公安に餌付けされたDJ
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最後の父の写真は馬鹿みたいに笑っていた。こっちは泣きたくても泣けないのに、目の前の写真の父はニコニコしていて、なんだか腹が立った。
「まだ12歳でしょ?ご両親無くされて可哀想に」
(思ってないくせに)
「その割に泣いてすらないぞ?碌に家に居ない父親だったから今までと変わらないだろ」
(知ったような口きくな)
それでも、幼い私を慰めようと必死な大人が居たけど、私の心は荒んでいく気がした。
だれが面倒見るかと親戚同士で押し付け合ってる光景は、馬鹿馬鹿しくて見てられなかった。
だから、決めた。一人で生きていこうと。
どうにか中学と高校は通信制を利用してなんとか無事に卒業した。なるべく人と関わりたくなかった。昔から夢中になってないと、「ああ、自分は一人なんだ」って考え込んでしまうから、DJのことを考えてる時間は苦じゃなかった。いや、考えていないと自分の何かが壊れる気がしたから。
18歳になった時初めてDJとしての壁にぶち当たった。こんなに考えても考えても、聞いてくれる人は居なくて、褒めてくれる人もいなかった。『オーディエンスが居てこそのDJ』。何度も父が口にしていた言葉。
もしかしたらその時が私の転機だったのかもしれない。遊び半分でSNSに投稿した繋ぎのワンフレーズはアホみたいにバズった。
大きくなっていく『DJ @iri』の存在。
消えていく『橘 藍里』の存在。
どちらも私である筈なのに。
『色んな人と繋がりを持った時、お前には何が見えて、何が聴こえるんだろうな.....』
私のDJプレイを言葉で声で褒めてくれた不愛想な人。
私の気持ちを汲み取ってくれたチャラいけど優しい人。
逃げてばかりの自分だったけど、二人の為に作ったライブだよ。
だからどうか届いてほしい。
***
実は車の中で話を聞いている時から計画してた。コメントで一方的に二人を知っていて、そして二人といる空間はなぜか心地良い気がした、ろくに会話はしていないけれど。父が言っていたあの言葉を思い出して、何かの縁だって少し軽い気持ちで考えてたのもある。
だから今、ちょっとだけ後悔してる。
「おい!本当に本物か?!」
「ちょ、ちょっと陣平ちゃん!肩揺らし過ぎ!折れちゃうよ!!」
誰か、助けて.....折れる。
***
「もう少しさあ、セトリの感想言うとか編曲の感想言うとかあるじゃん。何のために正体明かしたと思ってんのさ」
「いや、無理あるだろ」
「まさか橘ちゃんが、あの『DJ @iri』だなんてねえ、最近で一番びっくりしたよ」
「いいよ藍里で、そういえば一応フルネーム聞いとく」
「何だ一応って、俺は松田陣平」
「俺は萩原研二だよ、よろしく藍里ちゃん。てか何で教えてくれたの?」
「下の名前教えればいずれバレるだろうし、まあ、なんとなくかな。一歩前進したかったのもある」
「?」
「おい藍里!さっきの新しいヤツか?びっくりして聞き逃してたからもう一回やれよ!」
ヘラヘラしながら寄ってきたじんぺーが可愛く見えて、緊張していた体も力が抜けていく。
この空気感がたまらなくて、ふふっと笑みが溢れた。
お父さん、幸先良いスタートかもよ?
