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旅立つその日まで


「と、いうわけで、上級生との魂葬実習が終わり次第、霊術院を卒業します」

 

 少し改まった言い方で宣言するゆらに、浮竹はすぐに顔色を悪くし、長椅子の上で寝転んでいた京楽はぱっと起き上がった。動揺する二人に「思ったより早かったね、あはは」とおかしそうに笑った。

 

「そ、それは、流魂街に帰るということか?」

「へ?あ、そっか、二人に言ってなかったや、わたし死神になろうと思ってる」

 

***

 

「__四楓院夜一、浦原喜助、月雲ゆら、この三名は実力、実戦、適正等判断し死神としての基盤がすでに出来上がっていると、教職員の会議で決まった。上級生と現世へ魂葬実習に行ってもらい、終了次第入隊試験を受けてもらう。死神にならない、というものはいないな?」

 

「あ、あの、、」

「どうした、月雲」

「この二人は分かるんですけど、わたしは、、、」

 

 「ビビってるんスか?」「儂らと一緒じゃ不服か?」と両サイドから攻められる声を全力で無視し、先生の返事を待つ。

 

「月雲、お前京楽隊長と浮竹隊長二人の推薦状を入学式の時持ってきていたそうだな」

 

 「あ、」と呟き、「残念だったな」と痛い声を浴びせられた。そもそも、霊術院では高等鬼道を教本に載せていないのにも関わらず使いこなし、学年ツートップの二人と渡り合える実力は最早知れ渡っている。今更隠すことも出来ないし、結果的に早く死神になれるのならばいいのかもしれない。

 

「、、分かりました、頑張ります」

 

***

 

 「うん、帰ってお姉ちゃんを探すよ」と、きっとゆらは言うに違いない。そう身構えていた二人は考えていた予想の斜め上を行く答えにそれぞれリアクションを返す。

 

「やった~!じゃあ瀞霊廷に残るんだよね?嬉しいなあ!八番隊においで、仕事がんばれちゃうなあ!」

「__春兄、可愛くない」

「な、なにかあったのかい?言ってごらん?な? 京楽!少しうるさいぞ!」

 

 最近少し仲が良くなかった二人が、ゆらをきっかけに会話をせざるを得ない状況になってしまっている。ゆらが四番隊の救護詰所に入院になった時、二人は先に帰ってしまった。あれから、特に浮竹がピリピリしているように感じ、二人の会話は途端に少なくなった。

 

「ねえ、十兄と春兄こそ、何かあったの?もしかしてわたしが無茶しすぎて怒ってる?」

 

 震えて泣き出しそうな声に京楽も浮竹もすぐさま反応した。

 

「な、そんなことないぞ、とも言い切れんが、ゆらは悪くないぞ!」

「そうだよ、むしろ流石ボク達の娘だなあって感じさ。もしかして早ければ一年で卒業か、めでたいねえ」

 

 上級生との魂葬実習がいつになるかは分からないが、上手くいけば現六回生とともに卒業になる可能性がある。それは、開校以来初の異例とのことで、しかも三名という護廷隊からしてみれば思ってもみない豊作である。俗に言う黄金世代というものなのか。

 

(こんなことになるだなんてあの頃は想像もしていなかったな__)

 そう思ったのは、ゆらだけでなくこの場に居た三人が感じただろう。ゆらが自分で決めた決断に今更とやかく二人は言わない。むしろ、これからもゆらと一緒に居れるということに安堵の表情だった。

 

「じゃあ、わたしテッサイさんのところに行くから」と、足早に出ていった。

 

 

「ボクは、ゆらは死神に向いていないと思うんだよね」

「ああ、俺もだ」

 

 ゆらを霊術院に通わせたのは間違いなく二人なのだが、きっと流魂街に戻る可能性の方が高いと感じていたのだろう。「まあ、ボクらで支えないとね」と、浮竹の目を見て話すとそのまま隊舎へ向かった。

 

「__いずれ、避けては通れない道なんだよな、、」

 

 

 

 

 先生に呼ばれたあの日以来、三人の周りはいつも以上に騒がしくなった。野次馬に慣れている夜一と周りを気にしない喜助、そして落ち着かないわたし。せめて二人と時期をずらせば良かったと少しばかり後悔した。

