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旅立つその日まで

「____で、____、、かい?」

 

「、、いや、____まだ、、」

 

 

 声が聞こえる、一人は知らない男の声だ。連れ去られた、そう考えてもおかしくない状況のはずなのだが、逃げなければ、殺されるかもしれないという危機感はまるでなかった。それは、聞き覚えのあるもう一人の声が理由ではない。生きる価値がわからなくなったからだ。

 

(__最後まで、何も教えてくれなかった、、、お姉ちゃん、、、)

 

 

 一方的に言葉をかけられて、最後は消えてしまった。何が姉を苦しめていたのか、わたしと出会う前に何かあったのか、一つくらい教えて欲しかった、頼ってほしかった。後悔ばかりがわたしの心を埋め尽くしていく感覚があるけれど、不思議と涙の一つも出やしない。

 

(__もう、わたしは、一人なんだ、、、)

 

 少しずつ意識が戻りかけていた為か、二人の会話の内容が段々と聞こえてきていた。

 

 

「あの場に居たもの達は、全員『蛆虫の巣』送りになるだろう、やはり予想通りだったな」

 

「表向きは流魂街の町医者、七十六地区には不釣り合いな稼業だと思っていたからね。まあ、あとは彼らから聞き出したいところだけど、生憎、今の刑軍サマは厳しくてね、話を聞いてもらえそうもないよ、」

 

「まあ、仕方がないさ。俺達であの周辺を調べることにしよう、場所が分かればどうにでもなる」

 

「うん、そうだね。それじゃあ、一度隊舎に戻るとしようか、山じいにもこのこと話しておかないと」

 

「ああ、彼女もまだ「白伏」が効いているだろうから、しばらく休ませてあげよう」

 

 

 ゆらを見つめる二人の視線はゆらには届かない。京楽は花笠に手を掛け、そっと深く被りなおした。

 

 

「__浮竹、彼女本当にあの子・・・、なのかい?」

 

「__確かに、見た目も霊圧・・・・・・も別人だ。だが、俺はそうだと信じているさ」

 

「、、やれやれ、まいったね、どうも」

 

 

 音と気配が無くなったと分かり、重い瞼をゆっくり持ち上げた。微かに霞む視界にすら気にも留めず、気付いた時には勢いよく知らないこの家を飛び出していた。

 

「、はぁ、、はぁ、、そうだよ、あそこに行けば、なにか分かるかもしれない、、!!」

 

 幸いここは瀞霊廷ではなく流魂街のようで、倒れる前のいつも通っていたあの場所まで止まることなく駆けていく。

 昨日のことなのか、それよりももっと前のことなのか、あの時の曇天は面影すらなく、今は晴れ渡る青々しい空が広がっていた。

 

 

「、、真実を知るまで、諦めない、!!」

 

 二人が話していた最後の会話は、頭の中から消えていた。

 

 

 

 

 赤黒く広がる血痕、崩れかけている家が視界に入り、あの時の様子がフラッシュバックする。

 

 だれも居ないことは分かっているが、いつもの癖で足音を立てずに地下につながる階段へとそっと近寄る。いつもなら一瞬の道のりが、何倍にも感じる気分だった。

 

 着いた先は姉に会いに行っていた奥の部屋ではなく、白衣の人が何か作業をしていたと思われる部屋だ。奥の部屋には特別何もないのは知っている為、他の部屋をあの二人が来る前に調べてしまわないといけない。

 頑丈な扉に手を差し伸べ、一呼吸置き意を決してその扉を開いた。

 

「な、んだ、、?」

 

 赤い試験管、分厚い本の山、自分よりも大きな機会に囲まれた赤く滲んでいるベッド、非人道的な匂いがするこの空間に胸を痛める。無音の中、ペタペタと自分の足音だけが響いていて気味が悪くなる。

 ゆっくり辺りを見回し、ふと目に入ったファイルが並んでいる棚に手を伸ばした。

 

 

「、?、、『七十六地区、大量虐殺事件』??」

 

 

 八十の地区があるうちの七十六地区。一度死んで、気付いた時にはもう姉とともにこの地区で暮らしていた。数字が高くなるほど、ならず者や悪党が集まるとされている為、ここ七十六地区もまともな人間は居なかった。

 しかし、人が死ぬほどの事件はこちらに来てから聞いたことなどなかった。

 表紙をめくると、一枚の写真と下に殴り書きの文字が見えた。その写真が目に入った瞬間、持っていたファイルは手から滑り落ちていた。信じられない内容に、吐き気すら感じていたが、もう一度嘘であることを願うように、写真を確認した。

 

 

 

「__幻 妖 雫 紅げんよう しずく、白い髪を、血で濡らす、赤い瞳の狂人、、う、そだ、、、」

 

 

 

 背中に流れる嫌な汗、写真を握る手は確かに震えている。優しい声も、頭を撫でる優しい手つきも、全部、全部覚えている。それなのに、写真に写る姉の姿は、綺麗な白い髪をほとんど血で染めて、あざ笑うかのような顔で写っていた。

 

 

「、嘘だ、、嘘だ、!!こんなの、信じられるわけ、、、」

 

 これが本当なのであれば、なぜわたしは生かされた?人を殺すほど強い人ならば、なぜこんなところに何日も閉じ込められた?あの白衣の男達が何かしたのか?

