旅立つその日まで
『普通』でありたかった。秀でたものがあるならば讃えられ、そして疎まれる。自分の中に特別なものが出来れば、失う絶望を知る。自分が優秀だなんて思ったことはない。そして、優秀になる必要なんてない。すべてに対して平等で目立つようなやり方が嫌いだ。わたしは『普通』になりたかった。
真央霊術院が設立して1500年と少し経っただろうか。死神見習いは鍛錬に励み互いを高め、護廷十三隊を目指している。その学校にこれから通うことになるだなんて、割に合わないと感じてしまう。
「ゆら、今日から頑張るんだよ?」
「友達たくさんできるといいな!」
二人の声色が自分より楽しみなのではないかと思ってしまう。赤い袴に身を包み、ぶっきらぼうに呟く。
「.....行ってきます。」
楽しそうに一人はニヤニヤ、一人はニコニコと正反対の笑顔で見送られた。
霊力があるわたしは学校に通って死神になるか、霊力を抑えて流魂街でゆったり暮らすかの2択だった。
もちろん後者の方が良いに決まってる。わたしの願いは、あの二人の勝手な手続きで散ってしまったが...。
「...え?流魂街に帰りたい?もう遅いよ。手続きしちゃったよ。ゴメンね~」
今思い出しても腹が立ってくる。若干イライラしながら目的の真央霊術院を目指した。
***
「一回生の皆さんは、会場に入る前に書類の提出をお願いします」
近付くにつれて人だかりが出来ていた。律儀に必要な書類を準備してはいるが、未だにこの学び舎に足を踏み入れたくはないのであった。観念して嫌々書類を渡した。
「...確認します。『月雲ゆら』ですね。
確かに受け取りまし、た... ん??こ、これは....」
書類を受け取った係の人が、急に驚いたようでわたしも気になってしまった。何か不備でもあっただろうか。しかし、書類を書いて用意したのはわたしじゃ....ああ、なるほどね...。帰ったら覚えとけよ。。
「取り乱してしまい申し訳ありません!
どうぞ会場の方へお入りください!」
「あ、ハイ...」
これから入学する子どもに対しての言葉遣いとは思えないたどたどしさでため息が出る。ちらっと確認すると他の人とは違う書類がもう一枚見えてしまった。
「...期待されてもこまるんだよなあ。なんなら中の下くらいがちょうどいいし、いやでもそれだとギリ入隊か…うーん」
一人ぼそっと呟く声はもちろん誰にも届かず。さっさと卒業して里帰りも考えたが目立ってしまっては護廷十三隊入りになってしまう気がした。潔く六年間席を置いて、何かと理由を付けてさよならしよう。
歩きながら考えていたわたしはざわざわと声がする方を横目に見た。
「四楓院家の夜一様よ!」
「...やはり綺麗なお方ね」
「学校は通わないと思っていたけど、四楓院様を生で見れるなんて感激だわ!」
貴族のお偉いさんか...。英才教育として習うものだからわざわざ通うことないのに、そこまでして通いたい何かがあるのだろうか。貴族の考えることなんて、普通主義のわたしには一生分からないんだろう。視線を戻し眠そうに欠伸をして歩いていると、その綺麗なお顔からとは思えない強烈な声が響いた。
「喜助!あやつを見ろ!お前と同じ髪色で同じタイミングで欠伸をしとったぞ!どっぺるげんがーとかいうやつか!?」
楽しそうにゲラゲラ笑いながらこっちを指差している。
(喜助??)見ると隣には確かに同じような髪色をした眠そうに歩く奴がいた。ふわふわと無造作に跳ねた髪に、色素が薄めの金髪と白い肌のせいで目元のクマがとても目立っていた。
「…なんですかぁ夜一サン。ボクもう帰りたいっス」
またもや同じようなことを考えているそいつの発言に若干イラッとした。こっちまでだらしないと思われてしまうではないか。彼女のおかげで周りの視線は三人に集まっていた。
「ほれあやつを見てみろ!シャキッとせんか馬鹿者!」
「痛い!…ん〜?確かに髪色似てるっスね。お知り合いですか?
