⑤救助訓練レース〜林間合宿
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登校日。
眠い目をこすりながら教室に入れば皆はワイワイと職場体験の話をしていた。
有意義だった人、楽しかった人、上手くいかなかった人。
…そして事件に巻き込まれた人。それぞれがそれぞれの一週間を過ごしたようだった
「あ、おはよう梅雨ちゃん。一昨日はいきなり一緒に帰れなくなっちゃってごめんね。」
「いいのよ、気にしないで」
「ありがと」
へへ、と笑っていると上鳴くんがでもさぁ、とこの体験期間の三日目に起きた事件の話をしていた。
緑谷くんから着た謎の位置情報メールもやっぱり事件当時の救援要請だったみたいで、協力できないのがなんとも悔やまれたけれど、無事だったようで本当に良かった。
飯田くんがさぁ授業だ、という掛け声とともに皆は各自席に座った。
「ハイ私が来た!ってな感じでやっていくわけだけどもねハイ、ヒーロー基礎学ね!久し振りだ少年少女!元気か!?」
今回は遊び要素を含めての救助訓練レースらしく、運動場γへ来ていた。
説明によればこの複雑に入り組んだ細道の多い密集工業地帯。
五人三組と、六人一組で編成して一組ずつ訓練を行い、どこかで救難信号を出したオールマイト元へ誰が一番最初に助けに行くかの競争。
「もちろん建物の被害は最小限にな!」
かくして始まった救助訓練レース!
私のところの組み合わせは切島くん、八百万さん、透、青山くん、障子くんだった。
うーん、正直私の個性はこういう狭いところは向いていない。なので先に緑谷くんたちを見習い、上に登ってから被害と燃料のことを考えて重巡に換装して後ろへ砲撃し、機動力をつけて私は飛ぶようにした。
ごちゃごちゃした街中で最小限の被害を出さないようくるくると手動ハンドルを回して副砲の砲身射角を変え、空砲を撃ち飛んでいく。
これはセルキーさんのところで訓練をしていた時にわかった代物で、副砲だけでも自動から細かく直接手で変えられないかと実際の軍艦に取り付けられていたハンドルを思い描いて使用可能にしたものだ。
もしかしたら、この個性には艦娘の枠を超えた機能がまだあるのかもしれない。
「うん。艤装の調子もいいね!」
ホント、大ごとになる前にお婆ちゃんと話できて良かった。
大丈夫、と今の自分を認めて共存をすることに決めた私はまだこの引っ張られる感覚が怖いけれど、徐々に慣れていけそうだと思った。
「本当は陸でもお母さんみたく滑走ができればいいんだけどっ、な!」
ボヤいても仕方がない。
先発させた艦載機の案内により最善ルートを選ぶことができ、このまま一位も…と思った矢先だった。
「澪さん、流石ですわね!」
八百万さんの声にちらりと後ろを見れば、とんでもない光景が映っていた。
「うっそぉ!?八百万さんなんで私の艦載機使って飛んできてるのさぁ!!?」
私の艦載機よりもちょっと大きいし数多いね!?一人の人間を十分輸送できる大きさだよ!っていうかそれで来てる!
ちゃんと紐と板くくりつけて立ち乗りブランコみたいにして来てるよ!!
「私のは無人艦載機ですわ!」
「さすがクリエティ…っ!」
すごいぜクリエティ!いかすぜクリエティ!私もそれやりたかったよ!
「でもうちのは生憎そこまで大きくなくてできないんだよなぁ…!」
このまんまじゃあダメだ。追いつかれる。
それに八百万さんが後ろから追いついてくる中、障子くんもすごい跳躍力で追いついてきてる。
くそ、ちょっとこれ急いだ方がいいよね。
「ちょっと乱暴だけど…戦艦換装!」
空中で戦艦になり、急に変わった重さによりさっきよりも早く地面へと向かうけれど、落ち着いて対象物に撃って飛んでいく。
「駆逐艦換装!!!」
装備が軽くなり、一気に加速して風を切っていく。
私を見ている人はカッコいい!と思っているのかもしれないけれどやってる本人の内心は恐怖だった。
こないだ初めてやった時は無我夢中だったけど、今考えると艤装の重みも変わるし感覚の切り替えが難しい!
これ海ならまだしも、落ちたらコンクリだし死ぬよ…!!
「個性使用中の傷だから死なない、けどぉ!」
それでもなんとか私は目的の建物へ着地し、みんなを振り切って一位をとった。…すっ転んで膝すりむいたけど。
でももう一度言おう!一位とった!