「どうした?」
「いや、びっくりしてる割に対応はそのままで面白いなあって」
「はあ?そりゃ藍里だろうが@iriだろうが、お前はお前だろ?」
「ふふっ、そりゃそうだね」
DJだろうが、藍里だろうがと、期待していた言葉を毎回くれるヤツだな。
ふうっと蒸し暑いウィッグを外し、スリッパに履き替えた。
「なるほどね〜、身長全然違うしウィッグと眼鏡かけてりゃ分かんないわ。でも藍里ちゃん、家に入れたのが俺達だから良いけどあんまりホイホイ人入れちゃダメだぞ?」
「?家に人あげたの3年ぶりくらいだから」
「それもそれだな」
そう言いながらじんぺーはブース周りを興味深く見渡していた。サングラスをしているじんペーはブースの前に立つとなかなか様になっているように見える。転がっているマイクを手に取り、そのまま私とお萩に話しかけた。
「とりあえず、飯にしねえか?腹減った」
「俺も〜、藍里ちゃんなんか材料ある?何か作ろうか?」
「台所7年くらい使ってない」
「「はあああ!?!?!?!」」
マイクで叫ぶな。耳キーンなるわ。
「台所自体は綺麗だね。まあ、生活感の欠片もないけど」
「?冷蔵庫に食料あるから、生きてこれたよ」
「....おい、まじかこれ。良く生きてこれたな。最後にこれ以外食べたのいつだよ」
「えっと、3週間前?」
冷蔵庫の中身にドン引きしてる二人は、そそくさと買い物に出かける準備を始めた。先に支度が終わったお萩が真剣な顔をしてこちらにやってくるもんだから、何事かと身構えてしまった。
「ねえ、藍里ちゃん。ずっとこの家で一人だったんでしょ?」
「ハギ、お父さん居るってそいつ言ってただろ」
「いや、居るっては言ってないし、この生活感とお父さんの服とか、生活用品が無いから、もしかしたら居ないんじゃないかなってさ」
「.....うん。小6の時死んだよ」
動揺してるじんぺーと、やっぱりかと言いたそうなお萩に、私は無理やり笑って寂しくなんかないぞと口にしようとした時、息が止まるほどギュッとお萩の腕に抱き締められた。
「.....辛かったろ?もう強がらなくていいんだ、俺達に歩み寄ってくれてありがとうな。初めて会った日から何か抱え込んでる子なんだろうなとは思ってたよ。でも、藍里ちゃんのDJのお陰で俺達は繋がれたんだよね?コメント残してよかったなあ~!」
「.....子猫ちゃんとか意味わからなかったけど」
「ははっ!減るもんじゃないからいいのいいの!_もう無理しないで?涙目なのバレてるよ、恩人さん」
「う、うるさい!!__っ……ふ...っ...うぅ」
「はーい、よしよし」
いつぶりだろう。冷え切って固まった心が溶けていくような感覚で、絶対涙腺が壊れるなあって思った。本当よく見てる人、初めて会った時からそうだったもんね。後ろでじんぺーが気まずそうに頭をガシガシ掻いていて、バッチリ目が合った。
「_ふふっ、ありがとう」
「うん、こちらこそ」
「おーい、辛気臭いのやめようぜ。飯だ飯!」
「ちょっと、久々に泣いてるんだから余韻に浸らせてよ!」
「そんなのするくらいなら笑っとけ、馬鹿」
雑に私の頭をガシガシと撫でたが、最後はポンポンと優しく触れてくれた。
「ハギがほとんど言ってくれたけど俺からも一つ。お前事件の時情報持ってたからあの場に居たんだろ?無理やり聞こうとは思ってねえから、もう危ない真似はすんな。今回だけは見逃してやる、結果的にハギは助かったからな。何かあれば必ず俺らに相談しろ、いいな?」
なんだこの二人、お兄ちゃんかよ。
でもこういうのも悪くないな。
返事もしないでにやけてたら、愛想の悪いお兄ちゃんに怒られました。
「で?何喰う?」
「うわぁ、食べ物だ....」
「何こいつ、アホ?」
時刻は18時過ぎ。初めの集合場所であるデパートに到着した。久々に見る食べ物らしい物達にちょっとだけ感動した。
「藍里ちゃん、食べたいのある?」
「和食が良い」
「惣菜見て、作れそうなもんは俺らで作るか」
「じんぺー料理出来んの?私とそんな変わらないと思ってた」
「お前な、馬鹿にするのもいい加減に、、、」
「どうどう、陣平ちゃんハウスハウス」
「あはは!躾が鳴ってない犬で大変だねえ」
「お前ら後で覚えとけ」
惣菜コーナーを見て回り、筑前煮やひじきの煮物をお萩が持っているカゴにポンポンと入れていく。ふとあの時のお弁当を思い出し、カゴに突っ込んだ手が止まった。
「どうした?変えるのか?」
「いや、1ヵ月くらい前に食料無くなって緊急でコンビニ行こうとした時、歩道橋から落っこちたことあってさ」
「はあ?大丈夫だったのかよ」
「運良く下で支えてくれた人が居てさ、その人から和食たっぷりのお弁当貰ったこと思い出して」
「知らない奴に弁当渡すほど、お前飢えてたんだろ」
「ははっ、違いない。でもあのお弁当すっごく美味しかったなあ」
「あら、ちとジェラっちまうねえ」
「?」
冷蔵庫の中身を知ってしまった二人は、少しでも私に食べさせようと簡単に食べられるけど栄養がありそうなものをポンポンとかごに入れていた。一緒におつまみも買い込んでいたらしく、流れるようにお酒コーナーに向かった。