 

「入隊試験って、筆記と、鬼道と、白打と、あとなんだっけ」

「剣術っスよ」

 

「斬拳走鬼」死神の主な戦闘方法だ。今回は歩法以外を入隊試験とするそうだ。

 

「ゆらサンって、普段浅打を持ち歩かないっスよね?何か理由が?」

 

「そういえばそうじゃの」と、続ける夜一に、ゆらは内心ドキッとした。

 あの日、姉に刺されたという事実から目を遠ざけたかったのかもしれない。刀を常に腰に下げることが怖かった。木刀ですら本気で扱えない今のゆらは、斬魄刀で人を護るなんて到底無理だ。

 

「ビビってるんスか?」

 

「__は?」

 

 自分でもこの怒りを含んだ声にびっくりした。

 

「鬼道が優れていても、その他は穴だらけっスか?戦いに必要なのは恐怖じゃないっスよ」

「わたしに鬼道で勝ったことないくせに、よく言うよ」

「負け惜しみスか?アナタらしくない」

 

 気付けばグイッと喜助の胸倉を掴み上げていた。「知った風な口きくな」と、低く呟いた小さな声はしっかり震えていた。いつものように見透かされたのだと、焦ってしまった。

 いつもそうだ、自分の弱点を見抜いて、こいつははっきり口出しするのだ。信頼はしている、一つ話せば十理解するような男だ、だが、最初からこの男だけは「嫌いだ」。

 

 

 次の移動教室、ゆらは二人と離れて席に着いた。

 

***

 

 真っ白で今にも折れてしまいそうな腕が自分の胸倉を掴んだ時、ゆらは震えていた。足早に去っていく彼女の背中を見つめていると「やり過ぎじゃ」と少し怒気を含む声が返ってくる。

 

「応援したいだけだったんスけどね」

「『応援』という意味をお主は分かっとるのか?」

 

 どこまでも不器用な二人に、夜一は一人どうしたものかと内心呟くのであった。この二人は極端に人との関わり方が下手くそだ。

 

 

 

「剣術を教えてください」

「ム、私にそれを言われましても、、、」

「テッサイさんだって死神でしょ!?」

「鬼道衆は刀をあまり使わないものでして、、」

 

 鬼道衆は結界術、罪人の拘束等をメインに行う役職の為、刀をあまり使わないのだ。ゆらも願わくば、鬼道衆に入りたいと思っているほど条件がそろっていた。

 落ち着いて冷静になって考えたが、喜助が言うことも一理ある。上手くいけば一年で卒業できるこの機会を、ゆらは一番逃してはいけないのだから。しかし、この鬼道バカ二人は修行で一切剣を使わず、そして今途方に暮れている所であった。

 

「今日も修行かい?熱心だねえ」

 

 パッと振り返ると、隊長羽織やら女物の着物やらを珍しく着ていないラフな格好をした京楽の姿が目に入った。今日の仕事がもう終わったということだろう。

 

「春兄!剣術を教えて!」

 

 そうだ、初めからこの人に頼ればよかったのだ。テッサイは論外(失礼)、浮竹は過保護、ならどっちにしろ残った京楽に頼るしかないのだ。ゆらの甘い考えが、自分の首を絞めることになるなどこの時は考えてもいなかった。

 

 

 

 もうだれも居ない八番隊の修行場を特別に使わせてもらった。これが終わったら、一緒に甘味屋行こうねとのほほんと話す京楽だったが、いざ修行場に立つとその空気感は一瞬で消えた。

 

「それじゃあ、とりあえず木刀でやってみようか」

 

 真剣は使わないようで、とりあえずほっとした。一時貸与された浅打はほぼ腰にすら下げていない。今日も一応持っていてはいるが、実際に鞘から抜いたことは一度も無かった。

 

 いつでもどうぞと構えてすらいない京楽に、思いっきり正面から木刀を下ろした。自分の最大の力を振り絞った。しかし、それは京楽の手のひらによって受け止められた。

 

「なっ!?」

「やれやれ、やる気あるかい?」

 

 木刀ごと身体を持っていかれ、勢いよく地面に叩きつけられた。「いったあ、」と、情けない声を出して怯んでいると、すぐさま京楽が刀を振りかざす。ゆらにはその木刀が真剣のように見えていた。