「艦少女おめでとう!一位はこのタスキをかけてね」
「ありがとうございます!」
「嬉しそうだね」
「はい、最近イイトコ無しだったので…!」
イイトコ無しという言葉にオールマイトは笑ってるけど多分苦笑いをこぼしてる。
でも、この助けてくれてありがとうタスキは嬉しいなぁ、と私の顔は緩んでニコニコしてしまった。
*
授業も終わり、各々更衣室で着替えたり、制汗剤をつけるなどをしていた。
私もコスチュームを脱いで、汗を拭きながら隣にいた八百万さんに話しかけた。
「今日のレース、八百万さんがまさか私の艦載機を作って追いかけてくると思ってなかったよ。本気で驚いた」
「何度か澪さんが使っているところを見ていまして…私もと思い、勉強しましたの。いかがでした?」
「うん、本当にすごかった。しかも応用してサイズまで変えて大量に出してさ。八百万さんの個性って使いすぎるとデメリットみたいなのって、何かあるんじゃないの?」
「うーん、どちらかといえばわたくしも澪さんと似たようなもので、食事量によって創造できる量が変わりますの」
へぇ、八百万さんも私と同じくたくさん食べるって、意外だ。
じゃあこの後お昼一緒に食べに行こうよ、と着替えながら八百万さんとお喋りをしていると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「八百万のヤオヨロッパイ!!艦の腋!!芦戸の腰つき!!葉隠れの浮かぶ下着!!麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱァアアア!!!」
………………峰田くん。
ロッカーの陰にあった穴から覗いていたであろう峰田くんは響香のイヤホンジャックにより目潰しされているようで、断末魔が聞こえてきた。
「何て卑劣…!!すぐにふさいでしまいましょう!!」
こうして、女子更衣室からその穴は塞がれ、永遠に男子からこの神聖なる更衣室を覗かれることはなくなったのであった。
ちゃん、ちゃん。
そしてそのあとのお昼で八百万さんと一緒にご飯を食べたタイミングで「わたくしのこともぜひ八百万さんではなく、もう少しフランクに呼んでくださいまし!」と言われ「じゃあ…百?」といえばとてもいい笑顔で「はい!」とお返事された。
………なんだろな。
百はとてもしっかり者に見えるけれど、こういうところでギャップがあって…なんかこう…心にグッとくるものがあるね…!
***
「えー…そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが三十日間一か月前休める道理はない」
「まさか…!」
「夏休み林間合宿やるぞ」
わぁっと盛り上がる声に私もソワソワとしてしまう。
前世では合宿はあったもののこんな雰囲気でもなかったし、今世ではA組の子達と特に仲良くさせてもらってるのでとてもワクワクしてる。
皆は思い思いに合宿の定番らしきものを次々と上げていく。飯田くんのいうカレーにはとても賛成したいけれど三奈の肝試しの提案はよして欲しい。私は幽霊が苦手だ。
「ただし」
「その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は…学校で補習地獄だ」
「「みんな頑張ろーぜ!!」」
おそらく勉強が苦手であろう二人が後ろを向いて発破かけた。
うーん、期末だし、私もぼちぼち勉強して頑張んなきゃな。
というか、いつの時代になってもテストは変わらずあるのね。
私びっくり。
*
─……放課後。私はここ最近教室で一人残って勉強をしていた。
「うーん…数学…わかんないとこあるな。後で先生のところに行って聞きに行くか。」
「なんだ。まだ電気ついてるから誰かいると思ったら艦か。」
「あれ?消さ…相澤先生。ってもうこんな時間に…」
時計を見ればけっこうな時間だった。
これはもうそろそろ帰らないと親が心配してしまうだろう。
「もうそろそろ帰る支度をしなさい。日が長い時期とはいえ帰ってる途中で夜になるぞ」
「先生は帰らないの?」
「俺はこの階を見回ってから帰る。お前も帰る準備ができたら外で待ってろ。途中まで送る」
!?
「は、…え?!消さん何言ってんの!?」
「何って。お前とは帰る道ほぼ同じだろうし昔と変わらんだろ。ついでだよ。あと、呼び方」
お、え、……あ、そうかぁ。
………いやいやいやちょっと待って!?
「え、いやそりゃ動揺もするよ!だって流石に入学してからはなくなったし、それに…大丈夫なの?エコヒーキじゃないの?」
「バカか。んなもんでなるか。これは俺のヒーロー活動の一環だ」
「ええ…?」
さも当然のように言われたら引き下がるしかないじゃん…?もうこれ完全に言いくるめられてしまった。
消さんがあんな態度だから他の人は特に思わないけど、付き合いの長い人から見たらこれなんか言うでしょ!
私だってその立場だったら絶対にいうよ!
でもこれも絶対無自覚だ。私からは守ってもらう立場なのでもう何も言えない!
