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旅立つその日まで


「もう木刀の練習はいいんじゃない?全然ダメなのかと思ったけど、なかなかの太刀筋だよ」

「、、そんなことないよ」

「実戦で木刀はお話にならないよ?」

 

 嫌な予感というものは当たるなと強く願うほど当たってしまうものだ。

 ここぞという時に限って当たって欲しいものほど当たらない。

 

「もう少し、春兄のお手本見たいなあって、、」

「嬉しいことだけど、剣っていうのは抜いて使うものだよ、、おっと」

 

__ガキンンン!!

 催促する言葉を遮って、木刀を振り下ろした。戦うという恐怖を捨て、護るための覚悟を持ったはずなのに真剣を抜いたら良くないことが起きる気がした。

 京楽も、引率がある院生の遠征で斬魄刀を使うことはないと思い、語ることを止めた。果敢に挑むゆらの太刀筋を観察しながら少しだけ息を切らす。

 

(戦闘に慣れた太刀筋と身のこなし、剣を握るのでさえ怯えていた筈なんだけど、、、)

 

 一瞬、ゆらの口元に笑みが浮かんだ気がした。

 

***

 

 思えばあの時からだった。授業で木刀を扱う時は振り回しているだけだった。春兄との特訓中に剣を握る楽しさに気付き始めていたんだ。自分の感情とは思えないのに、酷く懐かしく感じる気持ちだった。

 

 黙り込むゆらに「とりあえず帰りましょ」と喜助が立ち上がった。重苦しい雰囲気がいつもの軽い声で払われた気がした。すたすたと歩き始める喜助の袴をゆらは咄嗟に掴んだ。

 

「?なんスか?」

「__立てない、、」

「はい?」

 

 掴んだ手を一瞬で離し、余程恥ずかしかったのか俯いてしまった。やれやれと近づいてくる喜助は、一回りも小さいゆらの身体を軽々と横抱きにし、瞬歩でさっとビルの上へと移動した。

 

「ちょ!これは無理だ!下ろして!」

「下ろすも何もそんなことしたら、落ちますよん」

「これじゃなくてもいいでしょ!?」

「おんぶの方が良かった?」

 

 それは流石に子ども扱いしすぎている。暴れると本当に落とされかねないと思い大人しく身を預けた。

 

「__前にも言いましたけど、、無理には聞きませんよ」

「さっきは、詳しく話してもらうって、、」

「だから、無理には聞きませんって、日本語分かります?」

「いちいち癇に障るやつだな、、」

 

「ボクの中では想像ついてます」と、確信めいて話す喜助に特別驚きもしなかった。

 刀を握るきっかけをくれたのは、不服だが紛れもなく喜助だ。

 無理には聞かない、というのも、まあ彼のごく僅かな優しさなのだろう。

 

「__ありがとう」と、聞こえなくてもいい、それくらいの声で呟いた。

 

 

「こちらこそ、スイマセン」

 返ってきた声は、優しくて温かかった気がした。

 

 

 

 

「お?来たか?」

 

「いや~、お待たせしました~」

「ごめん遅くなった」

「だれかさんが立てないとか言うせいで遅くなっちゃいました」

「はあ?先に集合場所行くような奴に言われたくないわ」

「あ、寧ろ普通に立てたとしても、ゆらサン瞬歩使えないっスね」

「人の話聞けえええ!!」

 

 瞬歩で駆け寄ってきた二人組に、上級生も思わず振り返り驚きの表情を浮かべた。三人の一回生が上級生に交じって現世遠征に参加するなど前代未聞である。しかし、上級生で瞬歩を使えるものなどほとんど居らず、使えたとしても拙い出来の者ばかりだ。あっさりと使いこなす喜助に感嘆の声が上がるほどで、周りも認めざるを得なかった。

 

「その様子だと、仲直り出来たようじゃの」

「もともと直るほどの仲じゃないし」

「それより、袴がだいぶ汚れているがどうしたのじゃ?」

 

 自分の袴を見て言い逃れできないなと思い口を開こうとすると、喜助の大きい手のひらに思いっきり塞がれてしまった。むごむごと喚いていると「雑魚虚倒したときに汚れただけっスよ~」と簡単に説明した。

 なんとか手を離し、抗議しようと口を開くと夜一に聞こえないように耳元で話しかけてきた。

 

「あの人ゆらサンには過保護だから、まだ言わない方いいっス」

 夜一の事だから、刀を握るなと言ってくる可能性もある。

 ゆらが目を見て進むのであれば、言わない方が正解かもしれない。

「わかった」と、納得して返すと、夜一が感心したようにこちらを見ていた。

 

「お主ら、やけに仲良くなったのお」

「だから違うってば!」

 

「全員居るかー?点呼をとるぞ」

 

 にぎやかに話しているうちに、遠征組は全員集合したようで一人ずつ名前を呼ばれる。魂葬をした後の魂魄の流れについてを説明し、最後に好評を話している。

 

「先ほど、巨大虚ヒュージ・ホロウがこの近くをうろついているという情報が入ったのだが、一瞬で倒されたそうだ!この地区の担当死神は随分腕が立つようだな!生徒と会わなくて一安心だったから、あとでお礼を言いに行かないといけないな」

 

