RKRN短編・ネタ

算盤男と幽霊女


 暴力、事件、波乱の日々。
 高校受験の年だっていうのにとても落ち着いて勉強できたものじゃない毎日だけど、最近、追加で謎現象が起きている。

 ここのところ、寝るたびに同じ夢の続きを見せられているのだ。

 歴史ドラマに出てきそうな雰囲気の日本家屋で、隈が酷い男と話す夢。


 ……始まりは、五日前。

 部活のランニング途中事件に巻き込まれ事情聴取を受け、解放されたと思えば姉からデート相手がいなくなってしまったとの連絡。尋常じゃない推理オタクだとデート中の好きな女の子すら置き去りにするのかと呆れつつ、ようやく帰宅したら父は仕事で姉もそれに巻き込まれ外出……。


 慌ただしすぎて着替える元気もなく、柔道着のまま布団に倒れ込んだ、あの夜から始まった。



◇◇◇◇



『曲者ッ……!!』

 咆哮。聞きなれぬ男の声に目を開けた瞬間、視界を埋めたのは巨大な鋼鉄の塊だった。
 凄腕空手ガールな姉の蹴りと同じくらいの速さで迫るそれに、咄嗟に腕を構える。

『え?!うわっ?!』

『ちッ、手応えがない……!』

 腕に当たった感触がない。腕をクッションにしたはずが、鈍器が腹を貫通している。


 ……貫通、しているはずなのだけど。


 なぜか感触も、痛みもない。

 恐る恐る自分のお腹を覗き込めば、そこには「鈍器」という言葉すら生ぬるい、鋼鉄の算盤がめり込んで床に突き刺さっていた。
 なぜ算盤?しかも金属製?と困惑しつつも、無意識にそれを押さえ込もうと手を伸ばす。

 だが、掴もうとした手は、虚しく空を切った。

『え……何、これ。当たり判定ないんだけど……!?』

 唖然と顔を上げれば、そこには自分以上にポカンとした表情の男がいた。

 スポーツマンなのかがっしりした体格とは裏腹に、顔色は絶望的に悪い。一徹や二徹では到底届かない深淵のような隈。深緑のセットアップという奇妙な服装も相まって、年齢は……まあ、三十路手前といったところだろうか。

『だ、誰が三十路だと?!』

『うわっ口に出てました?!すみません!』

『俺は十五だ!』

『十五……? いや同い年は嘘すぎる。二十五の聞き間違いかな?申し訳ないです、私、疲れてるみたいで耳までバカになってるみたいで』

『聞き間違いじゃなく正真正銘十五歳と言っているんだバカタレーーーーッ!!そもそもお前は「疲れてる」というより、「憑いてる」ほうだろーが!幽霊め!』

『……え?親父ギャグかなにかですか?』

『何が親父ギャグだッ!! 』

 男は一つに結えた髪を振り乱して咆哮した。周囲には行燈に座卓、見慣れない和綴の本。どうやってここにきたのか全く理解できないが、どうやら、この隈の深い「自称十五歳」がこの部屋の主らしい。

 ていうか今、この人聞き捨てならないことを言わなかった?

『……幽霊?どこに?』

『お前だ!算盤をすり抜け拳も当たらない、よく見れば体も透けている、そして白装束!どこからどう見ても幽霊だろ……自分で気づかなかったのか?』

 確かに、算盤が貫通しているお腹が痛くないのも、手がすり抜けるのも、そもそも貫通して床に刺さっているのが見えるのも、幽霊と言えなくもない……だが。

『これは白装束じゃなくて柔道着です!ほら、合わせも右前でしょう?!そもそも死んだ覚えがないんですけど』

『知るか!ジュウドウだろうとなんだろうと、透けてる時点で幽霊だろう!……ああ、もしかして自覚がないのか?そういうこともあるよな、まあ気にせず成仏するといい。じゃあな』