「らじゃ…」
…程よい時間まで生徒玄関のある玄関外の前で待っていると夕方が夜の帳が下ろしていき、やがて夜になっていこうと濃紺の空色へと変えていく様子がわかったところで、消さんが私の元へやってきた。
「待たせたな。」
「いや全然待って……」
ない、と続けたかったけれどどうやらそれは叶わず、まさかの消さんが私服での登場により続かなかった。
「………え、ヒーロー活動って言っときながら私服じゃん???」
「今の時間、あの格好で公共施設使うと目立つからな」
ああそうだ。この人こういう人だったわ。さすがアングラ系ヒーロー…。
がっくりしながらも顔を上げて消さんを見れば、いつものゴワついた長い髪は一つにくくっていて、前髪も後ろへ流して珍しくおでこが出ていた。
服もラフすぎず、きちんとしすぎずで、まぁ普通のサラリーマンにも見える格好だった。
「その格好だとだれもイレイザーヘッドってわかんないね?」
「そうだろうな」
「あとはそのヒゲを剃れば多少はかっこいいとは思うけども」
「お前は本当に生意気だなぁ」
「あいひゃひゃ…ほっへひっはんないへ」
ふんっと最後にもう一度ゴムを引っ張るかのごとくグッと引っ張っては勢いよく離し、両手でほっぺを勢いよく潰されてタコ口になってしまった。
そんなことより痛い。潰されるときバチンって言った。これ訴えたら勝てるよね?
「んぶぶぶ」
「ブサイクだな」
もうこれは全面的に戦うしかないな。法廷で会いましょう、師匠。
それか素直にぶん殴りたいから殴らせてくれたら許しましょう。
「何かいったか」
「いーえ、なんにも?」
離された頬を軽く揉みながら答えると、消さんは歩き出した。
くそう。やったら色々とやり返されそうだから今日はこのくらいで許してやる。
「私のためにいつもの不審者ルックからのステキな会社員ルックになってくれてありがとう!」
「自分のためだから自惚れなくていいぞ」
「もうこれだよ!こんな返しされるって知ってたけど傷つくね!仕返しにもなんなかった!ただただ私がやられて終わりだよ畜生!」
がっくりとうなだれる私なんかお構い無しに先に行ってしまう消さん。
いや待ってよ!私のこと送ってくれるって言ったのになんで置いていかれるのさ!
「ちょっと待ってよ消さん!」
慌てて私は消さんの袖を指でキュッと摘むように引っ張った。
「ん?」
「あ?」
どちらがどっちの声を出したかもうわからないけれど、私と消さんは目をまん丸くして袖を見つめ、顔を合わせた。
「あ……ごめん、つい。でも置いてかないで、仮にも私送られてる側だし」
「…気を付けてくれればいい。それに悪かったな」
おお、なんだこれ。いつもより素直だぞ!?
「う、うん」
…ちょっと消さんに対する態度が固くなってしまった。
返事をしてから、暫く私たちは顔を合わせず少し地面を見た状態で歩き、電車に乗って、家の近くの駅を降りた。
「「…」」
…なんだこの空気。付き合いたての彼氏彼女みたいな恥ずかしさと気まずい空気は。
雄英に入る前は中身は大人でも身分が子供だからと消さんには好き放題よくやっていたじゃあないか。
これもそのうちの一つだったでしょ、と思ったけれど、雄英に入ってからはやっぱり大人の感覚が強くなったのか、消さんに対する気持ちが高校に入る前とは少しだけ変わっていて、恥ずかしいという気持ちが芽生え、顔が熱い。
今更この人に何を感じているのか。
こっそりと消さんに聞こえないようにため息を吐いた。
「そうだ。職場体験の間は大丈夫だったか?」
「え?」
「また姿が変わったりとか。そういうのだ」
「あ、それか。うん、大丈夫だったよ」
び、びっくりした。
てっきり私は話してもないのに艤装とのズレが生じているのに気付いたかと思ったよ…。
でもこれ話した方がいいのかなぁ。もう済んだ話だし。
ううんと何となく悩んでいるといつの間にか消さんはこっちを見ていた。あ、やば。
「……………………お前」
「は、は…い!?」
あまりにも低すぎる声にビビりながらもそろりと上目気味で消さんの顔を見れば、そこには阿修羅がいた。
「ひっ」
怖すぎる。
これ、私に何かあったのバレてるよね?ちょっと黙ってただけじゃないか。なんでこんなにすぐバレるの。
「え、あ、いやっ消さん待って。消さんその今にもジャーマンスープレックスでもしそうな腕を下ろして」
「残念。お前にかける技は違う技だよ。ジャーマンスープレックスは後ろからだしな。さあ何があったか吐け。あとその呼び方はよせって言ってんだろクソ弟子」
ガッとあっという間に右腕を消さんの左脇に挟められ、左足を私の首に引っ掛けられる。
これ、教師が女子生徒にすることじゃないと思うんだけど!