 先生の話に周りの生徒は、会ってみたいだのどんな斬魄刀なのかだの言っており、ゆらと喜助の二人だけは内心とても焦っていたのだった。

 

 

 

 

 

 無事、魂葬実習を終えた三人はその後の入隊試験も難なく終了し、卒業を控えるのみとなっていた。真央霊術院開校以来の快挙に、ゆらのことを良く思っていなかった者ですら崇拝するくらいにこの三人はやること為すこと目立っていた。

 

 入隊まで斬魄刀は一時返納することになっている為、この間の件については未解決のままだった。ゆらにとっては、一度立ち止まるいい機会なのかもしれない。

 

 

「儂らはもう卒業するだけじゃ。お主ら何かやり残したことはないか?」

「そんなこと言われても、、」

「何もないんスか?つまんないっスねえ」

「お前、、、あ、あるかも、やり残したこと」

 

 ゆらが珍しくこういう質問に答えようとする様子に、二人も興味深々だった。

 

 

「授業サボって、甘味食べたい」

 

 予想外の言葉に二人はぽかんと口を開けて固まってしまった。しかし、二人にとっても悪い話ではない為、「行くぞ」と夜一はゆらの手を取り、瞬歩で教室を後にした。

 

 

 昼時を過ぎた甘味屋は、食後のデザートとして立ち寄る者が多く霊術院の制服を着た三人は流石に目立ってしまっている。しかし、夜一と喜助に関しては今日だけに限らないのか周りの店員も、いつものことのように席に案内した。

 

「いや、しかしゆらがサボりたいと言う日が来るとはな」

「甘いものの為なら、授業はどうでもいい、、けど急いで来たからお金持ってきてない、、」

「遠慮するな!この店では払わなくて良い!ツケじゃ!ツケ!」

「ほ、ほんとに!?ありがとう!!」

 

 満面の笑みで喜ぶゆらに夜一も嬉しそうにほほ笑んだ。そこまで甘味が好きだったのだなとゆらの意外な一面を知れたのであった。何を頼むかとことん悩んでいるゆらを見るのは新鮮だ。

 

「ここのおすすめはぜんざいか餡蜜だぞ?」

 

 確かにメニュー表を見るとその二つを推しているようだった。

 

「いや、、いちご大福と抹茶に決めた!!」

 

 自分から店員を呼びつけて注文をするゆらがあまりにも積極的で、夜一はもちろん喜助も呆れるように笑った。待ってる間に、この間の入隊試験の話や、鬼道の先生が絶対にテッサイを意識している等他愛もない会話を繰り広げた。

 

「そういえばゆらはどの隊を選んだんじゃ?」

「わたしは、鬼道衆だよ」

「まあ、予想はしておったが、そうなるとあまり出歩いたりは出来なくなるのお」

 

 護廷隊と隠密機動は、夜一が隠密機動に加わることによってきっと関わりが出来てくるであろう。しかし、鬼道衆のメインの仕事は裏方の裏方であり、表に顔を出すことはほぼない。

 

「二度と会えなくなるわけじゃないんだし、夜一も周りの人振り回したりしちゃだめだよ」

「たまに飯に誘うからの!ちゃんと来るのじゃぞ!」

 

「そういえば、喜助は?」

「ボクも二番隊っス」

 

 やはりこの二人は一緒であった。二人とともにしているだけでも周りからしたら羨ましいこと間違いなしだが、それでも根強い繋がりがあるのだなとほんの少しだけ胸が痛んだ。

「少しやることがあるだけっス」と、いつもの調子で言う彼はきっと何を考えていたのか汲み取ってしまったのだろう。そして何とも丁度良いタイミングで、注文していた甘味が運ばれてきた。

 

「美味しそう~!いただきま~す!」

「ゆらが食べると美味しそうじゃな。いちご大福は頼んでみようと思わなかったが」

「絶対ここの売りはいちご大福だと思う!」

 

((いちごが好物か、、、))

 聞かずともこの様子を見れば甘味<いちごなのだとはっきり分かった。

 周りの餅の部分は二の次のようだ。

 

「一口下さいよ~、美味しそうないちご大福~」

「夜一にあげても、喜助にはやんない」

「ボクの餡蜜少しあげますから」

 

「それなら、、」と躊躇なくスプーンを手に取り口いっぱいに餡子とクリームを絡めた白玉を頬張った。正に万人受けする味と言ったところで、甘酸っぱいいちごを食べた後だとその甘さが引き立つ。

 

 一応、ひとくち貰ってしまった為、喜助に大福をゆっくり差し出す。

 

「いただきま~す」と食べた部分は、大福ではなく一番最後に取っておきたかったてっぺんのいちごだった。寧ろそのいちごを食べるために注文したようなものだ。

 

「__は?」

 

 

(きっとこのために餡蜜を食わせたな、喜助め、、)

 してやったりの喜助を引いた目で見る夜一は、ゆらに視線を戻すとあまりの恐ろしい顔にぞっとし、口にくわえていたスプーンを落としてしまった。

 

 

 

 いつも悪態をつく喜助だが、この日いちごだけは食べてはいけないと誓った。

 どうにか夜一がありったけのいちごを食べさせてやっと機嫌を戻した。

 霊術院に戻った後の先生の説教は何も怖くなかった。

 

 

 食べ物の恨みは恐ろしいと目の当たりにした一日だった。
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