本編
夕方になり、全ての授業が終わった。クラスメイトたちが部活動に行ったり家に帰る準備をしたりしている。
そんな中、上島柚子葉に女子生徒が1人近寄って行った。
「ねぇ、上島さん、この後時間空いてる?ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
そう席に座っている上島に話しかけたのは、林まゆだ。
上島に話しかけるようなことは、事件以来先生しかしていない。みな”殺人犯”と仲良くするような人だと思われたくないからだ。
だから、クラスの大半が2人に注目していた。
「……え」
まさか、いつも冷ややかな目を向けてくる林まゆが、いきなり話しかけてくるとは思っていなかった上島は目を見開いてまゆの顔を見た後、俯きそのまま声が出せなかった。
喉に空気の蓋をされているように、口から息を吐くことすらできない。
ずっと俯いたまま返事をしない上島を見かねて、
「…まぁ良いや、もし時間あったら体育館横まで来てよ」
とだけ良い残して、林まゆは荷物を持ち、クラスを出た。
その後ろを、いつもの取り巻きが、「なんで?」「どうしたの」などと林まゆに事情を聞きながら、一緒にクラスから出て行った。
突然話しかけてくる意味も呼び出す意味も、その時の上島にはわからなかった。
しかし、自分を嫌っていた人だ、思い浮かぶのは悪い予想ばかりで行っても良いことなど何もないだろう、と考えていた。もし行ったものなら、今のわずかな平穏もなくなるかもしれない。
しかし、上島は行くしかなかった。
自分自身の持つ”罪”の重さを感じていたからだ。
だから在らぬ噂を立てられても、意味不明な呼び出しにも、抗う事なく従わなければならないと、上島はそう感じていた。
嫌な予感しかしなかったが、鞄に荷物を詰め込み、俯き加減でクラスを出た。
ぬかるんだ地面を歩いているかのように、一歩一歩が重かった。学校の下駄箱まで来て、自分の靴を取り出したところで、急に怖くなってきた。
体育館へはクラスを出た後、廊下を真っ直ぐ渡って行けば着くが、”体育館横”と言うのは外の事だ。
そこにはゴミを回収する為の小さな小屋以外何も無いため、掃除の時間以外人が通る事があまりない。
先生に見つかる可能性が低いので、良く不真面目な生徒が屯しているのだ。
それを先生に報告した真面目な生徒のおかげで、今はたまに先生が見回るようにしているみたいだが…
もし大人数でリンチされようものなら、女単独の力などでは太刀打ちできない。
先生も助けてくれるような生徒も来てくれなかったら…と最悪の想定をした。
しかし、やはり今の上島にはその場に行くしか選択肢がない。
家に帰ったら誰かが居て安全、という事もないし、もし最悪の想定が当たってしまったとしても、それは“助けられなかった”自分への罰なのだ、と上島は心の中で自分に言い聞かせた。
靴を履き替え、体育館横に向かう。体育館は日によって使ってる部活動が異なり、今日はバスケ部が練習をしていた。
上島はそれを見て少しほっと息をついた。体育館に人が居れば、先程想像したような最悪の事態は起こりにくいと考えたからだ。
体育館の横に着くと、林まゆが体育館の入口にある段差に座って待っていた。
集団で待ち構えているかもしれない、という予想に反して林まゆは一人で待っていた。
上島が声をかけようか迷っていると、林まゆが顔をあげてこちらに気が付き、声をかけてきた。
「来た。良かったー急に言ったから来ないかもしれないなーって思ってたんだよね」
ほっとしたような顔をして、「よいしょ」と言いながら腰をあげ、近づいてくる林まゆ。
どんな悪態をつかれるんだろうなどと考えていた上島は、林まゆのあまりにも普通な態度に呆気にとられ、フリーズしていた。
「ごめん、急に呼び出して、ちょっと聞きたいことがあって、」
自分は、噂を知る人全員から嫌われていると思っていた。林まゆも噂は知ってるはずだし、今まで話しかけられたこともなかった。
「な、なに。」
何故急に呼び出したのか聞きたかったが、予想外の事態に、返事をするのでやっとだった。
「今日さ、早苗から上島さんの噂聞いたんだけど…あ、わかる?同じクラスの湯川早苗」
もちろん知っている。いつも私の悪口を聞こえるように言っている一番の人物だ。
授業で2人組をつくることになった際には、クラス中に、上島とは組まない方が良いよと言っていた。
私に嫌がらせしようとしているのが見え見えな子だ。知ってるよ、私の事嫌いで嫌がらせばっかしてる子でしょ。とは言えず、
「あ、うん。知ってる」
とだけ返した。
「良かった、今日その子から聞いたんだけどさ、月谷さんって居たじゃん。月谷百合ちゃんの事件。」
その名前が出た途端、あぁやっぱりその話の事か、と思った。
リンチなどはされなかったが、何で殺したのとか本当にやったの?とかは事件直後に出回った噂のせいでよく聞かれた。
