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旅立つその日まで

 わたし「月雲ゆら」の容姿は少し人と違う。身体が弱いわけではないのに真っ白な肌をしていてそれに負けない白い髪色。それに関しては、不服にも同じような人がいるため気にしなくなったが、目の色だけはどうにもならない。右目が青くて左目が赤い、オッドアイというやつだ。

 この時のわたしは、自分の瞳の色でこれから巻き込まれていく事態に気付かないでいた...。

 

***

 第一回期末試験が行われた。入学してから初めての試験に、どこまで対策するべきかも分からない一回生が多くみられ、ほとんどの生徒は眠気と疲労でいっぱいだった。張り紙を確認してもわたしの名前はないということは作戦成功だ。一回生約100人中わたしは68位。まあ、狙い通りの順位をたたき出し、決して喜んでいい順位ではないが内心ほっとしている。流魂街スローライフ生活の道にまた一歩近づいたのだった。


「お主なんでそんな満足そうな顔をしておるのだ?悔しいとは思わんのか?」


 急に話しかけられ肩が震えた。まあ、いつものお偉い方のお出ましだ。

「いや~、もちろん悔しいと思ってますよ。そんなことよりなぜここに?」

「お主の容姿は目に付きやすくてのお。それに、儂も試験の順位を確認しに来たのじゃ...どれどれ?」

 確認しなくても貴方のことだからきっと1位なんだろう。念のため張り紙の上の方を確認してみると、彼女は惜しくも2位であった。1位を見ると「浦原喜助」の名前が目に入った。

「流石じゃのお、喜助。お主がおらんと張り合いが無くてつまらん」

「いやいや~、たまたまっスよ~。ボクは実力を隠したりはしませんから~、あはは」 

 わざとらしくこちらを見て話す浦原が本当に腹立たしい。それにしても思っていたより優れているというのが、結果として表れているのが何とも言えない。


「月雲サン、本当はもっと点数とれたんじゃないんスか~?」

「なんのことだか...。」

「またまた~、この前なんて上級生相手に白伏..むごっ!!」

「うらはらさん?なんのご冗談を?」(こいつ大声で何言ってんだ!)

「いつもの飄々としたアナタらしくないっスねえ、あはは~」

「...わたしは至って冷静ですが~??」

「なんじゃ、おぬしらいつの間にそんなに仲良くなったのじゃ?」

「良くないです!」「良くないっスよ~」

 
 見事にかぶった台詞にわたしはきつく睨み返し、浦原は得意げにわたしを見下ろす。急に言葉数が多くなったわたしに夜一もびっくりしているであろう。まあ、流石にこの前のことはわたしもやり過ぎたとは思ったが...。しかしこの男に関しては容赦なく嫌いである為、やり返してもやり切れていないのが本音である。
 

「喜助のように儂に対しても様付けを取ってせめて「夜一さん」と呼んでほしいものじゃ」

「いえいえ、わたしはそのような身分の人間ではありませんので...」 

「儂はそんなこと気にしないのじゃが...よし、一つ賭け事をせぬか?」


 夜一の発言にゆらと浦原が同時に頭の上に?を浮かべた。正直嫌な予感しかしないが、話の内容だけは少し気になった。


「ひと月後に組対抗のなんでもあり組手大会があるじゃろ?そこでお主が喜助に勝ったら儂は諦めてやる。だが喜助が勝ったら、儂のことは夜一と呼んでもらうぞ!!」
 

...もうどこから触れていいか分からない。なぜ組手でないと駄目なのか、「なんでもあり」とは、なぜ浦原となのか、なぜいきなり呼び捨てになってしまったのか、思わず頭を抱えた。

 
「確かに夜一サンと組手は、誰が相手だろうと話にならないっスけど、何もボクじゃなくても...」

「お主らが仲良いみたいじゃから、ゆらも本気を見せてくれるのではないかと思ってのお」

 (仲が良いと思われていることは一旦置いといて、この人最初っから呼び方が目的じゃなくて、わたしを試しているんじゃ...)