「藍里お前何歳?」
「え、19」
「そっか~、まだ飲めないね。誕生日は?」
「来年の3月」
「藍里ちゃんと今から飲むの楽しみだなあ」
大荷物だったがほとんど二人が持ってくれて、家の食料はまた潤った。
うん、色んな意味で感謝だな。
「うわ、塩辛い味久々に食べた。やっぱり満足感違うわ」
「その台詞生まれて初めて聞いた」
「さっき抱き締めた時細すぎてびっくりしたよ。ちゃんと食べるんだよ?」
「ハギ、お前ちゃっかりしてんなあ」
最後に誰かと食事をしたのは、葬式の時の会食以来だ。久々の食事らしい食事だからか、それともこの二人との食事だからか。確実にいつもの腹に食べ物を入れる作業が楽しいものに変わっていた。
「二人はさ、幼馴染なの?」
「そうだよ~、小さい頃からずっと一緒」
「全然違うタイプだけど、上手く嚙み合ってるもんね。マッシュアップみたい」
「ははっ!上手いこと言ってんな」
この二人だいぶ飲んでいるがあんまり変わらないな。じんぺーは少しだけほろ酔ってる気もするが。
そういえばお父さんはめちゃくちゃお酒弱かったなあ。DJブースにお酒置いてプレイしてる人ばかりだったのに、一人だけスポドリだったよなあ。懐かしいな。
初めて行った夏のフェスの思い出に浸っていると、グイッと手を引かれじんぺーの顔が目の前にあった。心臓に悪すぎる。
「おい、何ぼーっとしてんだよ!ブースの方行って音楽かけようぜ!ほら、早く!」
「はあ?まじで犬かよ。分かったから引っ張んな!」
「お酒飲みながら、ライブって最高じゃんか」
藍里のまま、ブースに立った。
二人のリクエストと好きそうな曲調を選んですぐにフェードインすると、床に座りながら幸せそうに聞き入る二人の顔にちょっぴり泣きそうになった。
あ、なんか良いフレーズ浮かびそう。
こりゃ明日はブースに籠りそうだ。
でも今だけは、目の前の少ないオーディエンスに音を届けることにしよう。
「まだ12歳でしょ?ご両親無くされて可哀想に」
(思ってないくせに)
「その割に泣いてすらないぞ?碌に家に居ない父親だったから今までと変わらないだろ」
(知ったような口きくな)
それでも、幼い私を慰めようと必死な大人が居たけど、私の心は荒んでいく気がした。
だれが面倒見るかと親戚同士で押し付け合ってる光景は、馬鹿馬鹿しくて見てられなかった。
だから、決めた。一人で生きていこうと。
どうにか中学と高校は通信制を利用してなんとか無事に卒業した。なるべく人と関わりたくなかった。昔から夢中になってないと、「ああ、自分は一人なんだ」って考え込んでしまうから、DJのことを考えてる時間は苦じゃなかった。いや、考えていないと自分の何かが壊れる気がしたから。
18歳になった時初めてDJとしての壁にぶち当たった。こんなに考えても考えても、聞いてくれる人は居なくて、褒めてくれる人もいなかった。『オーディエンスが居てこそのDJ』。何度も父が口にしていた言葉。
もしかしたらその時が私の転機だったのかもしれない。遊び半分でSNSに投稿した繋ぎのワンフレーズはアホみたいにバズった。
大きくなっていく『DJ @iri』の存在。
消えていく『橘 藍里』の存在。
どちらも私である筈なのに。
『色んな人と繋がりを持った時、お前には何が見えて、何が聴こえるんだろうな.....』
私のDJプレイを言葉で声で褒めてくれた不愛想な人。
私の気持ちを汲み取ってくれたチャラいけど優しい人。
逃げてばかりの自分だったけど、二人の為に作ったライブだよ。
だからどうか届いてほしい。
***
実は車の中で話を聞いている時から計画してた。コメントで一方的に二人を知っていて、そして二人といる空間はなぜか心地良い気がした、ろくに会話はしていないけれど。父が言っていたあの言葉を思い出して、何かの縁だって少し軽い気持ちで考えてたのもある。
だから今、ちょっとだけ後悔してる。
「おい!本当に本物か?!」
「ちょ、ちょっと陣平ちゃん!肩揺らし過ぎ!折れちゃうよ!!」
誰か、助けて.....折れる。
***
「もう少しさあ、セトリの感想言うとか編曲の感想言うとかあるじゃん。何のために正体明かしたと思ってんのさ」
「いや、無理あるだろ」
「まさか橘ちゃんが、あの『DJ @iri』だなんてねえ、最近で一番びっくりしたよ」
「いいよ藍里で、そういえば一応フルネーム聞いとく」
「何だ一応って、俺は松田陣平」
「俺は萩原研二だよ、よろしく藍里ちゃん。てか何で教えてくれたの?」
「下の名前教えればいずれバレるだろうし、まあ、なんとなくかな。一歩前進したかったのもある」
「?」
「おい藍里!さっきの新しいヤツか?びっくりして聞き逃してたからもう一回やれよ!」
ヘラヘラしながら寄ってきたじんぺーが可愛く見えて、緊張していた体も力が抜けていく。
この空気感がたまらなくて、ふふっと笑みが溢れた。
お父さん、幸先良いスタートかもよ?
