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恋を失った日

私の名前は藤すみれ、どこにでもいる極々平凡な女子高生だ。
ある日の朝、いつものように登校し教室へと入ると親友の杉菜牡丹とクラスメイトの柊大樹が楽しそうに喋っているのが見えた。
明るく可愛らしい彼女といつも元気でムードメーカーな彼は、並んでいるととても絵になる。
「おはよう、すみれ!」
嬉しそうに微笑む彼女を見て、胸がずきずきと痛んだ。
「おはよう、牡丹。それに、柊くんも」
心の叫びを無視して、いつも通り挨拶をすると柊くんは明るい笑みを見せてとある報告をした。
「おはよう、藤……その、実は俺たち昨日から付き合ってるんだ…ありがとう、全部藤のおかげだよ」
その言葉を聞いた瞬間、私は恋を失った。
こうなることは、予測していたのだけれど。
心の中でひっそりとため息をつく。
私の方が、先に好きになったのに。
そんな気持ちはおくびにも出さずに、偽りの祝福を挙げる。作り笑いなら得意だ。
「おめでとう、私の思った通り二人はやっぱりお似合いだよ」
私の言葉に、二人は照れたように笑った。

放課後、いつも一緒に帰っている牡丹には用事があるから。と断りのメッセージを送り一人で帰路についた。こんな気持ちのままではとてもじゃないけれど牡丹に顔を合わせられない。
楽しそうで幸せそうな二人はとてもお似合いのカップルだった。その事実が私を余計に惨めな気持ちにさせた。

家に帰り、私はベッドの上で一人思い出す。
一年前の春、牡丹が私に相談をしてきた時のことを。
「…すみれ、私…好きな人が出来たんだけど」
顔を真っ赤にさせて、もじもじとしながら彼女は私を見つめた。
「柊くんのことが好きなの、部活の応援に行っている内に格好いいなって思って……すみれ、協力してくれる、よね?」
心が、どうしようもなくざわついた。
けれど私は、牡丹の親友でいなければならない。彼女の信頼を失うことなんて、出来るはずがなかったから。
「もちろん、いいよ」
そう答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「持つべきものは、友達だね」
そう言って笑う彼女の楽しげな声が、私の胸を鋭い刺で刺していく。

そして今から一週間前、二人が付き合い出す少し前に私は柊くんに誘われて彼と一緒に下校をした。
「藤、良かったら…一緒に帰ってくれないか?」
下駄箱で放たれたその言葉に、鼓動が跳ねた。そしてすぐに憂鬱な気分になった。何故なら私は彼が聞きたいことを知っていたからだ。
少し世間話をしながら歩いたあと、柊くんは
「…あのさ、杉菜って付き合ってるやつとか、いんの?」と頭を掻きながら聞いた。
やっぱり、牡丹と仲の良い私に彼女のことを聞きたかったんだな。と思うと心がキリキリと悲鳴を挙げた。
「…牡丹に彼氏はいないよ。そういえば、柊くんのことが気になるって言っていたかも」
私がそう答えると、柊くんは嬉しそうに目を輝かせた。
あんなこと、言わなければ良かったかもしれない。
しかし、端からみても二人はお似合いだった。
だから私は、二人の背中を押すことしか出来なかったのだ。

授業中、綺麗に伸びた背筋を後ろの席から見つめるのが好きだった。
時折見せる、柔らかい微笑みが好きだった。
風に揺れる、短い黒髪が好きだった。
私は、ずっとあなたのことが好きだった。
けれど、それももうお仕舞いだ。この思いは誰に知られることもなく散っていく。
切なくて苦しくてどうしようもなくて、溢れだす涙を拭いながら失恋ソングを一晩中聞いた。

次の日、私は泣いた跡を気付かれないように顔をよく洗ってから家を出た。
憂鬱な気持ちを隠しながら平然を装って教室へと入れば、窓際の席から声が掛かる。
「……おはよう、今日は早いね」
そこには窓から吹く風に短い黒髪を揺らしながら、背筋を綺麗に伸ばして椅子に座り、ふわりと柔らかい微笑みを浮かべる彼女が居た。
「おはよう、牡丹……ちょっと早く起きちゃって」
私は、彼女の親友でなければならない。
ずっとあなたのことが、好きでした。
言葉に出せない想いは、泡のように消えて私の胸に痛みだけを残していった。
そして私はまた、恋を失う。



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