旅立つその日まで
「まだっスか~?ボクもう帰りたいっス」
「うるさいなあ!わたしが遅いんじゃなくて、アンタが先に魂魄を見つけるから、!」
「ボクのせいにしないでください」
現世遠征当日、穿界門を渡って初めて現世に降り立った。各班それぞれ協力して魂葬を行っているが、この二人に関してはほぼ別行動、そして必要以上の会話は無い。
いきなり死神なんて分からない連中がやってきて、「死んだら尸魂界に行くんだ」と言っても魂魄側からしたら恐ろしくて逃げだしたくなるだろう。いかに怖がらせず尸魂界へ送るか、コミュニケーション能力が問われる仕事だ。
「お姉ちゃん、悪い人?それ、刀?」
「だ、大丈夫だよ!こ、怖いと思うけど、全然怖くないから!ね!?」
(何言ってんスか。あの人)
興味なさそうに周りを見渡していた喜助も、あまりに壊滅的な会話に耳を疑った。
「じゃ、じゃあそろそろ行こっか?あはは」
「やだ!ぼく、行きたくない!お姉ちゃん怖い!」
「えええ、、どうしよう、、」
第一印象が良くなかったのか、ゆらは完全に怖がられてしまった。一体どうしたものかと考え込んでいると、感覚的に嫌な気配を感じ辺りを見渡した。
「??、、なんだ?」
「どうしたんスか?」
「いや、、、って、あ!こら!」
急に雰囲気が変わったゆらに我慢できなかったのか、魂魄の男の子は泣きながら逃げ出してしまった。慌てて追いかけるゆらに呆れた喜助は、先にノルマ達成したため集合場所にゆっくり歩きだした。
(虚の気配も無いし、ゆらサン一人でもなんとかなるでしょ)
「こら~!待ちなさい!大人しく魂葬されなさ~い!」
「やだ~!お姉ちゃん怖い~!!」
いきなり始まる鬼事。あと一人魂葬すればノルマ達成なのだが、集合場所とは反対方向に進んでいく男の子に少々焦る。空座町だったはずが、鳴木町の近くまで来てしまっていた。
急がないと時間内に間に合わないかもしれない。しかし、ここまで怖がられて逃げられてしまうほどでは、無理して魂葬するのもどうかと思う。近くに手短かに済むような魂魄がいればと見回していると、先ほどとは比べ物にならない霊圧の揺れに思わず足が竦んだ。
「な!?虚、だな、、」
無駄に秀抜した自身の霊圧知覚で、姿を現す前にその方向に構える。
__グウオオオオオオオオウ!!!!
想像よりも大きい巨体に苦い顔を浮かべた。遠征前の説明に虚に遭遇したら逃げろという言葉を思い出していたが、そんなことをしているうちに魂魄が食われてしまう。
「倒すしかないか、!とりあえず先生に連絡を、、喜助!、、って、は?」
返ってくる声も無く、周りに喜助の霊圧は無かった。別行動でもいいと最初に行ったのは確かに自分だが、こんな時に限って奴は居ない。
「しょうがないなあ、、破道の三十二 黄火閃!」
どんな能力を持っている虚かなど考えもせず、顔の仮面目掛けて鬼道を放った。黄色い光が直撃したかのように思われたのだが、仮面はヒビすら入っていなかった、
「なっ!?鬼道を、食った、?」
気色悪い仮面の奥はうっすら微笑んでいるような気がした。相手が悪いとは正にこのことだろう。すぐに男の子を抱えて遠くの場所に避難させた。泣き喚いていた面影はなく、もはや泣くことすらも忘れて怯えていた。ゆらは、一回りも二回りも小さい男の子の頭をそっと撫でてやった。
「お姉ちゃんがあいつに勝ったら、大人しく尸魂界に行くんだよ?」
この言葉で本人が安心できたかは分からないが、すぐさま虚のいる場所へと向き直した。
(下手に縛道を撃っても食われる、鬼道は話にならなそうだな、、)
集合場所からだいぶ離れた場所で遭遇してしまい、先生達に気付いてもらえると期待はできなかった。
ニヤニヤと好物を見るような目で虚はゆっくりと近づいてくる。
やらなければ、やられる。護るために、斬る。
初めて抜刀した瞬間、あんなに震えていた手が力強く剣を握れていた。
怯えていた気持ちはおかしくなるくらいに高ぶっていた。
無性に、殺したくなった。
