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恋わずらい

私たちはお年玉やお小遣いの貯金を崩し、ICカードに多くのお金を入れて電車に乗った。
「ハルは、どこにいきたい?」
ぎゅっと彼女の手をとり聞く。暖かな体温が伝わって、心地よかった。
「…うーん、ここからずっと離れたところにいきたいな」
「じゃあ、終点の駅まで行こうか」
こんな駆け落ちなんて、上手くいくはずがない。
心の隅でそう思っていても、二人でいれば大丈夫だという根拠のない自信が溢れてくる。
終点の海辺の駅で降りて、ハルと手を繋ぎながら歩いた。
途中、小さなお土産屋さんがあったので中を覗いてみる。
「…これ、可愛い」
ハルがそう言って手にしたのは、貝殻をモチーフにしたヘアピンだ。
「いいね、ハルに似合うと思うよ」
彼女の綺麗な金髪に、ヘアピンをあててみる。
するとハルは照れ笑いを浮かべながら、色違いのヘアピンを手にした。
「…子冬もお揃いで買おうよ」
そんな風に嬉しそうに言われれば、私は断ることなんてできない。
「すみません、このピン留め2つください。」
店の奥の方にいる店員さんを呼び、会計をした。
「2点で、556円になります。」
キラキラと光るヘアピンを前髪につけると、ハルは照れくさそうに笑った。
「…変じゃないかな、ボクがこんな女の子っぽいの」
私は気まずそうに呟くハルの頭に手をやり、優しく撫でてみる。
「とっても可愛いし、似合っているよ」

それから二人でショッピングセンターに行き、可愛いワンピースをハルに着せてみたり、ちょっとお洒落なカフェに入ってみたり。私たちはとても幸せな時間を過ごした。
「ボク、ずっとあの駅前でお母さんを待っていたんだ」
コーヒーをスプーンでかき混ぜて、寂しそうにハルが呟く。
「お母さん?今は、お母さんはどうしているの?」
「どこにいるのか、わからない。でも、六年前にあの駅前で別れたから。待っていたら、会えるかなって…」
「そうなんだ…」
彼女の辛そうな表情に、胸が痛む。
「でも、駅前で待っていて良かったと思うよ。お母さんは来なかったけれど、子冬に会えたから」
「そっか、私もハルに会えて嬉しいよ」
はにかんだように表情を緩めた彼女は可愛らしくて、思わずその頭を撫でる。ふわふわと柔らかい髪が掌に触れた。
このままずっと、二人でどこかへ行けたらいいのに。本気でそう思っていた。
けれど、午後9時になってハルが「そろそろ、帰ろうか」と言った。
「でも、家に帰ったら…大丈夫?」
また彼女が暴力を振るわれるなんて、そんなことは絶対に許せない。
「大丈夫だよ、心配しないで。それよりこれ以上遅くなったら…」
また、殴られちゃう。と伏せ目がちにしてハルが呟いた。
私は自分の無力さを嘆いた。目の前の少女を救いたいのに、どこか遠い場所へ連れていきたいのに、何もできない自分が嫌だった。
「分かった、でも…明日は絶対に警察に相談しよう」
ハルを抱き締めてそう言うと、「大丈夫だよ、子冬のおかげでちゃんと気付けたから……きちんと出来るよ」と言われた。
その言葉に、私はハルがお父さんときちんと話し合うのだろう。と思ってホッとした。それで解決できるなら、いいのだけれど。
薄暗い夜道の中、ゆっくりと駅まで歩いていく。
長い二つの影を、月明かりが照らしていた。
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