てか変わったもの耳につけてますね。ちょっと見てもいいっスか?ってあれ、アナタ目が...」
いつの間にか迫っていた彼の手に目を丸くした。思わず顔を上げると彼も驚いたように目を丸くしている様子だった。ゆっくり私の長い前髪を上げようとしている手を、すぐに払いのけ距離を置いた。
「...やめてください。...触るな」
自分でもなぜここまで言い返してしまったのかわからないが、直感的にこの男は嫌いだと思った。しかし彼にはまったく効いていないようで「あらら、スイマセ~ン」とへらへらしている。
うん。この男絶対嫌いになるやつだ。
「喜助!初対面のおなごに気安く触れるでない!この馬鹿者!お主すまなかったの、大丈夫か?」
「…四楓院様。お初にお目にかかります。これからよろしくお願い致します。それでは…」
「ま、待て!名はなんという?教えてくれぬか?」
「月雲と申します。では」
わたしはあくまで一般人。関わっていい身分ではない。棘がないように、失礼のないようにやり過ごした。名前を言う必要はないと思ったが、きっと言わないとしつこく聞いてくるだろうし、彼女は確実に特進学級。普通の組に入るわたしとはきっと関わることはないはずだから、名乗った。
(特にあの男とこれから関わらないことを祈ります)
***
「お主にも珍しいことがあるものじゃ。自分から声をかけることなど滅多にないと思っとったわ」
「別に深い意味はないっス。ボクも少しばかり珍しいなと思っただけで」
「せっかく面白いやつと仲良くなれるかもしれぬのに、儂まで冷たい目で見られてしもうたわい」
夜一は咄嗟にあの少女に声をかけた。背丈は小さく重めの前髪で片方の目が隠れてしまっているが白い髪と肌の容姿に思わず目が留まっていた。本人は気づいていないようだが、周りもちらちらと噂をしているようだった。しかし、見た目とは反して雰囲気から「行きたくない、帰りたい」と隣にいる男のようなことを考えているようで、ついからかってしまった。
「夜一サンも駄目っスよ。アナタは一応貴族なんですから、そりゃ警戒されますよ。
きっとめんどくさくなるからもう関わらないとか思ってそうっスよ」
「それは惜しいことをしてしまったの。ならばこれからあぴーるしていかんと!」
「...無理して横文字使うの楽しいっスか?? 痛い!!」
「お前の為を思ってわざわざ手続きしたのじゃ。ありがたく思わんか!」
「ボクそんなこと頼んだ覚えないんスけどね...本当は夜一サンが通いたかっただけなんじゃないスか?
食堂のご飯が食べたいだの、屋敷に居るだけじゃつまらないだの思ってるんでしょ~痛い!!」
散々人を馬鹿にしてくる悪友に容赦なく蹴りを入れる。いつまでもヘラヘラとしているが、夜一にジョークを言う仲など今のところ浦原喜助だけかもしれない。
「とりあえずさっさと組を確認して式典に出て終わらせちゃいましょ」
浦原はそう言うと人だかりが出来ている掲示板の方へ向かっていた。めんどくさそうにしているが、少しは興味をもってくれているようだ。
真央霊術院の一回生は全部で五つ。その中の一組は特進学級となっている。成績優秀者や貴族等優れたものが集まっている。そのほかの四組は平均的になるように分けられているようだ。
「チッ。喜助と一緒か、無駄に頭脳だけは良いのお。まあこれで少しはサボりやすくもなったことだ」
「...サボる前提っスか。まあ、学校で習う内容に期待はしていないっスけど」
「長くて六年も通うのじゃ。何か楽しいことが起きればいいのお」
時間も過ぎ、もうすぐ式典が行われる。
***
自分の組の位置と席を探しながら、辺りを見回す。式典は組ごとに席が決まっているようで、特進学級は安堵の声やこれくらい当たり前だと言わんばかりの貴族連中が集まっており、そのほかは落胆しているものも目に入る。人より上だの下だので忙しない彼らに思わずため息が出る。
席に着いたがわたしは真ん中より右寄りのこの身長のせいか前の方になってしまった。
「只今より、新一回生祝いの式典を執り行う。この度わざわざ足を運んで下さいました、