 

「、、っ!!!」

「逃げないで、受け止めたことは褒めてあげるよ、偉い偉い」

 

「木刀では死なないとでも思ったかい?霊圧をのせれば、ゆらくらい串刺しに出来るよ」

 

 そう話す京楽は、いつもの優しい父親のような姿ではなく八番隊隊長の風格がにじみ出ている。「怖い」「殺される」それは、あの時の感覚に近かった。

 

「キミは何のために死神になるんだい?キミの目的はお姉さん・・・・だろう?虚を倒すことも瀞霊廷を護ることでもないんじゃない?」

 

 核心を突かれる一つ一つの言葉、木刀を握る手に力が入らなくなっていく。京楽が言う言葉はすべて正しい、半端な覚悟の人間は護廷隊にいらない。

 わたしに足りないのは、死神になる覚悟、護るために剣を握る覚悟だ。

 

「__できるかい?『護る』ということは、『斬る』ってことだ」

 

 倒れ込む身体を起こして、京楽に向かって剣を構える。今のわたしの剣術は拙いものだ。ただ、剣術以前の問題だったのだ。ゆっくりと目を開き、地面を勢いよく蹴った。

 

「__いい目だ。」

 

 

 ガキン!!と木刀同士がぶつかる音が、日が暮れるまで続いた。

 甘味屋のあんみつが今までで一番美味しかった。

 

 

 

 

 

「おはよう」

「おお、ゆら!おはよう!」

「、、、、」

 

「はあ、まったく、、」と、呆れる夜一の声を二人は聞いていないフリをした。最近は上級生の座学に混ざることも増え、広い講堂で授業を聞くことが多い。自由席になり真ん中に座っていたゆらは、いつしか夜一に代わっていた。

 

「お主ら、話したいことがあるなら普通に話せばよいではないか」

 

「別に話すことないっス」

「顔も見たくない」

 

 夜一を挟んで睨み合う二人に、やれやれとため息をついた。

(喜助がここまで意固地になるとは思わなかったが、頑固者どもめ、さっさとどちらか折れんか)

 

 ゆらがこうなることは予想していたが、喜助も「わたしに鬼道で勝ったことないくせに」というのを少し気にしているらしい。ゆらと会う前までは、自分の鬼道に自信があったようだったからだ。

 

 喜助は夜一とテッサイ以外の初めての関わり、ゆらは姉、京楽、浮竹以外の初めての関わり。夜一は「どうしたものか」と途方に暮れていた。

 

 

「全員席に着け!これから現世遠征の説明を始める」

 

 ついに、三人の卒業前の必修科目である「魂葬実習」が近づいていた。今回の実習次第で、卒業試験を受けるかどうか決まる。

 

「二名ずつ鳴木町内、空座町周辺で一人三回魂葬を行ってもらう。もしも虚と遭遇した場合、直ちに逃げなさい。そして緊急事態は引率の先生から「天挺空羅」によって知らせる」

 

 重要な説明を何となく耳に入れて、上級生と二人きりは辛いなと頭の中はそればっかりだった。

 

「__それでは班を発表するぞ。一班、、、、、、」

 

(夜一とペア、夜一とペア、夜一とペア、、、、)

 

「五班 四楓院夜一、〇〇〇〇」

 

 ガクッと肩を下ろすわたしと裏腹に、夜一とペアの上級生は雄叫びを上げている。「儂は一人でも十分じゃ」という夜一に、うん、その通りだと肯定した。

 

「六班 浦原喜助、月雲ゆら」

 

「「は?」」

 

 石のように固まる二人に、「いい機会じゃ、仲良くするのじゃぞ、ふははは!」と、涙目になりながら笑っている。その後の先生の声は何も耳に入ってこなかった。

 

 

「足引っ張んないでくださいよ~。そのオモチャで魂葬出来ればいいっスね~」

「はあ?そっちこそ足引っ張んないでよ?なんなら、別行動してもいいけどね?」

 

 

 

「喧嘩するほど仲が良い」ってだれが考えたのだろう。その言葉が二人に似合うようになる日は来るのだろうか。
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