扉を開けて
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雨が体を打ちつける。
イヅキは濡れ鼠になって社の屋根の上を駆け回っていた。
──数時間前。
色づいた山紫陽花の脇を、笠を頭にのんびりとイヅキは社に向かっていた。小雨の中を蛙がひょこひょこ飛んでいて、だんだん季節が変わりつつあるのを感じる。
そして、社にたどり着き絶叫した。
「あ、あ雨漏りしてるーーーーッ!!!?」
春の穏やかな気候で忘れ去っていた、社の老朽化問題である。
……言い訳すると、天気が悪い日はわざわざ森の奥には来なかったもので、気づかなかった。
最近梅雨入りしたので、今日は小雨でも来たが。
「よっこいしょっ……と。」
屋根に登ったイヅキは、周囲を見回し扉間が来ていないの確認した。
常々、家人に外部に忍術等の技術を出してはいけないと言い含められているのだ。
ちなみにこれはイヅキへの『勝手に里の外に出るな』という遠回しなメッセージだが、全く伝わっていない。
チャクラを練って指先に火を灯し、穴のあいた銅瓦を溶かして塞ぐ。
イヅキはまだ兄のように豪火球は出せないが、兄弟でも特にチャクラコントロールは上手い自信があった。なにせ鍛錬をサボってる間はおおよそチャクラで遊んでたもので。
何事も役に立つものだなと思いながら、ひたすらに小さな炎で割れや穴を治していく。
熱された銅瓦に冷たい雨が当たり、じゅう、と蒸気が灰色の空に溶ける。
「……寒い、なぁ。」
夏が近いとはいえ、雨で濡れた身体は冷え切っている。チャクラも切れてきて、全身が怠い。
イヅキはふらつく体に鞭打って、ひどく雨漏りしていた部分をどうにか治し、屋根から降りた。
その後の記憶は、ない。
◇◇◇
雨音に混じって、パチパチと火が爆ぜる音がする。
何か暖かい物が手首に触れた気がして、イヅキは無意識にそれにすり寄った。
「イヅキ。」
掠れた声で誰かが呼んでいる。
うすらと目を開くと、手首を誰かが握っている。寝ぼけ眼で腕をたどって見やれば、赤い瞳とぶつかった。
昔見せてもらった、今は亡き母の写輪眼を思い出す。
「かあ、さま。」
(でも、巴がないな……待って。じゃあこれは誰?)
は、とイヅキの意識が冴えるや否や、社に怒号が響いた。
「だれがお前の母親だ!!いい加減おきんかこの阿呆!」
「……なんだ、とびらまかぁ。」
相手がわかるや否や、二度寝しようと目を閉じるイヅキ。もちろんそれを許す扉間ではなく、イヅキの頭に拳骨が落ちる。
涙目で睨めば、自分でやったにも関わらずしまったとでも言わんばかりの顔があった。
「イッ〜〜!!殴るこたないじゃん!」
「……す、すまん。つい、いつもの癖で。悪かった。」
珍しくしおらしい扉間に、イヅキは怒る気もなくなってしまった。
「そんな、扉間が素直に謝るなんて……風邪でも引いたの?」
「雨の中外で寝てたお前と違って健康だ。ほら、冷えてるんだからこれでも食べろ。」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、そっと湯気の立つ椀を渡される。
変な扉間の様子に戸惑いながらも暖かな汁物を一口飲み、イヅキは咽せるのを堪えて笑みを向けた。
「あ、ありがとう扉間……。」
目を潤ませ震えながら笑みを浮かべるその様子は、まるで感涙しているように見えるが、違う。
正直、汁物がめちゃくちゃ不味かった。
何をどう入れたのか心底気になるような苦くて甘くて酸っぱい不穏な味がする。
新手の嫌がらせかと思ったが、どうも扉間はこちらを案じている様子だ。これで演技だったら扉間は今からでも潜入部隊のエースになれるだろう。
心配されてるのは自分なのに、イヅキは扉間の舌が心配になってきた。
(でも、厚意を無碍にはできない!!)
イヅキは生理的な涙を堪え、必死に汁物を喉に流し込んだ。
そんなイヅキの複雑な心情を知らず、扉間は満足気におかわりを盛り始める。
体は温まったが、胃はむしろ荒れ狂い熱いくらいだった。
「……──何があった?」
どうにか食べ終わり死んだ魚の目をしたイヅキに、扉間は地を這うような声色で問いかけた。
先程までどこか微笑ましそうにしていた視線が打って変わって鋭く突き刺さる。
(な、なんでこんなに怒ってんの……?!)
戸惑いつつも、チャクラや術については伏せながら雨漏りの修理をしたことを話す。
「馬鹿者……っ!雨漏りくらい、放っておけばよかろう?吹き抜けている訳でもないというに!」
「だ、だって、」
「だってもなにもない。お前は只人なんだから無理する必要はない」
「でも、扉間と集めた資料がダメになるのは嫌だった。歴史とかそういうの話せる人、扉間しかいないし。」
扉間が沈黙する。
しばらくして、なにか振り払うように首を振るとイヅキの頭を撫でて口を開いた。
「……まあ、よくやった。体調管理が出来ていないのは問題だがな。」
優しげなその手に、イヅキは無意識に頭を押し付ける。
兄よりも少し小さく、でも骨格が違うのかがっしりした手。何か鍛錬でもしてるのだろう、豆が潰れて硬くなった、努力の証だ。
「扉間、弟いそう。」
「まあな……ただしお前の兄にはならんぞ。もちろん母親もだ!冗談じゃない。」
「ぶふっ!と、扉間おかあさま??」
笑い転げるイヅキを扉間が小突く。先ほどの拳骨と比べれば、手加減された軽い拳だった。
「ほら、元気になったならもう帰れ。雨も小降りになってきたし、今日はさっさと帰って寝ろ。」
「えぇ〜〜っ!まだ帰りたくない!」
「駄目だ。また……そうだな、来週くらいか?」
「え?」
イヅキは今夜きっと熱が上がるだろう。
さっき撫でたとき若干高くなっていた体温を思い出し、扉間は帰りを促した。
忍びじゃない一般人なら、完治まで1週間はかかるに違いないと考えた故の発言だった。
渋っていたイヅキも、自分の体調が回復するどころか悪くなり始めているのを感じ、渋々帰路に着いた。
「また来週ね!!お礼に美味しいもの持ってくるから!」
「ああ、わかったからさっさと帰れ……また来週。」
「またね!!」
─── イヅキが去った社の中。
扉間は、頭を抱えて地の底にでも届きそうなほど深いため息を吐いた。
「……あいつ、女だったのか。」
倒れ伏したイヅキを運んだ時の、柔らかな肌の感触がまだ残っているような気がする。
なんだか落ち着かない心持ちのまま、扉間は手を握りしめた。
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