護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國様よりお願い申し上げます。」
毎年、祝いの門出に瀞霊廷のトップが来るようだ。正直、あまり耳を傾けたくはないので無意識に視線が上がらない。今後、関わりたくはないものだからはやく時間が過ぎてしまえばいいのにと違うことを考える。
「これにて、門出の言葉とする。鍛錬に励み、立派な死神になりまた会う時を楽しみにしておる」
長い挨拶もこれで終わりを迎えていた。その場を後にしようとしている総隊長と視線が絡む。内心なぜかわからないが焦って冷汗が流れた。ふいにもう一言言葉を紡ぐ。
「...ここでしかない出会いも少なくはないであろう。人と人との関係も学び舎で学ぶことじゃ」
まるで自分に向かって言っているような、総隊長がわざわざ言う内容ではないことに目を丸くした。
(人と人との関係...)出来たら苦労しない、未だに通いたくない気持ちの方が強いから。
(何も起こらない平凡な日々でありますように)
「それでは今日は二人一組で鬼道の詠唱を行い、お互いの改善すべきところを挙げてみましょう」
真央霊術院の式典からしばらく経った。あの時と変わらず気怠げな毎日で、でもあまり顔に出しすぎると先生に何かしら言われてしまうので、悪目立ちしないように淡々とこなしていた。いつの間にか座学ばかりだったのが、実践練習・演習が増えてきていた。今日は、鬼道の詠唱練習のようだ。
「ー自壊せよ、ロンダニーニの黒犬、一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るがいい。縛道の九 撃!」
同じペアの子が私に向かって縛道を放つ。それを避けずそのまま受け止めた。赤い光が自分の身体を纏い、手足の自由を奪う。組の中でも多分鬼道が得意の子なのだろう、一発で成功させてみせた。
「...うん。しっかり固められた縛道だったと思うよ。流石だね。」
「本当に!?ありがとう、月雲さん!じゃあ次どうぞ!」
「...あ、うん、わかった。縛道の九 撃。」
ぼそっと一言放つと素早く相手を拘束した。それと同時に視線が一斉にゆらに向いていた。
「あ、あれ月雲さん...。詠唱しなくても出来るの...?」
「え?? あ、、やば...」
そう、今日は「詠唱」の練習だった。この時期はまだ詠唱破棄など出来ないはずなのだ。何も考えず素で間違えてしまった。しかも我ながら完成度が高いと思ってしまうほどの出来であった。
(普段この詠唱恥ずかしくて言いたくないって思ってたから、無意識にやってしまった...)
「え?あの月雲さんが?」
「普段良くも悪くも目立った所はないと思っていたけど、詠唱破棄なんてクラスに出来る子はまだ居ないんじゃない?」
詠唱ではない無駄話で先ほどより騒がしくなった。放った縛道が低級だったものだから、ちょっと得意と思われて終わるだろう。出過ぎたことはしないように気をつけなければ...
「でも月雲さん、あの四楓院様と知り合いみたいだからコツとか聞いてたりして...」
「ああ、よく話すところ見るもんな。羨ましいよなあ」
聞き捨てならない話が聞こえたがまあこの際そういうことにしよう。実力ではなく、必死に努力したように振る舞っておくとしよう。
「...いやあ、全然出来ないからコツを聞いたんだ〜... 最近まで塞も出来なかったよ〜あはは。。」
「やっぱりそうなんだ!ちなみにどんなコツなのか教えて欲しいな〜!」
「え...あ、確か掌全体じゃなくて指先に光が通るイメージで集中すると上手く行きやすいだったかなあ...?」
「なるほど!やってみるね!ありがとう!」
これは話に出てきた人から聞いたものではないが、自分がある人から教わったものを濁して話した。斬挙走鬼の中で自分は鬼道がいろんな意味でマシだったため、教わるのが苦ではなかった。ゆらはどうにかこの話が大きくならないことを祈るばかりだった...。
授業が終わると昼時となり、演習場から出ていく者と逆らうように二人組がこちらに向かってきた。