 尽きない疑問のせいで嫌な方向へと思考が進んでいく。

 

 

(__あの笑顔は、全部、ニセモノ、、?)

 

 

 時が止まってしまったかのように、ゆらもまた、動けなくなってしまった。きっと、違う、なにか理由があったはずなのだ。しかし、違うという証拠も無い、わたしに話したことすらも無かった。

 憑りつかれたかのように黙々と他の書類を調べ上げた。分からない単語は飛ばし、姉の名前だけを頼りに読み進めたが、一向に得られる情報は無かった。

 

 

(__本当のお姉ちゃんは、どっち、??)

 

 血に濡れる姉か、優しく微笑む姉か何が何だか分からなかった。

 

 

 考え疲れるわたしは無音だったはずの部屋に響く、二人の足音にすら気付いていなかった。

 

 

 

 

「__はぁ、やっと見つけた、、、」

 

 

 急に聞こえたその声に、ビクッと肩を震わせゆっくり声のする方へ顔を向ける。先日祠で会った浮竹十四郎、そして、きっと先ほどの家に居たのであろう花笠を被りピンク色の目立つ着物を身に纏う男がわたしを見ていた。

 

 

「、、キミ、ここで何をしていたんだい?」

 

「__お姉ちゃんのことを調べに、、」

 

「!! ということは、やはりゆらで間違いなさそうだな」

 

「浮竹、証拠が少なすぎるよ。どう見ても彼女、あの殺人鬼・・・・・にしか見えないよ、」

 

「な、なんのこと、?もしかして、お姉ちゃんのこと何か知ってるの!?」

 

「何を言ってるんだい?キミがそのお姉ちゃん・・・・・だろう?」

 

 

 

 は?と声を出し、部屋の中に自分の姿を確認できるものはないかと見回した。鏡ではないが、姿が見えそうな黒いモニターを見つけ急いで駆け寄った。

 

 

「__は? お、おねえちゃん、、?う、そ、、なんで、、!?」

 

 セミロングの黒い髪は真っ白に輝き、そして左目は右目と正反対の赤い色をしていた。

 写真で見た姿と一致していく自分に、何とも言えない気持ちが溢れていた。

 

 

 動揺で震えるわたしに重い空気を祓うような優しい声が聞こえた。

 

 

「__ゆら・・、なんだよな?」

 

 

 零れ落ちそうになる涙を必死にこらえて、浮竹に身体を向き直し、「十兄?」と小さく呟いた。浮竹は、ゆらのその返答に確信めいたようで、自分より一回りも小さいその身体を優しく包み込んだ。

 

 

「おいで、もう、大丈夫だ。怖かったな、苦しかったよな。我慢しなくていいと、言っただろう?」

 

(「我慢しなくていい。好きなだけ泣きなさい」)

 

 

 何もかもが変わってしまったわたしに、変わらないものが確かにあるんだと、そう聞こえた、そう感じられた。浮竹の腕の中は、あたたかくて、太陽みたいだった。

 

 

「、、うぅ、、っ、、十、兄ぃ、、ううぅ、、、ふ、っ、、、」

 

「__ゆら、遅くなってごめんな、、、」

 

 今のわたしに、彼の優しい声は逆効果でしかなかった。

 

 

 

「何か事情がありそうだね。先ず、この辛気臭い部屋から出ないかい?お二人さん」

 

 

 一気に現実に引き戻されるくぐもった声に、大人しく二人についていこうと決めた。浮竹はともかく、この派手な男に関してはきっとわたしを危険だと思っているに違いない。しかし、戦う術を持っていないためどうしようもなかった。

 

 

__シュン。

 

 風を切る音が一瞬のうちに消えた。その時にはもう飛び出したあの家の前に立っていた。初めての出来事にこの二人は強い人なのだと気付かされた。途端に置かれた今の自分の状況に怖くなり、浮竹の羽織をギュッと掴むと、「大丈夫だ」と頭を撫でてくれた。

 中に入ると三人で円になるように、わたしは浮竹に少し近い位置に着いた。

 

 

「__さて、なにがあったか話してくれるかい?」

 

 

 まじめな顔をして問う男の声は、低くて少し荒い声をしていた。

 

 

 

 

「__なるほど、『霊圧の譲渡』ね、、、確かに今の君の霊圧は自分のものと誰かのものが混ざり合っているように感じるね、」

 

