タイトル未定
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海に出てからしばらく。
風がよく吹き、だいぶ沖に出たようで岸はもう見えない。
じきに帝国の海域を抜け出す頃だ。
旅は順調……かと思いきや。
「え?!シンドバッド、食料も水も持ってこなかったの?!」
操舵の都合で括り付けられた2艘の小舟。その上では、船出早々問題が起きていた。
「いや〜、まさかあんな騒ぎになるとは思ってなくてさ」
「騒ぎを起こした張本人でしょうが!!嘘でしょ……」
「そういうセシルこそ、航海術もなしにどうやって海に出ようとしてたんだ?珍しく陸風だったのに帆も立てずに岸に流されていくからびっくりしたよ」
「ウッ……そ、それは船なんか使ったことなかったから」
「それで、そんなきみがどうやって沖まで来れたんだろうな?ん?」
帝都暮らしじゃ、船を操るなんてせいぜいボート程度。
一応軍にいたときにちょっとやったけど、大きな船で指示通りに動くだけ。
もちろん漁船の帆の張り方も舵の切り方も知らないセシルは、沖に出る前に、波の流れるまま陸に帰りかけていた。
そこへ船を横につけて沖へと操舵したのがシンドバッドである。
その、船というより調子に乗ってばかりの、船乗りだったらしい現在無職住所不定のシンドバッドくん(14歳)が目の前で満面の笑みをかましてくる。
コイツ…!人の心をへし折るのがそんなに楽しいか!!
セシルは袖を噛んで悔し涙を飲んだ。
自分も現在無職住所不定だしなんならシンドバッドと同じく追われる身だが、そんなことは棚に置いている。
「グゥッ……し、シンドバッドが帆をいじったり操舵してくれたからですッ……」
「そうだよな!じゃあ、俺は舵、セシルは物資提供。持ちつ持たれつってことで、とりあえず水くれ!」
「〜〜〜ッ!わかったよ、持ってけ泥棒!ああ、私の水が……」
貴重な水樽がお呼ばれしてしまった。しかしヤツは水樽の中でも最小、第二第三の水樽が我が船には残って…。
そう思いながらセシルが樽に目を向けると、いくつか周囲が水たまりのようになっている。
嫌な予感に恐る恐る開ければ……水は半分ほどに減っていた。
「ちょっ、え、水漏れしてるんだけど?!なんで??」
「あー…それ、粗悪品だよ。可哀想に」
「ソアクヒン」
「隙間を泥で埋めて見栄を良くするんだ。多分中身も海水だろうね…よくある詐欺さ」
「サギ」
そこからの記憶を、セシルはよく覚えていない。
何かシンドバッドが手を振ったり肩を叩いたりビリッと何か電撃みたいなのを浴びせてきたり踊ってたりしていた気がするが、島の影もない海上で水を失ったショックで到底反応する余裕がなかった。
…ところで、あの珍妙な踊り何なの?豊漁の儀式?
◇◇◇◇
しばらくして、惚けるセシルに痺れを切らしたシンドバッドの
みず?たる?…なんのことかな?
「そういや港では気が付かなかったけど……セシルが着てるその鎧って、軍の支給品だよな?」
「あ……」
しまった。
マントの隙間から見える黄金色に、顔から血の気が引く。出国による安堵と突然のハプニングに動揺して隠すのを忘れていた。
ちらりと横目でシンドバッドの表情を伺えば、笑顔だが心なしか目が笑っていない気がする。
脱走兵とバレた、というより自分を追ってきた兵士じゃないか疑ってるのだろうか。
港では何でか知らないけど国軍に追われてた様子だった。
……仕方ない。
相手が何者かもわからない中では話したくはなかったけど、軍に追われてるのは同じ。それに今、船の舵を握ってるのはシンドバッドなわけだし、不審に思われて放流されるよりは敵じゃないことを証明する方が良い。
「シンドバッドを追ってきたわけじゃない……この鎧は、迷宮に送り込まれたから支給されたんだよ」
「え、セシル
愕然とした様子でシンドバッドがセシルを見る。なんだその顔は。というか、
「……“も”?」
妙に自信のある言動、軍の追われ者、戦い慣れた挙動、そして今の言葉── セシルの灰色の脳細胞がピンと一つの答えを弾き出す。
シンドバッドって迷宮攻略者……と一緒に生還した人なのでは?
こんな子供がまさか攻略者ってことはあるまい。
豪華絢爛とは言い難いし、何よりムキムキじゃない。自分とと同じく迷宮から離れた場所に飛ばされたのかもしれない。
きっと追われているのも、生還後に軍役の拒否でもしたに違いない。財宝の持ち逃げにしては質素な身なりだ。
「わかった」
神妙な顔でセシルは口を開く。
シンドバッドはついに訪れたこの瞬間と謎の緊張感に唾を飲んだ。
「シンドバッド…あなたは迷宮攻略百人隊の一員だった。そうだね?」
「え?あ、うん。まあそうだけど、それだけじゃなくて……」
「わかってる。私も同じなんだ」
「同じ?!!」
「私は、あなた達の前に迷宮に入った千人部隊にいた」
シンドバッドが目を見開く。
驚くのは無理もない。なにせシンドバッド達はセシル達の部隊が誰も帰ってこなかったから迷宮に送られたのだ。
「きみ、迷宮内でずっと生き残ってたのか…!」
「うん。まあ、どう言う仕組みか一番に門に触れたはずが、なぜか1人だけ遅れて迷宮に足をつけたみたいだけどね」
奇妙な時差には身に覚えがあるようで、シンドバッドも頷く。話を聞くと、シンドバッドも百人部隊の中で1番初めに入ったはずが最後に迷宮内に現れたらしい。
「時間はちょっと違うけど、私とほとんど同じ体験をしてたんだ」
「ああ。それで、出航してこんなところにいるってことはきみは軍には戻らないつもりなわけだ」
「そのつもり。お国のために働いたけど、実質死刑宣告という名の迷宮派遣されたし、戻ってもお先真っ暗だからね。シンドバッドだって似たようなものなんじゃない?」
「ハハハ……そうだね」
乾いた笑みを浮かべるシンドバッドに首を傾げる。
今のは、「お前たちの思惑なんか無視して生き残ってやったぜ!!!」みたいなお嘲笑(わら)いポイントだと思ったんだけど。あれれー?
