④職場体験
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訓練三日目。
「フロッピー、ちょっとこっち来てくれる?」
「ケロ。今行くわ、シリウスさん。」
「シリウスさん、私はいります?」
「ううん、フロッピー一人で大丈夫!フリートはそのまま掃除続けててー!」
船の中へ入っていく見送れば波の音しか聞こえなくなり、空を見上げて
「うーん…今日もいい天気だ」
私たち二人はここの職業体験に来てからデッキや近隣の掃除や訓練、パトロール…その他雑務を繰り返していた。
張り合いがなく少し物足りない気もするけれど、これが現実というものだ。と、いうかヒーローが暇をしているということはとても良いことであることを忘れてはいけない。
それに水をメインに活動する個性の私たちからすれば、この環境に身を置けることはとてもありがたいのだ。
事実、学校にはUSJなど水難ゾーンはあるが陸ゾーンと比べれば遥かに少ない。まぁ、わかるんだけれども。
なのでこうして普段こんなに伸び伸びと訓練をすることはできなかったので、これはとてもよい体験イベントだった。
しかし、私にはひとつ抱えている問題があった。
それは…。
「おい、フリート。ここ数日お前が個性を使う様子を見ていたが、調子悪かったりするか?」
「え?」
「いや、特にこれといって問題はないんだが、少し動きに違和感感じてな。人としての本来の動きと比べると、というべきか。」
…通りがかりに私の不調を言い当てるセルキーさんはなんだ、私の心でも読めるの?
しかも万全の時の動きを見ていないのにそれに気付くなんてエスパーなのか?
動物だから?え、もしかして野生のカン?…何にしてもこの不調に気付いたのは凄い。師匠の消さんには体育祭や演習授業の時気付かれなかったのに。
とまぁ…悩みというのはその違和感についてだ。
こうなった原因はわかっているのだけれど、それをどう解決すればいいのかわからなくて私は少し困っていた。
その旨を話せばセルキーさんは顎に手を当てて少し黙って「いつ頃からなんだ?」と聞いてきた。
「多分、雄英が敵に襲われた時くらいからです」
…もっと細かくいうなら、私が
あれから私の身体…というか、
これは私自身の問題なのだけれど、反応速度が遅くなっているような。そんな感じだ。
「そうか…お前次第な部分もある気はするが、とりあえず、機械だけでもお前のとこの婆さんに一度見てもらった方がいいかもな。昔整備士だったって聞いたことがある」
「え?祖母が?」
何それ初耳なんですが!?
というか私来た日からずっと祖母に会ってないし「お婆ちゃんは?」と祖父に聞いても濁されたからてっきり何かあるのかと思って聞かなかったけど、まさかここで祖母の話題が出るとは。
「あの…私こっちにきてから祖母に会ったことがなくて。祖父に聞いても何も教えてくれないんです。船長は何か知ってますか?」
「お?一昨日普通に会ったぞ」
「ええ?」
なに、祖母は家の中にいるけどいない…みたいなことやってるの?シュレディンガーごっこでもしているの?!
「わ………かりました。ちょっと、会えたら個性について相談してみます」
「そうするといい。さ、昼飯食うぞー。今日の昼飯はカレーだぞー!」
「船長!今日も、でしょ!」
「ケロケロ」
この期間中に会えるかな、シュレティンガーの祖母…。
…あ、今日のカレーは野菜カレーだ!
***
ピピ、と夕方に訓練をしている時、フロッピーと私のスマホにメッセージの通知が同時に来る。
二人とも顔を見合わせて携帯を見ると、緑谷くんからの位置情報。
「何これ?緑谷くんがイタズラで送るキャラじゃないよね」
「そうね、何か嫌な予感がするわね」
「うーん…警察にこの位置情報通報しておく?」
「そうね、シリウスさんに断ってから電話しましょう」
「そうだね」
私たちはシリウスさんに断りを入れて念の為、警察へ通報しておいた。
まさか後日、あんな大きい事件が起きるとは思わなかったけれど。
***
「ただいまー…あ?」
「あら。
今日は少し早めに家に帰れば茶の間にはご老人がいた。この人が私の求めていた祖母だろう。色々と回収が早かった。
…し、しかし身長高いな…。年の割にシャンと背筋が伸びていて170近くあるんじゃないか?
