたいに意識引っ張られるって感じでもないし。」
「…プールじゃダメなのか」
「うーん。今年は学校のプール使ったし、潜水ができるタイプの深いプールも入ったけど変わらなかった」
こんな話に何の意味があるんだろう。でも空を見てから湧き上がるこの思いは止まらない。おかしいな、海でもないのに。
「なんかさ、漠然とした不安がね。…やけに波の音が耳について煩い気が…」
ハッ、と不自然な光を見つけ、空を見上げれば先ほどからあっただろうか。夜の海に光の穴がそこには存在していた。
その光はこことは違う世界に繋がっている穴のように見える。
「…月。」
じ、と満月が厳然とした冷ややかな光を放ち、まるで私を見ているようだった。おかしいな。私はいつからかぐや姫になったのだろうか。
けれど、あのおとぎ話とは違ってあの月はとてもじゃないが歓迎しているようには見えなかった。
そしてだんだんと祭で高揚していた気分が落ち着いてくる。どちらかと言えば酒を飲んだ時に肝が冷えることが起きて酔いが醒めるような感覚だ。
どうしてそれらがわかるのかは、わからない。けれど、アレからは敵意…いや、違う。行き過ぎた正義の悪を感じた。
そう思った途端、厳然とした印象だったあの光は、ギラギラした下品な光のように見えて嫌悪感が生まれる。
「嫌な光…」
「…澪、大丈夫か?」
ボソリと呟けば、消さんは普段と違った私の様子に少し心配した様子だった。
けれど、私はその声をまともに聞いていなかった。
そして耳の奥でホワイトノイズが小さく走り、昔した初春との会話を思い出す。
『月というのは不思議じゃのう』
『ん?』
『アレはわらわ達からしたら太陽と違ってなくても問題はないのに、実際になければ潮汐も起こることはなくなり、この星の自転スピードは速くなるという厄介なものじゃ』
『ちょうせき…?ああ、潮の満ち引きか。というか、どうしたの急に』
『ふふ、ありがたみの分かっておらぬ人間からしたら月を不要に思っていても、切っても切り離すことのできない存在じゃ。わらわ達もそのような関係でもあると思わぬか?』
『はぁ…』
『そしてアレは穢れを嫌う割に、死の象徴でもある。じゃからかのう?人の子はアレを見つめているうちに魅了され、狂う』
『あぁ…でもさぁ、月見酒は美味しいよ。』
『貴様は酒ばかりじゃのう。』
『ふふ。美味しいから仕方ないさ。せいぜい私たちも狂わないように叢雲に月を隠してもらおうか』
『…ふむ、月に叢雲花に風、じゃな』
『そーそー。怒られるかな』
『どうかのう。』
…一連の会話を思い出し、一気にあの月が私に語り掛けているように思えた。
『お前はこの世界にとって
「……早く来いってか」
じろりと空高い所から見下ろすあの月を睨み付けた。
逝ってたまるか。私はこの命を与えられた。この命はあの子たち艦娘の祈りの象徴なのだ。
決して私はこの命を簡単に落としてはいけない。
けれど、あの月は私に
それなら。
「…消さん」
「ん」
「私さぁ、あの月にも誓おうと思うんだよね。」
のんびりとした口調でいうものの、消さんは少し緊張しているのか、私を持つ腕が少し強張ったように思えた。
どうにも、私の様子が変だということがバレているらしい。
「…何を」
「私は消さんと海に行ったあの日、暁に…太陽にはこの力を使って他人を救けるって誓った。」
「そうだな」
「だからさぁ。あの月にはね、自分勝手に誓おうと思うんだよ」
天寿を全うしてやるって。
「今度は簡単に、死なないんだから」
「……そうか」
「…うん。だからさぁ、消さん」
「何だ」
「消さんには私が死なないように、必死こいて生きて帰る、私の帰る場所になってほしい」
ぎゅ、と首に抱き着いてまるで懇願をするかのように私は消さんの肩に顔を埋めて、彼にお願いをした。
消さんは今まで止めなかった歩みを止め、黙ったまま立っていた。
「…消さん?」
「……お前は死なないさ」
「…そうかな。誓ったものの、自信はないからさぁ」
「いつになく弱気だな、この馬鹿弟子は」
「ひっど」
背中に回している手を消さんは器用に私の体をポンポンと叩いてくれた。
まるで子をあやす親のようだ。
それはそれでなんだか複雑な気持ちだったけれど、不覚にもこのポンポンは私に絶大な効果を与えてくれたようで、とても安心することが出来た。
「…お前の帰る場所は俺じゃなくてもいいだろ。もうお前の帰る場所は前世の、初春さんの所だけじゃないってわかってる筈だ。
お前の両親である泰豊さんや滑美さん、職業体験の時に行った艦家の親族方。…あと、A組の連中」
確かにと思った。私はこちらに生まれて個性が発現してからしがらみに囚われ続けていたけれど、それを丁寧に、少しずつほどいて行くことで私の中で帰るべき場所を増やすことが出来た。
けれど、それができた大本は消さんとの出会いがあったからで。
「消さんは馬鹿だよ」
「は?」
「ホンット馬鹿。大人なのに、馬鹿だよ」
「あのなぁ、落とすぞ」
「ふふ、ごめん。でも消さんがいなきゃ、私は始まらなかった。だからさっきは帰る場所になってほしいっていったけれど、撤回するよ。
もう消さんは私の帰る場所だからよろしくってね」
月に反抗声明してから惹きつけられる感覚はなくなっていた。
もう一度空を見上げれば、夜の海にぽっかりと開けていた光の穴は叢雲によって隠され、邪魔をされているようにも見えた。
それを見た私はさっきと比べて随分と軽い気持ちになっていたし、消さんに軽口と背中をポンポンと叩けるくらいにはなっていた。
「……厄介な」
「え?厄介?え?」
「うるさい。何でもない。もう家に着くし、随分時間も経ってるし立つくらいできるだろ。降りろ」
「ん?あ、はい」
降りれば三メートル先に家の門があった。本当にあの会場から家近いなと実感する。
「消さんありがとう。ホント仕事邪魔してごめんなさい」
「いいからさっさと家に入れ。じゃあ合宿でな」
「はい。じゃあまた。さようなら、相澤センセ。」
「嫌味か」
「はい???」
「何でもねえ」
謎のやり取り後、消さんと別れてただいまの掛け声と共に家に上がり、お風呂に入って私はすぐにベッドに入る。
今日はなんだか疲れたな。
「そういやぁ…消さんの体、大きかったなぁ。」
肩幅すごかった。身長あるとやっぱ体もがっしりするよね。パッと見ひょろひょろだけど。
「……んはっ!?」
そこで私は気付く。
多分私消さんと今までにないくらい密着してたことに。
……なにそれ。
何考えてるんだ、私。
「寝よっっっ!!!!!」
それはもうぐっすりと眠れた。