あまりにも到着が遅い彼女だが、心配はしていなかった。
昔、一緒に世話になったテッサイとは自分が気を許せるほんの僅かな数少ない人物だ。その彼は昔から霊圧のコントロールが飛び抜けていた。直々に教えてもらった時もあったが、彼に並ぶことなんて一生敵わないと思った。
彼女の『白伏』を見た時、きっとテッサイと繋がりがあると予感はしていた。確信したのは『反鬼相殺』の時だったが。昔の彼に似る使い方をしていた、こんなに幼げな少女が、だ。
霊圧制御装置、鬼道を使いこなす力量、センス、彼女の過去、、
自分の知りたいという欲求が溢れかえっていた。そんな自分の知識欲とは別に、負けたくないという感情が現れてもいた。
「喜助~、早かったのお。ゆらはどうした?まさか本当に別行動しているのか?」
「先に終わったんで、こちらに向かっただけっス。あの人ならどうにでもなるでしょうし」
「はあ、呆れてものも言えんわ」
自分でもらしくないなと思ってしまう。他人にここまで感情を動かされることは無かった。夜一と出会う前から、余裕のある態度を崩したことは無かった。
「なあ、喜助。お主は今初めての感情とやらに戸惑っているだけではないのか?」
「?なんのことスか?」
「その気持ちを受け入れたくない、認めたくないのではないかと思うての」
昔からいつもそうだ、夜一は妙なところで勘が当たる。
「その気持ちに素直になってみれば、答えが見えてくるのではないか?」
「__よくわかんないっス」
「それにしても、ゆらのやつ遅いのお」
喜助も、流石に何かあったのではないかと気になっていたところだった。「ちょっと様子見てきます」と夜一に告げ、足早に去った。
(どこまで行ったんスか、、)
ゆらの霊圧を辿ると、鳴木町の入り口まで来ていた。段々と近づいてくる重い霊圧に、胸騒ぎが止まない。一つは確実に虚だが、もう一つはいつものゆらの霊圧に何かが覆っているようなおかしい状態だった。誰かほかの人がもう一人居るような感覚だった。考えながら向かっているうちに目的の場所が見えてきた。
(あれは、ゆらサン、、?)
彼女の華奢な後ろ姿は決していつもと変わらないはずだった。それなのに、なぜか別人のように感じた。
目の前の虚は八つ裂きに切り刻まれ、手に持っている浅打が仮面へと伸びていく。仮面だけ壊せばいいものを、まるで生き殺しているかのような残虐な戦い方をしていた。
消えていく虚を見つめるゆらが、ひどく寂しそうな顔をしていた。
遠くで身を隠していた魂魄がゆらの元にすぐさま駆け寄った。その表情はもう怯えておらず、寧ろヒーローを見たような憧れのまなざしだった。
「お姉ちゃん!すっごいかっこよかった!助けてくれてありがとう!」
振り返り、どういたしまして、と笑う彼女はいつものゆらだった。きっと最後の一人と思われる魂魄を魂葬し終わり、「あっちで会おうね」と呟いている。
緊張の糸が断ち切れてしまったようで、そのまま倒れそうになるゆらの元に喜助は瞬歩で駆け寄った。
「まったく、大丈夫スか?」
「遅いよ、喜助」
「何があったのか、詳しく話してもらいますからね」
「そばに居なかったくせによく言うよ」
一応「スイマセン」と謝ってみると、言葉に重みが無いだの、気持ちが籠ってないだのぐだぐだ言われてしまった。元気そうで何よりだ。
「ちゃんと、護るために戦ったんスね?」
「そう、だね、」
「虚は倒した、無事魂葬も出来た、なのになぜそんな顔しているんスか?」
「なんのこと、、」
その場でへたり込むゆらの正面にしゃがみこみ、じっとその表情を伺う。
「ボクに隠し事が通じないことくらい、アナタなら分かる筈だ」
自分の身勝手な好奇心が、きっと彼女を追いこんでいるんだろう。夜一が認めるほど仲が悪い二人なのだから、自分に話すメリットなど無いのだ。
「__血を浴びた時、酷いくらい心地よかった。」
しかし彼女は、話してしまうのだ。
「__もっと流れればいいのに、って、思う自分が、怖い、、、」
そして自分も、似合わないくらい真剣な顔で聞いてしまうのだ。