「お〜い、ゆら!迎えに来てやったぞ〜!今日こそ一緒に飯に行こうではないか!」
今この流れで一番関わりたくない人達で、いつの間にか下の名前で呼ばれるようになってしまっていた。いつものように適当にあしらってやり過ごしたい所だが、授業中に話してしまったことを思い出し、今日限りと自分の中でけじめをつけ、作り笑いを浮かべた。
「...そうですね。ご一緒してもよろしいですか?」
そう愛想良く声をかけると、二人ともぽかんとしている様子だった。いつも断っているから当たり前なのだけれど。
「なんじゃ。やっと観念したようじゃの、食堂に向かうとするか!」
一瞬いつもの悪戯っ気のある顔が曇ったが、すぐに嬉しそうな表情になりゆらの手を引いた。
食堂に行くとすでにたくさんの人が賑わっていて、三人で座れる席を探す。奥のスペースが丁度空いているようで、先に席についた。しかし、一緒に来てしまったがどうやってこの先やり過ごそう... あまり二人きりになりたくはないため、庶民らしい行動を心がけ彼女を席に留めておこう。
「...四楓院様、わたしが運んできますので、こちらでお待ちください」
「はあ?何を言っておるのじゃ。儂も行くに決まっているであろう。」
「まあまあ夜一サン、ボクが月雲サンと行きますから。カツ丼と天丼と肉うどんで足りるっスか?」
「まあ良い、親子丼も頼むぞ!」
「ハイハイ」
恐ろしい会話が聞こえているが、あまり動揺すると揶揄われる気がしたため、平然な顔で行ってきますと声をかけた。あの細い身体にあれだけの量が入ってしまうのか、しかも貴族なのに食堂のご飯など口に合うようには思えない。表情は変えず黙々と考え込んでしまっていた。
「夜一サンは結構庶民的な男飯が好まれるみたいで、ここの食堂がお気に入りみたいっスよ〜?」
なぜ分かったのかと声に出してしまいそうになった。ぱっと顔を上げると得意げな顔で見下ろされ若干、いやだいぶイラついた。
「...へえ、そうなんですね」
「まいったなあ、随分警戒されちゃってるんスねえ。...式典の時はスミマセンでした、きちんと謝るタイミングがなくて今更な気もしますが」
「...大丈夫です。もう前のことですから」
正直思い出させて欲しくない出来事ではあったが、適当に流さないと顔に出してしまいそうだった。
「...ボクとしては気になって仕方がないんですけどね」
そう呟くと、わずかに自分の左耳に指先が触れた。今まで自分でも頑張って耐えてきたが流石に我慢の限界でキツく睨み返すと、左側の前髪も全てかき上げられた。
「別に隠すことないんじゃないっスか〜?瞳の色が違うことは悪いことじゃない。いつも見えている青色の瞳も綺麗っスけど、隠している「赤い瞳」も綺麗っスよ?」
初めて会った時からそうだった。胡散臭い笑顔を貼り付けて考えていることなんて見通しているかのようなこいつの目が嫌いだと思った。自分のことなんて知らないはずなのにわたしの考えを見透かされているようで気持ち悪い感覚だった。自分の感情がごちゃごちゃになっているようで、動揺を隠しきれなかった。
「...勝手なこと言うな。耳飾りも目もお前に関係ない。」
思いっきり素で話してしまい、これには彼も驚いているようだった。
「まあ、その通りっスけど...またまた怒らせてしまいましたかね、あはは」
どうにかこの場を去りたくなり、視線を逸らすと後ろに並んでいた上級生に大声で怒鳴られてしまった。
「お前ら!後ろがつっかえてるんだ、早く前に詰めろ!」
ゆらの背中を思いっきり押しながら、我が道を進んでいる。
「女の子に対してその扱いはどうかと思いますが...」
ぼそっと小さくギリギリ聞こえそうな声で話しヘラヘラしているこいつにどうにか仕返してやりたいと、いつもの冷静な自分はどこに行ったのか、気づかれないうちに自分の掌に光を集め小さく呟いた。
「ー白伏。」
すぐに上級生は倒れ、周りは何が起こったのかとどよめいていたが、喜助はすぐにゆらに視線を移し、心底驚いた様子で見つめていた。
「ちょっと、いくらなんでもやり過ぎじゃ、てか今の鬼道は....」
