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複雑回帰(過去選)

月夜の下に男が一人、
傘をさして笑ッていた。

傘の内は何時も晴天、
月や星さえ知る由なし。

薄暗い夜の影からも、
傘は晴天と隔絶する。

暗きは寒き、寒きは悲しき、
悲しきことも心に留めず、

男を焼かんとする陽も、
黒い表に吸い込まれて終う。

たださやさやと吹く風のみが、
傘の内には渦巻いていた。

それを受けて男は、
心のうちに笑うのだ。

──一人の女が月の下、
夜明けの傘の内に目を見た。

「今日は月が綺麗ですね」
と女が言うので、男は傘を閉じて終った。

そうして逃げた風と一緒に、
見えた世界は余りに眩く、

「言ったでしょう?」と笑う女に、
男は微笑み返すばかりであった。

再び歩き始めた男の、
顔はやっぱり笑ッていた。

左手側のもう一つの影も、
幸せそうに笑ッていた。
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