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本編

 それから、月谷さんは毎日のように家に来てくれた。今日学校で何があったのか、給食に出たもの、アニメの話色々な話をした。そうする内にお互い名前で呼び合う仲になった。
 そんなある日のこと、いつも学校帰りに家に来てくれていた百合ちゃんが夜中に家に来た。
 その日も、私の家には私以外には居なかったので、家に上がってもらって話を聞いた。

 暫く暗い顔で何も話さなかった百合ちゃんが、口を開いた。
 「私の両親、離婚することになったんだけど、お父さんと産みのお母さんが出て行っちゃったの、今まで一緒に居たお母さんも嫌気がさしてどこかに行っちゃった。私1人になっちゃった」
と、言った。どうやら和解はできず、決別してしまったらしい。
 「え、じゃあこれからどうやって暮らすの?」
人の家のことだから気まずいなとは思いつつ、心配で聞いてしまった。
 「父方のおじいちゃんが引き取ってくれるらしいけど、おじいちゃんの家ここからだと少し遠くて、転校することになるって。私そんなのいやだ。」
百合ちゃんは目に涙を浮かべ、声を震わせながら言った。おじいちゃんに引き取られるのは来週で、それまでは今までの家に住むらしい。
 つまり今は家に1人、孤独なのだ。私は他人事には思えなかった。
 「私と一緒だね…」
 自分と状況がとても似ていると思ってそう呟いた。出会った日に意気投合したことを思い出していた。
 「…じゃないよ」
 「え?」
 「一緒じゃないよ!」
聞き取れずに聞き返すと、百合ちゃんは突然声を荒らげた。
 「全然一緒じゃない。柚子葉ちゃんは住む家は変わらないじゃない。今のお母さんだって産みの親でしょ。」
 いつもニコニコしていた百合ちゃんがとても怖い顔をしていて、私は恐怖を感じた。
 「ご、ごめん」
 あまりの迫力に気圧され、理由もわからないまま謝ってしまった。
 「謝らないで、私のせいなんだから。びっくりしたでしょ。いつも笑ってたから。でも本当の私はこんななの。いつも余裕なくて、でも笑ってないと住む家もなくなると思って、親の前でも皆の前でも笑ってた。でも、それでも私の帰る家はなくなっちゃう。意味なかった」
百合ちゃんは両手で顔を多い、声を震わせながら早口で話した。
 「そっか、でもおじいちゃんの家に行くんでしょう?」
それなら、家がなくなるわけじゃないんじゃないかと思ったが、
 「柚子葉ちゃんにはわからないよ」
と吐き捨てて百合ちゃんは泣きながら私の家を出ていった。
 私はどうすればいいのかわからず、呆然としていた。そして、モヤモヤしつつ、その日は遅いから寝てしまった。
 その日を境に、百合ちゃんが学校の帰りに寄ってくれることはなくなった。
 
 しかし、その数日後、百合ちゃんから電話がかかってきた。
プルルル プルルル
 朝、目覚まし時計の音がなる前に、電話の通知が鳴った。携帯には月谷百合と表示されている。
 私は寝ぼけ眼をこすり、電話を取った。
 「もしもし、おはよう。どうしたの?」
と目をシパシパさせながら言った。
 「ごめん、こんな早くに。ちょっと会いたいんだけど。」
 と、暗い声で百合ちゃんが言った。私が電話したりメールを送ったりしても返事がなかった。しかし、向こうも気まずかったのかなと思い諦めていた。なのでその時は電話がかかってきてとても嬉しかった。
 「いいよ、いつ?」
 「7時過ぎにそっち向かうから、出られる?」
 その時間は登校している人がここをよく通る時間で、不登校の私はクラスメイトに会うかもしれないから出るのが嫌だった。しかしこの誘いを断ったらもう本当に会えないかもしれない、と思い
 「わかった。着替えるから待ってて」
と言って電話を切った。

 急いで身支度をして玄関扉を開けると、既に百合ちゃんが家の前で待っていた。
 「どうしたの?」
 私は百合ちゃんの顔を見てゾッとした。見るからに痩せていて、目の下には濃い隈ができていた。
 「私、明日引っ越すって。でも、それまで全くこっちには来てくれなかったし、私のこと本当は引き取りたくないみたい」
か細い声で百合ちゃんが言う。
 「私、最近風邪って言って学校休んでたの。もう笑えなくて。本当の私に幻滅されたくなくて。」
 「百合ちゃん…」
 出会った頃と比べて見るからに衰弱している百合ちゃんに、その時の私は名前を呼ぶことしか出来なかった。
 「これ、私のお父さんかお母さんに渡してくれないかな。もうどこにいるのかもわからないから、もし会ったら渡して欲しいの。おじいちゃんに渡したらきっと怒られるし、親には渡してくれないだろうから」
そう言ってポケットから便箋のような物を出し、私に渡した。私は、ただの手紙だと思い、
 「わかった…引っ越しても毎日連絡するから。無理しないでね」
と伝えた。百合ちゃんは元気がなく、かすれた声で
 「うん」
と言い、私は百合ちゃんと別れを告げ、家に入った。受け取った便箋が気になり裏返しよく見てみると、左端に小さい文字で、柚子葉へと書かれていた。
 私は驚いて目を見張った。親に渡してほしいと言っていたのに、便箋には私の名前が書いてある。
 その時、何か嫌な予感がして、私は手が震えた。震えた手で丁寧に便箋を開け、中に入っていた手紙を取り出して見た。