「すみませ〜ん、この二人喧嘩しちゃったみたいで、わたし先生呼んできますから〜!」
「え!?ちょ、ちょっとお〜、これ当分起きないんじゃ...」
「じゃあお願いしますね?う ら は ら さ ん 。」
言い返す隙も与えず、悪戯な笑みを浮かべて勝ち誇ったようにその場を離れた。
(ざまあみろばーか)
その後、倒れた上級生と何があったか先生にしつこい質問責めに、夜一のご飯が遅くなり不機嫌過ぎて授業に支障が出てしまった(特に先生)ことはまた別の話。
真央霊術院が設立して1500年と少し経っただろうか。死神見習いは鍛錬に励み互いを高め、護廷十三隊を目指している。その学校にこれから通うことになるだなんて、割に合わないと感じてしまう。
「ゆら、今日から頑張るんだよ?」
「友達たくさんできるといいな!」
二人の声色が自分より楽しみなのではないかと思ってしまう。赤い袴に身を包み、ぶっきらぼうに呟く。
「.....行ってきます。」
楽しそうに一人はニヤニヤ、一人はニコニコと正反対の笑顔で見送られた。
霊力があるわたしは学校に通って死神になるか、霊力を抑えて流魂街でゆったり暮らすかの2択だった。
もちろん後者の方が良いに決まってる。わたしの願いは、あの二人の勝手な手続きで散ってしまったが...。
「...え?流魂街に帰りたい?もう遅いよ。手続きしちゃったよ。ゴメンね~」
今思い出しても腹が立ってくる。若干イライラしながら目的の真央霊術院を目指した。
***
「一回生の皆さんは、会場に入る前に書類の提出をお願いします」
近付くにつれて人だかりが出来ていた。律儀に必要な書類を準備してはいるが、未だにこの学び舎に足を踏み入れたくはないのであった。観念して嫌々書類を渡した。
「...確認します。『月雲ゆら』ですね。
確かに受け取りまし、た... ん??こ、これは....」
書類を受け取った係の人が、急に驚いたようでわたしも気になってしまった。何か不備でもあっただろうか。しかし、書類を書いて用意したのはわたしじゃ....ああ、なるほどね...。帰ったら覚えとけよ。。
「取り乱してしまい申し訳ありません!
どうぞ会場の方へお入りください!」
「あ、ハイ...」
これから入学する子どもに対しての言葉遣いとは思えないたどたどしさでため息が出る。ちらっと確認すると他の人とは違う書類がもう一枚見えてしまった。
「...期待されてもこまるんだよなあ。なんなら中の下くらいがちょうどいいし、いやでもそれだとギリ入隊か…うーん」
一人ぼそっと呟く声はもちろん誰にも届かず。さっさと卒業して里帰りも考えたが目立ってしまっては護廷十三隊入りになってしまう気がした。潔く六年間席を置いて、何かと理由を付けてさよならしよう。
歩きながら考えていたわたしはざわざわと声がする方を横目に見た。
「四楓院家の夜一様よ!」
「...やはり綺麗なお方ね」
「学校は通わないと思っていたけど、四楓院様を生で見れるなんて感激だわ!」
貴族のお偉いさんか...。英才教育として習うものだからわざわざ通うことないのに、そこまでして通いたい何かがあるのだろうか。貴族の考えることなんて、普通主義のわたしには一生分からないんだろう。視線を戻し眠そうに欠伸をして歩いていると、その綺麗なお顔からとは思えない強烈な声が響いた。
「喜助!あやつを見ろ!お前と同じ髪色で同じタイミングで欠伸をしとったぞ!どっぺるげんがーとかいうやつか!?」
楽しそうにゲラゲラ笑いながらこっちを指差している。
(喜助??)見ると隣には確かに同じような髪色をした眠そうに歩く奴がいた。ふわふわと無造作に跳ねた髪に、色素が薄めの金髪と白い肌のせいで目元のクマがとても目立っていた。
「…なんですかぁ夜一サン。ボクもう帰りたいっス」
またもや同じようなことを考えているそいつの発言に若干イラッとした。こっちまでだらしないと思われてしまうではないか。彼女のおかげで周りの視線は三人に集まっていた。
「ほれあやつを見てみろ!シャキッとせんか馬鹿者!」
「痛い!…ん〜?確かに髪色似てるっスね。お知り合いですか?