「__わたしには、分からない、、」

 

 あの日浮竹と会いその後から今に至るまでを、二人になんとか自分の言葉で説明した。わたしの拙い説明で、少し距離を置いて聞いていたこの男は何が起こったのかすぐに察したらしい。

 

「しかし、それが本当だとして、お姉さんの肉体が消えてしまったのは異常だ。霊圧を送るだけなら、たとえ力が全部流れてしまっていても肉体は消えないはずなんだよね、、ましてや見た目が変わるなんて聞いたことすら無い。」

 

 

 消えないはず・・・・・・、この男は確かにそう言った。その言葉だけが頭から離れなくなり、暗くなった心の中に僅かに光が差し込んでいる気がした。その霊圧というものをわたしに送った理由も、背丈は変らないが見た目が姉と瓜二つになった理由も『姉がまだ生きていれば』分かるかもしれないのだ。

 

 しかし、たとえ姉が生きていたとして、これまでと同じように笑えるだろうか。あの写真と書いてある事実が本当なのだとしたら、わたしと過ごしてきた日々は偽物だったのではないか。見えた希望の先にまたもや大きな壁が立ちはだかる様な感覚に、顔を上げてみたり俯いてみたりと忙しなかった。

 

 

 

「__お姉さんが、『ゆらを護った事実』は、変らないんじゃないか?」

 

 

 涙ぐみながら唇を噛み続けていた力が抜けていき、目頭が熱くなる。黙って聞く前の男は、「やれやれ」と花笠を深く被り直している。表情は分からなくなってしまったが、僅かに見えた口元は弧を結んでいるような気がした。

 

(そうだ、どちらが本当かなんて、悩んでる場合じゃない、、)

 

 

「__わたし、お姉ちゃんを、探したい。そして、ちゃんと本当のことを聞くんだ!!」

 

 

 わたしに会う前のこと、あの実験施設に連れていかれたこと、もしかしたら、まだまだ分からないことだらけなのかもしれない。理由を知るまで、諦めちゃいけない、まだ生きているのかもしれないのだから。

 

 

 祠の前で会った時の強い目をしたゆらに、浮竹は微笑んだ。あの時、白衣を着た男に殺されかけたあの日、生きる希望を見失ったゆらは見るに堪えるものではなかった。いつか彼女が自分の目的を成し遂げるときに、信じあえる仲間がいて、隣で笑っていられら__。

 

 浮竹も決意を示したかのように声を出した。

 

 

「__京楽。ゆらは、俺達・・で面倒を見よう。」

 

 顔を花笠で覆い隠して仰向けに寝そべっているその男、「京楽」は、思わず身体を起こして聞き返す。

 

「正気かい?何もそこまでしなくてもいいじゃない」

 

「いや、ゆらの霊圧ではもう流魂街で暮らすのは難しいだろう。たとえまた戻ることになったとしても少しは力の制御を覚えないと話にならない」

 

「__やれやれ、まいったねえ。お人好しにもほどがあるよ浮竹」

 

 二人のやり取りを黙って聞くゆらは、ちらっと京楽と呼ばれた男に視線を向けると、ばっちり目が合ってしまい顔をそらし、すぐに浮竹の羽織を掴んだ。

 

「あちゃ~、どうも時間がかかりそうな案件だ、ボクは京楽春水。よろしくね、ゆらちゃん」

 

 

「、、ゆらです。よろしく、おじ、、、えーっと、『春兄』?」

 

 

 浮竹ときっと仲が良いのだろうと思ったゆらは、咄嗟におじさんと言いかけるのを止めて名前から考えたのか「春兄」と呼んだ。京楽は目を丸くして驚いたが、今まで見せることのなかったおだやかな顔をして、ゆらの頭を優しく撫でた。

 

 

「ま、しょうがないかあ、浮竹の頼みは断れないからねえ」

 

 

 「満更でもなさそうだな」と一喝する浮竹とニヤニヤと顔を緩める京楽を見ていたゆらは少しだけ小さく笑みをこぼした。それを静かに見守る二人はまるで父親のようだった。

 

 

「とりあえず俺の家にしょう。京楽もたまに様子を見に来てくれ」

 

 「うん、分かった」と頼もしい返事が聞こえた。七十六地区に近いこの家は今は使っていないらしい。当分流魂街には戻れないと思うと寂しい気持ちもあるが、今は二人を信じて、いつかまたここに戻ってくるまで生きようとゆらは誓った。

 

 

 瀞霊廷を目指す二人の背中を追うように、ゆらは小走りで駆け寄る。

 

 強く生きよう、あなたに会うその日まで。真実を知るその日まで。

 あなたがわたしを守ってくれたことには変わりはない。

 

 

(___またね、お姉ちゃん。)
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