「申し訳ありませんが、そんな都合よく特進学級とわたしの組があたることはないかと....」

「ほれ!試験の張り紙の隣を見てみろ!」

 言われた通り確認すると、話題に上がっている「なんでもあり組手大会」の張り紙が貼られていた。わたしの組は後々特進学級と対戦することになるようだ。そもそも、この組手大会は力の差をもう少し考えてから発案するべきではないのか。一般人が特進学級の生徒に敵うはずがない。


「しかし、わたしが都合よく組の代表に選ばれるなどありえません」

「そうですよ~夜一サンこんな腰抜けが選ばれることあるわけ~痛い!!」

「すみません、うらはらさんの背中に虫が止まっていたような気がしたものでつい...」

「酷いっスね~、本当のこと言っただけなのに~、でもボクたちのところも全員夜一サン推薦するんじゃないっスか?」


「儂に逆らうものなどおらぬ!」


((うわあ、職権乱用だぁ......))

 

 

「どうじゃゆら、この勝負受けてくれるか?」

 先生に限らずゆらも夜一には逆らえない身分である。それに、もし断ったとしてもきっと先生を脅して無理やりゆらを代表に推薦するのだろう。それだけ五大貴族の影響力は大きいものである。ゆらは一つ小さいため息をついてから呟いた。

 

「...分かりました、わたしが勝ち残ればの話ですが」

「もしその前に敗退でもしたら、覚悟しておくことじゃの」


 ニヤニヤと楽しそうな夜一に、ゆらはドン引きだ。

 

 __平凡の日々が段々崩れていく。

 

 

 

「なるほど...そのようなことが...」

「迷惑な話だよなあ、別に飛びぬけて実力があるわけじゃないし、まあ、鬼道はちょっと自信あるけど...」

 霊術院での出来事のあと、わたしはいつものように「師匠」に会いに来ていた。小さいころわたしの親と仲が良いというのと、鬼道の才能を見込んだようで稽古をつけてくれている。力を発揮する機会が無かったとしても、流魂街で一人で暮らすことになれば力をつけることが損では無いと思ったからだ。

 それに、師匠のことは尊敬している。技量も性格的な面でもわたしは憧れていた。
 

「ゆら殿、その大会というものは「なんでもあり」なのですな?」

「え?ああ、そう書いてあったけど」

「ここは一度、ゆら殿の実力を見せつけるいい機会かもしれませぬぞ?」

「いやいや、わたしは何もそれを望んじゃいないんだけど...四楓院様が勝手に言っているだけで...」

「!! 四楓院家ですと!?四楓院様と戦うのですか?」

「そ、そんなに驚く??戦うことになるのは「浦原喜助」って人だよ」

「!! 浦原殿.....」


 いつもの冷静な師匠はどこに行ってしまったのか、慌てて手ぬぐいを取り出し額の汗を拭いていた。師匠が取り乱すことなどあまり見たことが無いため、わたしも驚いた。
 

「ゆら殿、これは私からのお願いです。一度、本気で彼と手合わせしてもらえませぬか?」

「え?い、いや、なんで?」

「私の個人的なお願いになりますが、「師匠」の一生のお願いだと思って...」

「いや、こんなことに一生のお願い使うの?もったいな...」


 いったいどうしてしまったのか、目の前の大男はわたしに深々と頭を下げている。ここまでされてしまうと、断るのも申し訳なくなってくる。
 

「...わかった。やるから頭上げて。」

「!!この際ゆら殿の本気を見せつけてやりましょう!!」

「今日はテンション高いなあ...。でも、組手はあまり得意じゃ...」

「ゆら殿。心配はいりませぬ。なんでもあり・・・・・・なのでしょう?」


 良心の塊みたいなこの人が、はじめて悪い顔をしていた。そしてやけに楽しそうだ。

「ゆら殿の得意分野を生かした戦い方をすれば良いのです。今日からその大会に向けて特訓ですぞ!」

「そ、そんなそこまで...」

「やるからには徹底的にですぞ」

「わ、わかったよ。

じゃあ、今日もよろしくお願いします、テッサイさん・・・・・・


***

 まさか彼女の口から二人の名前が出てくるとは思わなかった。思えば彼女の容姿はまだ幼く、霊術院に通うのはもう少し先でも良いくらいだった。だが、どうしてもこの年に通わせたいと泣き言を話す友人は、最終手段に入り、勝手に霊術院への手続きを済ませてしまったようだ。

(なるほど、理由は分かりましたぞ...)


 彼女の性格を理解しているものは少ない。自分から霊術院の話をしたのは今日が初めてだった。ましてやその友人になるかもしれないものが「あの二人」なのであれば、愛弟子の実力を彼らに見せてやりたかった。

 そんなテッサイの思いをゆらが知るわけもなく、今日もひたむきに修行をこなしている姿が愛おしく感じていた。


(さて、ゆら殿にどこまで頑張ってもらおうか...)