嫌な噂が広まったままでも、皆に嫌われたままでもいいと思っていた。
だから全て無視してきたのだ。
「…」
上島が、今まで通り無視してやり過ごそうとしていた時、林まゆが続きを話し始めた。
「私その子と別に仲良くなかったし、正直おせっかいだと思うんだけどさ、未だに何で亡くなっちゃったのかはっきりわかんないんでしょ?だから一緒に謎解きしたいなーって」
と、気まずそうにはにかみながら話した。
上島は口をポカンと開けて、
「え?」
と小さい声で返した。
「だめ?」
林まゆはこちらの返事を待っていた。
うつむき加減で何故そんな事を自分に言うのか気になり、
「だめっていうか、え?何で」
と返した。
今まで犯人だと噂を立てられ、話す気にもなれなかった。今回も同じような質問だと思っていたのに、予想外の質問に困惑していた。
そしてここからまゆと上島の押し問答が始まった。
「言いにくいし、何でかわかんないけど、上島さん犯人だって言われてるんだよ。」
「それは知ってるけど、」
「え?知ってたの?じゃあなんで否定しないの?」
「それは…」
「上島さんじゃないでしょ。犯人。」
上島はうつむいていた顔を上にあげた。
今までヒソヒソ話しているグループの1人だったのに、上島が犯人だと思っていなかったのが息を呑むほど驚きだったのだ。
「何でそう思うの?」
と、林まゆに更に理由を問うと、
「そういうタイプに見えないし、サスペンスだと、最初に疑われてる人と真犯人は別なんだよ」
と、さも探偵のような口ぶりで返してきた。
親切なのか、変なやつなのか、なんだコイツは。と上島は心の中で考えていた。
「で、どうするの、協力してくれるの?」
どうやら、嫌がらせでも私の事が嫌いで呼び出したわけでもないようだ。
急に言われたことは驚いたが。
しかし、協力するも何も、私は、事件の真相を知っている。
「…いいよ」
しかし、口をついて出たのは承諾するという返事だった。
自分でも何でかわからない。
もしかしたら、誰か自分の気持ちを打ち明ける相手が欲しかったのかもしれない。
「やった!メアド交換しようよ、学校だとほら、あんまり話せそうにないから、」
それはそうだ。林まゆは噂を信じていないようだが、今や全学年が1回は聞いたことのある噂にまで広がり、それを信じて私を嫌う人は少なくない。
「うん。」
そうして、私は林まゆと連絡先を交換し、事件の謎を解くという理由でメールのやり取りをするようになった。
そんな中、上島柚子葉に女子生徒が1人近寄って行った。
「ねぇ、上島さん、この後時間空いてる?ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
そう席に座っている上島に話しかけたのは、林まゆだ。
上島に話しかけるようなことは、事件以来先生しかしていない。みな”殺人犯”と仲良くするような人だと思われたくないからだ。
だから、クラスの大半が2人に注目していた。
「……え」
まさか、いつも冷ややかな目を向けてくる林まゆが、いきなり話しかけてくるとは思っていなかった上島は目を見開いてまゆの顔を見た後、俯きそのまま声が出せなかった。
喉に空気の蓋をされているように、口から息を吐くことすらできない。
ずっと俯いたまま返事をしない上島を見かねて、
「…まぁ良いや、もし時間あったら体育館横まで来てよ」
とだけ良い残して、林まゆは荷物を持ち、クラスを出た。
その後ろを、いつもの取り巻きが、「なんで?」「どうしたの」などと林まゆに事情を聞きながら、一緒にクラスから出て行った。
突然話しかけてくる意味も呼び出す意味も、その時の上島にはわからなかった。
しかし、自分を嫌っていた人だ、思い浮かぶのは悪い予想ばかりで行っても良いことなど何もないだろう、と考えていた。もし行ったものなら、今のわずかな平穏もなくなるかもしれない。
しかし、上島は行くしかなかった。
自分自身の持つ”罪”の重さを感じていたからだ。
だから在らぬ噂を立てられても、意味不明な呼び出しにも、抗う事なく従わなければならないと、上島はそう感じていた。
嫌な予感しかしなかったが、鞄に荷物を詰め込み、俯き加減でクラスを出た。
ぬかるんだ地面を歩いているかのように、一歩一歩が重かった。学校の下駄箱まで来て、自分の靴を取り出したところで、急に怖くなってきた。
体育館へはクラスを出た後、廊下を真っ直ぐ渡って行けば着くが、”体育館横”と言うのは外の事だ。
そこにはゴミを回収する為の小さな小屋以外何も無いため、掃除の時間以外人が通る事があまりない。
先生に見つかる可能性が低いので、良く不真面目な生徒が屯しているのだ。
それを先生に報告した真面目な生徒のおかげで、今はたまに先生が見回るようにしているみたいだが…
もし大人数でリンチされようものなら、女単独の力などでは太刀打ちできない。