「どうした?」
「いや、びっくりしてる割に対応はそのままで面白いなあって」
「はあ?そりゃ藍里だろうが@iriだろうが、お前はお前だろ?」
「ふふっ、そりゃそうだね」
DJだろうが、藍里だろうがと、期待していた言葉を毎回くれるヤツだな。
ふうっと蒸し暑いウィッグを外し、スリッパに履き替えた。
「なるほどね〜、身長全然違うしウィッグと眼鏡かけてりゃ分かんないわ。でも藍里ちゃん、家に入れたのが俺達だから良いけどあんまりホイホイ人入れちゃダメだぞ?」
「?家に人あげたの3年ぶりくらいだから」
「それもそれだな」
そう言いながらじんぺーはブース周りを興味深く見渡していた。サングラスをしているじんペーはブースの前に立つとなかなか様になっているように見える。転がっているマイクを手に取り、そのまま私とお萩に話しかけた。
「とりあえず、飯にしねえか?腹減った」
「俺も〜、藍里ちゃんなんか材料ある?何か作ろうか?」
「台所7年くらい使ってない」
「「はあああ!?!?!?!」」
マイクで叫ぶな。耳キーンなるわ。
「台所自体は綺麗だね。まあ、生活感の欠片もないけど」
「?冷蔵庫に食料あるから、生きてこれたよ」
「....おい、まじかこれ。良く生きてこれたな。最後にこれ以外食べたのいつだよ」
「えっと、3週間前?」
冷蔵庫の中身にドン引きしてる二人は、そそくさと買い物に出かける準備を始めた。先に支度が終わったお萩が真剣な顔をしてこちらにやってくるもんだから、何事かと身構えてしまった。
「ねえ、藍里ちゃん。ずっとこの家で一人だったんでしょ?」
「ハギ、お父さん居るってそいつ言ってただろ」
「いや、居るっては言ってないし、この生活感とお父さんの服とか、生活用品が無いから、もしかしたら居ないんじゃないかなってさ」
「.....うん。小6の時死んだよ」
動揺してるじんぺーと、やっぱりかと言いたそうなお萩に、私は無理やり笑って寂しくなんかないぞと口にしようとした時、息が止まるほどギュッとお萩の腕に抱き締められた。
「.....辛かったろ?もう強がらなくていいんだ、俺達に歩み寄ってくれてありがとうな。初めて会った日から何か抱え込んでる子なんだろうなとは思ってたよ。でも、藍里ちゃんのDJのお陰で俺達は繋がれたんだよね?コメント残してよかったなあ~!」
「.....子猫ちゃんとか意味わからなかったけど」
「ははっ!減るもんじゃないからいいのいいの!_もう無理しないで?涙目なのバレてるよ、恩人さん」
「う、うるさい!!__っ……ふ...っ...うぅ」
「はーい、よしよし」
いつぶりだろう。冷え切って固まった心が溶けていくような感覚で、絶対涙腺が壊れるなあって思った。本当よく見てる人、初めて会った時からそうだったもんね。後ろでじんぺーが気まずそうに頭をガシガシ掻いていて、バッチリ目が合った。
「_ふふっ、ありがとう」
「うん、こちらこそ」
「おーい、辛気臭いのやめようぜ。飯だ飯!」
「ちょっと、久々に泣いてるんだから余韻に浸らせてよ!」
「そんなのするくらいなら笑っとけ、馬鹿」
雑に私の頭をガシガシと撫でたが、最後はポンポンと優しく触れてくれた。
「ハギがほとんど言ってくれたけど俺からも一つ。お前事件の時情報持ってたからあの場に居たんだろ?無理やり聞こうとは思ってねえから、もう危ない真似はすんな。今回だけは見逃してやる、結果的にハギは助かったからな。何かあれば必ず俺らに相談しろ、いいな?」
なんだこの二人、お兄ちゃんかよ。