きっと船酔いかなにかでシンドバッドの気分が落ち込んでるんだろうと適当にあたりをつけ、セシルは考えるのをやめた。
───対してシンドバッドは、不思議そうにこちらを見るセシルという人物に対し、少し考えを改めていた。
(
ちょっと動けるのを鼻にかけた、ただの帝都育ちの
念のため補足するが、セシルの性別は女である。
この国では男女ともに髪を伸ばすことが多く、女性は特にその傾向が強い。
対してセシルは迷宮で切られたせいでザンバラで短い髪。この髪型に、軍属由来の筋肉質な体。
そして鎧とマントで体型が分かりにくいこともあり、セシルはシンドバッド含め道ゆくほとんどの人から小柄な少年と思われていた。
まあ軍には女性兵が数える程度しかいないので、その数少ない女性兵であるセシルが捜索網から逃れるには悪くない勘違いだった。
「ところでセシル、軍ってどんなことするんだ?」
「民間兵は徴兵後すぐに派遣されるから大して訓練とかはなかっただろうけど、国軍は訓練をやったり、見回りをしたりもしてたよ。あと私は書類仕事とかもやったね」
「へぇ〜ずっと戦ってるわけじゃないんだな」
「いやいや、装備の経費申請も出さなきゃいけないし、見回りしなきゃ民を守れないんだから軍がある意味がなくなるからさ」
漁師なら漁を、商人なら商売を毎日しているから、てっきりずっと訓練や戦争ばかりしている……とシンドバッドは思っていたが、どうも違うらしい。考えてみれば、魚の取れない時期にはシンドバッド自身も護衛を買って出たり村の人と鱗や骨で作った道具やアクセサリーを売ったりしていた。
戦争に駆り出され、失うばかりなのが嫌で軍役を断ったが、民を守るという役割もある。
民を、家族を守るための、兵役……。
徴兵されて帰ってこなかった父の記憶が脳裏をよぎる。
軍といえばモノや命を奪うものという印象が強かったシンドバッドからすると、少し複雑な気持ちだった。
「辺境部隊の見回りも、俺たちを監視したり搾取したりするためだけじゃないのか」
「まあ反乱しないかを見張る意図はあるらしいよ。あとは外の国からの侵略から国を守るとか」
「あ、レーム……」
「そう、特にここ十年はレームだ。たぶん、私もシンドバッドも、軍に戻ってたら次に派遣されてたのは対レーム戦の最前線だったと思う」
勝てそうにないけど、と肩を落として言うセシルに対し、シンドバッドは考え込む。
敵対してるってことは、追手が来にくいはず。諜報員はいるかもしれないけど、一人や二人なら、迷宮で得たこの力があれば。
シンドバッドが顔を上げると、同じタイミングで思いついた様子のセシルと目が合う。
「セシル、」
「シンドバッド、」
「「レームに行こう」」
旅の行先は、レーム。
「にしても、船を操れもしないのによく海に出ようと思ったね。俺がいなきゃどうするつもりだったんだ?」
「べ、別に風もあったし、一応旅のものは買ってあるから何とかなるかなって……」
実のところ、セシルは風さえあれば勝手に進むものだと思っていた。
そもそも不況の帝都暮らしで船を見る機会すら少なく、あっても軍船か商船、貴族の道楽船くらいだったのだ。
唯一乗ったことのある迷宮行きの軍船も人夫がいて、部屋で最後の晩餐よろしく久しぶりの塊肉を食べていたセシルは船の仕組みも何も知らなかった。
「運良く追い風が吹いてなきゃ岸に逆戻りだったさ。こんな天気のいい真昼間に陸風が吹くなんて珍しいんだ」
「え、そうなの?」
「この時間帯は普通海風……海から風が吹く。だからうまく風と波を読まないと出航しにくいんだよ。そう言う時は帆の角度を変えたり畳んだりするけど、今回は追い風をつかめたからそのまま離岸流に乗って──」
──そこから、シンドバッドのありがたい海講義は小一時間に渡った。
徴兵やら出稼ぎで村にあまり同年代がいなかった弊害である。
セシルも軍で人の話はあまり口を挟むなと教え込まれたものだから、軍で培ったさしすせそ戦法で相槌を打っていたのが災いした。
「さすが!」
「知らなかった」
「すごいね」
「センスあるー!」
そしておよそ一時間後。
話を終えてスッキリとしたシンドバッドとどこか萎びた様子のセシルが一息つき、周囲を見回す。
空は今のシンドバッドの心持ちと同様に晴れ渡り、彼の終わりの見えない話のように海が一面に広がる。
見回す限り、島陰はない。
「「遭難(そうなん)だ……」」
出国早々、2人は遭難した。
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