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宝石のような瞳

とある森の奥に、一つの小さな小屋があった。
そこには可愛らしい一人の少女と少女の母親が住んでいる。その少女の名はリリーと言った。
リリーは透き通るような綺麗な白髪に、雪を連想させる真っ白な肌を持っている。
しかし、彼女の両の眼だけはいつも重たげな前髪によって隠されていた。
「いい?あなたの瞳は、誰にも見せてはいけないのよ」
母親は何年もの間、毎朝欠かさずに少女にそう言い聞かせてきた。
リリーは母親の真っ赤に輝く美しい瞳を見て、
『私の眼は、お母さんのように綺麗じゃないんだ。だから見せてはいけないんだ』と思っていた。
そして少女は長らくの間母親の言いつけを守り、ずっと瞳を隠したまま人が来ることもない森の奥でひっそりと暮らしていた。

そしてある日の午後、太陽が輝き雲一つ無い快晴の空の下、リリーが切り株に座り本を読んでいるとそこに一人の少年がやってきた。
「こんにちは、こんなところで何をしているの?」
利発そうな少年が興味深そうに声をかけると、リリーは戸惑いながらも口を開いた。
「私は本を読んでいるの……あなたこそ、こんなところで何をしているの?」
母親以外の人間と話すことがずいぶんと久しぶりだったリリーは、少々緊張した様子でそう尋ね返しる。
すると少年は右手に抱えていた大きな籠を揺らして、自分の事を話し始めた。
「僕は木の実を拾いに町から来たんだよ、キミは町では見ない顔だけど…ずっとこの森に住んでいるの?」
リリーは穏やかなその声に胸を高鳴らせ、この人ともっと話をしたいと強く思った。
「ええ、わたしはいつもここにいるわ」
その言葉に、少年は心底嬉しそうに微笑み首を小さく傾げた。
「じゃあ、また明日も会いにきていい?」
その問いにリリーは何度も頷いて、白い頬を赤く染めながら声を弾ませた。
「勿論いいわよ、私もここで待っているから」


それから二人は森の奥で毎日のように会って、木漏れ日の中でお喋りをするようになった。
話す内容はお互いの好きなものや、森の動物達のこと、それから町と森の違いについてだった。
二人の話が底を尽きることは無かった。
いつまでも少年と仲良くしたい、ずっとお喋りをしていたい。少女はそう強く願っていた。

しかしある日、リリーがいつものように少年とお喋りをして家に帰った時不意に母親が冷たい口調で言い放った。
「あまり人と仲良くするんじゃないよ」
その言葉に、リリーは目の前が真っ暗になったような感覚を覚えた。次第に、それは悲しみへと変わっていった。

お母さんはなぜ、人と仲良くするなと言うのだろう。
「おはよう…どうしたの?元気がないようだけれど」
普段と様子の違うリリーに、少年は心配そうな声で尋ねる。
「ううん、何でもないの」
この人はこんなにも優しいのに、お母さんは仲良くしてはいけないという。
心に不安を残したまま、リリーはいつものようにお喋りをした。
そして夕暮れが空に昇り、会話が途切れた時に少年はリリーの顔を見つめながら一つの疑問を問いかけた。
「そういえば…キミは、いつも瞳を隠しているね」
その少年の言葉に、リリーは声を震わせながら呟く。
「…お母さんが、私の瞳は誰にも見せてはいけないというの」
悲しげなその告白に、少年は首を傾げながら尋ねた。
「君のお母さんは何故そんな事を言うのだろう?」
するとリリーは嗚咽混じりに言葉を繋げていく。
「私の瞳は、きっとお母さんのように綺麗ではないの…だから人を不幸にしてしまうし、誰にも見せてはいけないの…」
長い前髪の下の瞳から、涙が溢れ落ちる。 
そんな彼女の肩を優しく抱き、少年は柔らかな声で話し始める。
「僕は君の瞳が見たい、君の瞳はきっと綺麗なはずだから……」
にっこりと微笑みながら紡がれるその言葉に、
少女の気持ちが揺らいだ。
「…あなたになら、見せてもいいよ」
お母さんはああ言ったけれど、この人になら見せても構わないだろう。だって、私の瞳を見たいと笑顔で言ってくれるんだもの。
それに瞳をさらけ出して、きちんとこの人の目を見れたならきっと今より仲良くなれるはず。
少女は角砂糖のように、甘く淡い気持ちを胸に募らせて前髪をゆっくりと分けた。

瞬間、宝石のような真紅の瞳が輝き少女の髪は無数の蛇に変わり、少年は石へと変わった。
「……な、なんで……嘘よ…こんなこと…」
石になり動かなくなってしまった少年を抱きしめて、リリーは悟った。
私はメドゥーサだったんだ。
だからお母さんは人と仲良くするなと言ったんだ。私の瞳を見た人間は、石へと姿を変えてしまうから。
メドゥーサは、静かに涙を流した。彼女の心に残った角砂糖は、行き場もないままに儚く溶けていった。


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