先生も助けてくれるような生徒も来てくれなかったら…と最悪の想定をした。
しかし、やはり今の上島にはその場に行くしか選択肢がない。
家に帰ったら誰かが居て安全、という事もないし、もし最悪の想定が当たってしまったとしても、それは“助けられなかった”自分への罰なのだ、と上島は心の中で自分に言い聞かせた。
靴を履き替え、体育館横に向かう。体育館は日によって使ってる部活動が異なり、今日はバスケ部が練習をしていた。
上島はそれを見て少しほっと息をついた。体育館に人が居れば、先程想像したような最悪の事態は起こりにくいと考えたからだ。
体育館の横に着くと、林まゆが体育館の入口にある段差に座って待っていた。
集団で待ち構えているかもしれない、という予想に反して林まゆは一人で待っていた。
上島が声をかけようか迷っていると、林まゆが顔をあげてこちらに気が付き、声をかけてきた。
「来た。良かったー急に言ったから来ないかもしれないなーって思ってたんだよね」
ほっとしたような顔をして、「よいしょ」と言いながら腰をあげ、近づいてくる林まゆ。
どんな悪態をつかれるんだろうなどと考えていた上島は、林まゆのあまりにも普通な態度に呆気にとられ、フリーズしていた。
「ごめん、急に呼び出して、ちょっと聞きたいことがあって、」
自分は、噂を知る人全員から嫌われていると思っていた。林まゆも噂は知ってるはずだし、今まで話しかけられたこともなかった。
「な、なに。」
何故急に呼び出したのか聞きたかったが、予想外の事態に、返事をするのでやっとだった。
「今日さ、早苗から上島さんの噂聞いたんだけど…あ、わかる?同じクラスの湯川早苗」
もちろん知っている。いつも私の悪口を聞こえるように言っている一番の人物だ。
授業で2人組をつくることになった際には、クラス中に、上島とは組まない方が良いよと言っていた。
私に嫌がらせしようとしているのが見え見えな子だ。知ってるよ、私の事嫌いで嫌がらせばっかしてる子でしょ。とは言えず、
「あ、うん。知ってる」
とだけ返した。
「良かった、今日その子から聞いたんだけどさ、月谷さんって居たじゃん。月谷百合ちゃんの事件。」
その名前が出た途端、あぁやっぱりその話の事か、と思った。
リンチなどはされなかったが、何で殺したのとか本当にやったの?とかは事件直後に出回った噂のせいでよく聞かれた。
嫌な噂が広まったままでも、皆に嫌われたままでもいいと思っていた。
だから全て無視してきたのだ。
「…」
上島が、今まで通り無視してやり過ごそうとしていた時、林まゆが続きを話し始めた。
「私その子と別に仲良くなかったし、正直おせっかいだと思うんだけどさ、未だに何で亡くなっちゃったのかはっきりわかんないんでしょ?だから一緒に謎解きしたいなーって」
と、気まずそうにはにかみながら話した。
上島は口をポカンと開けて、
「え?」
と小さい声で返した。
「だめ?」
林まゆはこちらの返事を待っていた。
うつむき加減で何故そんな事を自分に言うのか気になり、
「だめっていうか、え?何で」
と返した。
今まで犯人だと噂を立てられ、話す気にもなれなかった。今回も同じような質問だと思っていたのに、予想外の質問に困惑していた。
そしてここからまゆと上島の押し問答が始まった。
「言いにくいし、何でかわかんないけど、上島さん犯人だって言われてるんだよ。」
「それは知ってるけど、」
「え?知ってたの?じゃあなんで否定しないの?」
「それは…」
「上島さんじゃないでしょ。犯人。」
上島はうつむいていた顔を上にあげた。
今までヒソヒソ話しているグループの1人だったのに、上島が犯人だと思っていなかったのが息を呑むほど驚きだったのだ。
「何でそう思うの?」
と、林まゆに更に理由を問うと、
「そういうタイプに見えないし、サスペンスだと、最初に疑われてる人と真犯人は別なんだよ」
と、さも探偵のような口ぶりで返してきた。
親切なのか、変なやつなのか、なんだコイツは。と上島は心の中で考えていた。
「で、どうするの、協力してくれるの?」
どうやら、嫌がらせでも私の事が嫌いで呼び出したわけでもないようだ。
急に言われたことは驚いたが。
しかし、協力するも何も、私は、事件の真相を知っている。
「…いいよ」
しかし、口をついて出たのは承諾するという返事だった。
自分でも何でかわからない。
もしかしたら、誰か自分の気持ちを打ち明ける相手が欲しかったのかもしれない。
「やった!メアド交換しようよ、学校だとほら、あんまり話せそうにないから、」
それはそうだ。林まゆは噂を信じていないようだが、今や全学年が1回は聞いたことのある噂にまで広がり、それを信じて私を嫌う人は少なくない。
「うん。」
そうして、私は林まゆと連絡先を交換し、事件の謎を解くという理由でメールのやり取りをするようになった。