 私の訴えを、鼻をかんだちり紙をゴミ箱に捨てるかのような軽さで切り捨て、男は懐から取り出した白い粉を私に浴びせた。

 身構えたが、特にどうということもなく、粉末は体を通り抜けて床に落ちる。
 なぜか、心なしか清々しい気分だ。床にばら撒かれた白い粉を見て、謎の衝動に身を突き動かされ指を伸ばす。

『ペロッ!これは……ただの塩!』

『いや幽霊なんだから舐めれねえだろ!そもそも得体の知れないものを舐めようとするな!!』

『粉を見たらなんかやらなくちゃいけない気がして……ていうかこれ、もしかしてお清めの塩?!出会ってすぐにこんなの、塩対応すぎる』

『呼んでもねえ幽霊なんだから塩で対応するのは至って普通だろうが。それにしても消えん、しぶといな』

『セールスか服の染み扱いじゃないですか?!ひどい!』

 酷い扱いに憤慨する私をよそに男はため息をついて手を構える。

『仕方ねえ、臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!』

『えっ?ど、ドメイン・界・門・項・目・科・属・種?』

『……』

『……』


 沈黙。


 なんか急に印を組みながら呪文を唱え始めたから、似た感じの応答をしたが心なしか体が軽くなっただけだった。未知の生物でも見るかのような目で男がこちらを見ている。
 気まずい。コミュニケーションって難しい。

『……なんだその呪文は。呪いか何かか?』

『いや、生物の分類です。そっちこそ、りん、ぴょう……ってなんの呪文ですか?』

『生物の分類?よくわからんが、さっきのは九字切りだ。邪気を払う、はずだが……なぜ消えん?!』

『無邪気だからじゃないですかね』

『無邪気の意味を辞書で引け!!くそっ何なんだお前は……!』

 悩ましげに頭を抱えた男は、ふと、手元の紙を見て石像のように固まった。

『しまった……こんな物怪に構ってなどおれん!!帳簿を片付けねば!!』

 そう言うと、私の腹部を貫いていた算盤を引っこ抜き、急いで計上を始める男。

 なんだろう。突然目の前に人間が現れることより優先すべきことってある?
 疑問に思い、私のことなどほっぽり出して筆を執る男の肩越しにその紙を覗き込む。

 そこにはミミズが断末魔を上げながらのたうち回ったような、凄まじい筆致の数字が並んでいた。

 うちの父も酔っ払うと似たようなミミズ文字で母宛のラブレターを書き始める。それに慣れてるおかげでなんとか読めるけど、これは墨で描かれてるからか、なんかもはやダイイングメッセージに似てるような。
 なんというか、とても芸術的なフォントだ……あっ。

『ここ、間違ってる』

『何ィ?!計算違いか?!』

『いえ、計算は合ってるんですけど、四列目の数字を書き間違えてます。 これ前の行だと“六”じゃなくて、“十八”って書いてありますよね?』

 男の筆が、ぴたりと止まった。
 前の行の“十八”を指さしてこちらを射殺すような目つきで睨み、問いかける。

『……これが、十八だと?』

『そうです。ほら、この……ミミズの死骸みたいな二本線、六の上の鍋蓋じゃなくて突き抜けてます。“十”ですよね? その手前の計算的にもここは十八にならないとおかしいですよ』

 ふと気づいた部分を指摘したら、すぐさま男が算盤を弾き出した。バチバチと、火花でも放ちそうなものすごい速さで鋼鉄の珠がぶつかり合う。
 何この音、そろばんが出していい音じゃなくない?さっき突き刺された時にも思ったけど、この算盤、何かおかしい。
 ドン引きながら唖然と計上する様子を見つめる。