 

 

 

 

 

 一か月というのはなかなか早いもので、気付けば例の大会になっていた。わたしの組の代表を選ぶ際、先生からは「上の判断のもと、月雲さんにお願いしたい」と話し合いのかけらも無くすんなりと代表となってしまった。貴族というものは本当に恐ろしい...。
 

 そして、ただの一回生の催しごとにもかかわらず、護廷十三隊の死神の視察隊まで来ていた。軽くイベントごとに巻き込まれてしまったと、ゆらは今更ながら後悔していた。

 一回戦、二回戦は難なく終えた。目立たないように、躱すことを特に意識して長期戦に持ち掛けるようにした。先に体力が途絶えた方が負けではあるが、周りからしてみれば接戦に見えていたであろう。

 そして、いよいよ「浦原喜助」との勝負となった。 

「月雲さん!四楓院様じゃなくてよかったね!」

「二試合も長期戦だったから疲れてると思うけど無理しないでね!」

 優しい言葉をかけられてはいるが、内心「なんでこの子が代表なんだろう」とか「私の方が上なのに」とか思っているのだろう。

 わたしが代表入りした瞬間からまわりの反応は少し変わった。成績が良いわけでもないのに、なぜ月雲がと周りは物申したかっただろう。

(これだから、人とかかわるのは嫌なんだ。)


 

「それではこれより決勝戦を行う!浦原喜助と月雲ゆら、準備はいいか?」

「喜助ェ!絶対勝つんじゃぞ~!ゆらに負けたら儂がボコボコにしてやる!」

「え~~、それはないっスよお~。ボクが一番の被害者っス~」

「ゆらァ!お前も少しは本気を見せんかい!!」

(いらないこと言うな~.....)

 

 どちらを応援しているのかわからない夜一は一番楽しそうに、玩具で遊んでいるかのようにキラキラした笑顔をしていた。

 



「あのぉ、ボクが一番巻き込まれている気がするので、ボクからも一ついいっスか?」

「...知りません」

「ボクが勝ったら、ボクの質問に一つ答えてください」

「勝ってからにしてください、わたしも師匠に負けるなと言われているもので」

師匠・・?それもまた興味深い。アナタは秘密だらけで面白い」

 

 テッサイから言われた、「やるからには負けてはいけませぬぞ」と。こいつだけはちょっと本気を出してもいいかなと拳を強く握った。

 

 

 

 

「それでは、決勝の勝敗の判定は特別ゲストでこの方!護廷十三隊八番隊の京楽春水・・・・隊長です!」

 

 

 

「......は??」

 

 

 

 呼ばれた名前に表情が固まり、本気で不機嫌全開のゆらに、浦原は京楽とゆらの顔を交互に見ていた。京楽はニヤニヤと楽しそうな顔をして、一方ゆらは絶対に京楽の方を振り向かず、顔を伏せてはいるがここまで彼女が不機嫌になることを見たことはなかった。

 

 

「あ、あの、どうしたんスか?京楽隊長が何か...」

「...いまその名前呼ぶな」

「え?」

「クッソ、参観日かなにかと勘違いしてんのかあのクソおやじ....」

「え、口悪いっスね....」

 

「それじゃあ、二人ともいい試合を見せてねえ~?頑張るんだよ~、それでははじめ!」

 

 

 

 

 その合図とともにゆらはこれから始まるのが試合なんて生ぬるいものではないと瞬時に感じ取った。

__ゾワッと身震いがして、目の前の男はこちらを鋭い視線で睨みつけていた。

 

 

「___っ!?」

 

 一瞬で間合いを取られていて、拙い白打でそれを凌いだ。先ほどまでの試合と明らかに違うのは「避ける隙も無い」ということ。


「.....やっぱり只者じゃないっスね。これでも夜一サンに近い方なので自信あったんスけど」


 瞬時に理解した。半端に勝負すると怪我じゃすまないということを。

 

 

「.......彼、なかなかやるじゃない。さて、うちの子はどう戦うのかな...」

 始まって間もない試合にまわりは目を丸くして、唖然としている。唯一、京楽だけは変わらず楽しそうに見守っていたのであった。

 

 

 

 

__ドンッ!!!!
 

 少しの間組手が続き、浦原は汗一つかく様子はない。ゆらは苦手な対人戦で動きについていくのでやっとだった。だが、あらかた浦原の動きを読めるようになってきたところだった。