「ご丁寧にどうも″…ぉお″…っ!?
ギブ…ギブ…ッ!言葉じゃないものを吐きそうだから卍固めやめ″て…!」
…息を切らしながらもざっくりと最近の個性使用時のわずかなズレの話と、引っ張られるような感覚があったことを消さんに報告をした。
そして艦家で割と気を持ち直してズレも少なくなったことも説明すると、消さんは大きなため息をついてチョップしてきた。痛い。
「そんなに俺が信用ならんか」
「まさか!ただの師弟関係だった時なら話していたよ。
でも、今は一応贔屓と見られないように師弟だってことをなるべく隠してただの教師と生徒の関係ってことにしてるでしょう?」
詰め寄って強い口調で言えば驚いたのか消さんは少し引いて私が詰めた分だけ距離を取った。
「それなのに、普通に今まで通り話してたらそれこそ何かあるんじゃないかって見られると思うんだけど…」
「お前は馬鹿か。さっきの学校でのやりとりでもそうだが、それは考えすぎだ。
それにプロを目指すなら俺たちを利用するくらいの勢いで来い。」
に、と消さんは挑発するように歯を見せて笑いかけ、私に喝を入れるようを背中を強めに叩いてきた。
「あと、わかってるだろうがお前にはまだ足りないものがある。少しずつ改善をしていっているようだがな。
でもお前が通っているのは雄英高校だ。期末テストは半端なままだとすぐ赤点だからな」
「…はい……」
消さんは優しいと思う。
入学当初から除籍にするぞとは言いながらも、こうして私に指摘をしてくれる。
まぁ、今みたいに何が足りない、っていうのは言ってくれなかったりなことが多いんだけれど。
でも、これはまだ私は見捨てられていないということだ。
ちゃんと考えて、前に進みなさいってことだ。
ぐ、と拳を作って気合いを入れると、二人の足音がコツコツと響いていることに気付いた。
そういや放課後の訓練から帰る時、冬の時だけだったけど、こんなだったなーと思い出しながら歩いていると、家が近くなってきたところで消さんが喋り始めた。
「澪」
「へ」
消さんが私の名前を呼ぶなんて、今では珍しい。
素っ頓狂な声を出して振り向けば、真面目な表情でこちらを見下ろしていた。
「………前にも言ったが、お前に何かあったら俺が海に撒くっていう話は本当だからな。
だからお前が俺の知らないところで朽ちるなよ」
「消さん…」
こんなに気にかけてもらえているなんて、弟子冥利につきる。
…でもなんで私が消さんよりも先に何かあるって思ってるんだろうこの人は。
もしかしなくてと失礼ではないか?とうっすら思ったけれど、私は消さんよりも大人なので大人しく心の中にしまった。
それよりも気になった事がひとつ。
「わかったよ。でもね、消さん」
「なんだ」
「雰囲気もあるからかもしれないけれど、言う人は選んだ方がいいと思うよ?」
「…は?」
「何か好きな人に言ってるみたいだよ。そうじゃない私ですらうっかり錯覚しそうなくらいちょっとキメてるから…その、照れる…なぁ……なーんて」
へへ、と視線をそらして頭をぽりぽりとかくと、ズサ、と消さんは身体を引いたようだった。
え、何?消さん。って顔見たら普段動いてるのかって聞きたくなるくらい動くことが少ない表情がこれでもかというくらい動いていた。
珍しく驚いた顔をしてるわぁ…。
更にいうと、片手で信じられないとでもいうかのように口元を覆って…え、今日の消さんはオーバーだね?!
「えっ何その反応!?」
「………………………なんでもない」
「いや、何かあったでしょ。」
「何でもないって言ってるだろ。ほら、お家着いたぞ。」
「わっ!ちょっと押さないで!」
「じゃあな。また明日。あと今日はもういいが、明日からちゃんと先生って呼べよ。TPOは大事だ。」
「消さん!?」
あっという間に遠くなる背中。
何がなんなのか、全くわからない。
「まぁ、消さん…USJで襲撃された後だからうちの家族気にして顔合わせにくいのかもなぁ」
よくわからないのでそう思っておくことに決めた。
ばいばい、と誰もいない夜道に手を振ってみたけれど、消さんはすぐに夜に紛れてしまったので、姿はもう見えない。
「また明日ね、消さん。ありがと。」
おやすみなさい。
──テストまであと、一週間。