どうして私にはその遺伝子がこなかったんだ…。
前世ではそのくらいの身長だったから、今の身長めちゃめちゃ低くて不便。20センチくらい差があるもの。
「お婆…ちゃん?」
「そうですけれど。私はこれから用事があってでかけるの。ご飯はうちの人のと合わせて余分に作ったから適当に済ませてちょうだい」
「え?あ、はぁ…」
なんだこの空気。めちゃくちゃギスギスしてるじゃあないですか。私何も身に覚えがありませんよ。粗相をしたとしても当時二歳だし。
私のこと泰豊の娘って。わざわざお父さんの名前を強調するなんて絶対お父さんと何かあったでしょ。
もしかして十年以上前から実家に帰ってない理由って、祖母が理由だったりするの?
あってかちょっとまってまって!行かないで!
「あ、あの!今私個性との連携がちょっと不調で!セルキー船長から一応整備士だったお婆ちゃんに見てもらえって言われてるの。今急ぎがないなら、艤装をちょっと見て欲しい!」
「…セルキーが?ああ、そういえばあなた、セルキーのとこに職場体験に行くからこっちに来たのよね。あの人から聞いてたけれど忘れていたわ」
初期から好感度マイナスって感じがしてすごい。本当にお父さん何やったの。めちゃくちゃ嫌そうな顔してるよ。
「さっき艤装と言っていたけれど、船の?」
「え?あ、うん」
祖母はしばらく考えたのち、「いいわ、見るから庭で個性を使ってみなさい」と言ってきた。
まさかの返答に目をまぁるくして見ていると、祖母は私を置いて先に庭へ行ってしまった。
あ、置いてかれた。
すぐに追って庭へ着くと、祖母は個性を発動しろという視線を向けてきた。彼女の視線は変わらず冷たい。
しかし、気持ちを集中させて一番馴染みの深い駆逐艦初春を思い浮かべながらを発動させてみれば、冷たかった祖母の表情は驚きに変わった。
そしてほんのわずかだけれど、その瞳はほんの少しだけやわらかいものを孕んでいるような気がした。
「私の個性は軍艦。それぞれの艦種それぞれにあった艤装を装備したりすることができるの」
「この魚雷は…本物?」
「本物だよ。この子は
「この子…ね。…触ってもいいかしら」
祖母は整備士をやっていたからか、初めて見る当時の軍艦の艤装に興味があるのだろう。
先ほどよりも顔の輝きが違うのが何よりの証拠だった。
「どうぞ」
祖母の細い指が
途中「ちょっと動かしてみて」と言われ、それぞれの稼働の仕方を見てもらう。聞かれたことにはある程度答えながらも、基本的に私は黙って祖母を見つめていた。
祖母はやがて一通り触れていくと考え込むような仕草をしてしまい、そんなにまずい状態なのかと内心焦る。
それと整備士でもこれは専門外なのでは、という可能性も…。……何だか申し訳なくなってきた。
「どう?何かこうしたら良さそうとか…わかる?」
「………ごめんなさい。私には貴女の不調を解消する方法はわからないわ。でも艤装に不備があるわけではなさそう」
「そっか…ならあと考えられるのは…」
私自身にある可能性が高い。中でもあの時のことだ。
「原因、もしかしたら恐怖心からかしら」
祖母からの指摘に戸惑い、一瞬何を言われたかわからなかった。
「この間、泰豊から連絡があった時に雄英が襲われたことやあなたが入院したと聞いていたわ。」
「う、うん。強力な敵に殴られたけれど、奇跡的に助かったの」
…それでもあの時のことは怖かったでしょう、と祖母は目を伏せて静かに言う。
「…確かに怖かった。でも…ちょっと違うというか。」
「違う?何が違うの?」
「あれから個性を使うと確かにあの時の絶望感と焦りを思い出す。でもそれだけならいいんだれど、…何か強いものに意識を引っ張られるような、とても怖い感覚がするの。
呑まれてしまえば楽だとは思うのだけれど、同時にとても簡単に戻ってこられない気がして…このことは誰にも言っていないけど、正直……怖い」
これはあくまでも感覚的なものであって確証はない。でも本能が警告しているように感じるのだ。呑まれたら怖い目に合う、それ以上足を踏み入れてはいけないと。
「艤装とのタイミングのズレはきっとそこからね」
「多分、そう」
祖母は縁側に座り、溜息を吐くと頬に手を添えてしばらく考えるように目を伏せ、やがて口を開いた。
「…泰豊も孫をこっちにやるなら一度くらい顔を出せばいいのに」
「?」
「あなた、自分がこの個性を発動した時のこと覚えている?」
…忘れもしない。そこから私は始まったのだから。
「その時の泰豊、きっと複雑な顔をしていたでしょう。」
言われて思い返してみれば個性が発現した時は喜んでいたけど、何の個性か知った時確かにちょっと微妙な顔をしていたかもしれない。
『澪が個性を!?やったーー!お父さん嬉し…え?ぐ、軍艦の個性…??』
『う、うん…でもこわいから、あんまりつかわない…』
『そ、そーかそーか!お、お父さんはそれでもいいと思うぞー!は、はははは!』
『あはは…』
思い返せばあの時私も大層微妙な空気出してたな。あんなウェルカム空気を出さない個性発現イベントがあっただろうか…。
「うん…まぁそうかも…」
「でしょうね。あの人今でも
なるほど…。怒ってると思って…って過去形の話…え?でも出会い頭ちょっと怒ってたでしょ!?不機嫌そうな顔をしていたじゃない!