『柚子葉へ』
『ごめんなさい。もう私は無理です。私には沢山の友達ができたけど、悩みが話せるのは柚子葉だけでした。他の子には馬鹿にされると思って言えなかったけれど、なぜか柚子葉には気軽に話せた。私のことを励ましてくれてありがとう、でももう嫌なの。捨てられるかもしれない恐怖と戦いながら生きるのも、明るい自分を取り出して生きるのも疲れた。』
と、書かれていた。これは遺書だ、と読み終わってすぐに気がついた。

 急いで玄関から外に出た。さっきまでいた場所には居なかったが、向かの公園を見ると百合ちゃんはベンチに座っていた。
 「読んだ?」
と、百合ちゃんが私が泣きながら近づいてることに気が付き、顔を上げていった。
 「読んだ?じゃないよ。冗談ならたち悪いよ、止めて」
私は怒った。また出会ったときのようないたずらかもしれないと思った。
 「冗談じゃない。私もう死ぬの怖くない」
眉1つ動かさず、淡々と喋る百合ちゃんは怖かった。
 「何それ、だから何。私と違って百合ちゃんには友達が沢山居るんでしょ、話してくれたじゃん」
 「手紙に書いたでしょ。居るから疲れたの。私と柚子葉は同じなんでしょ?わかってよ」
 「わかんないよ。私は死にたくない」
私は百合ちゃんの目を観て必死に訴えた。
 「本当に?死にたいって思ったことないの?親に見放されて私なんて生きてないほうが良いって、私は思ってたよずっと。やっぱり私達は一緒じゃないね」
 そう言うと、百合ちゃんがベンチから立ち上がり、私の横を通り過ぎようとした。
 私は、通り過ぎようとする百合ちゃんの手を掴み
 「待ってよ、出会ったとき約束したじゃん、ゆびきりげんまん。2人で悩み共有して、ずっと友達で居ようねって」
と私は鼻声で百合ちゃんに訴えた。
 「離して!もう嫌だって書いたでしょ。もう楽にさせて」
 そう言われた後、私は百合ちゃんに突き飛ばされ、そのすきに百合ちゃんは走り去っていった。
 家まで会いに行こうかと思ったが、百合ちゃんの家は知らなかった。

 次の日、朝起きてテレビを見るとニュースで月谷百合さんが行方不明です。と報道されていた。
 私は、悪い予感が当たってしまって吐き気がした。
 すると、ピンポーンと玄関のベルが鳴った。
「はい」
と言って扉を開けると、そこには警察がいた。行方不明になった日、つまり昨日に私と百合ちゃんが公園で言い合っているのを誰かが見ていたらしい。
 丁度人通りのある時間だったし、誰かが見ているのは当然だなと思った。
 私はできる限り話をしたが、どこに行ったかもわからないし、気が動転していたせいで、そんなに強い協力は出来なかった。
 警察の人が家を去った後、渡された手紙のことを思い出した。昨日着ていた服のポケットにいれっぱなしだった。
 便箋から手紙を取り出してみると、昨日は気が付かなかったが、手紙は裏まで続いていた。

『だから、私はもう柚子葉には会えない。
柚子葉は、今更学校行っても嫌がられるだけだって言ってたけど、優しい柚子葉のことわかってくれる人は絶対居るよ。私とは違う。本音で話し合える友達を作ってね。
一緒に居るっていう約束破ってごめん。柚子葉は死なないでね。さよなら。百合より』

と書かれていた。私はその日、明け方まで泣きじゃくった。メールや電話もしてみたものの、二度と返事が返ってくることは無かった。

 私が百合ちゃんの死亡が確認されたことを知ったのは、学校に行ってからだった。
 百合ちゃんの親族には、私とのことは話されて居ないようだった。
 遺書を親族に渡そうか迷った。でも、百合ちゃんを振り回し続けた人達に、素直に渡していいものか迷っていた。他の人に対してもそう。百合ちゃんが黙っていたのなら、私も黙っていようと思った。
 私は彼女の分まで生きようとした、でも百合ちゃんを止められなかった罪悪感にずっと囚われていた。
 その罪の意識から、何を言われても何をされてもやり返すことなく、ただただ無機質な生活を送るようになった。
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