 弾いては書き、弾いては書き。やがて、ぴたりと男の指が止まった。

『合っている……お前、団蔵の字が……これが、読めるのか?』

『え?読めるも何も普通の漢数字じゃないですか。ちょっと字はダイイングメッセージみたいだけど』

『ダイ……?』

『あー、ダイイングメッセージっていうのは死に際に遺した文字です。自分に危害を加えた犯人はあの人だよ、みたいな』

『死に際?!なんつー物騒なもんに例えてやがる……いや、それほどまでに必死な筆致だということか?まあ努力は認めるが、この字の汚さは矯正しなければならんな』

 誰だか知らないが、習字の練習をすることが決まったようだ。頑張ってほしい。
 男は一つ頷くと、獲物を見定めた鷹のような鋭い眼光をこちらへ向けた。……あ、これ。なにか事件に巻き込まれる一秒前のような。

『いいだろう。使えるものは鬼でも物の怪でも使う! それが会計委員会だ!! おい、次はここだ。祓われたくなければ読め!』

『え……まさか、この山全部?』

『当たり前だ。ギンギンにやるぞ!!』

『嘘でしょ?明日の朝までかかる量ですよ? 嘘だと言って……』

『無断で居座ってるんだから対価くらいよこせ。ちなみにこの内容を他言すれば……わかってるな?』

『居たくて居るわけじゃないですーー!!』

 私は咄嗟に、開け放たれた廊下へと飛び出した。
 幽霊になってまでこの算盤をぶん回してきた隈男と帳簿という名の計算ドリルに付き合うなんて御免だ。

 だが、部屋の敷居を跨ごうとした瞬間――。

『――っ、うわぁ!?』

 背後から巨大な磁石で引かれたような衝撃。

 視界が反転し、気づいた時には、再び男の背中を至近距離で眺める位置に「リスポーン」していた。

『どうやら離れられんらしいな。部屋か?それとも何か物に取り憑いてるのか……まあいい、むしろ好都合だ。さて次!この、蛇の脱皮跡みたいなのは五、だな?』

『な、何も良くない……!あとそれは五じゃなくて、墨が飛び散って繋がってるだけの三です。計算し直してください』

『なにッ、紛らわしい……!』

 バチバチバチ、と鋼鉄の算盤が鳴り響く。
 離れることもできず、手元には本も何もない。することがないので仕方なく、ミミズ文字を翻訳する。
 なんで、こんなことに……。

 私が翻訳し、男がそろばんを弾く。



 そこから一時間、二時間……。



 何時間経っただろうか。
 ふと、どこからか自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、書類に齧り付いていた頭を上げる。
 気づけば、窓の外が薄っすらと青白く染まり始めていた。

 朝だ。

『おい、何を止まって……まて。お前、身体が』

 言葉に釣られて自分の身体を見ると、なんだか初めより透けているような……いや。間違いなく透けてきている。

『成仏するのか……帳簿の計算で』

『死んだ覚えはないって言ってるんですけど?!しかもそんな理由で成仏するのなんか、嫌!』

『なんだと?!帳簿の何が悪い!』

『帳簿がというより、どうせならもっと美味しいもの食べたり学校生活を楽しんだりしてからがよかった……』

『幽霊なんだから食べれないだろう。あっ待て! 備品費の合計がまだ合わん! 逃げるな、戻ってこい!!』

 戻れと言われて戻れるならとっくにここからおさらばしている。

 そう言い返そうとしたが、言葉にする暇もなく視界が霞み、真っ白に塗りつぶされた。



◇◇◇◇



 これが、五日前のこと。

 あのあと、姉に起こされた私は『変な夢だった』と頬をつねりどこか安心したような、それでいて少し残念なような心持ちで油断していた。
 ……まさか、翌晩も、その翌晩も、同じ夢の続きで帳簿を解読し続け五連勤を達成することになるとも知らずに。

「今日こそ帳簿が終わりますように……」

 なんで明晰夢なのに、電卓とかお菓子とか出せないんだろう。せめて鉛筆とノートが欲しい。口頭で教え続けるのは意外と疲れる、夢だけど。
 もはや「入眠」ではなく「出勤」のような心持ちで帳簿の終わりを祈りながら布団に入り、目を閉じる。



 ──ひと呼吸後には、あの特徴的な算盤を弾く音が聞こえることを確信しながら。


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