てか変わったもの耳につけてますね。ちょっと見てもいいっスか?ってあれ、アナタ目が...」
いつの間にか迫っていた彼の手に目を丸くした。思わず顔を上げると彼も驚いたように目を丸くしている様子だった。ゆっくり私の長い前髪を上げようとしている手を、すぐに払いのけ距離を置いた。
「...やめてください。...触るな」
自分でもなぜここまで言い返してしまったのかわからないが、直感的にこの男は嫌いだと思った。しかし彼にはまったく効いていないようで「あらら、スイマセ~ン」とへらへらしている。
うん。この男絶対嫌いになるやつだ。
「喜助!初対面のおなごに気安く触れるでない!この馬鹿者!お主すまなかったの、大丈夫か?」
「…四楓院様。お初にお目にかかります。これからよろしくお願い致します。それでは…」
「ま、待て!名はなんという?教えてくれぬか?」
「月雲と申します。では」
わたしはあくまで一般人。関わっていい身分ではない。棘がないように、失礼のないようにやり過ごした。名前を言う必要はないと思ったが、きっと言わないとしつこく聞いてくるだろうし、彼女は確実に特進学級。普通の組に入るわたしとはきっと関わることはないはずだから、名乗った。
(特にあの男とこれから関わらないことを祈ります)
***
「お主にも珍しいことがあるものじゃ。自分から声をかけることなど滅多にないと思っとったわ」
「別に深い意味はないっス。ボクも少しばかり珍しいなと思っただけで」
「せっかく面白いやつと仲良くなれるかもしれぬのに、儂まで冷たい目で見られてしもうたわい」
夜一は咄嗟にあの少女に声をかけた。背丈は小さく重めの前髪で片方の目が隠れてしまっているが白い髪と肌の容姿に思わず目が留まっていた。本人は気づいていないようだが、周りもちらちらと噂をしているようだった。しかし、見た目とは反して雰囲気から「行きたくない、帰りたい」と隣にいる男のようなことを考えているようで、ついからかってしまった。
「夜一サンも駄目っスよ。アナタは一応貴族なんですから、そりゃ警戒されますよ。
きっとめんどくさくなるからもう関わらないとか思ってそうっスよ」
「それは惜しいことをしてしまったの。ならばこれからあぴーるしていかんと!」
「...無理して横文字使うの楽しいっスか?? 痛い!!」
「お前の為を思ってわざわざ手続きしたのじゃ。ありがたく思わんか!」
「ボクそんなこと頼んだ覚えないんスけどね...本当は夜一サンが通いたかっただけなんじゃないスか?
食堂のご飯が食べたいだの、屋敷に居るだけじゃつまらないだの思ってるんでしょ~痛い!!」
散々人を馬鹿にしてくる悪友に容赦なく蹴りを入れる。いつまでもヘラヘラとしているが、夜一にジョークを言う仲など今のところ浦原喜助だけかもしれない。
「とりあえずさっさと組を確認して式典に出て終わらせちゃいましょ」
浦原はそう言うと人だかりが出来ている掲示板の方へ向かっていた。めんどくさそうにしているが、少しは興味をもってくれているようだ。
真央霊術院の一回生は全部で五つ。その中の一組は特進学級となっている。成績優秀者や貴族等優れたものが集まっている。そのほかの四組は平均的になるように分けられているようだ。
「チッ。喜助と一緒か、無駄に頭脳だけは良いのお。まあこれで少しはサボりやすくもなったことだ」
「...サボる前提っスか。まあ、学校で習う内容に期待はしていないっスけど」
「長くて六年も通うのじゃ。何か楽しいことが起きればいいのお」
時間も過ぎ、もうすぐ式典が行われる。
***
自分の組の位置と席を探しながら、辺りを見回す。式典は組ごとに席が決まっているようで、特進学級は安堵の声やこれくらい当たり前だと言わんばかりの貴族連中が集まっており、そのほかは落胆しているものも目に入る。人より上だの下だので忙しない彼らに思わずため息が出る。
席に着いたがわたしは真ん中より右寄りのこの身長のせいか前の方になってしまった。
「只今より、新一回生祝いの式典を執り行う。この度わざわざ足を運んで下さいました、
護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國様よりお願い申し上げます。」