「この試合レベルが違い過ぎないか?」

「月雲ってあんな動き出来たのか?なんで特進学級についていけるんだ?」

 周りの声は二人に届かず、特に同じ組の生徒はあり得ないと言わんばかりの顔であった。

 このままだと試合が長引く、それかゆらの体力が枯渇するのが先のようだった。


「....そういえば、この試合って「なんでもあり」だったっけ」

「....奇遇っスね。ボクも同じこと考えていたみたいっス」

「お前と同じこと考えてたとか吐きそうだ。」

「その口調が素なんですか?案外その方が人間らしくていいっスよ?」

「...いちいちうるさいなあ!縛道の九 撃!」

 

 赤い光が浦原めがけて一直線に進む。この前の詠唱練習の時とは非にならない完璧な縛道だ。

「...詠唱破棄っスか。しかも文句なしって感じっスねえ」

 ひょいっと躱すがそのまま屈折し、浦原を捕えようとしている。わたしの縛道は簡単に逃げ切れない。

____シュッ。


(なるほど、瞬歩も使えるのか、それは厄介だな)

 瞬歩で次に現れた時は自分の背後だった。__どうする?浦原はもう次の攻撃を構えている
 

「破道の三十一 赤火砲」

 

「!!...半鬼相殺!」

 
 咄嗟に同量の鬼道を放ち相殺した。これには浦原と夜一が驚いた様子であった。


「...その技を知っているのはあの人・・・だけのはずなんスけど...」

「はぁ、はぁ、、なんか言った?」

「あらら、もうお疲れっスか?」

「...うっざ」 

 

「縛道の二十一 赤煙遁!」

 わたしの言葉で辺りは煙に包まれ、周りの生徒は試合どころじゃない様子だった。

(これなら何やっても見られないだろう)

 

「縛道の二十六 曲光」


 これでゆらの姿は見えない。テッサイ直伝の曲光だ、簡単に見破られることはない。だが、それを感づいていた学年の首席は瞬時に居場所の特定を図ったが...
 

「___”散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪....

 

 

「 エ゛!?ちょ、ちょっとそれここでやる気っスか!?」

「ふはははは!ゆら!最高じゃのお!!」

「驚いたなあ、ゆらだけじゃなくて鬼道長も本気だったみたいだねえ、面白いじゃない」

 

 

 三人の声はもうゆらに届かない。

 

 

「動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる!” 破道の六十三 『雷吼炮』!」

 

___ドッッガーーーン!!!!

 

 

 

 

 綺麗に空いた修行場の大穴に、生徒だけでなくそれこそ先生の方が驚愕だった。まさか、一回生半ばの特進学級でもない生徒にこんな力があっただなんて思わなかっただろう。浦原もどこから放つか分からない『雷吼炮』を咄嗟に半鬼相殺したが威力に負けて思いっきり食らってしまったようだ。

 

「__よっ、しゃあ、わたしの、勝ち、だ、、、」

 そのまま崩れ落ち、そこでゆらは意識が途絶えた。

 

「__え?あ、あれ、月雲サン??」

 

 なんとか立っている浦原は、ゆらが倒れてしまい何とも言えない表情だった。

 
_シュンッと浦原とゆらの間に京楽が立ち、二人をまじまじと見つめた。
 

「あれ?ゆら倒れちゃったの?ちゃんとした実戦初めてだったしねえ...律儀にちゃんとピアスつけてかわいい子だよほんとに、外さないと・・・・・いけないの分かってるくせに」


 独り言にしては浦原に聞こえるように話す京楽の声はとても優しい声をしていた。ゆらの前に立つと軽々と横抱きにし、疲れ果てた顔を優しく撫でた。
 

「あ、あの京楽隊長?この勝負は...」

「見ての通りこの子は霊力使い果たして倒れちゃったし、君の勝ちさ」

「でも、試合運びは彼女の方が上ッス...」

「ごめんね。この子の為にも、キミが勝ったことにしてほしいのさ。この子の初めての「友人」だろう?」

 

 そういいながらウインクしてみせる京楽はいささか目に痛いが、倒れてしまったゆらを見る限りこの試合は浦原の勝ちと言えるだろう。浦原も年相応に眠ってしまっているゆらを見つめて呟いた。

 

 

「__さて、なにから聞きましょうかね....」
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