でもこういうのも悪くないな。
返事もしないでにやけてたら、愛想の悪いお兄ちゃんに怒られました。
「で?何喰う?」
「うわぁ、食べ物だ....」
「何こいつ、アホ?」
時刻は18時過ぎ。初めの集合場所であるデパートに到着した。久々に見る食べ物らしい物達にちょっとだけ感動した。
「藍里ちゃん、食べたいのある?」
「和食が良い」
「惣菜見て、作れそうなもんは俺らで作るか」
「じんぺー料理出来んの?私とそんな変わらないと思ってた」
「お前な、馬鹿にするのもいい加減に、、、」
「どうどう、陣平ちゃんハウスハウス」
「あはは!躾が鳴ってない犬で大変だねえ」
「お前ら後で覚えとけ」
惣菜コーナーを見て回り、筑前煮やひじきの煮物をお萩が持っているカゴにポンポンと入れていく。ふとあの時のお弁当を思い出し、カゴに突っ込んだ手が止まった。
「どうした?変えるのか?」
「いや、1ヵ月くらい前に食料無くなって緊急でコンビニ行こうとした時、歩道橋から落っこちたことあってさ」
「はあ?大丈夫だったのかよ」
「運良く下で支えてくれた人が居てさ、その人から和食たっぷりのお弁当貰ったこと思い出して」
「知らない奴に弁当渡すほど、お前飢えてたんだろ」
「ははっ、違いない。でもあのお弁当すっごく美味しかったなあ」
「あら、ちとジェラっちまうねえ」
「?」
冷蔵庫の中身を知ってしまった二人は、少しでも私に食べさせようと簡単に食べられるけど栄養がありそうなものをポンポンとかごに入れていた。一緒におつまみも買い込んでいたらしく、流れるようにお酒コーナーに向かった。
「藍里お前何歳?」
「え、19」
「そっか~、まだ飲めないね。誕生日は?」
「来年の3月」
「藍里ちゃんと今から飲むの楽しみだなあ」
大荷物だったがほとんど二人が持ってくれて、家の食料はまた潤った。
うん、色んな意味で感謝だな。
「うわ、塩辛い味久々に食べた。やっぱり満足感違うわ」
「その台詞生まれて初めて聞いた」
「さっき抱き締めた時細すぎてびっくりしたよ。ちゃんと食べるんだよ?」
「ハギ、お前ちゃっかりしてんなあ」
最後に誰かと食事をしたのは、葬式の時の会食以来だ。久々の食事らしい食事だからか、それともこの二人との食事だからか。確実にいつもの腹に食べ物を入れる作業が楽しいものに変わっていた。
「二人はさ、幼馴染なの?」
「そうだよ~、小さい頃からずっと一緒」
「全然違うタイプだけど、上手く嚙み合ってるもんね。マッシュアップみたい」
「ははっ!上手いこと言ってんな」
この二人だいぶ飲んでいるがあんまり変わらないな。じんぺーは少しだけほろ酔ってる気もするが。
そういえばお父さんはめちゃくちゃお酒弱かったなあ。DJブースにお酒置いてプレイしてる人ばかりだったのに、一人だけスポドリだったよなあ。懐かしいな。
初めて行った夏のフェスの思い出に浸っていると、グイッと手を引かれじんぺーの顔が目の前にあった。心臓に悪すぎる。
「おい、何ぼーっとしてんだよ!ブースの方行って音楽かけようぜ!ほら、早く!」
「はあ?まじで犬かよ。分かったから引っ張んな!」
「お酒飲みながら、ライブって最高じゃんか」
藍里のまま、ブースに立った。
二人のリクエストと好きそうな曲調を選んですぐにフェードインすると、床に座りながら幸せそうに聞き入る二人の顔にちょっぴり泣きそうになった。
あ、なんか良いフレーズ浮かびそう。
こりゃ明日はブースに籠りそうだ。
でも今だけは、目の前の少ないオーディエンスに音を届けることにしよう。