毎年、祝いの門出に瀞霊廷のトップが来るようだ。正直、あまり耳を傾けたくはないので無意識に視線が上がらない。今後、関わりたくはないものだからはやく時間が過ぎてしまえばいいのにと違うことを考える。
「これにて、門出の言葉とする。鍛錬に励み、立派な死神になりまた会う時を楽しみにしておる」
長い挨拶もこれで終わりを迎えていた。その場を後にしようとしている総隊長と視線が絡む。内心なぜかわからないが焦って冷汗が流れた。ふいにもう一言言葉を紡ぐ。
「...ここでしかない出会いも少なくはないであろう。人と人との関係も学び舎で学ぶことじゃ」
まるで自分に向かって言っているような、総隊長がわざわざ言う内容ではないことに目を丸くした。
(人と人との関係...)出来たら苦労しない、未だに通いたくない気持ちの方が強いから。
(何も起こらない平凡な日々でありますように)
「それでは今日は二人一組で鬼道の詠唱を行い、お互いの改善すべきところを挙げてみましょう」
真央霊術院の式典からしばらく経った。あの時と変わらず気怠げな毎日で、でもあまり顔に出しすぎると先生に何かしら言われてしまうので、悪目立ちしないように淡々とこなしていた。いつの間にか座学ばかりだったのが、実践練習・演習が増えてきていた。今日は、鬼道の詠唱練習のようだ。
「ー自壊せよ、ロンダニーニの黒犬、一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るがいい。縛道の九 撃!」
同じペアの子が私に向かって縛道を放つ。それを避けずそのまま受け止めた。赤い光が自分の身体を纏い、手足の自由を奪う。組の中でも多分鬼道が得意の子なのだろう、一発で成功させてみせた。
「...うん。しっかり固められた縛道だったと思うよ。流石だね。」
「本当に!?ありがとう、月雲さん!じゃあ次どうぞ!」
「...あ、うん、わかった。縛道の九 撃。」
ぼそっと一言放つと素早く相手を拘束した。それと同時に視線が一斉にゆらに向いていた。
「あ、あれ月雲さん...。詠唱しなくても出来るの...?」
「え?? あ、、やば...」
そう、今日は「詠唱」の練習だった。この時期はまだ詠唱破棄など出来ないはずなのだ。何も考えず素で間違えてしまった。しかも我ながら完成度が高いと思ってしまうほどの出来であった。
(普段この詠唱恥ずかしくて言いたくないって思ってたから、無意識にやってしまった...)
「え?あの月雲さんが?」
「普段良くも悪くも目立った所はないと思っていたけど、詠唱破棄なんてクラスに出来る子はまだ居ないんじゃない?」
詠唱ではない無駄話で先ほどより騒がしくなった。放った縛道が低級だったものだから、ちょっと得意と思われて終わるだろう。出過ぎたことはしないように気をつけなければ...
「でも月雲さん、あの四楓院様と知り合いみたいだからコツとか聞いてたりして...」
「ああ、よく話すところ見るもんな。羨ましいよなあ」
聞き捨てならない話が聞こえたがまあこの際そういうことにしよう。実力ではなく、必死に努力したように振る舞っておくとしよう。
「...いやあ、全然出来ないからコツを聞いたんだ〜... 最近まで塞も出来なかったよ〜あはは。。」
「やっぱりそうなんだ!ちなみにどんなコツなのか教えて欲しいな〜!」
「え...あ、確か掌全体じゃなくて指先に光が通るイメージで集中すると上手く行きやすいだったかなあ...?」
「なるほど!やってみるね!ありがとう!」
これは話に出てきた人から聞いたものではないが、自分がある人から教わったものを濁して話した。斬挙走鬼の中で自分は鬼道がいろんな意味でマシだったため、教わるのが苦ではなかった。ゆらはどうにかこの話が大きくならないことを祈るばかりだった...。
授業が終わると昼時となり、演習場から出ていく者と逆らうように二人組がこちらに向かってきた。
「お〜い、ゆら!迎えに来てやったぞ〜!今日こそ一緒に飯に行こうではないか!」
今この流れで一番関わりたくない人達で、いつの間にか下の名前で呼ばれるようになってしまっていた。いつものように適当にあしらってやり過ごしたい所だが、授業中に話してしまったことを思い出し、今日限りと自分の中でけじめをつけ、作り笑いを浮かべた。
「...そうですね。ご一緒してもよろしいですか?」