「私は今孫が来てるのにも関わらず泰豊がこの家に来ない方に怒ってるのよ。電話はできたくせに。だからさっき貴女を見たことでそれ思い出してムカついてたの」
「思考を読まないでほしいのとめっちゃ私とばっちりじゃない?」
「だからね、何事にも向き合うことって大事なのよ。」
無視かい!
「って、向き合うこと?」
「そう。特に恐怖心はね、排除しようとすればするほど強く意識に刻まれて余計な負担を背負うことになる。だからね、一度受け入れてあげて上手く共存していくの。」
「共存…、」
――果たしてそれは私にできることなんだろうか。あの恐怖感を受け入れて共存することなど。
「まぁ肯定するのは難しいけれど、これを知っているだけでも少しは楽になれるかもしれないわね。」
「そうだね。少しずつだけど、頑張ってみるよ。それとね…」
「うん?」
「多分、お父さんも私をここに送った時同じように、少しずつ向き合っていかなきゃって思ったのかもしれないね。」
「……まぁそうでしょうね。私ももう怒ってないにしても、自分から息子に会いに行こうなんて怖くてできなかったわ」
「お婆ちゃんは向き合わないの?」
「実をいうとね、今回の職場体験で澪がこの家に来てくれたお陰で、いくらか勇気が出たわ。けれど、まだ少し怖い」
凛とした声は遠くから聞こえる波の音や夜虫の声に消されることを知らず、私の耳にしっかりと届いた。
…夜なのに風がぬるい。少し汗ばんだ腕を擦り、そっかと返せば祖母は大きなため息を吐いた。
「だめね、無駄に年ばかり重ねて、和解をすることが怖いだなんて」
今までの強気な雰囲気があった祖母とは思えない、弱く寂しそうな表情だった。
「…だからこそ、かも。私だったらまだこの年だし、何とかなるかもしれないと思ってある程度勢いでいけることもあるけれど。
もし自分がお婆ちゃんの立場なら、下手したら取り返しのつかないことになってこのままずっと…って考えちゃう」
「貴女はまだ十五歳なのに、随分大人びたことを言えるのね。昔あった時は、そんなことを感じさせないほどわがままで泣き虫だったのに」
「そりゃ、まだ二歳だったもの。お母さん曰く、泣き虫の物欲モンスターだったみたいだよ」
「そうだったわね」
祖母が少し笑うと、風が私たちの合間を通り抜けていく。気持ちがいい。
共に淀んでいた空気も一緒にさらってくれたのか、最初に比べれば随分軽く、穏やかだ。
「お婆ちゃん。」
「何かしら」
「お互い、頑張ろうね」
「…ええ。」
ああそうだ。
「ねえお婆ちゃん。かわいい孫からのお願いなんだけど」
「…いったい何かしら」
「名前…澪って呼んでよ」
「ああ…そういえばそうだったわね。澪、残り少ない日数でしょうけれど、よろしくね」
「うん。よろしく、お婆ちゃん」
今日も月が明るい。しかし昨日よりも、ほんの少し欠けていた。
艦家のわだかまりや私の恐怖心も、この月の様に少しずつなくなっていけばいい。