そう愛想良く声をかけると、二人ともぽかんとしている様子だった。いつも断っているから当たり前なのだけれど。
「なんじゃ。やっと観念したようじゃの、食堂に向かうとするか!」
一瞬いつもの悪戯っ気のある顔が曇ったが、すぐに嬉しそうな表情になりゆらの手を引いた。
食堂に行くとすでにたくさんの人が賑わっていて、三人で座れる席を探す。奥のスペースが丁度空いているようで、先に席についた。しかし、一緒に来てしまったがどうやってこの先やり過ごそう... あまり二人きりになりたくはないため、庶民らしい行動を心がけ彼女を席に留めておこう。
「...四楓院様、わたしが運んできますので、こちらでお待ちください」
「はあ?何を言っておるのじゃ。儂も行くに決まっているであろう。」
「まあまあ夜一サン、ボクが月雲サンと行きますから。カツ丼と天丼と肉うどんで足りるっスか?」
「まあ良い、親子丼も頼むぞ!」
「ハイハイ」
恐ろしい会話が聞こえているが、あまり動揺すると揶揄われる気がしたため、平然な顔で行ってきますと声をかけた。あの細い身体にあれだけの量が入ってしまうのか、しかも貴族なのに食堂のご飯など口に合うようには思えない。表情は変えず黙々と考え込んでしまっていた。
「夜一サンは結構庶民的な男飯が好まれるみたいで、ここの食堂がお気に入りみたいっスよ〜?」
なぜ分かったのかと声に出してしまいそうになった。ぱっと顔を上げると得意げな顔で見下ろされ若干、いやだいぶイラついた。
「...へえ、そうなんですね」
「まいったなあ、随分警戒されちゃってるんスねえ。...式典の時はスミマセンでした、きちんと謝るタイミングがなくて今更な気もしますが」
「...大丈夫です。もう前のことですから」
正直思い出させて欲しくない出来事ではあったが、適当に流さないと顔に出してしまいそうだった。
「...ボクとしては気になって仕方がないんですけどね」
そう呟くと、わずかに自分の左耳に指先が触れた。今まで自分でも頑張って耐えてきたが流石に我慢の限界でキツく睨み返すと、左側の前髪も全てかき上げられた。
「別に隠すことないんじゃないっスか〜?瞳の色が違うことは悪いことじゃない。いつも見えている青色の瞳も綺麗っスけど、隠している「赤い瞳」も綺麗っスよ?」
初めて会った時からそうだった。胡散臭い笑顔を貼り付けて考えていることなんて見通しているかのようなこいつの目が嫌いだと思った。自分のことなんて知らないはずなのにわたしの考えを見透かされているようで気持ち悪い感覚だった。自分の感情がごちゃごちゃになっているようで、動揺を隠しきれなかった。
「...勝手なこと言うな。耳飾りも目もお前に関係ない。」
思いっきり素で話してしまい、これには彼も驚いているようだった。
「まあ、その通りっスけど...またまた怒らせてしまいましたかね、あはは」
どうにかこの場を去りたくなり、視線を逸らすと後ろに並んでいた上級生に大声で怒鳴られてしまった。
「お前ら!後ろがつっかえてるんだ、早く前に詰めろ!」
ゆらの背中を思いっきり押しながら、我が道を進んでいる。
「女の子に対してその扱いはどうかと思いますが...」
ぼそっと小さくギリギリ聞こえそうな声で話しヘラヘラしているこいつにどうにか仕返してやりたいと、いつもの冷静な自分はどこに行ったのか、気づかれないうちに自分の掌に光を集め小さく呟いた。
「ー白伏。」
すぐに上級生は倒れ、周りは何が起こったのかとどよめいていたが、喜助はすぐにゆらに視線を移し、心底驚いた様子で見つめていた。
「ちょっと、いくらなんでもやり過ぎじゃ、てか今の鬼道は....」
「すみませ〜ん、この二人喧嘩しちゃったみたいで、わたし先生呼んできますから〜!」
「え!?ちょ、ちょっとお〜、これ当分起きないんじゃ...」
「じゃあお願いしますね?う ら は ら さ ん 。」
言い返す隙も与えず、悪戯な笑みを浮かべて勝ち誇ったようにその場を離れた。
(ざまあみろばーか)
その後、倒れた上級生と何があったか先生にしつこい質問責めに、夜一のご飯が遅くなり不機嫌過ぎて授業に支障が出てしまった(特に先生)ことはまた別の話。
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